藤本健のDigital Audio Laboratory

第747回

深圳のエンジニア社長から感じた、中国オーディオメーカーが持つ強さの理由

 前回の記事でもお伝えした通り、先日、香港の隣にある中国の都市、深圳(シンセン)に行ってきた。筆者にとって16年ぶりとなった中国は、景気の良さやその活気ある雰囲気、そしてほとんど現金を使わずすべて電子決済に移行している社会インフラの進化に驚かされるとともに、日本は大丈夫なんだろうかと不安に感じてしまうものだった。

 3泊4日の日程で行った中国の3日目、Oriolus Chinaという、面白いオーディオメーカーに行ってきた。今回はこの会社の社長で、メインエンジニアである饒有良(ラオ・ヨウリン)氏の話を中心に紹介したい。

各国オーディオ製品を手掛けたエンジニアが、マニア向け製品で会社設立

 3日目はOriolus Chinaに行くということで、クルマに乗り、高速道路で移動した。Oriolusがあるのは、深圳の北、深圳空港の近くで、深圳の中心地で電気街がある華強北からは1時間くらい。途中、車窓からは、まだまだ発展している深圳の街並みが見える。高層ビルがどんどんと建設されているが、クルマで走っても走っても、高層ビル群が続く。その多くはマンションとのことで、どの家もだいたい1億円以上とのことで、高級なものだと5億を超えるとのことだから、すごいことになっているのは実感する。

高層ビルがどんどん建設中

 途中、いろいろなところに寄ったこともあり、到着したのは、夕方遅く。20階建てくらいの雑居ビルで、なかにはIT系企業などたくさんの会社が入っているそうだが、Oriolusはその一室。

Oriolusの窓からの景色

 終業時間を過ぎたころだったので、10人程度いるという若手の開発エンジニアも帰宅するタイミング。社長の饒氏自身がお茶を入れて出迎えてくれた。

饒有良氏
おいしいお茶を入れてくれた

 広東省出身の饒氏は、大学の電子工学科を卒業した後、台湾系の企業に就職し、衛星テレビの受信機の設計開発をしていたのが社会人のスタート。その後、香港系の企業に転職した。ここは世界各国のオーディオメーカーへのOEM、ODMを行なう下請けメーカーで、ここでオーディオの開発を行なったのが、現在の饒氏の技術のベースとなっているという。デノンやマランツなど数多くのメーカーのCDプレーヤーやエントリーモデルのパワーアンプ開発など担当したそうだ。その後、2008年に知人と新しい会社を共同で設立し、やはり最初はOEM、ODMメーカーとして据え置き型機材を中心に開発し、その後ポータブルDVDやポータブルオーディオの開発していったという。もちろん、開発は饒氏が中心に行なってきたのだが、共同経営者との理念が分かれてきた結果、2年前にその会社から抜けたとのこと。当時のことをあまり多くは語らなかった饒氏だが、実はその会社が、日本でも著名なポータブルオーディオメーカー、iBasso Audioだったのだ。

 「やはりエンジニアとして、もっと音がいい製品、マニア層から見ても評判のいいポータブルオーディオ製品の開発をしていきたかったのですが、前の会社ではそれができなくなってきたのです。そこで、オーディオマニアの人たちだけにターゲットを絞り、彼らに認められる製品を作り続けていきたいと思い、新しく自分の会社Oriolusを立ち上げたのです」と饒氏。

 饒氏の会社ではあるが、Oriolusブランドは饒氏とヒビノインターサウンドのエンジニアリングチーム、それに日本の商社であるサイラスが共同で立ち上げたもの。ポータブルアンプ、ポータブルプレーヤー、イヤフォン、ヘッドフォンといった分野の製品を作っていくことがこの新会社のミッションとのことだ。ただし、ただ製品を開発するというのではなく、Oriolusとしては2つの指針があるという。

 「1つは音質であり、それが何といっても一番重要なところです。その一方で、マニア心をくすぐるような仕掛けをしたハードウェア的設計をしたい、という思いを持っているんです。従来からオペアンプを交換できるといった機材がありますが、その先を行くものですね。やはり基板を何らかの形でいじれるとか、Raspberry Piと組み合わせてユーザーが自由に改良できるとか、いろいろな面白さを打ち出していきたいと思っているんです」と聞いているだけでも、なんかワクワクしそうな発想で仕事をしているようなのだ。

