麻倉怜士の大閻魔帳

第10回

自宅に8K TV導入! ついに始まる“究極の放送”4K8Kはここがスゴイ

12月1日、ついにテレビは4K・8Kの世界へ踏み出す。フルHDの16倍にもなる超高精細な8K放送を、長年テレビ業界を見つめ続けてきた麻倉怜士氏は「究極」と表現。アンテナや8Kテレビなど、次世代放送を味わう準備は万端だという。では、受信環境を用意する際のポイント、4K/8K放送のスゴさと注目の番組まで、存分に語ってもらおう。まるっと4K・8K放送大特集。これを読めば、アタナもきっと4K・8K放送が観たくなる!

4K・8Kは“究極”の放送

――いよいよ12月1日から、BS/CSによる4K・8K放送が開始です。

麻倉:今回始まる4K・8K放送はまさに“究極”。放送という文化・システム・メディアが始まって以来長年この業界を見つめ続けてきた私にとって、ここまでのレベルに到達したのはとても感慨深い出来事です。

そもそも放送はラジオから始まり、テレビへと進化しました。ラジオは遠くの音声を伝達するもの、テレビは遠くの絵を届けるシステムです(故にフランス語で“遠視機”を表す「Télé-vision:テレ・ビジョン」と言う)。日本では1926年12月25日に浜松高等工業学校(現・静岡大学)で高柳健次郎名誉博士が実施した電子式無線映像送信実験が最初で、ブラウン管に映った「イ」からテレビの歴史が始まりました。

その後テレビ放送は1953年から白黒式でスタートし、1960年にはカラー化。その後4:3のSD画質から16:9のHD画質へ、そして衛星波・地上波を使ったデジタル化などの進化を経て、いよいよ今回の4K・8K実用放送へと至ります。映像文化をクオリティの観点から見続けてきた私にとって、まさに究極の姿。というわけで、さっそく自宅環境へ入れようとなりました。

――聞くところによると、既に4Kのみならず、8K放送までバッチリ受信できる環境が整っているようですね。これから導入を検討される日本中の皆様へ向けて、導入時のポイントを教えて下さい。

麻倉:まずは受信用パラボラアンテナ選びがポイントの1つ目です。BSにしろCSにしろ、今回の4K・8K放送は衛星放送ですから、何はともあれまずアンテナ工事が必要ですが、私の自宅でこれまで使っていたBS用アンテナは1980年代後半のものなので、残念ながらこれからのシステムには不適合でした。

4K・8K放送は右旋または左旋という電波の種類を使っており、近年のBSアンテナであれば右旋電波で送信する「NHK BS4K」や民放キー局系の各4K放送は受信が可能です。ですが“究極のテレビ放送”の大本命である「NHK BS8K」や、CSの4K放送を受信するには、これら右旋波用ではダメ。なので今回の更新では、DXアンテナにご協力いただき、BS・CS問わず全チャンネルが受信できる左旋対応のアンテナを導入しました。

私の自宅には軒先に大きな電波塔が立っていて、新アンテナもそこへ設置しています。TDK製の従来アンテナは65cmという特大サイズでしたが、今回は楕円形でなんと35cm、しかも持ってみるととても軽いんです。こんなところで、この30年の技術革新を感じました。

8Kを含むBS・CS全放送が受信可能な35cmパラボラアンテナ。これまで麻倉氏が使っていたものは65cmという特大サイズだったので、アンテナの小径化に30年の技術革新を感じたという
麻倉邸のランドマーク、大電波塔。8K対応の新パラボラアンテナはここに設置された

2つ目のポイントは宅内配線、ここが少々厄介です。注目すべきは同軸ケーブルのサイズ。古い環境だと細身の“3C”が入っていることもありますが、新放送は従来よりも高周波となる3.2GHz帯まで使うため新放送受信の目安としては、これらに耐えうる“5C”サイズが必要です。その点、私の宅内配線は“7C”の極太ケーブルを使っていたので大丈夫でした。でもまだ安心は禁物で、地上波と衛星波の信号をまとめる混合器は残念ながら非対応で取替が必要でした。私の工事では、庭に設置したコントローラーボックスの中味を替えました。

