藤本健のDigital Audio Laboratory

第882回

不思議なUSBアクセサリからWindows音悪い問題まで。20年間の思い出ベスト5

AV Watchが創刊して20年を迎えるということで、前回は連載を開始したキッカケと「デジタルオーディオのオカルト話をぶった斬る」というテーマについて書いた。今回はこれまでの連載の中から、個人的に印象深かった記事を5つピックアップして振り返ってみたい。

“20年の土日”を費やした記事から思い出深いものをセレクト

連載を始めてから今回で882回目を数えるが、筆者はもともと会社員として紙メディアの編集を10年以上携わり、そしてフリーになってからも紙メディアで執筆を何十年か行なってきた。

紙のスケジュールからすれば、発行日の数週間前には編集部に原稿を納品するのが常識。しかしWebの場合、写植や製版(いまはすべてDTPだけど)、印刷といった工程がないから、もっとギリギリまで締め切りを引っ張れてしまう。紙に比べてこれは嬉しいなと感じつつも、「さすがに前の週の水曜、木曜には納品すべきだろう」と連載スタート当初は頑張っていた。

が、前回も触れたとおり、連載スタートから2年ちょっとはサラリーマンとして勤務していたため、平日にヘビーな仕事をするのは難しく、結局すぐに土日に原稿を書いて日曜夜に編集部にメールで納品する、というパターンになった。編集部には時間的な余裕がなく申し訳ないという気持ちは持ちつつも、担当が3人目に変わった今も、そのスタイルが続いていて「土日はAV Watchの原稿を書く日」となった。

連載開始のきっかけとなった“オカルト話をぶった斬る”というのは、本連載の大きなテーマなのだが、そこに縛られていてもネタ的に限界が来る。そのため、なるべく実験を行ない、数値で答えを出す事も、もう一つのテーマに掲げた。もちろん他にも面白いネタがあればインタビューを行なったり、機材レビューを行なったりと、さまざまなネタを取り上げた。

毎度ネタ探しには苦労しているのだが、オーディオインターフェイスやリニアPCMレコーダーの製品レビューは、ある意味パターン化できているので、取り上げやすいというのは本音。また実験を行なう際には、先にテーマを決め、実験方法を確立させた上で、複数の素材を使って何度か繰り返していく、というパターンが多かったようにも思う。

というわけで、“20年の土日”を費やして書いてきた記事の中から、とくに思い出深いものをピックアップしてみた。

5位 第9回:パッケージソフト全盛時代の「現代MP3事情」

第9回:パッケージソフト全盛時代の「現代MP3事情」(2001年5月7日掲載)

音楽CDをCDーRにコピーして音質は変化するか? を追求した「迷信だらけのデジタルオーディオ」に続くシリーズとして、第9回~第13回に渡って掲載したのが、このMP3の記事だ。

初代iPodが発売されたのが、2001年11月だったので、まだ世の中的にMP3が一般化する前のこと。ただ、PCマニアの間では、MP3が広がりつつあった頃で、さまざまなメーカーがCDをMP3に変換するためのソフトをパッケージソフトとして商品化していた。ならば、その違いをチェックしようと、周波数特性などを検証したわけだ。

この時はパッケージソフトの比較であり、採用するエンコーダーやチューニングで、音の違いがハッキリ検証できたのが面白かった覚えがある。この比較方法が分かりやすく便利であったことから、2002年には「圧縮音楽フォーマットを比較する」と題してATRAC3、Windows Media Audio、AAC、TwinVQ、Ogg Vorbis……といったCODECの違いをチェックしていった。

ちなみに、「圧縮オーディオの連載をベースに書籍化しないか」という話がビー・エヌ・エヌ新社(BNN)から持ち上がり、「サウンド圧縮 テクニカルガイド」なんて本を出版したのも懐かしい話。書籍化するならばインプレスが先ではと声を掛けてみたものの、興味がないとのことだったのでBNNから出したわけだ。

サウンド圧縮 テクニカルガイド

記事掲載から約20年が経ち、MP3は特許も切れ、ライセンス料も不要になって解放される一方で、MDが消える過程でソニーのATRAC3もなくなってしまった。また、NTTの技術としてTwinVQなんてものがあったのを覚えている方はどれだけいるだろう。結果的にMP3のほか、AAC、Windows Media Audio、Ogg Vorbisあたりが残った形だが、それぞれ性能も向上しているようなので、またどこかのタイミングで同様の性能チェックをしてみると面白いかなと思っている。

4位 第298回:「かないまるルーム」で生まれる究極のSACDとは?

第298回:「かないまるルーム」で生まれる究極のSACDとは?(2007年10月9日掲載)

ソニーでDSDのレコーディング技術を扱っていた担当者から「面白いことをやっているので、ぜひ取材に来てみて」と声を掛けられ、よく分からないまま藤田恵美さんのアルバムのミックス現場に行ってみたのがキッカケで始まったシリーズ。個人的には、非常に面白いと感じたチームだった。

筆者自身は文才も高性能な耳も備わっていないから、オーディオ評論家には絶対なれないと確信しており、いつもオーディオ評論家の表現力って凄いと感心している。ただ、時にその解説は正しいのだろうかと疑問に感じることもあったのも事実。

というのも、作品における音作りなどの解説していても、実際にはそんなことレコーディングエンジニア、ミックスエンジニア、マスタリングエンジニアは意図していないのではというケースを時々見ていたからだ。筆者は、レコーディングスタジオなど制作現場を見に行くことがよくあるが、そこでの意図が伝わっていないと感じられることが少なくない。いつも作る側と聴く側は、まったく別の立場の人であり、それぞれの別々の世界に存在して接点がないのがほとんどだからだ。

そうした中、オーディオの専門家であるソニーのオーディオマイスターである金井隆氏と、レコーディングエンジニアの阿部哲也氏が、一緒に究極のSACDを作ろうとしていたのが、この現場だった。二人とも音の専門家なのに、アプローチが違いすぎて、当初はお互いが意図することが伝わってなさそうにも感じたものが、徐々に溶け合っていき、オーディオの人たちが求める最高の音を、レコーディングエンジニアが目の前で作り出していくという世界を実現していたのには、ちょっと感動を覚えた。

藤田恵美さんのアルバム「camomile Best Audio」

その時に生まれた作品「camomile Best Audio」はオーディオの世界における名作になったわけだが、その後もこのときのメンバーによる、さまざまな試みが続けられている。実は近日中に阿部氏の新しい、そしてユニークな企画について話を聞く予定。改めてレポートするつもりなので、楽しみにしていてほしい。

3位 第708回:PCのUSBに挿すだけで高音質に? パイオニア「DRESSING」の仕組みを聞いた

第708回:PCのUSBに挿すだけで高音質に? パイオニア「DRESSING」の仕組みを聞いた(2017年1月23日掲載)

ソニーの高音質SDカードを取材した2年後に、話題となっていたのがパイオニアのDRESSINGというUSBドングル。USBメモリーのようにPCの端子に挿すと音がよくなるという製品であり、当時安いものは2,700円の雑誌の付録として入手できる一方、高いものだと10万円という、なかなかな代物だった。

USB端子に接続するといっても、デジタル機器では全くないため、挿してもPCは一切認識しないし、認識させる必要もないという、他ではあまり見られないUSB機器(正確にはUSB機器ではないけれど)。まさにオーディオのオカルトの世界ではあるけれど、簡単に検証できるものではないため、どのような意図で開発し、どのような仕組み・効果があるのか、開発者にインタビューを行なったのだ。

このDigital Audio Laboratoryでは、できる限り再現性があり、実証可能なデータを見せていくことを大切にしているので、事前に先方にもデータの用意をお願いして取材に伺った。具体的なインタビュー内容はぜひ記事のほうをご覧いただきたいが、機密も多いらしく、あまり科学的な情報が得られなかったというのが個人的な印象。その上で取材後に、実際のサウンドチェックをさせてもらったのだが……。自分の耳の性能の低さを思い知った感じだった。