 そんな発想の会社だから、社員もみんな技術者ばかり。そしていつも最新の技術に興味を持っているような人を集め、みんな日々楽しみながら開発に取り組んでいるとのこと。

 「ポータブルオーディオ市場は、日本と中国が大きなマーケットです。現時点ではヨーロッパやアメリカマーケットは、それほど盛り上がっていないのが実情ですが、きっとそのうち欧米でも火がつくはずと思って、楽しいものを開発しています。最新の技術をどんどん取り入れながら、社員とともにいろいろなアイディアを出し合っているんですよ」(饒氏)

 でも、最新技術はともかく、どうやってマニア層が納得する音作りをしているのだろうか? その点について饒氏に聞いてみた。

 「基本的に音作りのベースで重要になるのが電源管理を徹底的に行なった基板設計です。ここをこだわりぬかないといい音にはなりません。次は信号増幅のための電気パーツの選別です。ここは経験とともに、さまざまな実験も必要になってきます。組み合わせやチューニングによって音は大きく変わってくるから、ここも非常に重要なポイントになってくるのです。問題は、どうやって音を判断するのかですが、まず最初にチェックするのは測定データです。ここには自分たちで作った基準があり、その基準をクリアできなければ、当然設計のし直しとなります。その後チューニングを行なっていくわけですが、ここは昔の据え置き型で培った設計ノウハウを踏襲しつつ、日本や中国のマニアユーザーのみなさんからのフィードバックを参考にしながら音作りをしているのです」とのこと。

社内には測定器類が山ほど
信号増幅のために、電気パーツを選別

 今回の中国旅行に同行してくれたK氏によれば、饒氏に機器の概要を伝えて設計を頼むと、3、4日後にはプロトタイプになって送られてくるのだという。そんなスピード感で仕事ができる人はほかに知らないし、日本のメーカーに頼んだりすると、そもそもその仕事を受けるかどうかの議論だけで数週間が経過するといった具合で、話にもならないという。そのため、名前は出ていないけれど、饒氏のところで設計されたポータブルオーディオ製品は、市販品はもちろん、雑誌の付録なども含め、数多くあるという。

 社長でもある饒氏、現在彼のエンジニア的な役割としては、エンジニアたちが作った回路をチェックし、意見するとともに、最終チューニングも一緒に評価していくということだそうだ。とはいえ、根っからのエンジニアだけに、最新の技術や結構ユニークなアイディアの商品開発は、社長自ら行なっているようだ。

社長自ら開発することもしばしばだという

ハイブリッド型カスタムイヤフォンやNutube搭載ポタアンなど。アンプ/DAC交換できる製品も開発中

 では、実際にOriolusとしてどんな製品があるのだろうか? まずはイヤフォンが2つあるという。ひとつは、社名と同じOriolusという名前の製品で、BAドライバとダイナミックドライバを組み合わせたイヤフォン。プロトタイプを日本のヘッドフォン祭で参考出品したところ、ファンが絶賛してくれて、そこからさらにブラッシュアップして製品化した結果、同社の大ヒット製品になったそうだ。

 現在はその第2世代バージョンのOriolus 2ndが販売されているほか、5万円程度で販売されているエントリーモデル、Oriolus Forsteniもある。

Oriolus 2nd
Oriolus Forsteni

 一方で9月に発売を開始したのがコルグが開発した小型/低消費電力の真空管「Nutube」を搭載したポータブルヘッドフォンアンプのNT-1だ。Nutubeについては以前、この連載でも詳しく取り上げたことがあったし、いろいろなところで試作品が発表されているが、実際商業ベースでNutubeを採用した量産製品は、NT-1が世界初とのことだ。

Nutube搭載の「NT-1」

 またDAC内蔵ポータブルヘッドフォンアンプ「BD10(CEIBA)」、ポータブル真空管ヘッドフォンアンプ「BA10(OAK)」など、さまざまなユニークな製品を開発してきている。

BD10(上)とBA10(下)
BA10の中身。真空管が見える

 いま開発中なのが「DP150」という、新しい発想の製品。これはユーザーが中身を自由自在にいじれるというポータブルオーディオプレイヤー。中身的にはプレイヤーシステムとともにDACシステム、アンプシステムから構成されていて、DACチップの載せ替えやオペアンプの載せ替えができるのは当然のこととして、アンプ回路のすべて、DAC回路のすべても交換できてしまうというのだ。

