藤本健のDigital Audio Laboratory
第781回

“トランスフォーマー”で音が変わる、SteinbergのUSBオーディオ「UR-RT」をテスト
2018年9月10日 11:52
ヤマハから、Steinbergブランドのオーディオインターフェイス「UR-RT2」および「UR-RT4」が4月下旬に発売された。これは従来からあるURシリーズの上位に位置づけられるもので、ヤマハ/Steinbergと米Rupert Neve Designs(以下RND)とのコラボ製品。最大の特徴は入力部に「トランスフォーマー」という部品を搭載していることだ。
実際に試してみると、URシリーズとの違いはトランスフォーマーによる音の違いだけでなく、基本的な音質性能も向上しているなど、上位製品にふさわしい内容になっていた。レポートが遅くなってしまったが、このUR-RTについて、その性能部分をじっくり見ていこう。
新たに備えた「トランスフォーマー」とは?
オーディオインターフェイスは各社乱立状態にあり、なかなか差別化が難しいため、価格競争に陥っている面もある。ユーザーにとって安いのは嬉しいことではあるが、価格が一番の選択条件というのもちょっと寂しい話でもある。そうした中、各社はDSPを搭載したりFPGAを搭載するなどした上で、PCに負荷をかけずにエフェクトを実現させる、といった製品を出してきている。
このSteinbergのURシリーズも上位機種にはDSPを搭載した上で、チャンネルストリップやリバーブ、またギターアンプシミュレータなどが使えるようにしているのは、従来の記事でも紹介してきた通り。実際、今回紹介するUR-RT2およびUR-RT4も、URシリーズ上位機種と同様のDSP機能は搭載しているが、それとは全く別の付加価値をつけてきたのだ。実売価格は、UR-RT2が39,000円前後、UR-RT4が67,000円前後だ。
それがUR-RTシリーズの最大の特徴であるRNDのトランスフォーマーの搭載だ。トランスフォーマーとは、いわゆるトランス=変圧器のこと。つまり鉄心に2つのコイルをまきつけたとても単純な構造のものだが、これが音をいい感じに変化させてくれる、ということから搭載している。単純に電気的な話だけをすると、ちょっと胡散臭く感じる方もいるかもしれないが、実はここには長年の歴史・研究がある。
そもそも、RNDを率いる現在92歳になるRupet Neve氏は、プロオーディオの世界の父であり、まさにレジェンドというか神的な存在。ビンテージ機材として今も多くのレコーディングスタジオで使われている数々のミキサーやミキシングコンソール、チャンネルストリップ、コンプレッサ、リミッタなどを発明し、生み出してきた人。そうした機材の心臓部に共通してあるのがトランスフォーマーだ。このトランスフォーマーを通すことで、「音が良くなる」という。ただし、ここで言う「音が良くなる」とういのはSNが良くなるとか、歪が少なくなるという意味ではない。実はSNは落ちるし、歪は出てしまうが「音楽的に音が良くなる」ということなのだ。
理論だけで考えるとなかなかピンとこないところではあるが、Neve氏は、長年の研究の中で、どういう回路においてどんなトランスフォーマーがいい効果を発揮するのか、細かな実験や計測を繰り返しながら、その手法を確立してきたのである。今回のUR-RTシリーズは、ヤマハ/SteinbergとRNDで共同開発する中、RND側から提案されたトランスフォーマーを搭載した製品となっている。
UR-RT2は4IN/2OUT、UR-RT4は6IN/4OUTのオーディオインターフェイスだが、UR-RT2の場合、入力部の2chに、UR-RT4の場合、入力部の4chに、1つずつそのトランスフォーマーが搭載されており、シャーシの天板部分のスリットからそのトランスフォーマーが覗き見られるようなデザインになっているのも面白いところだ。
ブロックダイアグラムで入力部の構成を見ると、トランスフォーマーの位置づけが良くわかるだろう。つまり入力信号はHA=ヘッドアンプを通った後、スイッチONならトランスフォーマーを経由し、スイッチOFFなら経由せずにA/Dへと流れていく形になっている。そのスイッチがフロントにあるLEDランプ付きのものとなっている。
