麻倉怜士の大閻魔帳
第11回
~麻倉シアター・大改革の1年~ 麻倉怜士のデジタルトップテン2018 前編
2018年12月27日 08:00
2018年も残り僅か。今年のオーディオビジュアル業界も色々ありました。「麻倉怜士の大閻魔帳」も、皆様に支えられて間もなく連載1周年です。そんな1年を麻倉氏の独断で総括する恒例企画「麻倉怜士のデジタルトップテン」。ITmedia時代からの定番記事の2018年版は、前編と後編の2回に渡ってお届けします。前編となる10位から6位は、ここ数年連続でランクインを続けるMQAをはじめ、麻倉シアターの更新に関連した音に関する話題が盛り沢山。今年も元気だったオーディオ業界を、一気に振り返ってみましょう。
麻倉:12月の閻魔帳は毎年恒例、デジタルトップテンです。オーディオビジュアルを中心に、話題になった技術・製品・サービスなどを、無差別形式で今年もカウントダウンしていきます。
今年の流れを概括すると、まず4K・8K放送の開始が極めて大きなトピックでした。昔程ではないにしても、放送が変わると関連する周辺機器が変わります。そういう流れにおいて4K・8K放送は一つの奔流であり、AVアイテムにも力の入った製品が出てきました。もちろん4Kでは以前からディスクもプレーヤーもありましたが、今年はパイオニアとパナソニックが特徴的で画期的な対応製品を出しています。放送に直接リンクするわけではありませんが、4K関連ではこれも極めて象徴的ですね。
――フラッグシップ機・リファレンスモデルの登場は、業界にとってひとつのマイルストーンとなります。これから業界は具体的に、この方向に向かってゆくぞという流れが見えてきますね。
麻倉:映像と音のハイレゾ化という点で言うと、音の分野ではMQA-CDが今年になって本格登場してきました。MQA-CDはパッケージメディアとして次世代につながるものであり、コーデックとしてのMQAは、パッケージに留まらず様々な活用ができます。これもひとつ特徴的と言えるでしょう。
――いくつかキーワードが出てきたところで、今年も早速カウントダウンを始めましょう!
番外編:Ultra Art Record「バルーション」
麻倉:今年も話題は多いですが、まずは番外編として個人的なものからご紹介。私のレコード・レーベル「Ultra Art Record」が、お陰様で潰れずに存続しています。第2弾タイトル「バルーション」のリリースも、今のところ成功裏に進んでいます。
私と同じく評論家の潮晴男先生と共同プロデュースということで、売れ筋のものを安易に創るというマーケティング的な手法は排除。レーベルの方針として、アーティストや曲目という企画段階から、スタジオ/演奏家/録音というレコーディング、ミキシング/マスタリング/カッティングという制作・製造に至るまで、全工程で徹底的なコダワリを貫いています。その第1弾が情家みえさんの「エトレーヌ」、今年1月に発売されました。そう考えてみると、UAレコードは1年に2作をリリースしている事になりますね。第2弾は先述の通り、ピアニストでTechnicsのボスでもある小川理子さんが奏でるバルーション。こちらは今年11月のリリースです。
情家さんの時は初めてという事もあり、徹底的に良い音を作る事に注力しました。レコーディングエンジニアは塩澤利安さんを招請。余談ですが塩澤さんが手がけた日本コロムビアの「ショスタコーヴィチ第11番」は、今年の日本プロ音楽録音賞でCD部門「クラシック、ジャズ、フュージョン」の最優秀賞を受賞しています。そんなコダワリの甲斐もあってか、エトレーヌは結構な評判を呼びました。私も潮先生も新聞や放送でインタビューを受けたほか、9月に開催されたハイエンドカーオーディオコンテストでは課題曲に採用されました。特にオーディオを意識して作ったわけではありませんが、基本的に音が非常に良いため、オーディオのリファレンスやデモソースなど様々な切り口で聴くことが出来ます。
私の実感だと、エトレーヌのプリオーダー(受注)はあまり多くなかったのですが、対して今回のバルーションは意外なほどプリオーダーがありました。またエトレーヌは海外から注目されており、日本よりも引き合いが多いくらいな感じです。特に香港では、いい感じで評判です。そんな事もあって、来年は香港オーディオショーでの公演依頼が舞い込んでいます。
――日本では潮・麻倉両先生のネームバリューに加えて、Technicsブランドの実務に携わる小川さんがピアノを披露するということで、オーディオ業界からの注目が高いということは容易に想像ができます。ですが海外となると、何が要因なんでしょう?
