藤本健のDigital Audio Laboratory
第886回
直感的な操作で立体音響が作れる国産プラグイン「3DX」を試す
2021年3月8日 10:41
前回は「AudiiSion EP」というヘッドフォンを用いた立体音響技術を掲載したが、今回は別の日本ベンチャー企業が開発した立体音響技術について紹介しよう。
取り上げるのは、MAGNETICA studioが開発する「3DX」というプラグインソフト。NovoNotesというブランド名で展開しているソフトの一つで、DAWにインサートすることで簡単にヘッドフォンで立体音響を作ることができる。実際に試してみるとともに、本ソフトがどのようなものなのか、プロダクトマネージャーである鈴木理氏にも話を聞いた。
“簡単操作で誰でも使える”を目指して開発された「3DX」
3DXを筆者の手元で試した様子を録画&録音してみたので、まずは下記のビデオをヘッドフォンで音を出しながらご覧いただきたい。
操作を見ながら音を聴くと、どのような状況なのかお分かり頂けるだろう。左画面は頭を真上から見ているもので前後左右、そして右画面は正面から見ているもので上下左右を動かすことができる。
以前作った簡単なフレーズをループさせながら、3DXを適当に操作してみたのだが、目まぐるしく音の位置が動いてくのが体感できるはず。前回のAudiiSion EPがリスナー向けのツールであるのに対し、この3DXは完全に制作者向けのツールなのだが、かなり簡単にバーチャルな立体音響を実現できてしまうのには驚く。この立体音響自体は、以前に本連載でも何度か取り上げたことがあるアコースティックフィールドの技術である「HPL」を用いている。
MAGNETICA Studioの鈴木氏は、3DXを開発した経緯について次のように語る。
「われわれはもともとコンテンツ制作をメインに活動していましたが、立体音響を用いた映像・音楽制作を行なう中で、アコースティックフィールドの久保二朗さんと知り合いました。私自身は電子音楽を中心に作曲などを担当しており、その作品においてHPLを活用したいと久保さんに相談したところ、使いやすいツールがなかなかなかった。そこで、自らHPLで表現するのに便利なソフトを作ろうと開発しました」。
実際に発売したのは昨年末の12月20日。MAGNETICA Studioとしては初のプラグイン製品とのことだが、ワールドワイドでの展開を狙い、日本語・英語の両方で読めるサイトにおいて348ドルで販売している。
プラグインとして見ると、安い製品ではないが、とりあえず誰でもダウンロードでき、アクティベーションするまでは体験版として使用可能。機能・性能に納得してから購入できるという点では良心的なソフトといえる。
動作環境はWindowsのVST3、macOSのAudioUnits、VST3、AAXとなっており、近い将来WindowsのAAXにも対応する。先ほどのビデオは、Windows上でStudio One 5 Professionalを動かし、このオーディオトラックにWAVファイルを貼り付け、3DXをインサーションした上で適当に動かした結果だ。
プラグインを挿すと、最初はスタンダードモードで起動する。これだけでも立体的に音を動かすことが可能なのだが、ここで画面右下のAdvancedをONにすると、画面が広がり、RotationやScaleなどより多くのパラメーターが見えてくる。
WindowsでAdvancedをONにするとスケーリングがおかしくなり、画面が何倍にも拡大されてしまうケースがあったが、画面を表示し直せば元に戻るようだった。確認したところ、これはWindowsで4Kディスプレイを使用し、かつディスプレイの拡大縮小設定が100%になっていない場合に起こる現象。ただし、Ableton LiveやNuendoでは問題はないようだ。この辺の問題は、近いうちに修正されると思われる。
先ほどのビデオはAdvancedモードでの画面だったわけだが、左右のグラフィック画面を直接マウスで操作して場所を動かすこともできるし、下のパラメータで動かすことも可能。RotationやScaleのパラメータを使うことで、グラフィック画面上での操作ではできない、動きも可能になっている。
「3DXの基本的な機能は3Dパンナーとバイノーラル、そしてAmbisonicsを組み合わせたプラグインです。入力と出力を設定するだけで、どのような組み合わせでプロセッサをつないで行けばよいか、自動で判断してくれます。例えば、モノラルを22.2chで出力したら、最適なものにパンニングを自動で設定してくれます。そしてその出力先として、バイノーラル=HPLを用意しているわけです」と鈴木氏。
実際、先ほどのビデオではステレオのソースを入力し、HPLへエンコードしていたが、3DX自体は入力も出力もサラウンドに対応しており、サラウンドに対応したDAWであれば、HPLに関係なく、3Dパンナーとして使うことも可能。ここにHPLへのエンコード機能を搭載することで、立体音響をヘッドフォン用に畳み込むことができるわけだ。この辺りの使い勝手が優れており、素人でも簡単に使えるのが3DXの最大の特徴といえそうだ。
「立体音響のツールは、これまでも多くの製品が登場しました。IRCAMの『Spat』などは機能も豊富ですが、パラメーターが膨大で、しかもMAXを使うためかなりの経験と知識が求められます。またフリーのIEM Pluginなどは、非常に多くの機能がサポートされていて、Spatと比較するとかなり分かりやすくなっていますが、基本は研究者向けのツールであるため、一通りの立体音響の知識が求められます。その一方、制作者向けの立体音響ツールは数が少なく、あまり突き詰めたツールはないのが実情。そこで3DXでは、制作者が直感的に操作ができる最高のものを作りたい……と考え開発しました」と鈴木氏。
Advance画面で表示されるパラメーターを使うには、Ambisonicsなどの知識が多少必要になるとはいえ、とりあえず誰でも簡単に使えるツールになっている。
「普段はステレオでミックスしているミキシングエンジニアがサラウンド制作をしなくてはいけないような場合、この3DXを使うことで、簡単に制作できます。制作時、手元にサラウンド環境がなければ、出力をHPLにすることでヘッドフォンでも制作が可能になるわけです。実際に発売してみたところ、海外より国内での反応のほうが大きく、特にゲーム業界から多く問い合わせをいただいていることに、少し驚いています。ぜひゲーム制作などに活用いただければと思っています」(鈴木氏)。
なお、3DXに続く、第2弾のプラグインとして「HPL2 Processor」というものが3月6日より68ドルで発売が開始された。
これは、ステレオ信号をHPLによるバイノーラルサウンドに変換するというシンプルなプラグイン。頭内定位しているものを頭外に、つまり前方定位させるためのものであり、以前アコースティックフィールドが無償配布していたソフトの新バージョンという位置づけのようだ。3DXのような複雑な作業はできないが、ヘッドフォンで聴きながらもスピーカーから聴こえるような音にしたいという場合に役立ちそうだ。
以上、日本のベンチャー企業が開発した立体音響技術について紹介してみた。ぜひ、今後こうした日本の技術がワールドワイドに広がっていくことを期待したい。