藤本健のDigital Audio Laboratory
第746回
深圳で見た、中国カスタムイヤフォンメーカーのものづくり。電気街も探索
2017年11月27日 13:20
先日、知人K氏に誘われて、初めて中国の深圳(シンセン)に行ってきた。「深圳って、秋葉原を巨大にした電気街らしい」という、とてもいい加減な知識しかないまま、やや勢いで行ってきたのだが、かなりなカルチャーショックを受けると同時に、あまりの面白さに魅了された。3泊4日の旅行だったが、その中で2社のオーディオ機器メーカーの開発現場にも訪問してきた。実際、どんなところだったのか、2回に渡ってレポートしたい。
3回目の中国で感じた様々な驚き
筆者が中国に行ったのは、かなり久しぶりで3回目。2000年ごろ「これからは中国だ! 」という思いから中国人の先生について2~3年中国語を習い、中国語検定を取得したこともあった。その先生の結婚式に参加するために2001年に北京に行ったのが最後だから16年ぶりのことだ。今回、中国に行くことになったのは、とある飲み会の席で深圳が話題になり、「行ってみたい」と話したら、K氏がまさに深圳近辺の会社との付き合いのある人で、それなら「3週間後の水曜日からならちょうど都合が合うので行こう! 」ということになり、あまり深い考えもなしに行くことになった。深圳にも空港はあるが、本数も多く利便性が高いのは香港、ということで飛行機で羽田から香港へ。今回一緒に行ったのは筆者とK氏、それにK氏の同僚で日本に十年近く住んでいるという上海出身の中国人のY氏の3人。
詳細なスケジュールは何も知らずに昼過ぎに香港の空港に到着したのだが、そこで告げられたのは「今日は珠海に行き、一泊します」という話。香港に入らずに空港から直接船で珠海に行く方法がある、とのことだったが、時間的に間に合わなかったので、ここで入国手続きをした上で、タクシーに乗って20分ほどかけて深圳への出入境地点へ。ここを通過できる香港・中国のダブルプレートナンバーのクルマもあるらしいが、ここではタクシーを降りて、歩いて出国・入国のゲートをくぐって、いよいよ中国本土へ入った。
中国側に入ると、目の前に広がる深圳の風景には不思議な形をした高層ビルや近代的な建物。明らかに異国に来たというか、近未来都市に来たような感じがする。
ちなみに、香港側にいたときは、Wi-Fiなどを通じて普通にネットにアクセスできたが、中国側に入ると、インターネット接続はできても、中国当局による規制によってGoogleもFacebookもTwitterも使えなくなる。なるほど、これが中国なんだと実感するところではあるが、そこでK氏から手渡されたのがモバイルWi-Fi。中国と香港で利用できるローミング対応のSIMが入っており、日本国内と同様、Googleなどへも普通にアクセスできる。これが2GBで約2,000円とのことだったので、規制もそこまで厳しくはないのかもしれない。
さて、その日の目的地は深圳ではなく、湾の向こう側、約30km先にある珠海。この国境からさらに中国側のタクシーに乗って、深圳の新しい港、蛇口へ。乗ったタクシーは、深圳市内で生産された電気自動車だったが、音も静かで快適。そして支払いは、最近話題の中国電子決済システム、WeChatPayだ。K氏のiPhoneでアプリを起動してQRコードをカメラで捉えてピッとすれば支払い完了。なかなか便利そうだ。
巨大な国際港、蛇口から高速艇に乗って、珠海へ。切符を買うとき、船に乗るときなど、いつ何時でも、中国人ならIDカード、外国人ならパスポートを提示しなくてはならないのが、管理社会だなと思ったところではあるが、この辺でも異国であることを感じさせられる。
この船に乗っていると、船と並行するようにずっと橋が見える。これは現在工事中で香港~珠海~マカオを結ぶ港珠澳大橋。今年末に完成予定で、完成すれば全長35kmの世界最大の橋になるんだとか。いろいろとスケールが大きいことに驚くばかりだ。
清華科技術園で見た、Unique Melodyカスタムイヤフォン作り
珠海に到着するともう夕方。複数のイヤフォン関連の会社を持っているというオーナーとの会食ということで、ちょっと豪華な食事をごちそうになって終了。そして翌朝向かったのが、珠海の産学共同のインキュベーションセンターである清華科技術園。
