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第447回

iPhone 11の狙いとは? 洗練を重ねコスパ向上、謎の新チップ「U1」の正体

アップルが9月10日(現地時間)に開催した、秋の新製品発表会。その詳報と、現地で取材して新たに分かった情報をお届けする。

発表会場のSteve Jobs Theater

既報の通り、新製品のシリーズ名は「iPhone 11」、「iPhone 11 Pro」、「iPhone 11 Pro Max」となった。“リーク情報”を名乗る様々な噂があったものの、その多くが正しかった。今年の新製品は、2018年のiPhoneの「正常進化」といっていいだろう。

だが、そこに込められた戦略はシンプルなものではなく、なかなかに周到なものだった。発表会で示された同社の戦略について、発表会後に取材で得られた内容を元に解説していこう。

発表会に登壇したティム・クックCEO

日本でも「Apple Arcade」「Apple TV+」がアメリカと同日にスタート

今回の発表会は、まず「サービス」から始まった。3月に発表済みだが、アップルはゲームや映像などの月額利用料金制のサービスを拡充している。そのスタートは「秋」とされていたので、このタイミングで詳細が説明されるのは予想通りだ。

うれしいことに、2つのサービスはどちらも日本でも他国と同時に開始される。

Apple Arcadeは9月20日から、Apple TV+は11月1日からスタートする。価格はどちらも月額600円だ。

特に大きいのは、Apple TV+が、新しいアップル製品を買うと「1年間無料になる」ことだ。対象は、iPhone、iPad、iPod touch、MacまたはApple TV。来年以降どうなるかはわからないが、少なくとも今年の製品を買うと「7,200円分のディスカウントがある」という言い方もできる。後述するように、今年のiPhoneはちょっと価格を下げている。そこにさらにお得な要素が付け加わることになる。これは、コンテンツ事業をもっていない他のスマホメーカーにはやりづらい施策だ。

アップルの映像配信「Apple TV+」は11月1日に日本でもスタート。これからアップル製品を買うと、1年分の無料視聴権がついてくる

常時点灯だけでなく「ライフライン」であることを強調したApple Watch

そして、もうひとつの差別化策が「Apple Watch」だ。

Apple Watchも「Series 5」に進化し、ディスプレイの常時点灯を含めたハードウエア強化が行なわれた。スマートウォッチの欠点をカバーする重要な要素ではあるが、それが今回、Apple Watchに関するアピールの中心なのか、というと「そうではない」と筆者は感じた。

Apple Watchの新製品「Series 5」。写真は高級版である「Edition」のチタニウムモデル

今回アップルがアピールしたかったのは、「Apple Watchは命を救うために重要な道具である」ということだ。会見では、Apple Watchの緊急通報機能で命を救われた多数の経験者を集めたビデオを流した。急な病気の予兆を検知し、緊急通報するために使えるデバイスとして強調したのである。

Apple Watchに命を救われた人々のビデオが流れた。「ライフライン」を最後に守るデバイスであるというアピールだ

特にアメリカでは、医療機器認可を受けた上で、心電図の確認が行なえるようになっているのが大きい。医療リサーチとして、女性の生理サイクルの管理や大きな騒音の影響についての管理なども行なわれている。そうした「自分の状態を知る」ことが、ウェアラブルデバイスであるApple Watchの価値だ。フィットネスもその一環である。

多数のリサーチに基づく健康に関する用途提案ができるのは、他のスマートウォッチにない要素である。そして、Apple WatchはiPhoneでしか使えない。

このことは、Apple Watch自身のアピールでありながら、同時に、同じエコシステムに属するiPhoneのアピールでもあるのだ。

もちろん、Apple Watch Series 5の「常時点灯」が大きな要素であることは間違いない。

ハンズオンで使ってみたが、確かに快適だ。

白い表示が本来の表示であり、黒い表示が「時計を見る動作をしていない」時の表示である。Apple Watchには多数のウォッチフェースが用意されているが、そのすべてに「時計を見る動作をしていない時の色」が用意され、表示が切り替わるようになっている。

