西田宗千佳のRandomTracking
第413回
VR空間で撃ち合い! 実機デモと基調講演から見る「Oculus Quest」の秘密
2018年9月28日 08:00
Oculus Connect 5(OC5)・初日発表の詳細をお送りする。OC5は2日間開催されるが、残念ながら筆者はスケジュールの関係で初日しか参加できない。だが、その初日だけでも、非常に大きな収穫のある取材となった。
おそらく読者のみなさんの興味は、新製品である「Oculus Quest」に集中しているのではないかと思う。399ドルで来春登場、ということはすでに速報でお伝えしたが、ここでは基調講演およびその後の実機デモ体験から分かったことを解説していく。
「Rift」の体験をよりリーズナブルに
基調講演で最初に登場し、Oculus Questを発表したのは、親会社であるFacebookのマーク・ザッカーバーグCEOだ。彼は終始ご機嫌だった。
「VRを10億人に使ってもらうことを目標としているが、まだ1%。それにも届いていないかも知れない」
Facebookという巨大プラットフォームを作り上げた彼だが、VRはまた違う、新しいチャレンジになる。そのための仕事が、彼にとっても楽しいものであるであろうことは、発表での口ぶりや表情からも伝わってくる。
VRを普及させるためのカギは、いかに良いデバイスを作り、安く普及させ、広く認知を進めるかにかかっている。Oculus RiftはPCによって開発とトライアルを促進し、もっとも凝った環境を提供できるものの、ケーブルがあって、PCまで含めれば高価になる。そこで安価な「Oculus Go」を作った。この狙いも今のところ当たっている。コストをとにかく下げ、動画などの入りやすい用途のために使える機器を用意することで、「VRは縁遠いもの」という印象を払拭する必要があった。
だが、Oculus GoとRiftの間では、VRの体験の差が大きい。そこで、「Oculus Goに次ぐ手軽さ」で「Oculus Riftの持つVR体験に匹敵するもの」を実現するのが、新機種である、399ドルの「Oculus Quest」……ということになる。
詳細なスペックは公開されていないものの、その概要とコストフォーマンスは驚くべきものだ。
まず、ディスプレイは片目で1,600×1,440ドット。単純な解像度ではPCの上位モデルを超えてきた。ただし、レンズなどの構造はOculus Goと同じであるようで、かなり低コスト化が進んでいるものと思われる。
使っているSoCの能力はわからない。発熱などを考えると、モバイル用のSoCに近いものと思われ、PCほどのパフォーマンスはでないだろう。だが、だからこそ軽量かつスタンドアローン(PCと接続する必要がない)環境が実現できているわけで、納得できるトレードオフといったところだろう。
筆者が実機で見た限り、グラフィックのクオリティはかなり高かった。高性能ゲーミングPC+PC用HMDと比較すると、映像の密度感(ポリゴン数やテクスチャのリッチさ)で劣るか、と思われるが、解像感は発色は十分高く、Oculus GoよりはPC用プラットフォームに近い印象を受けた。短時間のことなので、これはあくまで「私見」と考えていただきたいが、視野周縁部に出やすかった「色収差」が感じづらくなっており、没入感がより高まった印象がある。これは、レンズやディスプレイの改善の効果、と見ることもできるし、Oculusが各プラットフォームに導入していこうとしている「色収差改善機能」によるもの、とも考えられる。
関係者の話によれば、Oculus Questはコードレス充電が可能であるという。サイズ的にもOculus Goと大差なく、頭につけても大きな負担はない。重量のスペックは開示されていないが「1ポンド(約453g)を切る」(Oculus担当者)とされる。頭への固定はOculus Goのような簡易なバンドではなく、もうちょっとしっかりしたプラスチックバンドになっているが、かぶりやすさはOculus Rift譲りで、しかも、メガネはOculus Go同様に入りやすかった。今回も筆者は、すべての体験を「メガネをしたまま」行なったが、特に問題はなかった。
Questのコアは「Oculus Insight」
だが、そうした部分よりなにより、Oculus Questを特徴づける大きな差別化点となっているのが、4つの広角カメラを使った、インサイド・アウト方式によるポジショントラック技術「Oculus Insight」だ。この技術こそ、Oculus Questを他のVRヘッドセットと隔絶した存在たらしめている要素といっていい。
発表されていないスペックを推測するより、実機での体験から語っていこう。
筆者は今回、Oculus Questを使った3つのゲームを体験できた。中でも印象深かった2つを分析しながらご紹介したい。
一つ目は「Project Tennis Scramble」。いわゆるテニスゲームだが、コートに立ち、ハンドコントローラーである「Oculus Touch・Oculus Quest版」を両手につけ、それをラケットのように使って楽しむ。
