麻倉怜士の大閻魔帳

第54回

LG対サムスンの有機EL競争、戦いの軸は輝度から“色”に

サムスンが発表した第3世代QD-OLED

現地時間1月7日~10日までアメリカ・ラスベガスで開催されたCES 2024。昨年に続いて現地で取材した麻倉怜士氏が、有機ELはもちろん、マイクロLED、さらには透明ディスプレイまでを含めたサムスンとLGによる「ディスプレイ競争」の未来の行く末を占う。

――今年のCESは製品に関する話題が多かった印象です。

麻倉:ここ数年、CESでAV機器は冷遇されてきました。数年前は自動車ショーになるとも言われ、特にコロナ禍以降は、これまでのCESとはまったく違うものを展示しようという流れが強くありましたが、今年はその揺り返しがあったような印象です。

そして話題となった“モノ”も面白いものばかり。昔ほどではありませんが、やはり「“モノ”があってこそのCESだよね」という雰囲気が強く出てきました。

それでもサムスンはSDGsなど概念寄りの話が多かったですが、今年は製品の話を2つしました。ひとつはQ-NED、ミニLEDを使った8Kテレビについて。そしてもうひとつはマイクロLEDを使ったテレビと透明ディスプレイでした。

ひとつおかしいなと思ったのは、カンファレンスではQD-OLED(量子ドット有機EL)について大きく言及されなかったこと。OLED(有機EL)については、特殊なハードコーティング層と表面コーティングパターンにより、外光反射を低減する「OLEDグレアフリー」テクノロジーが発表されてはいますがね。ブースにもQD-OLEDはなかったです。

――おっしゃるとおり、QD-OLEDに関する話はあまり目立った印象はありませんでした。

麻倉:実はカンファレンスの前日に“サムスンデー”というものが開催されていて、そこでメディア向けにQD-OLEDの説明が行なわれていました。私は今年参加しませんでしたが、聞くところによると外光反射を抑えたQD-OLEDパネルがお披露目されたそうです。

また、QD-OLEDを製造するサムスンディスプレイのブースで、カンファレンスで発表されたOLEDグレアフリーについて質問すると「あれはサムスン電子が開発したもので、私たちは関わっていません」とかわされてしまいました。

どちらも実物を見ていないので確信はありませんが、これらの情報から、ひとつの仮説を立てています。

そもそもQD-OLEDは、外部の光を受けると、それがパネル内部で反射してノイズになります。それが「黒が浮く」「暗部が赤くなる」といった欠点として出てくるわけです。

これはパネルの輝度を上げるために、外光反射を防ぐ偏光フィルターを取り外しているから起きている現象です。

この問題については、いろいろなところで指摘されていますし、私自身も言及しています。対策についてサムスンに聞くと「偏光フィルターは使わずに対処する」方針だと言います。

QD-OLEDの長所は色の良さと輝度の高さですが、後者については偏光フィルターを使っていないから輝度が高いわけで、いまさら偏光フィルターを使うわけにはいきませんから。

なので、その外光反射を抑えるための手法を研究しているときに表面コーティングの技術にたどり着き、それを「OLEDグレアフリー」として売り出しているのではないかという解釈はできますね。

本来、グレア、ノングレアといったパネル表面処理はパネルメーカーではなく、パネルを採用したメーカーが決めることですから。あくまで仮説ですが「OLEDグレアフリー」の効果が確かであれば、次世代のQD-OLEDは面白い存在になると思いますよ。

――確かに、課題と言われていた外光反射に対策ができているのかは気になるところです。

麻倉:そして、そんなサムスンも展示していたように、今年は「透明」がキーワードだったと思います。正直、透明テレビが製品になるなんて思っていませんでした。「テレビを透明にしてどうするんだ」と(笑)。

ただ透明ディスプレイ自体は、3~4年前からBtoB業界で、それなりの盛り上がりは見せていました。一昨年、LGのパジェ工場を訪れたとき、現地のベーカリーで透明ディスプレイが活用されている事例を見ました。

お店ではパンを焼いているところを見せているのですが、作業場とお客さんとの仕切りに透明有機ELディスプレイを使っていて、店員が作業している様子が見えつつ、時おり宣伝映像が流れてくるのです。

日本でも、2021年にJR五能線「リゾートしらかみ」で透明ディスプレイ(e-モーションウインドウ)が試験搭載され、車窓の景色に、天気や沿線の観光地などの情報を重ねて表示する試みが行なわれました。

このようにBtoBでは、透明ディスプレイに対するニーズがあります。そしてBtoCについても、去年ごろから採用する動きが出始めていた。実際、去年のCESでも、LGが「OLED T」としてスペースを割いて展示していました。

ただ展示は「確かに後ろにおいてあるオブジェが見えますね」という程度の感想しか出てきませんでした。それが今年はLGのプレスカンファレンスで、製品としては最初にド派手にPRされました。

活用例としては、テレビの奥にオブジェを置いたり、テレビ自体を窓ぎわに設置したりなど、いろいろありますが、LGが一番PRしていたのは「テレビは使わないとき、ただの黒い板でしょう」ということ。たしかに、それは一理あります。

そして、なぜここまで大々的にPRしてきたのかと言うと、若干ではあるものの透過率が向上したから。これまでのBtoB向けのものは透過率40%でしたが、それが45%まで向上しました。

そもそも透明ディスプレイは、透明な画素があって、そこに発光部分が入っています。つまり発光部分をより小さくできれば、透明部分のスペースが広がって、透明度も上がります。つまり、今年のモデルは発光部分がより小さくなったわけです。

発光部分の小型化には、ここ数年LGが取り組んでいる有機ELの輝度向上の成果が盛り込まれているので、輝度も“それなりに”明るくなっています。

とはいえ透過率は45%ですから、映像は若干黄色っぽくなります。画質の面でもピーク輝度は600nits程度。今年の最新パネルはピーク輝度3,000nitsであることを踏まえると「600nitsって、何年前の明るさ?」と思ってしまう。現状では通常のテレビと同じような感覚で使うわけにはいかないのかなと思いますよ。

LGディスプレイによると、近々の目標としている透過率は「60%」といいますから、楽しみです。というのも、車載のディスプレイとして透明型は大きなニーズがあるそうです。なので力を入れているのですね。

またテレビとして使うときは、画面の後ろに黒いスクリーンがせり上がってきます。どうしても黒を表現するためにそういった物が必要になるのです。

そこで気になってくるのは、サムスンが発表した透明マイクロLEDディスプレイ。これは素晴らしくて、とても透明度が高かった。LGのものと比べても透明度は高く感じられました。これは、おそらくマイクロLED自体の発光力が高いことが要因です。

サムスンブースでは“他社”、といっても1メーカーしかありませんが、との比較展示があり、その“他社”のものは、画素の半分を発光部分が占めているのに対し、サムスンの発光部分は1/4くらいの大きさなのです。

先程も説明したように発光部分が小さければ、その分ディスプレイの透明度は上がります。私見ですが透明度は60~70%くらいはありそうに感じられました。

透明ディスプレイと液晶ディスプレイを組み合わせた展示

サムスンは展示方法も工夫していました。透明ディスプレイの背後、1.5mほど奥に普通の液晶ディスプレイを置いた二重ディスプレイにして、さまざまな映像を映し出していました。例えば液晶テレビでサッカーの試合を流し、透明ディスプレイのほうではフォーメーションや選手のデータなどを表示していました。こうすれば、例えばスポーツバーなどで活用できるかもしれませんね。

――家庭よりも、商業施設のほうが導入されるのは先になるかもしれません。

麻倉:またサムスンは、普通のテレビとしてのマイクロLEDにも力を入れている印象でした。マイクロLEDテレビも多くのバリエーションを発表していましたが、ブースでは工場のミニチュアを展示していました。マイクロLEDはこういう風に作って、パッケージングしていますよ、という展示です。

サムスンは有機ELに対して出遅れたわけで、今はQD-OLEDに力を入れていますが、なかなか数は出ていない。だから、サムスンもLGから有機ELパネルを買って、自社のテレビに採用していたりします。2種類のパネルを使って市場を戦っているわけですね。

ただ有機ELの“次”はマイクロLEDだと考えているはず。だから、コンシューマー用途としてアピールを続けています。現状マイクロLEDは値段が高いですが、値段はいつか下がってくるもの。

そうなると表示のスピードや寿命などを考えれば、有機ELよりもマイクロLEDのほうが優れているわけです。“次世代ディスプレイ”では主導権を握ろうという思惑があるのだと思います。