麻倉:私もなぜこれだけ受けたかを思案してみました。まずはやはり、真摯に音をつくった事が大きいでしょう。それからもうひとつ、“藤田恵美現象”が挙げられるのではないかと私は考えています。
――藤田恵美現象? 元ル・クプルの藤田恵美さんですか?
麻倉:最近“camomileシリーズ”の新作がリリースされた藤田恵美さんですが、同シリーズの前作はアジア通貨危機にあたる時期でした。意気消沈な空気が社会を覆う中で癒しとして受け入れられたのですね。そのためか藤田恵美さんは、東南アジアを含む東アジア地域では「オーディオ・クィーン」として今でも大変な人気があるんです。その影響もあってか、おそらく本格的な音楽が聴けて、なおかつ女性ヴォーカルでアコースティック、そんなところに受けた土壌があるのではないかと睨んでいます。音も演奏も良い、そして女性ヴォーカル。特にオーディオ好きな人にとって、ひとつのリファレンスになっているのではないか。この傾向は日本でも同じですね。
話をUAレコードに戻しましょう。エトレーヌとバルーションの2枚ですが、スタジオは何れもポニーキャニオンの代々木スタジオで、ピアノは同スタジオ常設のスタインウェイ、エンジニアも同じです。ですがこの2枚はレコーダー・DAW(Digital Audio Workstation)ソフト環境が違います。具体的に言うとエトレーヌは「Pro Tools」を使ったのに対して、バルーションは「Pyramix」で収録しました。いずれもプロの音楽制作環境では定盤のDAWソフトウェアですが、最近各所で「Pyramixはいいぞ」という声を聴くのでバルーション収録時に試してみたのです。
するとこれがまた素晴らしい。Pro Toolsの情家さんは、どちらかと言うと水彩画的なテクスチャー。スッキリ抜けてクリアでさわやかという特徴があります。一方でPyramixの小川さんは、もっと濃い油彩画的な音です。パワー感が基本的にあって、その上にカラフルな絵の具を十重二十重に重ねた、ビジュアル的にもモリモリの山が見える感じがします。小川さんは強調感がありアクセントが凄まじく、切り口はシャープで進行感が快適かつ力強いという演奏が特徴的なピアニストですが、そんな音楽的キャラクターがPyramixでよく出ていたことに、プロデュースした側としても大変驚きました。
――DAWソフトで音の方向性を変えるというのは、高度な表現手法ですね。一方で、一般リスナーにはよくわからない部分でもあります。
麻倉:それはそうでしょう。そもそもそういうモノがあるという事自体、業界の外ではあまり知られていないですから。しかしいくらデジタルであろうとも、変換系であるならば音に違いが出る。これはオーディオ的に厳然たる事実です。今回はそれを活用したということになります。
12月19日からe-onkyo/moraの各サイトで、192kHz/24bitのハイレゾ配信も開始しました。CDについても基板素材にUHQCDを採用しているので、音の良さがあります。是非皆さんの耳でご体験下さい。
10位:真空管プリアンプ OCTAVE「Jubilee preamp」
麻倉:第10位はドイツのハイエンドメーカーOCTAVE(オクターヴ)による、真空管プリアンプ「Jubilee preamp」です。
昨年はメリディアン「ULTRA DAC」を導入してMQA環境に対応した自宅シアターですが、今年もシステムをいくつか更新しました。そのうち2chのピュア環境について、従来は真空管アンプを使っていたのですが、この度迎え入れたのがジュビリープリです。
プリアンプにはスピーカー・パワーアンプへ至る入力のセレクト、入力信号の電圧増幅、音量調節という、大きく分けて3つの機能があります。中でもボリューム調整は絶対必要で、考え方としてはボリュームボックスでこの機能を賄うのもアリでしょう。ですが電源をキッチリ持って電気を供給することで、微細信号に音的・音楽的な栄養を与え、健康になった音をパワーアンプに送る、これもプリアンプにとって非常に重要な事です。プリアンプにおけるこの基本的な描音能力が、ジュビリープリは非常に高い。プリアンプによって最終的な音がこれほど違う、ジュビリープリはそれがよく判る・違いが出るプリアンプであり、そういう音楽的な覚醒・再認識こそが選択の理由でした。