2位 第823回:オーディオの革命!? 小型スピーカーで広い音場の独自技術「Dnote-LR+」を体験

第823回:オーディオの革命!? 小型スピーカーで広い音場の独自技術「Dnote-LR+」を体験(2019年9月30日掲載)

20年の連載の中では、比較的最近の記事ではあるが、いろいろ音を聴いてきた中でも、一番驚いたのが日本のベンチャー企業Trigence Semiconductorが生み出したDnote-LR+という技術だった。

音は目の前の小さなスピーカーから出ているのに、そこから大きく離れた位置から音が聴こえてくるのだからビックリ。「音が立体的に広がる技術を開発したので、ぜひ聴いてみてほしい」という連絡をいただき、「ああ、昔からよくあるタイプの技術の延長線上だろう」と、まったく期待せずに見に行ったのだが、まさに度肝を抜かされた格好だった。

デモを体験する筆者
音像のイメージ

開発者によれば、人間の感覚をダマすことで、立体的に聴こえるようにしているのであって、比較的単純な処理をしているだけなのだとか。頭部伝達関数を使う方式とは異なり、よりシンプルな処理であるため、比較的個人差も少ないし、スウィートスポットも広いという。これは絶対世界的にヒットするユニークな技術だと確信した。

その後の展示会などでも、大きな話題を集め、複数社から引き合いがあったようだが、残念ながら現在のところまだ製品は出てきていない。いろいろ難しい状況に陥っているという話も聞こえてきているが、ぜひ日本の技術で世界制覇してもらいたい。この辺の後日談についても、来月には掲載する予定で準備を進めている。

1位 第528回:「Windowsオーディオエンジンで音質劣化」を検証

第528回:「Windowsオーディオエンジンで音質劣化」を検証(2012年11月12日掲載)

いろいろな実験を繰り返してきた中で、大きな問題の証拠をつかんだと確信できたのがこのときの記事だ。「Windowsは音が悪い……」といったことを言う人は少なくないが、その理由はハッキリせず、単なる噂、単なる思い込みだろうと思っていた。ところが、実際に大きな問題があることが分かってしまった。

オリジナル音と実際に出る音には、これだけの差分があった

その原因であったのが、Windowsが内部的に持つカーネルミキサーだった。当初、記事でもカーネルミキサーと書いていたが、マイクロソフトが呼称をXP時代に「Windowsカーネルミキサー」と呼んでいたものを「Windowsオーディオエンジン」に変更していたという指摘を受けて、タイトルを含め記事内での呼び名を「Windowsオーディオエンジン」に修正した経緯がある。

が、世の中一般的には今でも「Windowsカーネルミキサー」と呼んでおり、このほうが通りがいいのが実情。そして、呼び名はともかく、このミキサーが諸悪の根源であったのだ。

Windowsでは、基本的にすべての音は、カーネルミキサーを経由する形になっている。しかし、ここにはピークリミッターが設定されていて、強制的にリミッターによる制限を受け、音が変質してしまうのだ。これを避けるにはサードパーティーによる仕組みであるASIOドライバを経由させるか、マイクロソフトがWindows VISTA時代に追加したWASAPI排他モードを使う必要がある。

まあ、従来との互換性を重視するためにカーネルミキサーの仕組みを現在も残しているというのは理解できるが、現在も標準の状態で音質を劣化させるカーネルミキサーを経由させるマイクロソフトの姿勢は理解しがたいものがある。自ら問題を理解してWASAPI排他モードを作ったのに、Windowsの標準プレイヤーでこれを利用する術がなく、マイクロソフト自体これに対応したソフトも作っていない。

この記事を書いたのはWindows 7の時代だったが、それ以降、何度もこの点について言及してきたし、マイクロソフトにも訴えてきたが進展はない。OSが新しくなるたびに、今度こそは……と期待してきたが、いまだに改善されていないのが実情だ。世界中の多くの人が音楽を聴くためのツールとなっているからこそ、今後も改善を求めていきたいと思っている。

以上、思い出に残る5本の記事をピックアップしてみたが、いかがだっただろうか? ぜひ、この先も意義のある記事を書いていきたいと思っている。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto