藤本健のDigital Audio Laboratory

第881回

「オカルト話をぶった斬る」から20年。デジタルオーディオは厄介で面白い!

創刊間もないころのAV Watch

AV Watchが、2021年2月で創刊20年を迎えるという。筆者は創刊翌月の2001年3月12日から、本連載「藤本健のDigital Audio Laboratory」を執筆しており、今回でもう881回目を数える。我ながら、よくここまで続けられたとも思うところだが、もはやこの連載が日常であり、ライフワークともなっている感じだ。

というわけで、今回から数回に分け、創刊20年に関連した記事をお届けする。過去の連載を振り返りながら、20年に渡ってどのような事をしてきたのか、また何が変わって何が変わっていないか? などを見ていこうと思う。

オーディオのオカルト話を“ぶった斬る”から始まった

AV Watchで創刊当初から連載を始めることになったのは、偶然でもあった。当時筆者はまだリクルートの会社員で、10年続けた求人情報誌の編集部から電子メディアの研究開発部門に異動してしばらく経過した頃だった。

2001年自宅の書斎にて

入社当初から不良社員で、しょっちゅう会社を抜け出しては、ほかの出版社で打ち合わせをしたり、他社メディアの取材などをしていたわけだが、2001年2月下旬のある日、サウンド&レコーディング・マガジン編集部の打ち合わせがあり、リットーミュージックに行ったのだ。

その打ち合わせでちょうど10年続けてきた連載が終了することをサンレコ編集長から告げられ、この先、何をしていこうかなと思いながら、リットーミュージックのビルからほど近いインプレスのビルに立ち寄った。

ご存知の方も多いと思うが、インプレスは1992年の設立のタイミングでリットーミュージックやラジオ技術社、MdNらとグループを結成していたので、それらは親子関係というか兄弟会社。筆者は1992年にインプレスができる前からラジオ技術社、リットーミュージックとも仕事をしていた関係で、打ち合わせなどで足を運ぶ際は、いつもセットで立ち寄るようにしていた。そんなわけで、ふらりとインプレスのDOS/V POWER REPORT編集部に立ち寄った際(もちろん、本来はリクルートで仕事をしているべき時間だが)、隣のAV Watchの編集担当F氏を紹介され、少し立ち話をすることに。

AV Watch創刊よりも前に、INTERNET WatchPC Watchは存在しており、当初は有料メルマガのメディアだった。確かリクルートの経費としてこの2媒体を購読しており、適度に目は通していたため、AV Watchが創刊したことは知ってはいた。が、詳細はよく分からなかったのでF氏に聞くと、“音や映像に関するネタなら何でもやるメディア”とのことで「何か書いてみないか」と誘われたのである。ちょうどサンレコの連載も終わったことだし、多少の時間はありそうなので、気軽に「では、何かやってみましょう!」という展開になった。

その雑談の中で話題になったのが、「オーディオのオカルト話を“ぶった斬る”記事を作ったら面白いのではないか?」というものだった。F氏からは週刊連載の形でコラムを書いてほしいと持ち掛けられたのだが、筆者の頭のなかでは、短めのコラムを5~6回ほど書けばいいのだろうと勝手に考え、OKの返事をしてしまったのである。

オカルト話をぶった斬るとはいったものの、とくにネタがあったわけではなかった。ただアナログネタで斬るのは難しそうだが、デジタルネタであればきっと簡単に、そして確実な形で結論が出せるはずと甘い考えで引き受けたのだ。

このとき何となく頭に浮かんでいたのは、当時結構売れていたとあるムックだった。

このムックは、さまざまなメーカーのさまざまなCD-Rを音の観点から論評するというものだった。読んでみると「A社のこのCD-Rは高域での伸びがある一方、低域はこもった感じで……」とか、「B社のこちらのCD-Rはドンシャリ系の音作りとなっていて……」などとTDKやマクセル、太陽誘電といったブランドのCD-Rをいろいろと論評。音の変化の原因に関して、メディアの素材や書き込み速度などによってデータが変質し、その結果、音がいろいろと変化している、とあった。

カセットテープじゃあるまいし、デジタルメディアのCD-Rでそんなことがあるわけない。ちょうどその頃、CD-RドライブもCD-Rメディアも安くなり、広く普及し始めた頃だったので、ここにターゲットを当てた5~6回のコラム連載をしてみようとスタートしたのが、Digital Audio Laboratoryの始まりだったわけだ。

第1回目の記事

「音楽CDをCD-Rにコピーして、音に変化があるのか」というテーマからスタートした本連載。副題として“迷信だらけのデジタルオーディオ”と銘打ち、まずはCDの構造や仕組みから解説を始めた(第2回参照)。

CDの仕組みなども図解していった

当時筆者自身も十分な理解が不足しており、また知らないことも多かったので、資料を書き集めて勉強しながら、検証していこうという作戦。

CD、およびCDプレーヤーは1982年に登場したもの。連載当時、CD技術は誕生からすでに20年近く経っていたので、簡単だろうと高をくくっていたのだが、調べれば調べるほど奥深く難しい。CD開発者である中島平太郎氏の書籍などを買って、読み漁ったのだが、そう単純なものではなかった。とはいえ、もう引き受けてしまった仕事だから、しっかり書いていかなくてはならない。そんなこんなで準備に2~3週間掛けた後、3月12日からはじめたわけである。

いろいろな書籍も参考にしつつ執筆を行なった

このCD-Rの話は第1回~第7回まで連続で書いていく中、ある程度の解決まで導くことはできたのだが、当初頭で描いていた、オカルト話を完全にぶった斬るというところまでは行かず、もどかしさが残った。ただ、これをもって連載終了だと思っていたら、「そのまま別のネタで続けてほしい」と言われ、「あれ?」っということになり、そのまま20年が経ってしまった、というのが正直なところ。まさかこんなにも長く連載をすることになるとは想像もしていなかった。

音の違いは誤り訂正の方法? 同軸・光の検証は近日公開!

CD-Rの話に関しては、その後何度も番外編として扱っている。そして、さまざまな方向から検証を続けることで、筆者自身としては、ある程度結論が出たとも思っている。

ごくごく簡単にまとめれば、CDをCDーRにコピーしてもデータ的な劣化は生じない。そのことは第6回の記事でも実証できており、1ビットたりともデータ変化のないビットパーフェクト(この言葉自体当時はなかったような気がする……)を実現していた。それはC1、C2というCD-Rの誤り訂正機能によるもので、ちょっとやそっとの書き込みミスや傷があったとしても、キレイに元のデータに戻してくれる仕組みを持っていたからなのだ。

では、デジタル的に1ビットたりとも間違っていなければ、音が同じなのか? というと、そう簡単な話ではないのが、オカルト話の厄介なところ。現に自分でいくつかのCD-Rを聴き比べてみると、「高域の伸びが……」といった評価の話は置いておいて、音に違いは確かにあり、その点は素直に認めざるを得なかった。

しかしその後、いくつかの実験や取材を繰り返す中、たどり着いた結論が“誤り訂正の方法”にあったと考える。

実は今からほぼ40年前に登場したCDプレーヤーの仕組みはかなりローテクでもあり、読み込み時にエラーが生じた場合、サーボモーターを使って何度も読み直すということをする。このサーボモーターがキコキコ動くことによって、ノイズが発生し、これがCDプレーヤーのアナログ回路に回り込むことで音質に悪影響を与え、結果音質に変化をもたらす、というのが筆者がたどり着いた結論、というか仮説だ。したがって、DAを分離し、サーボーモーターの影響がないところに持っていけば基本的には音は変わらない、はず……。

ところが、それでも絶対変わらないかというと、聴いた感じで差が出ているようにも思えるから悩ましいところ。とくにCDトランスポートからコアキシャルで信号を送るのか、オプティカルで送るのかで音が違って聴こえる気がしており、オカルト話は簡単にはぶった斬れない厄介ものでもあり、この連載が20年も続いている理由でもある。このコアキシャルとオプティカルの違いについては、その後いろいろな実験を重ねる中、面白いことが分かってきたので、近いうちに記事にするつもりだ。

1,000回を目指して続けていきます

そんなわけで、連載スタートから毎週月曜日の掲載で記事を書き続け、今回で第881回を迎えた。スタート当初は、サラリーマンだったこともあり、毎週執筆するのがかなりキツかった記憶がある。執筆時間を割くのもそうだし、ネタを考えるのも大変でかなり辛かった。まあ、キツいのは今も変わらないのだけれど、20年も書いていると、さすがにそれが日常になってくるので、当初ほどプレッシャーもなくなった。

ちなみに、この20年間で休載したことが2回だけある。ちょうど10年前の2011年2月7日と14日。1月末に事故で大けがをし、頭蓋骨摘出手術をしてICUで3日ほど生死をさまよったことがあり、このときはどうしても書くことができずお休みした。ただ、この連載が気がかりで2週間で病院を脱走して執筆活動に復帰したのだが、いま考えてみれば、よく生きていたものだ。

ところで、本連載とほぼ同時に連載開始した小寺信良氏の週刊 Electric Zooma!は、第971回('21年1月時)と100近く回数が違い、第1,000回が目前となっている。

なぜ、こんなに差があるのか? 実はこれは祝日の違いであり、Electric Zooma! が掲載される水曜日に比べ、本連載は“ハッピーマンデー”で休みが多い月曜は休載となることが多い。20年も続けていると、これだけの差となってくるのだ。このまま順調に進めば、小寺氏は年内に1,000回となり、筆者は2年半後ということになりそうだが……まずは1,000回を目指して続けていきたいと思っている。

藤本健

 リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。  著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto