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改めて“無料”を軸に攻めに転じる老舗映像配信「GYAO!」。荒波CEOに聞く秘策

 GYAO!の名前を知らない人は、AV Watch読者ではほとんどいないはずだ。元々は2005年にUSENが作った無料動画サイトだったが、その後Yahoo! Japanが買収して子会社化し、ブランド変更などを経て現在の「GYAO!」に至る。現在は各テレビ局からの出資も受け、いわゆる「見逃し配信」ではもっとも利用率が高いサイトのひとつである。歴史も長く、みなさん一度は使ったことがあるのではないだろうか。

GYAO 荒波修 代表取締役CEO

 ただし、NetflixやAmazonプライムビデオなどが国内でスタートし、AbemaTVも1年を迎えた今、話題の動画配信サービスに比べると、今ひとつ元気がないように見える。

 そのGYAO!がリニューアルし、より強いビジネス基盤の整備に向けて動きはじめている。株式会社GYAO 荒波修 代表取締役CEOに、ビジネスの現状と、今後の戦い方を聞いた。

GYAO!

「わかりにくさ」を反省。「広告・無料視聴」を基本に戦略立て直し

 GYAO!がどんなサービスなのか、念のため振り返っておきたい。GYAO!はYahoo! Japanの子会社であり、連携したサービスとして運営されている。サービスは広告ベースで運営されており、基本的に無料で使える。一方で、様々な作品を都度課金でレンタル視聴できる「GYAO!ストア」を運営しており、月額料金制(月額800円、Yahoo! プレミアム会員は500円)でプレミアムコンテンツを見られる「プレミアムGYAO!」もある。GYAO!ストア内では、NHKやTBS、フジテレビといった他の映像配信事業者と連携する形で月額料金制のサービスも展開している。1日あたりのユニーク視聴者数は「最近では140万~150万前後」とのことで、映像配信としては、間違いなく日本最大手のひとつといっていい。

 一方で、強い反省もある、と荒波CEOは語る。

荒波CEO(以下敬称略):この数年間で、動画配信市場はプレイヤー(事業者)の数が増えました。その中で、「GYAO!でなければいけない理由作り」ができなかったのではないか、という反省があります。それを踏まえて、現在、社内では「三位一体戦略」と呼ぶものを進めています。三位一体とは、プロダクト・コンテンツ・マーケティング。プロダクトがいまいちでは、素晴らしいコンテンツは支持を得られないですし、良いコンテンツがなければもちろんいけない。知っていただくためにはマーケティングが必要です。

 では、その反省をまずどこに活かすのか? 筆者の問いに荒波CEOは「明確化」と答える。

荒波:GYAO!は、動画の中では最古参に近いサービスです。一方で紆余曲折を経て、昨年度までは映像以外にも、電子書籍など付随する事業もやっていました。この1、2年、市場は激変しています。弊社の場合、幅広かったがゆえに、動画配信へのコミットメントが薄れていたことは否めません。

 そこでこの4月からあらためて映像に特化することにしました。昨年1年間は、映像サービス事業でどう成長していくのか、戦略を考え直す期間とし、中期経営計画を作り上げていました。

 GYAO!は昨年まで電子書籍ストア「Yahoo! ブックストア」を運営していた。だが現在、同事業はYahoo! Japanへと運営主体が変わり、GYAO!の事業は映像事業だけとなった。文字を扱うコンテンツ事業としては「Yahoo!映画」「Yahoo!テレビ」があるものの、これも広い意味では「映像関連事業」といえる。コンテンツ販売全体を視野に入れた事業形態から、映像専業にシフトしたわけだ。さらに、映像ビジネスについても軸足をさらに明確にする。

荒波:現在弊社では、AVOD(広告ベースの無料配信)とSVOD(月額料金制の配信。GYAO!においてはプレミアムGYAO!)、さらにTVOD(トランザクションVOD。単品レンタルのことで、GYAO!ストアでの単品作品のこと)があります。正直、わかりづらい。

