大河原克行のデジタル家電 -最前線-

「EXILE展示」が、年末商戦のテレビ売り場を盛り上げる

~シャープ、フリースタイルAQUOS店頭展示のウルトラC~


フリースタイルAQUOS

 シャープが、11月下旬から薄型テレビ「フリースタイルAQUOS」の新たな店頭展示を開始する。

 この展示には、いくつかの異例ともいえる取り組みがある。その点では、むしろ、シャープの挑戦ぶりを伺いしることができる取り組みといえる。



■ シャープが始めた3つの取り組み

 まずひとつめは、製品を重ね合わせる展示としたことだ。

 量販店店頭において、製品を重ねて展示するというのは、これまでは御法度とされてきたもの。製品が重なれば、当然ひとつひとつの製品が見づらくなり、訴求力が落ちるからだ。

 しかし、シャープは、フリースタイルAQUOSの年末商戦向けの展示提案に、製品を重ねるという「禁じ手」を使ってきた。

 シャープ AVシステム事業本部液晶デジタルシステム営業部・居石勘資部長は、「この展示方法を量販店に提案するかどうかという点では、社内でも多くの議論が交わされた」と前置きしながら、その理由を次のように話す。

 「フリースタイルAQUOSの薄型、軽量、ワイヤレスという特徴を最も訴求するには、製品を重ねて展示するのが最適だと考えた。立体感を持たせた重なり合う展示が、軽さを表現する軽快感を演出し、薄型であることを表現することにつながった」。

 フリータイルAQUOSの特徴は、電源ケーブル以外の配線を不要にして、壁掛けを実現できるという点だ。20型モデルでは、持ち運んで場所を変えて視聴するという提案も行なっている。

 だが、これまでの提案方法では、「超薄型の液晶テレビが展示されている」ということだけに留まってしまい、「フリースタイル」という意味が伝わっていなかった反省があった。他社の薄型テレビと同列で見られてしまっていたわけだ。

 そこで、「店頭にきて、うちのテレビとちょっと違うな、と感じてもらう展示が必要だった」(居石部長)ともいえる。それを狙ったのが、今回の立体型の重なり合う展示なのだ。

立体的に重ね合わせる「EXILE展示」
15日に店頭施策/プロモーションについて説明会が行なわれた

 2011年7月24日のアナログ停波後も、量販店のテレビ売り場の展示方法はそれほど大きな変化はなかったといえる。2台目需要の増加にあわせて、20型クラスのテレビの展示がやや増加したぐらいだろう。

 地デジ化を合い言葉にしたテレビの買い換え需要は、数年先に需要も先食いしたともいわれており、7月24日以降の薄型テレビの販売は極端に落ち込んだ。そして、それまでは市場全体が価格優先で動いたという点でも、7月24日以降の市場環境は大きく異なる。

 すでに薄型テレビを購入した人たちに対して、メーカー各社は「付加価値を訴求することで需要を喚起する」と異口同音に語り、それに向けた製品づくりを進めてきたが、売り場の展示はそれを訴求するには力不足のままだった。つまり、従来の台数を売るために店頭展示から脱却できていなかったのだ。

 今回のフリースタイルAQUOSの展示は、その点では「うちのテレビと違う」ということを感じさせてくれる手法だともいえよう。「おやっ」と思ってもらうことで、売り場に留まってもらうことができるからだ。

 この展示を、「EXILE展示」と呼ぶ業界関係者もいるようだ。人気男性グループEXILEのダンスパフォーマンスのように、重なりあう演出が、格好よくみえるというところから来ているのだろう。

 すでに米国市場では、海外メーカーが同様の展示に踏み出しているというが、日本ではこの展示方法は初めてだといっていい。

 もうひとつは、この新たな展示が11月下旬から行なわれるということだ。

 業界内では、8月~9月にかけて、量販店との商談がほぼ終わっており、売り場のどこに、どのメーカーが、どれぐらいのスペースをとって展示するということはその時点で決定している。少なくとも10月上旬にはすべての展示が年末商戦用に変えられ、そのあとでの変更というのは、よほどの新製品が登場しない限りは、まさに異例だといえる。

 しかし、今回のフリースタイルAQUOSの新たな展示は、すでにすべての提案が決まったあとに追加で提案されたものだった。しかも、フリースタイルAQUOSには、12月1日から新製品発売があるものの、市場全体を激震させるような特別な戦略的製品が追加されたわけでもない。

 しかし、シャープでは、量販店各社に対してトップ商談で新たな展示を提案。直接、ブレゼンテーションを行なうという、これもまた異例の措置に打って出たのだ。

 シャープによると、フリースタイルAQUOSの新展示は、最大規模で横5メートル40cmとなる大型展示。それにも関わらず、全国1,500店舗での展示が行なわれることになるという。

 そして、3つめには、この展示がシャープの薄型テレビにとって、メイン展示ではないということだ。

 すでにシャープでは、年末商戦向けにクアトロン搭載液晶テレビによる展示ブース提案を行ない売り場づくりが完了している。

 フリースタイルAQUOSは、「2012年度には全体の30%を見込みたい」(シャープAVシステム事業本部液晶デジタルシステム第1事業部 戸祭正信事業部長)としているが、「年末商戦では10%が目標」(戸祭氏)と、まだ全体の1割。シャープにとって、クアトロン搭載製品が主力であることには間違いないのだ。

 クアトロンによる展示が行なわれている店舗は全国で約1,800店舗。つまり、そのうち、約1,500店舗において、シャープの液晶テレビ売り場が拡張され、クアトロンと横並びで、フリースタイルAQUOSの新たな展示を行なった計算になる。これも異例の措置だといえる。



■ “接客型のテレビ”に合わせた展示

 では、量販店は、なぜこれだけフリースタイルAQUOSの展示に前向きになるのだろうか。そこにもいくつかの理由がありそうだ。なかでも最大の理由は、付加価値提案へとシフトし切れていなかった薄型テレビ売り場を改革するきっかけに、利用したいという量販店が多かったことだ。

 テレビ売り場は過去2年間に渡って、提案型の売り場づくりをしてこなかった。正確には、空前の需要を前にして、そうした売り場づくりができる状況ではなかったといっていい。

 価格やエコポイントなどの説明、部屋の大きさとそこに入るインチサイズはどれかといった話が前面に出て、ゆっくりと説明しながら、画質や音質を比較するという売り方はしてこなかった。

 3Dという新たな技術が登場しても、それが購入促進の切り札にはならなかったのも同様の理由がある。3Dテレビを実際に見ることができる環境が店内には用意されてはいたが、来店客が勝手にそれをのぞき込むだけで、横でじっくりと説明をしてくれる店員は皆無に近かった。

 勝手に視聴した来店客は「スゴイ」とは言うが、テレビ売り場の店員は、そこから時間をじっくりかけて説明し、購買に移すだけの手間をかけることができなかった。

 それに対して、白物家電売り場に行けば、電子レンジで作った料理を試食させ、掃除機は実際に比較しながら選択でき、マッサージチェアでは、マッサージにかかっている来店客の耳元で低い声でささやきながら説明するというように、じっくりと時間をかけた接客を行なっている。薄型テレビ売り場は、約2年に渡ってこうした接客を忘れていたのだ。

 シャープのフリースタイルAQUOSは、接客型の製品といえるものだ。同じインチサイズの商品に比べて割高である一方で、ワイヤレスチューナーによる商品構成としていること、簡単に家のなかでも壁掛けができるという提案が可能なことは、店員の説明を聞かないとその魅力が理解しにくいだろう。

 日本で薄型テレビを壁掛けしているという人は従来はわずか1.1%であったのに対して、フリースタイルAQUOSでは19.6%の人が壁掛けを行なっていること、さらに43.1%の人が壁掛けをしてみたいと回答していることを考えると、フリースタイルAQUOSの魅力をいかに伝えるかによって、販売が増加するということにつながるものと想定できる。

 1,500店舗が11月下旬に薄型テレビ売り場を変更するというのは、薄型テレビの売り方を変えたいという量販店の強い想いが根底にあるといってよさそうだ。

(2011年 11月 22日)

[Reported by 大河原克行]


= 大河原克行 =
 (おおかわら かつゆき)
'65年、東京都出身。IT業界の専門紙である「週刊BCN(ビジネスコンピュータニュース)」の編集長を務め、2001年10月からフリーランスジャーナリストとして独立。BCN記者、編集長時代を通じて、20年以上に渡り、IT産業を中心に幅広く取材、執筆活動を続ける。

現在、ビジネス誌、パソコン誌、ウェブ媒体などで活躍中。PC Watchの「パソコン業界東奔西走」をはじめ、クラウドWatch、家電Watch(以上、ImpressWatch)、日経トレンディネット(日経BP社)、ASCII.jp (アスキー・メディアワークス)、ZDNet(朝日インタラクティブ)などで定期的に記事を執筆。著書に、「ソニースピリットはよみがえるか」(日経BP社)、「松下からパナソニックへ」(アスキー・メディアワークス)など