アンテナ設置を含む8K環境インストール工事の様子。「画質最優先」を掲げる麻倉邸では極太7C同軸ケーブルを配線に使用していたため、混合器と壁コンセントの交換で対応できたのだが、それでも作業は1日がかりだったという

――気をつけないといけない点として、電波漏れに対する管理が従来よりも厳しくなったという点もありますね。先日幕張で開催されたInter BEEでも各ブースで解説していたのですが、アンテナ線や混合器などに自作品を使っている場合は、新放送を受信すると電波漏れを起こすことがあると総務省などが呼びかけています

麻倉:ケーブルにしろ混合器にしろ、基本は8K対応製品を購入するというのが無難ですね。工事に関してはもうひとつ、私の自宅では室内の壁コンセントも取り替えました。結局諸々含めて1日がかりの作業で、もちろん旧来からの衛星放送も受信可能な環境へアップグレード完了です。テレビはシャープの80型8Kモデル「8T-C80AX1」を、これまでパイオニア「KURO」を置いていた書斎スペースへ入れています。

シャープの80型8Kモデル「8T-C80AX1」

50型があった場所に、もっと大きな80型テレビを入れたので、準備には一苦労でした(苦笑)。でもそれだけの価値は確実にあります。インストールを検討する場合は、総務省JEITAA-PABの解説ページ、各メディアの導入に向けた解説記事なども公開されているので、これらも併せて確認すると良いでしょう。

高周波帯域を使う4K・8K環境のインストールは、電波漏れ管理に注意が必要。JEITAでは電波漏れ対策が施されている関連機器に“SHマーク”を付けるなどして、電波法の遵守を呼びかけている

未来の放送を描き、実現していく“NHKの凄さ”

麻倉:8K放送というものがどれだけ画期的なのか、お話しましょう。「スーパーハイビジョン」として開発が始まったのは95年のこと。現行のHD放送に連なる「ハイビジョン」は先の東京オリンピックが開かれた1964年に開発実験を開始し、実用化にこぎつけるまで30年かかりました。いわゆる「フルHD」と呼ばれる2Kデジタルシステムのその次として、NHKは4Kではなく8Kを選んだ、この辺が凄い点です。

――4Kを飛び越して8Kに行ったのは何故でしょう? 奥行き何十cmもあるブラウン管テレビが当たり前だった95年当時に「8Kでなければいけなかった」理由は何ですか?

麻倉:新しいシステムは古いものを駆逐するほどのクオリティが要求されるからです。デジタル・ドメインで考えて、約30万画素のアナログから約200万画素の2Kデジタルは情報量がざっと6倍、そこから約3,200万画素の8Kは12倍になります。このくらいの画素密度があって、初めて“次世代”を名乗れるわけです。となると約800万画素の4Kでは、若干の不足感が否めません。

もっと言うと、SDから2Kは従来的なテレビ文化の延長線上にあり、高解像化・高画質化でよりサービスが高度化するというものでした。でも8Kは世界がまったく違います。特に顕著なのが、視聴者に訴えかける“感動度”でしょう。それだけではなく、8Kは産業に対しても強い影響力を持っています。単なる“キレイなテレビ”に留まらず、監視カメラ・医療・印刷などなど、幅広い分野で活用されるのです。これまでの2K・4Kでは解像度がある程度限定されていたため、情報として使えるものも限られていました。しかし8K解像度、つまり2Kの16倍にもなる密度の情報があれば新しいアプリケーションが拓ける。そういう世界が現実として既に到来しています。

4Kに関して言うと、そもそも4Kは大画面化の際にハリウッド主体で策定された映画産業主体の規格で、そこへ日本のカメラメーカーが動いたという経緯があります。8Kはテレビ産業が主体という出自の違いがあり、どちらが良いというわけではないですが、ここに依拠する性質の違いが見られます。この点でNHKがエライのは、単に提案するに留まらず、実用化・普及まで責任を負っていること。システムを策定するだけでなく、公共放送としてそれを遍(あまね)く人々へ行き渡らせるという義務を果たす。これはとても凄い事なのです。

――公共放送で言うと英国BBCが世界的に有名ですよね。あちらでも日本のNHKと同じ様な仕事をしていたりはしないのですか?