 プレミアムGYAO!は2016年2月からスタートしたのですが、「あれ? GYAO! って今まで無料じゃなかったっけ?」と誤解を与えた部分があるのではないか、と思うのです。ですからこれからは、改めてAVOD、無料のコンテンツに軸足を置きます。事業面ではこれが大きな変化かと思います。

 一方で、無料のAVODだけではウインドウ(権利者がコンテンツを提供するタイミング)の関係から、見られるコンテンツの量にどうしても限界が生まれます。SVODがあったり、新作映画がTVODにあることでバリエーションが生まれますから、すべてのサービスを展開することには意味があると思っています。

 とはいえ、見せ方には工夫が必要で、現状のUI・UXには相当に改善が必要です。私も色々なサービスを使っていますが、参考になる、と思っているのがSpotifyです。Spotifyは音楽のサービスですが、無料でも有料でも使えて、無料であってもユーザビリティが落ちない。そうした部分を参考したいと思っています。

 例えば、AVODとSVODとTVODではランディングページ(作品毎に視聴・購入などにつながる紹介ページ)もバラバラです。まずこれはひとつにします。特にTVODに関しては反省ばかりあり、改善が必要だと考えています。

 今も昔も、GYAO!のビジネスの軸は広告ベースの配信だ。そこに多様化の目的で導入した有料サービスが加わり、「サービスの軸はどこか」が見えづらくなって、競合の間で目立たなくなった……というところなのだろう。

「見逃し視聴」が最大の武器。パートナー戦略でオリジナルコンテンツを

 一方で、荒波CEOが「最大の差別化点」とするのは、やはり「コンテンツ」である。ここで見られる、ここにしかないものを用意する、というのが基本だ。

荒波:やはり、GYAO!に来ていただく理由作りが重要です。そのための最大の武器は「コンテンツ」で、GYAO!でしか見られないものをいかに作れるのか、がポイントです。

 その最たるものが「テレビの見逃し視聴」だと思っているんです。テレビ番組の見逃し視聴ができるといえば、TVer、各放送局の独自サイト、そしてGYAO!しかないわけですから。これは大きな武器になると思っています。放送局・在京キー局さんはすべて株主になっていただき、良好な関係を保っているので、引き続き、コンテンツをご提供いただければ、と思います。さらに、地方局とも一緒に番組を作ることで差別化していきたいですね。

 確かに見逃し配信は非常に大きな誘引力を持つ。テレビ放送ほど、毎日ある程度質の揃った、お金がかかったコンテンツが大量に流れている場所はない。それが見られるのであれば、見逃し配信には人が集まりやすい。

 では、オリジナルコンテンツはどうだろうか?

荒波:コンテンツについては、単純に調達するだけでなく、オリジナルも含めてやっていきます。

 映画やアニメの製作委員会への出資は、昔から手がけています。ただしこの点については、少し関わり方を見直そうと思っています。やっていくことに変わりはないのですが、製作委員会へとより大きな投資をして、自分達が責任をもってやっていくものを増やしてもいい、と思っています。

 オリジナルコンテンツについては、海外のプレイヤーが非常に多額の投資をしていますが、現実問題として、同じ戦い方をするのは厳しい。コンテンツ調達のチキンレースに巻き込まれるのは、経営的にもよろしくありません。ですから、少し戦い方は変える必要があるかな、と思っています。

 良い例が、3月29日に発表した、アミューズさんとの共同プロジェクトです。このプロジェクト(NEW CINEMA PROJECT)では、監督から俳優、ミュージシャンまですべての才能をオーディションで募集し、まったく新しい映画を1本作ろう、という取り組みです。この取り組みには弊社とアミューズが共同で出資し、製作します。こういった形もあるでしょう。

 では、今後も注力するコンテンツはどこになるのか? 荒波CEOは「アニメ・ドラマ・邦画」と話す。これは、同社の中期経営計画の中で定められており、「既存のGYAO!利用者との親和性を重視して考えたもの」だという。では、他のジャンルについてはどうだろうか。