ちなみにURシリーズでいうとUR242が4IN/2OUT、UR44が6IN/2OUTなので、ちょうどこれらにトランスフォーマーを搭載したものがUR-RT2とUR-RT4という感じであり、使い勝手においてもソックリ。DSP機能もまったく同等のものが搭載されており、dspMixFxというミキサーアプリで細かくコントロールできると同時に、Cubaseのミキサー部分が拡張され、内蔵DSPを効率良く使えるようになっているのも同じ。
前述の通り、DSPで実現できるリバーブとチャンネルストリップ、そして4種類のギターアンプシミュレータが搭載されている。また、オマケ機能として、これらリバーブ、チャンネルストリップ、ギターアンプシミュレータをCPUパワーで動かすことができるVSTプラグインが同梱されているという点でも同様だ。
ところが、実際に測定してみると、単にUR242やUR44にトランスフォーマーを搭載した、という単純なものではなく、抜本的に設計が改められているようなのだ。詳しくはこの後紹介するが、共通していえるのは、UR-RTは重たいということ。そう、このトランスフォーマーがかなりの重量があるため、ズッシリとくる。ちなみにUR44が1.6kgであるのに対し、UR-RT4は2.4kg。800gの違いであり、トランスフォーマー1つあたり200g程度という計算にはなるが、これがかなり重たく感じられる。
レイテンシーと入出力性能をテスト。数値
いつものように実験に入りたいと思うが、2台あるので、ここでは代表してUR-RT4を使って試していく。まずはレイテンシーから見てみよう。44.1kHz~192kHzのそれぞれの結果は以下の通りだ。
レイテンシーの値だけを見ると、URシリーズとほとんど変わらないか若干大きい値となっているがこの辺のデジタル的設計は大きく変わってないのかもしれない。
続いて、今度はRMAA Proを使ってオーディオ入出力性能のテストを行なってみた。ここではラインアウトの1/2をフロントのラインインの3/4に接続する形で測定してみたのだ。まずはトランスフォーマーOFFの状態でテストした結果は下の通り。
どれを見てもなかなかいい性能を発揮しているのが分かる。以前UR44でテストした結果と比較すると圧倒的にいい結果になっている。では、ここでトランスフォーマーをONにしたらどうなるだろうか? その実験結果は下の通り。
結果的にみるとやはりノイズや歪などが増した結果となっている。試しに96kHzにおいて1kHzのサイン波を見ると、トランスフォーマーをONにすると、高調波が多く出ていることが分かる。
これがRMAA Proの成績を落としていたのだ。念のため、同じ96kHzにおいて、UR-RT同梱のCubase AI 9.5でサイン波を出力しつつ、別トラックにレコーディングしてみた。この際、トランスフォーマーのOFFおよびONでも試している。この結果をWaveSpectraで確認してみたが、やはりRMAA Proでの結果とほぼ同じ状況になっていた。
もっとも、RMAA Proなどの結果は、あくまでも一つの参考データに過ぎず、人が「いい音だ」と感じるかどうかは別の話。とくにレコーディングにおいては、単純なオーディオ性能がいいこと、つまりSNが良く、歪が少ないことが、「音楽的にいい音」、「気持ちがいい音」であるとは限らない。Neve氏のこれまでの研究と、世の中の評価を見ると、やはりトランスフォーマーを通した音のほうがいいといわれている。実際マイクからの音やギターの入力音を比較して聴いてみると、それほど極端な違いはないけれど、やはりONのほうが、いい感じのサウンドに聴こえるから面白い。この高調波が音楽的に気持ち良く感じられる秘訣なのだろうか。
どうしてもSNを良くしたい場合は、トランスフォーマースイッチをOFFにし、音楽のレコーディングをする場合は、ONにする。ややおまじない的な使い方ではあるけれど、いい音に感じられるし、そのあとのエフェクトの乗りも良くなってくる。UR242やUR44よりは少し価格は高いけれど、トランスフォーマーOFFの音質性能を見ても、ONのサウンドを録音した結果を聴いてみても、十分価値があるオーディオインターフェイスに仕上がっていると感じられた。