こうしたゲームはVRプラットフォームにはすでにあるし、2006年から2007年に起きた「Wii」のブームで体験済み……と思う人も多いだろう。
「Project Tennis Scramble」の特殊な部分は、「かなり本格的に動きながらテニスが出来ること」であり、一方で「Oculus Questで気軽に出来ること」でもある。ちょっと手を動かすだけでなく、ちゃんと手首のひねりを利かせて空中の的にボールを当てる、といったテクニックも必要になる。
インサイド・アウト形式の欠点は、顔の前方にセンサーが集中するため、テニスのテイクバック・スイングのように「コントローラが体の後ろまで動いてしまう」時、センサーの検知範囲からはずれやすい、ということにあった。実際、インサイド・アウト方式を使うマイクロソフトの「Windows Mixed Realitly Immersive Headset」向けのハンドコントローラーでは、検知範囲の狭さを指摘する声が多かった。
だが、Oculus Questではちゃんと「テニス的なプレイ」ができた。補完技術の賜物である可能性も高いが、腕をしっかり動かしてもトラッキングがついてくるくらい、検知範囲が広いのが特徴であり、だからこそ「Project Tennis Scramble」のようなゲームが自然にプレイできる、という分析もできる。
さらに強い衝撃を受けたのが「Dead and Buried」というゲームだ。これはOculusが開発した、Oculus RiftやOculus Goでもプレイできるガンシューティングゲームだが、Oculus Quest版では「アリーナ・スケール」ゲームに生まれ変わっていた。
バトルフィールドは、教室2つ分はあろうかという広大な空間。そこに段ボールで作られた障害物が散らばっている。この中で、3人対3人が撃ち合いをするのだが……。とにかくインパクトがすごい。とりあえず動画をご覧いただきたい。
6人のプレーヤーはアバターに扮し、広大なフィールドを自由に歩いてプレイする。障害物に隠れて、時折飛び出して撃つ、という西部劇でお馴染みのアクションを「自分で行なう」のがこのゲームの醍醐味だが、障害物から障害物へと実際に移動して遊ぶのは面白い。しかも、隠れるための障害物は実際に置いてある段ボールであり、もちろん「触れる」とそこにある。
広いエリアを歩き回ってプレイするVRゲームは、大規模なアトラクションの形で実現されている。だが、それらのアトラクションでは、背中に背負う「バックパック型」のゲーミングPCを使うことが多く、荷物がかなり重くなる。だが、Oculus Questは同じことを、ヘッドセットとハンドコントローラだけで行なっているから、気軽さがまったく異なる。ビジネス的な側面で見ても、機器一台あたりの導入コストがまったく異なるし、オペレーションにかかる時間も劇的に短い。
しかも、フィールドにはプレイヤー以外の人もいる。それは、「ライブカメラ」を抱えた人だ。iPadを持ち、フィールドを撮影している人が1人いる。これは、iPadのARKitを使った位置判定とOculus Questのプレイヤー情報、フィールドにある障害物の情報をまとめて、「VR空間でどういうことが起きているか」を撮影するカメラの役割を果たしている。さきほど見ていただいた映像は、そのライブカメラを撮影したものである。
すなわち、「広大なプレイフィールドを実現し」、「そこにある障害物の情報を共有し」、「プレイしている人々の位置や行動の情報を共有し」、「別の機器でVR空間内の出来事として再構成する」といったことが、すでにできてしまっているのだ。
これは、Oculus Questのトラッキング技術「Oculus Insight」の可能性を示すものであり、現状の開発環境でどこまで複雑なVR体験を実装可能なのか、ということを示したデモにもなっているのである。
次の写真を見ていただきたい。これは、基調講演で示されたOculus Insightの能力の一端である。Oculus Insightで部屋の中の特徴点を把握し、そこから壁やテレビやカーテン、家具などを把握する。そうやって得られた「ここは危険なものがある」という情報は、複数の部屋に渡って記録され、安全にVRを行うための情報として使える。
現状、体験できたデモではそこまで精巧なことはやられていなかったが、自分が動けるエリアを「バーチャルなフェンス」の形で見せることは出来ていたし、Dead and Buriedのように、点群+マーカー(これは推測だが、おそらく間違いあるまい)で配置されている物体を把握することもできていた。
これだけ低コストなデバイスで、「VRで自由に動く」ための条件を整えているのは驚くべきことである。
Mixed Realityによる「仕事環境の進化」の可能性も
しかも、Oculus Insightは、外界の情報とVR内の情報を混ぜて利用する「Mixed Reality(MR)」にも使える。
画像は、基調講演にて「ここから時間をかけて開発していくもの」として示された、Oculus Questを「汎用作業環境」として使うデモの映像である。
白地に黒い線の部分は、現実の世界がセンサーを介して見えている部分。これでもだいたいの様子が把握できる。そこにウインドウやアプリが重なっているのが分かる。