荒波:先日、Yahoo!ニュースが日本テレビとの連携を発表しました。具体的なプランはありませんが、ああしたものの「エンタメ版」はGYAO!であれば、できるかもしれません。情報バラエティはライブ・リニア配信との相性は良いと思いますし、ニュースやスポーツについては、確実にニーズはあると思っていますが、当面はエンターテインメントコンテンツに注力する形としたいです。エンターテインメントで結果を出した上で、検討します。

 無料のネット配信として、この2年で勢いを増してきたのが「AbemaTV」だ。テレビ的なコンテンツを提供するサービスとしては競合もあるのでは……と感じる。だが、荒波CEOはGYAO!と直接競合するとは考えていないようだ。

荒波:AbemaTVはよりテレビ放送に近い発想かと思います。広告モデルという意味ではGYAO!と似ています。しかし、GYAO!のアプローチは「VODが主軸」ということ。これだけユーザーが可処分時間の中で色々なサービスで時間を奪い合っている中、やはり目的があって探して見るのが主軸だと考えています。

 しかし、VODではどこまで行ってもスタティック(静的)なUI/UXになってしまうので、入り口としてライブやリニア配信は手がけてみたい、とは思っています。

「見てもらう」ためにYahoo!・ソフトバンクの資産を活用

 GYAO! の強みは見逃し配信にあるが、それだけやってさえいれば人が集まるのか、というとそうではない。具体的に挙がったのが、今年に入って話題になった「けものフレンズ」と、春からの新番組である「進撃の巨人 Season 2」の見逃し配信についてだ。

荒波:「けものフレンズ」は弊社でも取り扱いがあったんです。フットワークでは他社に負けていないつもりです。しかし、アピアランス(露出)が弱い。

 また、「進撃の巨人 Season 2」の見逃し配信については、本編のあとに声優さんのミニトーク番組もつけさせていただいています。これは非常に大きな付加価値だと思うんですよ。でも、それが伝わっているか、というと伝わっていない。

 まずは、やっていることをきちんと理解していただく、コミュニケーションを構築していくことが重要だと考えています。

 実際、「けものフレンズ」の話を筆者は知らなかった。「けものフレンズで視聴記録更新」的な話題はニコニコ動画とセットで語られることが多く、GYAO!の存在感は薄いものだったと記憶している。「GYAO!は見逃し配信をやっている」ということは定着していても、なにをいつやっているのかの露出が少ないと、そこに視聴者はつかない。

 そこで、荒波CEOが改良点として重視するのが「Yahoo! Japan」との連携だ。

荒波:どんなにいいコンテンツを揃えても、見てもらえないと意味がない。とにかく実視聴量を重視します。そこで一番使えるリソースは「Yahoo! Japan」といかに連携するか、ということです。

 すぐにみなさんも思い浮かぶであろうものは、Yahoo! Japanアプリに見たい番組などを登録しておいて、通知でタイムリーに教えてもらう、という方法です。それだけでなく、Yahoo! Japanのビッグデータを活用する、Yahoo! Japan上での検索履歴を使って見たいコンテンツを提案する、というやり方は可能でしょう。

 また、「Yahoo! テレビ」では、トップに動画を埋め込むようにしました。ここで見逃し配信をご視聴いただけるような実験的な取り組みはすでにはじめています。「Yahoo! テレビ」や「Yahoo! 映画」の閲覧履歴からレコメンデーションする、ということもできるはずです。

 Yahoo! Japanという強力なメディアをいかに(GYAO!のビジネスに)活かすか、がここから重要になります。現在弊社の重要な柱はCRM(カスタマー・リレーションシップ・マーケティング)戦略です。いかにGYAO!の利用者の方々をロイヤルカスタマーに育てていくか、ということです。その時には、Yahoo! Japanに限らず、ソフトバンクグループ全体の中から、使えるものはなんでも使っていきたいです。