麻倉:世界にはBBCやイタリアのRAIなど、NHKのように公共放送的な立ち位置の大掛かりなシステムを持つ放送局はいくつかあります。しかし砧のような技術研究所を持ち、さらにその研究所が新企画を出して、コンテンツを自分で作り、世界へ広めたという業績を持つのは、世界広しと言えど日本のNHKだけなのです。もちろんBBCも放送研究所を持っていて、かつては世界初のFMステレオ放送などを手がけました。しかしBBC発のテレビ放送システムというものは今日に至るまで存在せず、テレビ放送に関して、そのシステムの基礎は全てNHK発なのです。普通の生活では気付きにくいですが、これらは世界に誇るべき偉業です。

NHKは単なる放送局・研究所に留まらず、両者が一体となって運営されています。2Kにしてもデジタルハイビジョン放送が世界規格となり、後に「IEEEマイルストーン」として業績が評価されました。BS放送も地デジも、次世代の放送システムとして広まったのは、NHKによる粘り強い努力の結果なのです。

8Kに関しても、単に「キレイな絵が出ますよ」というところに留まりません。一部のファンが楽しみ、自分たちの宝物として愛でるという発想は、どちらかと言うとハリウッド的なもので、NHKはそうではなく「みんなに観てもらう」ことを目的としています。そのためにハンドリング性を考えつつ、人間の感性に訴える情報規格をコツコツと研究し、カメラや編集機といった機材群をこれまで開発してきました。研究、開発、コンテンツ、放送、視聴……とすべての分野のタスクをトータルで行なうことにNHKの凄さがありますね。

――巨大組織故にNHKは政治的な面での問題を指摘されることもありますが、長年に渡って世界の放送文化に貢献してきた数々の業績はもっと評価されて良いのではないでしょうか。これまでもこれからも、NHKが世界の放送をどれだけ進化させてきて、どんな未来を創るのだろうか。毎年5月の技研公開を取材する度に、そんなことを思います。

麻倉:机上の空論ではなく、研究成果としてメーカーを巻き込みながら実用化する。それを他ならぬ日本のNHKがやっているということは、もっと知られるべきだし、評価されるべきでしょう。私は「日本にNHKがあって本当に良かった」と強く感じます。

世田谷区砧の放送技術研究所に展示されている表彰の数々。日本のみならず世界のテレビ放送技術をリードし続けてきたNHKは、人類の映像文化を革新し続ける組織である

8K放送で“これが観たい!”

麻倉:さて、私の立場から8K放送を評価するならば「これほど映像に入り込んで一体化・体感できる、こんなメディアは今まで無かった」。新放送の番組プログラムを見てみると、開局記念ということもあってか非常にゴージャスで「これが観たかった」というものが山ほどあります。

NHKの8K番組で感動したものをいくつか紹介しましょう。まずはサンクトペテルブルクに居を構える老舗マリインスキー・バレエで、ゲルギエフ指揮の「くるみ割り人形」です。これは8月に品川でNHKが8K推進イベントを開いた際に観ましたが、一緒に観た某編集者曰く「自分はバレエ嫌いだったが、バレエがこんなにエキサイティングな面白いものだったということを初めて知った」そうです。

流麗な演出や動きから、ややもすると「女々しい」という印象を持たれることさえあるバレエですが、8Kで観ると音楽と踊りの一体、この2者が同一空間で演じられることによる興奮感があります。高解像映像に由来する質感の絢爛さや動きの絢爛さが、400型くらいの特大画面で観ると本当に素晴らしい。舞踊における肉体美や、華麗な衣装の質感などは、小さく解像度が低い画面では得られません。

BS 8Kのマリインスキー・バレエ「くるみ割り人形」。8Kで舞台を捉えると、引き映像で舞台全景と各ダンサーとを同時に確認できる。舞台芸術にとって、これは極めて重要なことだ
(C) NHK/Mariinsky Theatre