私のシアターにおけるハイレゾ系で言うと、ULTRA DACにもボリューム機能はあります。なのでこれをストレートパワーアンプへ繋ぐと、DACが持つ音を足し引きせずに送ることになります。それはリニアリティが高いという言い方で評価されます。対してジュビリープリでは、明確に“音を足している”。同じ信号を相似形で増幅するではなく、ノンリニア的に元信号に音楽的なフレーバーをたっぷり振りかけるのです。
例えばオーケストラ演奏の場合、弦が第1主題の前奏を奏でる時には、それほど頑張らずサラッとしたタッチで演奏した方が良い。前奏はあくまで主題が出てくるまでの盛り上げ役なので、ここをあまり朗々と歌い上げてしまうと、主題が霞んでしまいます。ですが適当ではダメで、主題につながる要素はキッチリと出てこないといけません。この点を踏まえてエフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラードフィルハーモニーのチャイコフスキー:「悲愴」第1楽章の第2主題へ向かう場面をジュビリープリで聴くと、主題と主題をつなぐ演奏の豊かさに驚かされます。ここのメロディはこんなにも濃く、感情が入っていて、アーティキュレーションが明らかに出て、クレッシェンド・デクレッシェンドの抑揚によるDレンジがこんなに大きいものか、と。
こういう言い方をすると「それは音を加工しているのでは」と思われがちですが、話はそう単純ではありません。元の信号が持っている音楽的因子を引き出すというのは、通常のプリアンプやボリュームボックスではなかなか困難なこと。水面下にあるそういうものを引き出し、一番良いカタチで“音楽”を聴かせてくれる。単なる加工ではない、音源の音楽性を引き出してくれることがジュビリープリの素晴らしいチカラです。
――世の中に様々なアンプが存在する中で、ジュビリープリは410万円の超高級機種です。これが単なる“高価格商品”ではないというのは、音楽の在り方をリスナーに問いかける様な音所以なのでしょう。
麻倉:ジュビリープリにはもうひとつ「ユニティゲイン」機能があります。これはオーダーの際にオプションで追加できるもので、2chのハイエンドアンプ・スピーカーをサラウンド環境に入れる際の1つの作戦です。
これまで私のシアターには2ch系とサラウンド系で別のプリアンプがあり、パワーアンプは共用していました。そのため環境を変える時には手作業で線を挿し替えていたのですが、これがなかなか大変なことでした。ジュビリーの場合はAVアンプのプリアウトからユニティゲインへ入力、この際ジュビリーのボリュームはパススルーし、AVプリでボリューム調整をします。これの何が良いかと言うと、操作性はもちろんのこと、音が凄く良いんです。先述の「信号に音楽的な栄養を与えた音を創る」という効果は、ユニティゲイン経由でも働きます。つまり、AVプリで操るメインの前方2chがジュビリーの音になるのです。どんなに良いAVプリでも、ここは流石にジュビリーには敵いません。実際に聴いてみて、これには凄く驚きました。
オーケストラのサラウンドは基本的に前方ステージ型で、前方3chのスピーカーでオケを描きます。配置として左は高音ストリングス、センターに管楽器、右には低音ストリングスが来る。これはつまり、弦がメインのスピーカーから出てくるということを意味します。弦セクションは主旋律を多く奏でるオケの中核ですが、その音の品位がもの凄く向上するのです。プレーヤーから来る信号はHDMIなので、元々がそれほどハイエンドな音という訳ではないですが、条件が多少悪くても質感・臨場感・空気感は確実に上がります。
これにより映画・音楽に限らずメインチャンネルの質が格段に向上し、サラウンド環境での音質向上へつながりました。マルチチャンネル作品におけるポイントは、音場がちゃんと再現できることと音質が良いことの2軸。音質の底上げで音場の表現力も上がるのです。そんな事も副産物的にあり、日々使いながら感動しています。
――2chを熱心に突き詰めているユーザーはサラウンド環境との共用を嫌うケースも見られますが、昨今のサラウンド動向を見ているとなかなかそうも言っていられませんよね。Blu-ray以降は非圧縮のハイレゾサラウンドを収録したパッケージタイトルもありますし、配信音源やストリーミングでサラウンド音声を提供する動きも見られます。そういう中において、ユニティゲインはとてもイマドキな機能だと感じます。
麻倉:実際問題として、2chとサラウンドを完全別系統でやるのはなかなか難しいでしょう。ハイエンドのオーディオマニアでサラウンドをやっている人ならば、やはりフロント2chは最高級のスピーカーとアンプを使いたいと考えるもの。初めからこういう機能が付いていれば、切り替えスイッチだけでとても簡単に環境をまとめられます。ですがこの例のように、アンプを通すと音が格段に良くなるという例はあまり見られません。プリアンプとして音を良くするファンクションがジュビリープリには凄くあるので、これを活用しない手はないですね。
9位:スピーカー Sonus Faber「Sonettoライン」
麻倉:第9位はイタリアのスピーカーブランドSonus Faber(ソナス・ファベール)の新ライン「Sonetto」です。価格帯としては20万円くらいから90万円前後までの、いわゆる中級クラスに相当し、日本へはブックシェルフの「Sonetto 1」(ペア198,000円)/フロアスタンディングの「Sonetto 3」(ペア500,000円)/「Sonetto 8」(ペア900,000円)という3製品が導入されます。これが本当に素晴らしい音でした。
従来このクラスに相当する「Venere」シリーズ(これを期に生産終了)は中国生産だったのですが、あまりに不良率が高くてロスだらけだったらしく、今回の新製品はすべて本国イタリア生産に切り替えられたそうです。ユニットの素材はウーファーがアルミニウム、スコーカーが繊維系で、ツイーターがシルクドーム。同ブランドお馴染みのデンマーク製です。
まずSonetto 1ですが、音が豊かで質感もバランスがとても良好です。エトレーヌを唄わせてみると、ヴォーカルの立体感や質感が良く、空間感・音像がしっかりあり、しかも質感もなめらかで自然な広がりを感じました。アーノンクール/ベルリン・フィル「シューベルト: 交響曲全集」は音色の中にイタリアの美を感じる、とてもなめらかで美しい音でした。
続いてフロアスタンディング3WayモデルのSonetto 3。これには凄く感心しました。スピーカー設計で言うと、同じラインでもブックシェルフはバランスが良いのに、フロアスタンディングになると低音が出過ぎて量感がありすぎ、質感が変わってしまってボワボワするということが結構あります。が、このSonetto 3にはそういったボワボワ感が全くありません。2Wayのバランスの良さがそのまま低域まで伝わり、キメが細かく量感がありながらも良好なバランスを保っている。F特がワイドになりながら、質感も向上し、非常にしなやかで柔らかい。これは結構珍しい例です。
例えばシューベルトは、柔らかい肌触りがよりきれいで滑(すべ)らかになり、とても心地の良い音波振動が身体に伝わってきます。トスカーナ名産のイタリアンレザーのようで、音の触感がとても素晴らしかったです。
一方のSonetto 8ですが、こちらは少々低域に強調感が出て量感が勝ります。私としては質・量・バランスの感覚において、あちらよりSonetto 3が素晴らしいイタリアン職人芸を発揮していると感じました。
――昔のソナスは官能的とも言うべきセクシーな音色が特徴的で、唯一無二の存在として虜になったファンも多く居ますよね。僕も10年来の「Cremona auditor」ユーザーですが、今回のモデルにそういう艶めかしい感じはありましたか?