理工系が中心という中山大学の隣にある、このインキュベーションセンターには、数多くのベンチャー企業が集まっており、IT系を中心にさまざまな企業が育っているのだとか。その中の目的の会社は、前日会食したオーナーの会社であるオーダーメイドのカスタムイヤフォンメーカー、Unique Melody。国内ではミックスウェーブが輸入代理店として取り扱っている。
ちょっとシャイなオーナーは「自分は製品のことはよくわからないから」とすぐに隠れてしまい、代わりに迎えてくれてのは技術マネジャーである邹俊峰(ジョウ・ジュンフェン)氏。この会社は設立してちょうど10年、当初は補聴器専門で開発しおり、ユーザーの耳型を取ったうえで、その人専用の補聴器を作る仕事をしていたそうだ。
ジュウ氏をはじめとする設立メンバー4人はみんなPhonak(フォナック)というスイスの補聴器会社の出身。Phonakの外部協力会社という形での独立だったため、補聴器を作っていたが、音楽向けのものを作っていきたいという思いがあって、途中からイヤフォンに移行していき、現在は完全にイヤフォン専業のメーカーとなっている。ただ、設立した当初は、そもそもカスタムイヤフォン自体が浸透していなかったこともあり、ビジネス的には苦労もあったようだ。「一部のお客さんから、他社製品だけど、自分の耳の形に合わせて修正をしてほしい、といった依頼を受けて改良するところからスタートしていました。そうした中で、ユーザーがどんな音を好むのか、どうすると好みの音にすることができるのかなど、ノウハウを少しずつ蓄積して成長してきたのです」とジョウ氏。
現在は年に6,000個くらいを生産しているそうだが、すべてここで作業している。ジョウ氏によれば、需要はまだまだあるけれど、これ以上大規模にすると、品質管理が難しくなるので、この規模で続けていくつもりとのこと。
では、ここで何を作っているのかというと、バランスド・アーマチュア(BA)ドライバを複数搭載したイヤフォン。主力製品は片耳につき4~12個のドライバを入れたイヤフォンだが、最新製品では16個も入っているという。筆者もイヤフォンの最新事情に疎くなっていたのだと思うが、せいぜい片耳につき3~4ドライバだろうと考えていたのに、12個とか16個もドライバが入っていると聞いてちょっと驚いた。このドライバ自体はUnique Melody製というわけではなく、デンマークのSonionやアメリカのKnowlesのものを輸入して使っているそうだ。
基本的な生産の流れは、まず購入者の耳型を3Dスキャナを使ってデータ化。このデータを元にして3Dプリンタを使ってイヤフォンの基本的な形を作り出す。そして、これにBAドライバを組み込んで配線していく。ここで精密に組み合わせてイヤフォンへと仕上げていくのだが、問題となるのが左右バランス。耳の形状によって、また組み込んだ個々のBAドライバのバラツキなどによって、バランスが崩れてしまうことがあり、そうなると製品としては致命傷になりかねない。
そこで、イヤフォンの先端部分の音を測定器で測り、左右がアンバランスになっていないかを確認していく。ここで問題があった場合は、BAドライバを交換するなどして、調整を行なうといったかなり地味で時間のかかる作業が行なわれる。ちなみに従来は、送られてきた耳型を元に樹脂で型を取り、そこに別の樹脂を流し込んで……という作業が中心であったが、3Dスキャナで正確に、また非常に細かくデータを取ることで、同じ顧客のイヤフォンをすぐ作れる体制になっているという。
こうしてできたイヤフォンの形を整えるとともに、数日間のエージングを行なったうえでパッケージに入れて出荷するとのことだが、作業現場を見学したところ、かなり細かく精密な作業を手分けして行なっているようだった。
平面振動板の自社製ドライバにも着手
ジョウ氏によると、手作業も多いため、どうしても少量生産ではあるけれど、大規模化していくつもりはない、という。大規模化すると、どうしても品質管理が行き届かなくなるから、この規模で続けていくという。ただ、現状では社員の多くが生産に携わる形で、新規開発がなかなかできないため、今後、開発の人数を増やし、より付加価値の高い製品作りをしていきたいとのこと。
その目玉となるのが、自社ドライバへの切り替えだという。前述の通り、現在使っているBAドライバはデンマークやアメリカ製だが、今後Planer Magnet(平面振動板)というBAドライバとは大きく異なる仕組みの新型ドライバも採用していく予定なのだ。これはコンデンサ型ヘッドフォンと近い構造だが、コンデンサ型ヘッドフォンと異なり専用のアンプなどは不要で、普通のイヤフォンとして利用できるのだとか。
複数組み合わせるBAドライバと違い、1個で構成されるから低域から高域まで連続し、自然で一体感がある音になるという。サイズ的には直径18mmで、ダイナミックドライバと比較して振動板が薄いので、より解像度が高く、情報量が増えるのが特徴だという。これがユーザーにどう評価されるかによっても変わってくるが、Unique MelodyとしてはBAドライバ製品より上の製品として打ち出していきたい考えのようだ。BAドライバと異なり外部調達でなくなるから、原価も下げることができるのも重要なポイントとなっているようだ。
深圳の電気街にも行ってきた
ところで、社内を案内してくれた30歳くらいの女性社員の方と話をしていて驚いたのが、現地の住宅事情。現在はこのインキュベーションセンターの隣の社員寮的な安いところに住んでいるが、先日、職場からクルマで10分程度のところにマンションを買ったそうだ。200m2というから、かなり広そうなところだが、金額は日本円で1億円弱。Unique Melodyが特別高収入な会社というわけではなく、現地においてはごく標準的な給与水準と言っていたが、現在の日本とは金銭感覚も大きく違うことを実感した。「今の中国はバブルだ」と言ってしまえばそれまでだが、新築マンションが飛ぶように売れており、珠海なら珠海に住民票を持っている人でないと購入できないのだとか。市内を走っているクルマも半分近くがドイツ車という感じで、経済力のすごさを見せつけられた思いだった。
その後は再度、船に乗って深圳へ。今度こそ、秋葉原的なところを見に行こうと向かった。知っている人なら当たり前のことだが、深圳=電気街というわけではなかった。20~30年前までは小さな漁村だったという深圳も、現在は人口1,400万人という中国4番目の大都市。人口的にも広さ的にも東京とほぼ同規模といっていい大きな街だったのだ。その中心部である華強北こそが、筆者が行きたかった電気街。
地下鉄の駅付近から歩いていくと、確かにここは巨大な秋葉原だ。ただし、現在の秋葉原というよりも20年前の秋葉原といっていいかもしれない。コンデンサばかり売っている店、さまざまな小型LEDを売ってる店、数多くの型番のトランジスタを売ってる店……と小さな部品屋が果てしなく並んでいる。その規模は、秋葉原の2倍くらいという感じだろうか。
実はこのとき一緒に電気街を回ってくれたのは、筆者のリクルート社員時代の同期の友人で、香港人のC氏。こちらに来ていることを連絡したところ、香港からバスや地下鉄を乗り継いで遊びに来てくれた。C氏はリクルートを退職後、アメリカ系の某大手通信会社で仕事をしていたが、当時からこの電気街、華強北にはよく仕事で来ていたという。ただ、以前に比べると、だいぶ規模も縮小しているそうだ。というのも、中国でもネット通販がどんどん便利になってきているから、わざわざ出かけてリアル店舗にいかなくても、何でも購入できてしまうというのが大きな理由。
もう一つの理由は出店する側にとっても家賃が高騰していて、経営が難しくなっているからだ。聞いたところ、いい立地の場所だと、2畳くらいの小さなスペースで月の家賃が100万円近いんだとか。その家賃で、安い部品を売っていてもさすがに儲からないというわけだ。ただ、街を見渡すとヨーロッパ、アメリカ、中東、インド、アフリカと、世界中から人が集まってきており、いろいろな言語が飛び交っている。彼らとの取引で莫大な商いに結び付くケースが多いから、高い家賃でも店を維持しているところも多いそうだ。ここでもスケールの違いを感じた。
ちなみに筆者は、この電気街を回りながら、4K動画撮影可能な小型アクションカメラを3,000円弱でゲット。できるなら3日くらい、この街のお店を歩き回りたかったが、友人との久しぶりの再会ということもあり、3時間ほどで探検は終了となった。
そして翌日は、オーディオ機器開発のエキスパート・エンジニアに会いに深圳郊外へ。コルグの真空管Nutubeを搭載した世界初の量産型アンプ製品など、数々のユニークな製品を開発しているこのエンジニアの話は次回することにしよう。