――バレエという“物言わぬ物語”では、身体表現による説得力が“モノを言います”。見えることで理解できるという舞台芸術は、まさに8Kに最適なコンテンツですね。

麻倉:新放送が更に凄いのは、ここに音の表現が乗ることです。本物を超えた次元の映像美に22.2chのサラウンド音響が加わることで絵と音の相乗効果がもたらされ、目に、耳に、身体に、感覚がダイレクトに伝わる。そういう感じでした。もしこの400型がSD解像度だったならば、映像はボケボケとなって没入はできないでしょう。あれは“目がカメラになり、眼前で演じられるものを直に撮っている”、そういう体験です。従来のフォーマットでは、望遠映像にあった“拡大感”はどうしても否めなかったのですが、8Kはまさに眼の前に存在するという“As is”の不思議な臨場感がありました。

次は11月初旬に試写を体験した「2001年宇宙の旅」をご紹介しましょう。実はこれ、世界初の8K映画投影なんです。本作はNHKとワーナーのジョイントワークで、1年かけて65mmオリジナルネガから8Kスキャンしました。スタンリー・キューブリック監督がフィルムに込めた想いを100%トランスファーできるようにと、両者が並々ならぬこだわりをもって制作されています。

この様なレストア作品では「ではディレクターズインテンション(制作者の意図・思想)はどこにあるの?」という問が発生するのは自然なことでしょう。映画なのでもちろん「フィルムに詰まっている」という言い方も出来ますが、今回の場合は投写した時のスクリーン上にあると言えます。スクリーンで観た時の彩度感・色相感・階調感、そういうものがディレクターズインテンションのスタンダードであり、これらの感覚から我々視聴者は作品を読み取るわけですから。

ワーナーはネガから65mmでインターポジを作り、それをスクリーンへ投写した上で“視て覚える”、その感覚を持ったままグレーディングルームへ走って戻り、階調感などの再現を試みるという作業で、ディレクターズインテンションの問題に立ち向かいました。

――素晴らしい熱意! ですが、ややもすると映像編集は一般人でさえもがノートパソコンやタブレット1台で完結するこの時代に、何ともアナログな手法だことで……

麻倉:本作のオリジナルネガを観たことは無いですが「きっとオリジナルはこうだったのだろう」と思わせる程に、その絵はものすごく綺麗でしたよ。まず、意外とグレーンノイズが少ないんです。無いわけではないですが白壁で目を凝らしてようやく判るほどで、黒い場面では全くわかりません。解像度は恐ろしく高いですが、フィルム型でとても自然な画調です。この秋に限定公開されていたIMAX版ではビデオ的なハッキリくっきりになっていましたが、こちらはまったく輪郭強調をしておらず、フィルムが持っている階調感や精細感が自然に出ていました。

ラスト付近にあるボーマン船長アップのシーンでは、赤が乗った肌に見られる凹凸のグラデーションが素晴らしいですね。ワクワクするという感じで、ブルーレイなどを通してこれまでテレビで観てきたのっぺり感とは違うし、かつて映画館で観た印象とも違います。

12月19日に4K Ultra HD Blu-ray版が発売予定ですが、もちろん8Kでのパッケージ販売はありません。映画の現場であっても、オリジナルネガからインターネガ、リリースポジ、日本用マスター、そこから配給用コピーと、散々コピーされたものを劇場で上映していて、これではまるで「ノイズを観ているようなもの」です。その意味でも8K体験は極めて貴重なのです。

例えば細密なレストアで話題になった「山猫」などの他作品にしても、4Kで制作・映画上映されたものの多くが家庭では2Kになっていました。今回はまず従来の2Kと8Kの違いというものがあります。フィルム粒子の細かさに関して、65mm版の場合は「8K相当」という言い方をしていたのですが、フィルムだけが持っている質感が全開で出てきたと感じました。

――近年では「マリアンヌ」のように、8K撮影を敢行する作品も見られますが、デジタルシネマが主流となっている現代の映画は基本的に4K投影ですよね。ここで頑張って8K作品を多数制作してもらうと同時に、そのうち映画館も8Kになることを期待したいです。

スタンリー・キューブリック監督によるSF映画の金字塔「2001年宇宙の旅」。フィルムに込められた“言葉なき表現”の数々を、8Kのチカラで余すところなく解き放つ
(C)Turner Entertainment Company

麻倉:音楽ものとしては、やはり“3大オーケストラ”に注目。先日常任指揮者を退いたラトルの演奏会でベルリン・フィル2回、アンドリス・ネルソンスの第9とニューイヤーコンサートライブでウィーン・フィル2回、そしてロイヤルコンセルトヘボウ1回を予定しています。もちろんすべての放送が22.2ch。ですがこの環境の構築はなかなか難しいでしょう。コンシューマー向けで手に入るシャープのテレビの場合、8K番組の録画は専用USB-HDD直結のみ。これが外の環境には出せません。

――4KであればBD-Rへ書き出しができるレコーダーもいくつかありますが、8Kの録画環境は喫緊の課題です。外へ持ち出せないというのはあまりに痛すぎます……。

麻倉:HDMI 2.1がアベイラブルになれば、環境も変わるでしょう。これならば10Kまでケーブル1本で伝送できるので、従来と同様のハンドリングが期待できます。それまでの辛抱ですね。

一般的にホームシアターでは大画面があり、22.2chとまでは言わないにしてもDolby AtmosやAuro-3Dなどのイマーシブサラウンドと環境が共用できる、というひとつの流れがあります。3大オーケストラの凄さはそうなった時に出る。つまりウィーン・フィルは楽友協会大ホール、ベルリン・フィルはフィルハーモニー、ロイヤル・コンセルトヘボウはコンセルトヘボウという、座付きのオーケストラの凄さが解るのです。

これは客演としてサントリーホールで聴くのとはまったく違います。オーケストラの音というのは、オケとホールの音が合わさったものこそが楽団本来のサウンドで、これが22.2chで来るのが8K放送なのです。ホールの形状や特性、どの様な音を発しているかという精密な響き・情報・立体感が得られる、これこそ22.2chの良さであり、それの最も芸術的なクライテリアはやはり3大オーケストラです。

――オーケストラは人、街、そしてホールが育てるものだと考えています。この3つが揃っているからこそ、3大オーケストラを3大オーケストラたらしめているのでしょう。ヨーロッパから遠く離れた日本で、時間と空間を超えて“3大オーケストラ真の実力”を堪能できることを楽しみにしたいです。

麻倉氏:そのためにも録画と音響の問題は解決しないといけませんね。現状ではなかなか難しいですが、中長期的な展望として、音の面を期待したいところです。

――3大オーケストラに関連して、確か今ヨーロッパへ8K中継車が行っていて、ニューイヤーコンサートはこれで生中継するんでしたっけ。他には何を撮る予定なのでしょう?

麻倉:現在中継車はイタリアに居ると聞いています。放送初日の12月1日はイタリアからの生中継があります。年明けのニューイヤーコンサートをはじめ、現地の一流オーケストラやイベントなんかをどんどん8K中継するみたいですので、こちらにも注目したいですね。

画像のウィーン・フィルハーモニー管弦楽団をはじめ、NHK SHV 8Kではヨーロッパの一流音楽を数多く取り上げる予定だという
8K放送における懸案事項のひとつが“家庭で22.2chをどう出力するか”。5月の技研公開では、Dolby AtmosやAuro-3Dといったイマーシブサラウンドへ変換してAVアンプで出力するという研究が提案されていた

8Kで楽しむ「紅白歌合戦」に期待

麻倉:音楽の話に関して、8K放送で忘れてはならないのが「紅白歌合戦」です。当然22.2chで、特に今回は地デジと別ラインで収録するとしています。地デジはアナウンサーやゲストコメンテーターにより、曲間にMCやコントが入る従来どおりのエンタメ調。対して4K・8Kはと言うと、引きで舞台展開まで放送するようです。

先日NHKの制作発表記者会見があり、そこで4K・8K版の説明をしていました。ポイントは「4K・8Kは解像度が高いので、引きの画でも壇上の歌手や舞台袖の司会者の顔がちゃんと判る」ということ。地デジはフルHDにも満たない“フェイクハイビジョン”なので、どうしても大写しにしないと見えません。

――舞台の隅々まではもちろん、客席の様子まで観られるというわけですね。まさに年の瀬のNHKホールに居る感覚!

麻倉:箱としてはかなり大規模なNHKホールですが、それでも紅白歌合戦のチケットはわずか数千枚しか発行できない超プラチナチケットになります。これが4K・8Kであれば、会場に行ける僅かな人以外もこれまで観られなかったものが観られます。この、地デジ版と違う放送というのはとても重要なことなのです。

実のところ、コストを抑えるために4Kは2K共用制作が多く、これでは番組内容が同じで画質でしか違いを出せません。これではダメだということで、8Kは完全別線制作の“真のプレミアム放送”としています。民放にもそれなりに頑張ってもらいたいところですが、やはりプレミアム放送はNHKがやっていかないといけません。

――目指す方向が従来の放送からは異次元と言うか、もはや文化の牽引役ですね。

麻倉:そういう方針を立てた場合、バラエティ番組やワイドショーではなかなか高画質の価値が出にくい。情報が重視されるこれらのカレントな番組は2Kでも充分に耐えられますからね。4K・8Kはじっくり楽しむ、映像世界に没入する、ゆったりと心地よい映像・音声を味わう、そういうものが相応しい。しっかりと構成を練り、絵と音声を作ってゆくこういうコンテンツ作りをNHKには期待したいです。

幸いなことにNHKは8Kだけでなく、従来のアンテナで受信可能な右旋放送の4Kも頑張っています。4Kの放送時間は午前6時から0時までの18時間で、すべて4K画質。月曜日から金曜日まではエンタメやスポーツ・トラベルなどの分野編成で、この中に2Kとの共同制作も含まれます(と言っても制作は4Kラインで、ダウンコンバートで2K化するのでご安心を)。土曜日は4Kオリジナル、日曜日はスペシャル番組を予定しているとのことです。

期待ジャンルは土曜日の映画でしょう。先に挙げた「2001年宇宙の旅」はワーナーとの協業でしたが、NHK自身も多数抱えているフィルムの4Kスキャンを盛んにやっていて、膨大な35mmフィルムのアーカイブを次々と4K化するとしています。土曜日に放送される「4Kシアター」では、小津・黒沢・溝口などの巨匠作品をネガから修復して4Kリマスタリング。そのほか大河ドラマや、ドローンで日本の名勝を巡る「フロム・ザ・スカイ 空から見た日本」など。期待の番組盛りだくさんです。

従来の右旋アンテナで受信可能なNHK SHV 4Kのプログラムイメージ。朝6時から日付が変わる0時までの1日18時間、みっちりと“真水の4K番組”を放送することが予定されている

民放のBS 4K放送にも期待

――先程からNHKの紹介一辺倒ですが、民放のBS 4K放送はどうでしょう?

麻倉:民放はちょっと注意が必要ですね。なぜこれまでNHKばかりを紹介してきたかと言うと、NHKは「すべての番組が“リアル4K・8K”」だからです。

――と、言いますと?

麻倉:つまり、4K・8Kの“真水率ほぼ100%”。ところが民放は特番以外ほぼ現行BSや地デジのアプコンで、リアル4Kはたいへん少ない。

――衝撃の真実が……

麻倉:気持ちはよくよく解るけれど、まずは、それはそれで。と言うのも、民放で頑張って4Kをやるというのはやっぱり大変。視聴者の絶対数が少ないため、スポンサーがつかないから投資もできなければ、カメラもスタジオも用意できません。

実際のところ、放送を送り出すマスター機材は民放各局ですべて同じです。スタジオ制作機材はサブマスターで、ここからマスターへ送って放送波へ乗せています。従来のBSまではこれらが局ごとに独自仕様だったのが、4KではNECと東芝による共通仕様に。現代の放送局はそのくらいコスト的にとても厳しい。なので真水率が低くても仕方がないでしょう。