開発中のDP150
アンプカードとDACカードを交換できる

 「このDP150はアンプカードとDACカードが入っており、これを交換できる形にしました。このうちアンプカードはLGが音楽スマホ用に作った規格があるので、これに準拠した仕様にしています。一方で、DACカードという規格はなかったので、これをウチで作ったのですが、すでに規格自体はオープンなものとして公開しており、現在、希望する個人のエンジニアに無償で提供しているので、今後個人や企業からも差し替え可能なDACカードが登場してくる可能性があります。もちろん、OriolusとしてもそうしたDACカードやアンプカードを提供できればと考えているところです」と饒氏。

 ほかにも、まだ記事にするのはNGということで見せてもらったRaspberry Piオーディオの試作品や、まったく新発想のヘッドフォン、アンプなどもあり、これからがかなり楽しみなところだ。これだけの企画力、開発力があれば、他社へのOEMやODMといったものは不要なように思うが、その辺について饒氏はどう考えているのか?

 「現状においては、“自社ブランド製品:OEMやODM製品”の比率は95:5で圧倒的に自社ブランド製品に重きを置いています。ただ、社員メンバーも私も数多くのアイディアを出しており、ボツになった試作品もたくさんあるのです。ただボツになった理由は性能が悪いからということではなく、Oriolusとしてのコンセプトに合わないということで製品化しなかったものばかりです。そうしたボツ製品の中には、他社のニーズに合致するものもあるし、ウチで開発した技術を簡単に組み合わせるだけで製品になるケースもあるから、そうした場合は提供していくケースもある、ということなんですよ」

 なるほど、それは無駄のない良い方法だし、自社ブランドの開発パワーを削ぐこともなく効率的。独創的で機動力があるという点で感心する。

 現在、このOriolus製品は、日本の商社であるサイラスを通じて流通しているが、今後まだまだ面白い展開が期待できそうなので、注目していると面白そうだ。ポータブルオーディオに限って言えば分からないが、もう少しジャンルを広げれば深圳にはOriolusのような会社が山ほどありそうだ。国内では中国というと、生産拠点というイメージが強いかもしれないが、深圳は確実に生産から開発へとシフトしている。しかもそれは多発的に、大規模に広がっているから、こうした企業とどう戦っていくかは日本の多くのメーカーにとって大きな課題となってきそうだと感じられた。

電子決済のWeChat PayやAlipayを使ってみたかったが……

 ところで、中国にいる間に体験してみたいと思っていたことが1つある。それは前回も話したスマホでQRコードを利用した電子決済システム、微信支付(WeChat Pay)や支付宝(Alipay)を使ってみることだ。

電子決済を使ってみることに

 タクシーでの支払いや喫茶店での支払い、また電気街での部品の買い物はもちろん、コンビニでの買い物から、屋台での買い物まで、これらを使えないところはなかったし、そもそも現金で支払おうとすると嫌な顔をされるくらい。日本いる我々からすると、ちょっと未来を感じる支払いシステムだからこそ、実際どんなものなのか体験してみたかったのだが、結論からいうとできなかった。

タクシーでの支払いで利用可能
喫茶店でも
電気街
屋台でも使える

 微信支付や支付宝を利用するには基本的に中国の銀行口座が必要で、支払った結果すぐにこれら口座から引き落とされるデビットカードのような考え方のものだ。しかもここでの支払手数料がユーザーにもお店側にもかからないという画期的なものだからこそ、爆発的に普及したわけなのだ。逆に言うと、これらを利用するにはまず中国の銀行口座を作らなくてはならないのだが、最近までは口座不要の方法があった。

 それは自分のアカウントに誰からから送金してもらうと、銀行がなくてもアカウント上にお金をプールすることができ、それで支払い可能というもの。つまり中国人の知人に現金を渡して、その人から送金してもらえれば体験することができたのだが、それができなくなっていた。それならばということで、同行してくれた中国人のY氏と一緒に深圳市内の銀行に開店前から並んで口座を作ろうとした。その銀行、1年前にK氏が出張の合間に口座を作ったことがあるとのことだったので、同じことを試みたのだが、これもできなくなっていた。いくつかの銀行を回ってみたが、受付ですぐに「ここの住民票と、就労ビザがないと口座は作れない」と言っていたので、当局からの指令が出たのかもしれない。

銀行に開店前から並んで口座を作ろうとしたが、あえなく断念

 今回は残念ながら中国電子決済を利用することができないままに帰国の途に就いた。社会面でも技術面でもまだまだ見学したいことがいっぱいだったが、いろいろと刺激を受け、勉強することができた3泊4日だった。またもう少し中国語の勉強をし直した上で、ぜひまた近いうちに行ってみたいと思っているところだ。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto