日沼諭史の体当たりばったり!
第41回
VRフィットネスアプリ「VZfit」で、最高のバーチャルサイクリング体験へ
2021年6月15日 08:00
Google Daydream Viewで痛い目を見た筆者は、しばらくVRから遠ざかっていた。スマートフォンと組み合わせる、見るからに過渡期なデバイスとはいえ、Googleの手がける製品がまさかあんなにもあっさり、対応機種も増えずにオワコン化してしまうとは……。
しかしその後、Facebookの「Oculus Quest」が登場したあたりから再びVR界隈の熱が高まってきた。さらに完成度が高まった「Oculus Quest 2」が発売されたときは、もう一度チャレンジしてみてもいいかも、と思える自分もいた。そして、たたみ掛けるように「VZfit」なるVRフィットネスアプリが最近になって登場した。どうやらサイクリングも可能らしい。
これはもう試すしかない。元々「VRでサイクリングできれば最高の臨場感でツール・ド・フランスを仮想体験できるのでは」と思っていたのだ。ちなみに本物の2021年のツール・ド・フランスは6月26日に開幕する。その予習も兼ねて、「VZfit」で本格バーチャルサイクリングにチャレンジしてみることにした、のだが……。
「Standing」「Cycling」「Ride with Others」の3つのモードで走る
VZfitは、Oculus Questシリーズに対応する、「走る」ことに主眼を置いたVRフィットネスアプリ。1カ月9.99ドルのサブスク型で提供され、最初は7日間の無料体験期間が設けられている。最も特徴的なポイントは、その走る舞台がGoogleストリートビューであること。つまり、Googleストリートビューで訪れることができる場所なら世界中どこでも走れるのだ。
PCやスマートフォンでGoogleストリートビューにアクセスし、つい時間を忘れて観光地や見知らぬ街を探索し続けてしまった、という人は少なくないだろう。あれをVRで、しかも身体を動かすエクササイズをしながら楽しめる、というわけ。
遊べるモードは2種類。1つはOculus Questシリーズのヘッドセットと、付属のTouchコントローラーで始められる標準的な「Standing」モード。もう1つはスマートサイクルトレーナーも組み合わせてバーチャルサイクリングを楽しめる「Cycling」モードだ。
走る場所は、メニューの「Find a Ride」であらかじめ用意されているコースから選ぶか、「Create a Ride」でスタート地点とゴール地点を手動指定するかの2通りの方法で決める。または「Ride with Others」を選べば、現在プレイ中の他のユーザーと一緒に走ることも可能だ。
「Find a Ride」で選べるコースは、全世界の風光明媚な観光名所が登録され、日本国内では瀬戸内海のしまなみ海道が収録されている。
「Create a Ride」では、自分の走りたい場所を自由に指定できる。Googleストリートビューのデータが存在する道路があるエリアならどこでも指定でき、都心のオフィス街でも、箱根の峠道でも、自宅の近所でもOK。普段はクルマでしか走れないような自動車専用道路であっても、VZfitの仮想空間なら平気で走れる。
身体を動かして謎のお立ち台を走らせる「Standing」モード
Standingモードでは、プレーヤーはVR空間内で車輪の付いたお立ち台のような、謎の近未来モビリティに乗って移動する。手にコントローラーを持ち、腕ごと上下左右に振ったり、それに合わせてスクワット的な動きをしたりすることで前進し、強く腕を動かすほどスピードアップしてカロリー消費も増加する。基本的には自動で道路(に描かれた白いマーク)に沿うように進むが、首を傾けてステアリング操作できるようにもなっている。
Standingモードで走り始めると、Googleストリートビューの映像が元になっているため、ところどころ歪んでいたり、データのダウンロード処理が間に合わないのか崩れたイメージになってしまう瞬間もある。が、さすがはVR、臨場感はかなり強い。左右を向くと美しい景色を眺められるし、背後を振り向くと、そこにももちろん道路と風景が広がっている。
PCなどでGoogleストリートビューを閲覧している場合、前進時は数メートル~数十メートルの単位で画面がワープするように移動するのはご存じかと思う。それはVZfitでも同じだが、つながりが少し滑らかになっているようにも思える。コマ送り感が抑えられ、リアルに走っているという感覚が十分に得られる。
冷静に考えると、「なぜ自分はこんなお立ち台で世界の観光地を巡っているのか」という違和感に囚われそうになる。もっと言うと、「身体を動かすとお立ち台が進む」という原理も謎が深まるばかり。けれども、見知らぬ異国の地、美しい風景の中を自分が走っているんだ! という実感はかなり強い。体力の続く限りどこまでも走り続けていきたい気分になってくるほどだ。