麻倉:うーん、往年の色気たっぷりな音色ではないですね。スッキリとした眺めの良さや質感の麗しさが持ち味ですが、官能的という言葉は当てはまりにくいです。昔とは違う新世代の音で、完成度が高く、技術的なバランスの良さやF特の良さと表現性を持ち合わせている。そういうスピーカーでした。
8位:MQA-CD
麻倉:第8位はこの連載でも何度も取り上げたMQA-CDです。最新動向として、12月にユニバーサルが「ハイレゾCD」シリーズの第3弾をリリースしました。従来は基本的に1アーティスト1タイトルでしたが、例えばビル・エヴァンスの場合は代名詞「ワルツ・フォー・デビイ」をはじめ、「ポートレイト・イン・ジャズ」、「サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード」という具合に、今回は1人のアーティストから複数タイトル出ているのも特徴です。話題沸騰中のQUEENも先行している「オペラ座の夜」に続いて数タイトルがリリースされましたよ。
――フレディ・マーキュリーが両手を掲げた有名なジャケットの「QUEEN II」もMQA-CD化ですね。
麻倉:来年は別の大手レーベルも「多数タイトルを引っ提げて」進出する予定、という話も耳に入っています。小さなレーベルも進出を狙っており、私の所へも相談がよく舞い込む様になりました。
鑑みるに、MQA-CDはおそらくこれからのデファクト・スタンダードになるでしょう。大きな理由として挙げられるのが、基本的に従来の工程と変わらないという事です。先日受けたある相談では「新規シリーズを立ち上げるのはなかなか難しいが、カタログタイトルの再プレスならばMQA-CDでやってみたい」とのこと。つまり旧譜の品質アップですね。
MQA-CDの登場によって、パッケージメディアが活性化しているのは間違いありません。次世代のディスクプレイヤーとして、MQA-CD対応のCDプレイヤーは今後スタンダードになるでしょうし、現状の様に対応DACを別途繋ぐ必要が無くなれば、「同じ出すならば良いものを」という事でMQA-CDソフトも増えると予想されます。制作における負担は、フォーマット変換を英国・MQA本社に依頼するだけ。ほとんど負担が無いと言って過言ではありません。
MQAの大きなメリットとして“デ・ブラー フィルター”による時間軸解像度の改善は外せません。しかもMQAデコードをかけた音が凄く良いというのは当然で、MQAデコードをかけない普通のCD再生環境でもかなり音が良い。特にユニバーサルの場合、アナログマスターからDSDマスターへ、そこから352kHz PCMマスター化を経てMQA変換と、多彩なフォーマットを通してCD化しています。この経過がいい方向に働いているのが面白いです。つまり、最初のアナログマスター収録・その後のDSD変換で“アナログ的な音”として記録され、PCM変換では“リニアPCM的な音”が要素として加わり、さらにMQAエンコードによって“MQA的な音”の要素も追加されます。この様な具合で、ハイレゾCDシリーズはアナログ/デジタル/MQAというすべてのフォーマット要素が“加算”されているのです。
先述のPro Tools/Pyramixの様に、オーディオフォーマットにも明らかに“フォーマットの音”というものがあります。具体的に言うと、DSDは「空間感と温かみ」、PCMは「クリアでスッキリ、力強く情報量が多い」、MQAは「人間の肌感覚に寄り添ったノビと広がり、濃密さと空間感」という調子です。MQAデコードを通すことでこれら3要素が相まって、一般的なハイレゾでは聴けない、クリアで立体的、色が濃いという、奥の深い音が出てくる。これがユニバーサルによるMQA-CDの強みであり、単なるCDのハイレゾ版に留まらずにMQA-CDが歓迎された理由のひとつでしょう。
以前のハイレゾCD特集で語った通り、大会社におけるカタログタイトルの活性化は、新譜制作の促進という面からも重要な課題です。ユニバーサルの「ハイレゾCD」シリーズは、音質ではなく売れ筋でチョイス。なので手堅い定盤タイトルがズラリと並んでいます。なので最近発売された「シングルレイヤーSACDシリーズ」との同タイトル比較なんていう事も可能です。
例えばカラヤン/ウィーンフィルの「ホルスト:惑星」。今では英国のクラシック音楽を代表する重要なレパートリーの一曲ですが、1961年にウィーン・ゾフィエンザールで録音されたこの音源は、同曲を世界で初めて本格的に取り上げたものです。音としてはデッカ録音らしい華麗さ、星が光っている感じが、MQAでは凄くよく出ています。本当にきらびやかで情報量が多く、スピード感があり、音の輝き・煌めきが出てくるのが、MQAの特徴です。対して同じ録音をシングルレイヤーSACDで聴くと、輝きよりも深み・クリアさ・なめらかさを感じます。音が爆発的に飛び散る感じはMQA、整然と向かってきて心地良い音の波に浸る快感・表情感はSACD、といった様子です。
この様なインプレッションに対して「いやいや、アナログのオリジナルは1本だろう?」という意見は同然出てくるでしょう。それ自体は間違いないですが、それと同時に音源を聴かせる手段は無限だという事もまた事実です。クラシック音楽で言うならば「スコアは1つでも解釈は無限」。同じ「運命」でも、フルトヴェングラーとカラヤンとクライバーでは全く別物ですよね。そういったマエストロの違い程極端ではないにしても、同じマスターテープに収められている信号をどう解釈するかで、最終的な音は大きく変わるのです。
――音楽制作に携わる人達もこういう事は理解していますから、各サウンドエンジニアには、アーティストと同等の音楽的素養・芸術センスが求められます。ベルリン・フィルのエンジニアを務めるクリストフ・フランケさんを訪ねた時も、ミキシングルームには楽曲のフルスコアが置いてあり、詳細な書き込みがされていた。そういった事から、エンジニアは“音楽を奏でない音楽家”とも言える存在でしょう。一方でリスナーの側からすると、オーディオが単なる電気的再生技術を超えて、芸術の領域に足を踏み入れたという感じがします。
麻倉:いいこと言いますね。この流れはゲームと似ています。始まった当初はゲームを「如何に本物に近づけるか」という事に終始し、画質や操作性を磨いてきました。ですがある程度のクオリティに達すると、これ自身がひとつの文化として独立。単に“現実世界を再現する”とは違う価値を模索する、e-Sportsのような流れも生まれています。音楽とオーディオの関係で言うと、再生音楽と生の演奏会も当然別物です。これまでは生演奏会だけが文化として認知されており、再生音楽はやもすると“単なる模倣”とさえ見られてきたのが、ここへ来て再生音楽たるオーディオに生演奏とは違う価値が表れ始めたと言えるのではないでしょうか。
――僕はこれまで何度か、哲学者ヴァルター・ベンヤミンの「アウラ(唯一性)」という考え方を用いてオーディオを語ってきました。簡潔に言うと、演奏会だけが持っていたアウラは、録音・再生を通す際に様々な解釈を加えることで、オーディオリスナーの数だけ宿る様になる、と言う具合です。
現代のオーディオには、録音や機材設計の各エンジニアに加えて、ユーザーも音に対する多様な解釈・表現の余地があります。であるならば、オーディオで「私だけのマイルス・デイヴィスの音」を表現する時、そこには確かに“現代的なアウラ”が宿ると僕は考えます。
麻倉:文化とは何かと言うと、まさにその多様性に他なりません。どんなに優れたものがあっても、それ単一では文化と言いにくい。しかし従来のCDとSACDの関係に格差・ヒエラルキーが存在していることは明白で、両者はなかなか比較の俎上には乗りませんでした。ですが音だけに注目した場合、MQAとDSDでどちらが良いかと言う事は、そう簡単には言えません。MQAが出たおかげで、差別ではない解釈の比較ができる様になったのです。
これは単一の原音をどう解釈するか、それを愛でるという文化の勃興です。今の時代にMQAが出た大きな意義はここにあります。MQA-CDのめくるめく色彩感と階調感は明らかに従来には無いものであり、この違いにこそ、MQAの、オーディオの価値があるのです。
7位:AVプリアンプ マランツ「AV8805」
麻倉:第10位のジュビリープリで2chプリアンプの話をしましたが、今年はAV向けのサラウンド系プリアンプも更新しました。第7位はシアターにやってきたマランツ「AV8805」です。本製品に決めた大きな理由は、最新のイマーシブサラウンドフォーマット「Auro-3D」への対応でした。