それでも民放は民放なりに頑張っているんですよ。A-PAB主催の民放見学会が先日開かれ、「BSテレ東4K」を視察した時の話を紹介しましょう。ドラマ担当ディレクターの森田昇氏に話を聞いたら「2Kと比べて、4Kになると表現力がものすごく増える」と話していました。例えば髪の毛の1本1本が見えるとか、頬の細かな動きが判別できるなどです。ハイレベルな役者は、顔や仕草などほんの僅かな動きで感情を出すのですが、2Kでは限界があったその辺の撮り方・捉え方が、4Kだと“映像による物語の言語化”として表現できるわけです。

加えてHDRを使えば、光のグラデーションを上手く使うことで、言葉を使わずに濃密な感情を出せるといます。つまりライティングによる感情の発露ですね。こういった事を指摘していました。

制作者側が覚醒して「見えるからどうなるか」「細かいところが映せると表現にどう展開できるか」という点をキチッと押さえていく事が、やはり重要でしょう。それならば民放・NHKに関係なく、新しい高解像度がより表現の芳醇差を獲得するという意味で、4Kは大きな役割を果たすと感じました。

右旋アンテナで受信できる4K局には、在京キー局系チャンネルも多数ある……のだが、その番組内容は4K特番以外の大多数が放送中のBS 2Kチャンネルと同じで、なおかつ画質は2Kからのアプコンなのだという
キー局系4K局も4Kの表現力を番組の魅力につなげたいと考えているのはNHKと同じ。BSテレ東で制作局プロデューサーを務める森田昇氏はテレシネレンズによるボケ表現などを例に上げて「できることが飛躍的に拡がった」「昔のテレビでは表現できなかったことが可能になった」と、4Kを評価

麻倉:4K・8Kにまつわるハッピーな話をしてきましたが、課題もやはり見られます。まず1つ目、「それはそれで」とフォローしましたが、民放4K局はやはり真水率を頑張って上げてもらいたい。難しいでしょうがまずネイティブ4Kの放送を、アプコンではイケマセン。

「もっと4Kを観たい!」というユーザーからの声を

麻倉:国策として進めている次世代放送ですが、放送局側は先程話した様に苦しい状況です。そこで提案、4Kを買った人は「もっと4Kを観たい!」とユーザーからの要求を業界へ出しましょう。この放送局とユーザーの結びつけがもっと必要です。

――民放側にしても確かな視聴者が付くならば、キチンと投資もするでしょうし制作にも力を入れるでしょう。

麻倉:2つ目、画質良くても音が悪いのはダメです。映像の情報量が4K・8Kなのに、音声フォーマットがMPEG-4 AACは“無い”。

規格策定時に総務省は国民の声を聞くべくパブリックコメントを募集したのですが、この時に私は「絵は良いのに音はナンセンスだ!」と投稿しました。しかし結局、音声に関してはロスレスフォーマットのMPEG-4 ALSが入っただけでした。対してオーディオ業界を見てみると、PCM 192/24やDSD 512、あるいはMQAなど、様々なフォーマットのハイレゾ花盛り。なのに放送になるとハイレゾは一向に入ってこず、むしろネット界隈の方が動きは早そうです。

そこで提案。新放送ではネットからのデータを使って放送へ乗せられる “MPEG Media Transport(MMT)”技術を活用して、ハイレゾの差分を送りましょう。つまり、放送ではローレゾを送りつつ、ハイレゾ音声をネットで受信するというわけです。MMTは放送波ほどファイルフォーマットの制約を受けないので、MQAやAuro-3Dをはじめとした多様なフォーマットが使えます。将来開発されるかもしれない新フォーマットにも放送より容易に対応可能です。旅モノなどはそれほど音にこだわることもないですが、音楽番組は音が超重要。NHKなどはクラシックに力を入れているのに、音質がAACではあまりにナンセンスでしょう。8Kとバランスが悪い。

――先に指摘した22.2chと併せて、音声分野はまだまだ検討の余地がありますね。この点はしばらく見守っていきたいです。

麻倉:3つ目、プレミアム放送ということを考えて、是非とも“プレミアムな番組作り”を。つまり地デジや既存のBSでやっているものが観られてもしょうがない、既存番組の共用はある意味でナンセンスです。制作者には4K・8K放送独自の、よりアーティスティックで感動的なオリジナル番組に取り組んでもらいたいです。だって折角の“プレミアム放送”なのですから。

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表

天野透