最初に「走る」ことを主眼にしたアプリだと書いたが、実際のところStandingモードだと、脚の動きは仮想空間での走りに大きくは影響しないので、どちらかというと上半身運動がメインとなる。軽量なコントローラーを持っているだけなのでほとんど自重トレーニングになってしまうけれど、それでも10分、15分も続けていると腕がだんだん重くなり、脚にも疲労が溜まってくる。Standingモードだけでも世界旅行しながらのフィットネスが存分に楽しめるだろう。
「Cycling」モードを始めるときの要注意ポイント
しかし、筆者的にはメインは「Cycling」モードである。Bluetoothで接続可能なスマートサイクルトレーナー、またはケイデンスセンサー(とスマートではないサイクルトレーナー)を所有していることが条件となるため、ハードルはちょっと高めかもしれない。それと、自転車というハードウェアをVRで使うことになるため、要注意ポイントもいくつかある。
1つは、「ガーディアン設定」があまり意味をなさないということ。Oculusではヘッドセットを装着して目を覆ってしまうことから、ゲームプレイ中はリアル空間が見えなくなる(「歩行モード」にしてカメラ映像越しに見ることはできるが)。
身体を動かしたときに周囲の家具などに衝突してしまう可能性もあるから、安全のため、ゲームを始める前には「ガーディアン境界」という境界線を設定し、そこに近づいたらVR空間内で警告表示する仕組みになっている。境界内と付近にある障害物は片付けておく必要もある。
ところが、VRサイクリングの場合は「自転車という障害物」をリアル空間で使わなければ遊べない。だから、あえてその障害物を含むエリアをガーディアン設定で指定しなければならないのだ。プレイ中は自転車にまたがって一体化することになるので、自転車に衝突するようなことはないとしても、たとえばドリンクや汗拭きタオルなんかを身近にあるデスクなどに置いてプレイする場合は、(警告表示されないため)そこに障害物があることを常に頭に入れておかないとならない。
もちろん、自転車だけがエリアに入るようギリギリにガーディアン境界を設定してもいい。が、そうすると今度は身体が常に境界をはみ出ることになるので、おそらくプレイ中はずっとVR空間内に警告表示されることになり、うっとうしい。
スペースに余裕のある部屋でプレイできる環境なら、エリアを広めに取ってしまえば解決することなのだが、筆者宅のように仕事場兼室内サイクリング場を兼ねている部屋ではそうもいかない。ガーディアン境界はほとんど意味をなさないため、もはやテキトーに、障害物や部屋の狭さなど関係なしに広く設定するのみである。
あと、他の一般的な(障害物がない前提の)VRゲームも遊んでいる場合は、VZfitをプレイする前に必ずガーディアン境界を再設定しなければならない、という手間がかかる点も気になるところかもしれない。
いよいよスタート! ……の前に、汗問題をどう解決するか
「Cycling」モードの中身としては、走るためのパワーソースがサイクルトレーナー(自転車)に代わっただけで、他はStandingモードとほぼ同じだ。「Find a Ride」や「Create a Ride」で場所を決めるか、あるいは「Ride with Others」を選べば、さっそく走ることになる。
こちらも道路上の白いマークに沿って走ることも、頭を傾けてステアリング操作しながら走ることも可能。単純にスマートサイクルトレーナーにセットした自転車をこぐだけで前に進む。最初のメニュー操作さえ終われば、後は手を動かすことはなくなるので、コントローラーは身近に置いておくか、ハンドルにでもぶら下げておけばいい。
最後、終了したいときのメニュー操作でコントローラーを使うので、そのときは手探りでコントローラーを見つけることになってしまうけれども、ここはまあ仕方のないところだろう。もしくはヘッドセットをずらしてリアル空間を確認するしかない。
VR空間内の頭上に表示されるHUDには、Standingモードのときと同様、パワー(watt)、消費カロリー(VZcal)、経過時間、走行距離などが表示されている。が、パワーはスマートサイクルトレーナーの情報を表示しているものの、消費カロリーについては完全に仮想のものなので注意が必要だ。
VZfitを始めるにあたり、体重も身長も、性別も設定するところはないし(後述するが、アバターの性別は設定できる)、さらには心拍計も求められない、というか使えない。あくまでもOculusのモーションセンサーの情報を元に計算した独自の消費カロリー値なので「VZcal」という表現になっているようだ。
なので、できるだけ正しい消費カロリーを知りたいなら、別途スマートウォッチなどのアクティビティトラッカーを用意する必要がある。とはいえ、ヘッドセットをしたままスマートウォッチのようなデバイスを操作するのもなかなか面倒だ。
そして、最大の注意点は、汗。頑張って自転車をこげばこぐほど、汗をかく。サーキュレーターやエアコンを全開にしていたとしても、運動すれば発汗するわけで、その汗はヘッドセットの顔に密着しているスポンジ部分に吸収されることになる。あとは言うまでもないだろう。ただただ不快だ。
なので、非公式のアクセサリーパーツではあるけれど、スポンジ部分を覆うシリコン素材のカバーを取り付けることをおすすめしたい。これなら汗をかいても不快な水っぽさや冷たさを感じにくく、そこそこ長時間装着していても耐えられる。個人的には標準のスポンジよりフィット感も良く、映像のピントも合いやすいように思う。汗によるスポンジの劣化を抑えられるのも大きいだろう。
相棒のライダーに励まされながら25分間走り続けた結果
シリコンカバーを装着し、ジャージに着替えていざ、ツール・ド・フランスの舞台になったこともあるアルプスの山岳地帯へ。いきなり山に囲まれた何もない道路に放り出され、さあ行くぞ、と言わんばかりに相棒となるもう1人のライダー(トレーナー)が先導してくれる。
前や隣で伴走してくれるこのトレーナーの存在は、「Find a Ride」や「Create a Ride」で走っているとき、他に誰もライダーがいないこともあって心強い。Googleストリートビューの風景にうまくフィットしていて実在感が強く、仮想空間のリアリティを高めるのに一役買っている。なによりガン見しても誰にも文句を言われないので目の保養にもなる。何を、とはあえて言うまい。
ところで、最初のうちはスマートサイクルトレーナーの情報をうまく反映できていないのか、パワー値がなぜか151W固定になっていたが、しばらくすると踏力に応じて変化するようになった。一生懸命こぐほどスピードも出る。そのせいか、Standingモードの時より風景のスクロールやつながりが若干自然に感じられるようだ。
Googleストリートビューの道路には、他のクルマや歩行者も映り込んでいることがある。なので、ストリートビューの映像をそのまま使っているVZfitにも当然ながら映り込んでいる。走行中、前後に映り込むクルマや歩行者、自転車などは、トムとジェリーのように地面にペタっと貼り付けられたテクスチャー感バリバリの見た目なのでさすがに違和感を覚えるところ。いくら頑張っても前を走るクルマ(らしきテクスチャー)を追い抜けないのはもどかしい。
ちなみに、自身のアバターの姿はカスタマイズできる。性別や肌の色、ライディングギアを選択可能だ。走行中の道路に落ちているコインを拾ったり、完走してコインを稼ぐことで、選択できるライディングギアを増やしていける。
しばらく走り続けているとつづら折りの峠道に入った。しかし、このような急な方向転換が続く地形では、ストリートビューの映像を使っていることによる弊害が目立ちやすい。おそらくはVZfit側で上下方向の勾配も同時に再現しようとしている影響もあるのだろう。カーブ手前で視点が地面にめり込んだり、カーブの立ち上がりでドローンのような高所視点になったりする。急激に視点が変化するので、もはやサイクリング感は皆無。
そして、ついに、酔った。20分ほど走り続けてきたところで少しずつ吐き気が増し、地面にめり込み壁にめり込み、上空から舞い降りて着地しつつの視点180度転回などが繰り返されたことで、グロッキー状態に。それでも頑張ってさらに5分間ほど走行したが、運動によるものとは違う汗も出てきたので中断する。これがVR酔いか(たぶん違う)。ツール・ド・フランスの予習のためとはいえ、これ以上走るのはちょっと無理……。
ストリートビュー流用の限界は感じるが、今後の進化とフル3D化に期待
緩やかなカーブが続くくらいの道路なら問題はない。が、急カーブが連続する、しかも勾配も大きい場所は、VZfitで走るのは避けた方が無難そうだ。Googleストリートビューの映像を流用している以上、自然な走行感を出すのにも限界があるのかもしれない。
このままだと、月額料金を払い続けてまでプレーしたいとは正直なところ思えないが、たとえば特定のコースはVZfit側で作り込んで最適化し、よりリアルで自然な走行体験ができるコンテンツとして用意すれば、別途有料コンテンツになっていたとしても走りたいと思うユーザーは多いのではないだろうか。
ちなみにVZfitの仕様上は、走行している路面の勾配に応じてスマートサイクルトレーナーの負荷も変化するはずだが、筆者の環境(Wahoo KICKR v4)では反映されず、上りでも下りでも一定の負荷から変わらないようだった。走り始めからしばらくパワー値が固定になっていたことも考えると、リリースからさほど日がたっていないこともあり、機器の相性や不具合などの問題が残っているのかもしれない。
始める前は、汗でびちょびちょになって前が見えない、みたいなトラブルを予想していたのだが、シリコンカバーを取り付けてサーキュレーターをしっかり回してさえいれば、汗の問題はゼロというわけではないが、気になるほどでもなかった。Googleストリートビューを使ったVZfitでは、コースによっては酔ってしまう課題はあるものの、今後もしフル3DのVRサイクリングアプリが登場すれば、実用できそうな期待がもてる結果になったように思う。