現実の映像が、白黒かつ輪郭だけのような映像で見えている。その上には、アプリのアイコンや通知、作業用のウインドウなどが並ぶ。キーボードも「なんとなく見える」ので、タイプするのは難しくない。しかも、歩いて隣の部屋に行くと、そこはVR空間の「部屋」であり、他人とミーティングなどが行なえる……。
VRはゲームだけでなく、ビジネスでも大きな可能性を秘めている。Oculus Connect 5では「ゲーム推し」な部分が強かったが、建築や製造、各種研修など、VRが可能とするワークスタイルは数多くある。
現実の部屋の中にVRのウインドウを置く理由は、「現実世界のディスプレイ」が限界を迎えているからである。携帯電話から進化したスマートフォンはインターネットデバイスとして理想的な存在だが、画面はこれ以上大きくできないところまで来ている。それでも、スマホの上でビデオ会話をすると、人々の顔は「見切れて」しまう。
このジレンマを解決するには、VRやARを使って「空間すべてをディスプレイとして使う」しかない。マイクロソフトはHoloLensでそうした世界を一部実現しているし、VRプラットフォームの多くが、PCのデスクトップを空間内に表示するソリューションを搭載している。実はOculus Riftでも、これらのバージョンアップにより、既存の2D環境とVR環境の両方で作業ができる「ハイブリッドアプリ」の開発が行なえるようになる、とのアナウンスがあった。
Oculus Questの「未来のデスクトップ」のデモは、そうした文脈の中にあるものだ。世界を完全に3Dで再構築するのは難しいが、センサー(おそらくは赤外線系の画像センサー)が捉えた映像をうまく活用することで、外界の状況とVR空間を「混ぜる」ことが可能になり、比較的シンプルに、現実空間の抱える「ディスプレイの不都合さ」を拡張することができる。
これは夢物語ではない。すでにデモも体験できた。
Dead and Buriedでは、実際の世界にある段ボールを障害物として銃撃戦を行なうが、ハンドコントローラのAボタンを押しっぱなしにすることで、現実世界とVR世界を混ぜたものを「見る」ことができた。その映像は撮影できないので実物をお見せできないのが残念なのだが、段ボールの模様や縁、自分の手や体が「輪郭強調された白黒の低解像度映像」のように見えて、そこに、CGが重なるべき部分にグリーンなどの色のマーカーが見えた。実空間でのゲームの安全性を確保するものとして実装されていた機能だが、この先に「MR技術によるデスクトップがある」のは明白だ。
「新しい世界を一緒に作る」ためには
Oculus QuestはRiftと似た性質を持っている。特にハンドコントローラは、どちらも「Oculus Touch」と名付けられている。動作の仕組みは異なり、デザインも違うのだが、機能はほぼ同じだという。
パフォーマンスの違いから来る最適化は必須であるし、前出のような「ハイブリッドアプリ」はQuestでは無理なので、「コンテンツクリエーション」の世界ではRiftが当面中心となるだろう。だが、ゲームの開発互換性や移植難易度はどんどん下げられていく。開発環境として使うのも、多くのVRアプリがそうであるように、UnityやUnreal Engineだ。
来春のローンチ時には、50以上のタイトルが同時に出る。その中には、ルーカスアーツのVR開発部隊である「ILMxLAB」が、「Vader Immortal :STARWARS VR Series」を提供する。
そうしたソフトの開発を促すことがOculus Connectの目的だが、それと同様に、Oculusが伝えたいことがあった。
それは、基調講演の最後に登場した、Oculusのチーフサイエンティストであるマイケル・エイブラッシュのコメントに集約されている。エイブラッシュ氏は、1980年代には伝説のゲームプログラマーであり、マイクロソフトでWindows NT 3.1の開発に携わり、さらには、現在のFPSの元になった「Quake」の開発者でもある。エイブラッシュ氏は毎回、VRの未来に関する研究の発表と予測を語る。その内容は非常に興味深いものなので、また、別の機会にじっくりと解説してみたいと思っている。
なにより、ここで重要なのは彼が最後に示したスライドである。
「We are creating the future - together」
(私たちは、皆と一緒に未来を作っている)
プラットフォーマーとデベロッパーの関係を示す典型的な言葉ではあるが、VRほど、この言葉がふさわしいものはない。まだ可能性は未開拓であり、どこに大きなビジネスの種があるかもわからない。それをどう作ればいいか、セオリーもできあがっていない。ハードウエアもようやくできたところだ。
だからこそ、彼らはビジョンを示し、共に進む仲間を募る必要がある。その過程は、立ち上げ期ならではの熱気を備えている。定着期に入ったスマートフォンやSNSでは味わえないものである。
だからこそ、ザッカーバーグCEOは笑顔だったのだし、来場者も目を輝かせながら発表を見ていたのではないだろうか。
筆者自身も、例外ではないが。