競争軸は輝度から色に

――'24年の有機ELパネル競争についても聞かせてください。

麻倉:今年もLGとサムスンの両方のディスプレイをチェックしましたが、面白いのは輝度の値はどちらも同じということ。去年は両社ともピーク輝度2,000nitsでしたが、今年は3,000nitsまで上がりました。

「META Technology 2.0」

白色有機EL(WOLED)を展開するLGは、マイクロレンズアレイを使った「META Technology」の第2世代「META Technology 2.0」を投入してきました。その中身は過去1年間に蓄積したMLAに関するデータに基づいて、レンズの角度を最適化し、より効率を上げる「Micro Lens Array Plus(MLA+)」と、アルゴリズムの改良です。

特にアルゴリズムは「META Multi Booster」となり、ピーク輝度を高めてきました。ピーク輝度だけでなく、平均輝度も200~300nitsまで引き上げています。

META Technology 2.0ディスプレイの問題は、カラーの再現性でサムスンのQD-OLEDに負けていることです。最近はカラー輝度という概念が重視されつつあります。これはRGBの各輝度を足した数値のことで、例えば赤(R)が300nits、緑(G)が1,000nits、青(B)が200nitsだとすると、カラー輝度は1,500nitsになります。

この数値がピーク輝度と同じであれば、完璧なディスプレイだという考え方です。

このカラー輝度について、サムスンのQD-OLEDは完璧なのです。3つの色を足したカラー輝度と、白輝度の数値が98%くらい一致しているのです。それに対して、LGのWOLEDでは、こんなに高い一致率にはなりません。

WOLEDは、白発光している有機ELの光をカラーフィルターで着色していますが、どうしても輝度が下がるので、その輝度を上げるために白のフィルターを使って明るさをブーストしているのです。このブーストのおかげで、たしかに輝度は上がりますが、その分彩度は下がってしまう。白輝度が3,000nitsに対して、カラー輝度は1,500nits程度になってしまうのです。

ただ去年のMETAパネルは白輝度2,100nitsに対し、カラー輝度は730nits程度だったので、1年で倍になったと考えれば、これは大きな進歩です。

なぜカラー輝度を上げられたのかというと、これはMETA Technology 2.0のおかげ。そもそも白発光している有機EL自体が60%程度明るくなったことで、RGBのカラーフィルターを通した輝度の数値も上がっているのです。そしてRGBの輝度が上がれば、白フィルターでブーストする量を弱めることができます。

先程も説明したように、いままでは画面全体が暗かったので輝度ブーストしていたため、副作用として色が薄くなっていた。しかし、2024年のパネルは元々のRGBが明るくなったので、輝度ブーストの度合いを減らしても問題なくなった。カラー輝度が倍増したのは、これが理由です。

ある値までの輝度だったら輝度ブーストしないという戦略が、META Technologyによって採れるようになりました。実際に色も良くなりましたが、QD-OLEDはもっと良いので、ここは今後の大きなポイントになると思います。LG陣営がどれだけ彩度を上げられるか、ですね。

LGを取材して面白いなと感じるのは、毎年毎年すごく新しいものが投入されていること。2021年ごろまでは、こうではありませんでした。なぜならサムスンというライバルがいなかったから。'21年ごろからQD-OLEDでサムスンが乗り込んでくるぞという話になり、「我々もなにか手を打たなければ」とブランディングしたのが、'22年に登場した「OLED.EX」でした。それがたった1年でMETAになり、今年はMETA 2.0に進化してきました。今後も変わっていくでしょうね。

――対するサムスン陣営はどうでしょう?

麻倉:一方のサムスンも、第3世代のQD-OLEDパネルを出してきました。こちらもピーク輝度は3,000nitsまで上がっています。去年はQD-OLEDの青色発光層に新材料「OLED HyperEfficient EL」を使って光源効率を高め、AIを使って各画素の情報をリアルタイムで収集し、そのデータを元に発光を最適化するインテリセンスAIを使って性能向上を果たしていました。

今年はアルゴリズムを刷新し、Quantum Enhncerという画像ICを開発し、信号処理による強力な画質向上を目指してきました。

またQD-OLEDについては消費電力が下がっているのもポイントです。実はサムスンは、ライバルのLGが発表していない平均輝度も公にしています。ピーク輝度3,000nitsで、平均輝度は300nitsです。

そもそも、ピーク輝度とは画面の一部を使って測定した明るさ、平均輝度は画面全体を白表示にして測った明るさです。そして面白いのは、第3世代QD-OLEDはピーク輝度と平均輝度で、消費電力は同じだというのです。一般的に全画面を使う平均輝度のほうが消費電力は高いものですが、そこを抑えられているのがQD-OLEDの強みのひとつですね。

標準のカラーリファレンス、PANTONEとの比較デモ
有機ELモニターのソニーBVM-X300(RGB発光)をリファレンスにした、QD-OLED映像との色の比較デモ

また今年は“リファレンスディスプレイ”と同じ色が出ていることも強く訴求していました。RGB発光なので、RGBの色の良さが出ている、というわけです。色のリファレンスのひとつに「PANTONE」がありますが、会場ではゴッホやクリムトなどの名画をQD-OLEDディスプレイで表示して、「PANTONEでの原画の色番号と、ディスプレイの色が同じですよ」とPRしていました。

2社を見比べると、これまであまり言及されてこなかった色というものに対して、どちらも力を入れてきました。これからは色の魅力、正確性・再現性というものがテーマになるなと強く感じますね。

「テレビは使わないと黒い板」問題の解決法は折りたたみ?

――テレビメーカー以外のブースで衝撃を受けたディスプレイがあったそうですね。

137インチのLEDディスプレイ。ブランドは「C SEED N1 TV」

麻倉:先程透明ディスプレイの話をした際、LGが「テレビは使わないときは黒い板」と言っていました。つまり“見ていないときにテレビがあるのが嫌”というわけです。

解決策としてプロジェクターもありますが、テレビとしては使いにくい……。そんな悩みを解決する素晴らしいソリューションを、オーストリアのCSEEDという会社が展示していました。それはLEDディスプレイを“折りたたむ”という手法です。

背面。ヒンジが見える
ディスプレイはZ型のように折りたたまれる

会場には137インチのものが展示されていて、ディスプレイの後ろに蝶番があって、Z型のように折りたたまれるのです。展開もボタン一つ。すべて電動です。同社のカタログを見ると“根本”の部分を床に埋め込んでありました。価格も3,000万円と、富裕層向けではありますが。

――まるで屏風ですね。

麻倉:ギミックだけのディスプレイかと思ったら、画質もとても良い。マイクロLEDではなく、ただのLEDディスプレイなのですが、4Kディスプレイで、そこまでギラついた印象もありませんでした。

CSEEDという会社はサイネージ企業らしく、その技術を応用して家庭用モデルを作っているそう。この折りたたみディスプレイ、日本では販売されていませんが、ヨーロッパ、韓国、アメリカではすでに販売されています。

アンプとスピーカーが内蔵された大部分

今、ホームシアターのハイエンドは基本的にはプロジェクターですが、もっと明るい部屋で、大人数で楽しみたいというユーザーは存在します。展示モデルも137インチで十分巨大でしたが、もっと大きなものもラインナップしていました。そういった超大画面があれば、例えば明るい部屋でお酒でも飲みながら、みんなでスポーツ観戦したいといったニーズが必ずあります。富裕層となれば、なおさらです。

そんな超大画面でもスクリーンであれば巻き取ってしまえば隠せますが、例えば部屋に137インチの“黒い板”がずっとそこにあるのは鬱陶しいわけです。だからといって、「それなら畳んでしまおう」という発想は力業のような気もしますけどね。

このCSEEDや透明ディスプレイのように、今年はテレビを使わないときにどうするか、というソリューションの提案が多かったと思います。これはかなり画期的なことで、これまでテレビは使っている時の画質がどうか、ということばかり何十年も取り組んできました。それが、いよいよテレビを使わない時はどうするか、という領域に入ってきたのだなと思いますね。

――AV Watchでも「黒画面から解放」としたLGの記事への反応が飛び抜けていて、どれだけユーザーが“黒い板”を嫌っているのかを改めて強く感じました。

麻倉:これまでテレビを使っていないときは、例えばゴッホの絵画だったりを表示するというソリューションもありましたが、そもそも存在感を消してしまおうという流れですよね。これは興味深く感じました。

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表