 具体的になにをするのか、それはまだ荒波CEOの口から語られることはなかった。現在、Yahoo! Japanの有料会員がGYAO!の有料会員になると、料金面で有利な割引きを得られるようになっているが、おそらくは「それよりも強い結びつき」を、何かの形でやってくるのだろう。

クロスデバイス戦略で「ログイン利用率」を改善へ

 現在、GYAO!は無料サービスが軸であり、GYAO!の無料サービスを使うだけであれば、会員としてサービスにログインして利用する必要はない。しかし、顧客との結びつきを強くするのであれば、GYAO!へログインして利用する(ひいては、Yahoo! Japanと連携して使う)顧客を増やすことが重要課題になる。現状、ログインしての利用者がどのくらいいるのか、同社は開示していない。今回もその情報は得られなかった。だが、この点が重要課題であることは同社も認める。

 その上で、ログインユーザー増加の切り札として考えているのが「クロスデバイス」対応だ。

荒波:複数の端末で続きを見られるようにする「クロスデバイス」視聴にはログインが必須になりますし、そうした使い方が広がっていけば、自然とログインユーザー比率は高まっていくのだと思っています。

 テレビでの視聴については、2月に「プレミアムGYAO!」がようやくテレビデバイス(Android TV、Fire TV)でも見られるようになりました。おくればせながら、準備が整いましたので、スマホ・PCに限らず、デバイスや利用シーンに合わせた視聴ができるようにしていきたいと思っています。テレビデバイスではID・パスワードの入力も大変ですが、それを簡便化するスキームも導入します。

 そうすると、例えばテレビショッピングなどでポイントを貯めて、そのあまったポイントで映像コンテンツをご覧いただく……といったこともできます。他社・他事業ではあたりまえのようにやられていることですが、それがようやく可能になります。

 どのデバイスで見るかは、コンテンツや世代によって異なると思っています。私見ですが、高くても、テレビデバイスでの視聴は3割くらいではないでしょうか。おそらく、若い方になればなるほど低い。それぞれの部屋にテレビがなく、スマホやタブレットがスタンダードになっていますから。

 しかし、もちろん、どのデバイスで見ていただいてもかまいません。こちらが規定するものではありませんから。我々がやらなければいけないのは、シームレスなサービスを提供することです。

 我々はGYAO!を「毎日つかっていただけるサービス」にしたいと思っています。平日などは、スマホでアニメを2-30分見るだけかもしれませんが、週末は映画などもじっくり見る。見たいコンテンツや見たいデバイスを選ばずに使っていただきたいのです。

 一方、4Kや高画質化についてはどうだろうか? 現状ではダウンロード対応も行われていない。その点はどうだろうか?

荒波:プロダクトを磨く、という意味で、ダウンロード対応はやらなければいけないだろう……とは考えているところです。しかし、もう数年まてば5Gの時代がやってきます。そうなると、ダウンロードの機能は不要になる、とも感じます。ここからどうやっていくのか、状況を注視したいです。

 画質についても、やれるものはやっていけばいい、という立場です。一方で、高画質化については、一般の生活者の方はどこまで4K・8Kに興味をもっているか……。その辺は供給者の論理で進んでいる部分もあります。まずはフルHDの環境を整えたいと考えているところです。

 すでに述べたように、GYAO!は「プロダクト」「コンテンツ」「マーケティング」を一体化した改善戦略を進行中だ。このうちマーケティングについては、ある意味「お金を出せばできる」(荒波CEO)もので、すでにそうする決断はできている。コンテンツも粛々とやるだけで、製作投資判断も終えている、という。「現状は8割方グリーンライト」と荒波CEOは言う。やはり問題は「プロダクト」。サービスの使い勝手や機能だ。ここについては「終わりのないもの。ずっと続けるしかない」としつつも、「まだまだ」と遅れを認める。

 使い勝手を上げて、ユーザーへの露出を増やし、利用率を高めることこそがGYAO!の直近の課題だ。それにある程度の方向性が見えた段階で、同社として「本格的な拡大戦略」に入っていくのだろう……と筆者は予想している。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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