今年は春にベルギーへ赴き、開発者でGalaxy Studios会長のWilfried Van Baelen(ヴィルフリート・ファン・バーレン)さんと対談するなど、Auro-3Dで大いに盛り上がりました。現状において、Auro-3Dは場の雰囲気を再現してくれる最適のフォーマットです。なおかつハイレゾも192kHz/24bitまで対応していることから期待大。
ですが対応製品を見てみると、これまではTRINNOV AUDIO(トリノフオーディオ)やStormAudioといったハイエンドブランドが中心で、これらの販売価格はいずれも100万円を超えるものばかり。日本ブランドが強いアフォーダブルなAVアンプでは、なかなかAuro-3Dへの対応が進みませんでした。
それが今年の夏になって、やっとD&M(デノンマランツ)が対応製品を日本で発表。私の自宅シアターはAtmos対応をにらんで、かなり以前からハイトを10本設置していたのですが、よくよく見ると配置も既にAuro 3D向けに出来上がっていました。ならばやはり、新フォーマットに対応させない訳にはいきません。
そこで私が選んだのがマランツです。日本でのAVアンプはデノンブランドの方が有名で、これまで私はマランツのAVアンプに馴染みが無かったのですが、よくよく調べてみると祖国アメリカでは日本とは違い、ラインナップのほとんどがAVアンプとのこと。中でもフラッグシップ機となるAV8805はマランツのオーディオ的な資産を活かして開発されており、マルチチャンネルが同一仕様でセットされています。オーディオで培った本格的な音作りをそのままAVへ応用するという、至極まともな良い発想で作られたAVプリなのです。
――Auro-3Dへの対応はともかく、これまで採用例の無いマランツにスイッチしたのは何故ですか?
麻倉:理由はAuro-3D以外にも2つあって、1つはAV8805における音の方向性が私のシアターと相性が良かったからです。実際にシステムへ入れてみたところ、虚飾の無い音の正しい再現、禁欲的、誠実な音に大変感心しました。一方の2ch系ではジュビリープリで遊びの要素を加えて、愉しい音・ワクワクする音でまとめることで映像と音声のマッチングを図っています。マランツのAVプリはピュアオーディオ的な感覚で、元々ある情報に何もたさない・引かない、増幅はしてもお化粧はしないという様相です。
もう1つの理由はサラウンドにおける音のクオリティの向上です。AV8805は音の情報が多く、クオリティも高い。ほとんどのAVコンテンツは48kHz/24bitで、それは変わらないにしても、録音機器の進化がそのままソフトの音に反映されています。このレベルまで来たのならば、かつてのように“AVアンプが音を創る”という必要性はもうありません。であるならばAVRもピュアオーディオ的な発想で、元々ある信号に対して素直に取り組み、リニアに増幅するというのは実に正しいアプローチと言えるでしょう。
そういう意味で本製品は実に理に適っており、今回の主目的だったAuro-3D/Dolby Atmos/DTS:Xの3フォーマットに全対応します。Auro-3Dの実例を1つ挙げましょう。ウィーンフィルの2017年ニューイヤー・コンサートを5.1.4chのAuro-3Dで聴いたところ、演奏会場の響きの臨場感が実に生々しかったです。着座位置よりも高いステージから音が降ってくるムジークフェラインザール特有の潤い、独特なウィーンなまりのこぶしに表れる芳醇なる質感が、まるでウィーンフィルを眼前に聴いているように感じます。Auro-3Dでの感覚としてはかなり前の席で聴いているようで、響きがクラウドのように頭上に漂っているのです。厚さとクリアさを兼ね備える大ホールの響きがとてもリアルで、ヴァン・ベーレン氏の徹底的に「自然さ」を目指した開発成果が、AV8805を通して私に熱く語り掛けているような気がしました。
6位:UHD BDプレーヤー、パナソニック「DP-UB9000 Japan Limited」
麻倉:第6位はパナソニック「DP-UB9000 Japan Limited」、UHD BDのリファレンスモデルです。“Japan Limited”とある通り、本製品は日本向けのモデルで、欧州市場で先行して発売されているものと型番は同じですが、中身は全くの別物と言って過言ではありません。
――これって今年初めのCESリポート記事で、先生が「とんでもねー話」とかカミナリドッカンだった“あの”プレーヤーの日本モデルですよね。日本での発売が危ぶまれていた……。
麻倉:ですがパナソニックは、本国日本のユーザーを見捨てたりはしませんでした。それどころか欧州モデルよりも遥かにハイレベルなものを用意して、我々を驚かせてくれたのです。
パナソニックのフラッグシップBD機は2013年の「DMR-BZT9600」に始まり、「DMR-UBZ1」でUHD BDに対応。ハイエンド録画機のプレーヤー機能強化という流れがきていました。そしてUBZ1から3年、いよいよ録画を省いたピュアプレーヤーで最高峰を造ります。画質エンジンは刷新、メカもアナログ回路も新設計。音は「Tuned by Technics」。これがUB9000の意欲的な目標です。
パナソニックのやることは“深掘り”。単に新フォーマット環境を忠実に実現するのではなく、新フォーマットを現実した際の問題点も解決するのがとても特徴的です。ではUHD BD環境における問題点は何かと言うと、ズバリHDRの扱いでした。と言うのも、テレビの平均的な輝度はそれほど高くありません。しかしUHD BDコンテンツのHDRフォーマットでは、テレビの性能よりも遥かに高い輝度を持っています。
今時のテレビの輝度は600nitsくらいが全体の7割くらいを占めているのに対して、コンテンツはおよそ半分が最高1,000nitsくらいで収録されています。この乖離は何とかしないといけません。ですがテレビというものは、下は数万円から上は100万円オーバー、メーカー間でもモデル間でも性能が違いすぎるし、当然テレビ内で輝度を変換する機能にも優劣があります。この様な変換機能を使ったとして、果たしてクリエイターが狙った通りのHDR効果が出るか、ここもわかりません。
そこでUB9000が何をしたかと言うと、「自動HDRトーンマップ機能」を搭載。これはすべてのコンテンツにおいてガンマを一度リニアに変換し、接続先であるテレビの性能に応じて最適なピクチャートーンを与えるというもの。どんなテレビとコンテンツの組み合わせでも対応可能で、最適なガンマカーブで最大限のDレンジ表現を提供するというスグレモノです。それに加えて元々パナソニックが持っている「ダイナミックレンジ調整機能」技術もフル活用します。全体的な明るさはこちらで調整し、ピーキーな高輝度部分は自動HDRトーンマップ機能が請け負うという、鉄壁の布陣ですね。この様にDレンジに対して2本立ての調整をかけることで、処理をかけないフラット状態よりもディレクターズインテンションをうんと深掘りできるのです。
――これは凄い! これならば最近のテレビだけでなく、少々古いテレビやプロジェクター環境でもDレンジの改善が見込めそうですね。
麻倉:「Tuned by Technics」を謳うオーディオにも、凄くこだわりを見せていますよ。従来のUBZ1などでも頑張っていましたが、あちらの開発で意見を求められると私は「“情報量”はあっても“情緒”が足りないね」とよく言っていました。なので今回はこの点に気を使い、振動・ノイズを徹底排除。ベースを特厚にしてインシュレーターもハイカーボン製を採用した他、専用電源や独立回路のブロック構成など、「これが最後!」と言わんばかりに、いわゆるオーディオ的な技術を惜しみなく投入しています。
UBZ1以来、UHD BDと言えばパナソニックです。従来だとプレーヤーのラインナップは若干引き気味に位置していましたが、今回ここまで飛び抜けたハイエンドプレイヤーを出してきました。これは間違いなく、この秋の最重要製品のひとつです。
――パナソニックの意地が垣間見えるモデルですね。今後はこのUB9000がUHD BDにおけるリファレンスモデルになっていくのでしょうか?
麻倉:うーん、リファレンスという意味ではパイオニアも考慮しないといけませんね。あちらはオーディオブランドなだけあって音は全力投球ですが、少なくとも絵に関しては、UB9000は間違いなくリファレンスでしょう。
――後編は5位から1位までをお送りします。お楽しみに!