写真でおわかりのように、かなり斜めから見てもちゃんと盤面が見える。秒針や細かい情報を見たい時は従来通り使えばいいわけで、このバランスは悪くない。

Series 5を「常時点灯」で、斜めからチラ見。盤面が十分に読み取れるのがわかる

みんなのための「iPhone 11」、付加価値を求める人のための「iPhone 11 Proシリーズ」

冒頭で述べたように、今年のiPhoneの主軸は「iPhone 11」だ。iPhone 11はiPhone XRのアップデートであり、「iPhone 11 Pro」シリーズはiPhone XSシリーズのアップデートといえる。

iPhone 11は「ベースモデル」に近い位置付けになった

一方で、ベースとなるiPhone 11のコストパフォーマンスが高くなったこともあり、「iPhone XRはXSの廉価版」というよりも、「iPhone 11 ProはiPhone 11に付加価値を持たせたもの」というイメージが強くなった。

iPhone 11 Pro/11 Pro Maxは付加価値モデルだ

事実、今年のiPhoneを代表する機能強化のほとんどは、iPhone 11とiPhone 11 Proに共通である。

iPhone XRでは26mm・1眼だったカメラは、「26mm+超広角13mm」が基本になる。より広い画角で撮影できる「超広角レンズ」での撮影や、夜などの暗いシーンで効果を発揮する「ナイトモード」などのカメラ機能は、iPhone 11でも使える。

広角(26mm)と超広角(13mm)での撮影が可能に
複数のショットを合成して「夜らしい色合いだが明るい写真」を作る「ナイトモード」

プロセッサーも同じ「A13 Bionic」だ。A13 Bionicは性能向上と消費電力低下を同時に実現しており、アップルの発表によれば、特徴は下記の通り。

・高性能処理用CPUが20%高速化しつつ30%消費電力削減
・高効率処理用CPUが20%高速化しつつ40%消費電力削減
・GPUが20%高速化しつつ40%消費電力削減
・ニューラルエンジンが20%高速化しつつ15%消費電力削減

カメラの性能が大幅に上がり、消費電力が下がって、バッテリー動作時間が伸びる。そして価格的には、iPhone 11は、XRに比べ1万円程度安くなっている。

多くの人が喜ぶ点を改善し、不評だった価格も改善し、「マスに売れるモデル」としての位置付けを明確にしたのがiPhone 11、といっていい。

では「Pro」はどうか?

カメラは52mmの「望遠」が追加されて「三眼」になって使い勝手は上がった。だが、カメラ機能そのものはiPhone 11と同じであり、「三眼化で撮影できる画角のバリエーションが増えた」印象だ。

三眼化は「Pro」のもっともわかりやすい差別化点だ

プロセッサーは、表面的なスペック上はiPhone 11と変わらない。バッテリー動作時間はiPhone 11 Pro Maxが一番長いモデルになっている。「XS Maxに対して11 Pro Maxはバッテリー容量が増えている」(アップル関係者)とのことなので、消費電力の低下とともに、内部構造の変化が影響している可能性が高い。

バッテリー動作時間は、iPhone 11 Pro・11 Pro Maxともに大幅に増加している

ディスプレイは液晶ではなく有機EL。これは、AVファンが多い本誌読者には重要な点ではないか、と思う。輝度は直射日光下で800nits、ピーク輝度が1,200nitsとスマートフォン向けとしては相当に明るいもの。HDRコンテンツの視聴やHDR動画の撮影には、このディスプレイの能力が大きく効いてくる。

高コントラストで高輝度の有機ELディスプレイは、AVファンにとってProシリーズの最大の魅力だ

そして、細かなことだが、ProとPro Maxの場合には、付属するACアダプターが、USB-C・18W仕様の高速充電可能なものになる。これを使えば、30分で50%まで充電が可能になる。iPhone 11でも、別売のUSB-C・18W仕様アダプターを使えば同じことはできるが、標準添付されてくるのはこれまでと同じUSB-A・5Wのものだ。

Proの充電器はUSB-Cを使った18W仕様のもので、高速充電対応。iPhone 11では別途購入が必要

こうした点はまさに「付加価値」といえる。デザインの違いも同様だ。多くの美点はiPhone 11も持っているもので、カメラやバッテリー動作時間などで「より良いものを求める人」がProを買う、という位置付けになったといっていいだろう。

空間オーディオからカメラまで、発表会で語られなかった「魅力的な機能」

一方で、iPhone 11のハードウエア仕様は、現在のハイエンドスマートフォン市場を見ると、あまり特別なものには感じられない。2眼・3眼は珍しくないし、カメラがウリであるのも、言葉上は聞き慣れたものだ。「ハードウエア的に飛び抜けた」という意味で驚きを求めている人には新奇性が少ない。

アップルは、そうしたハードウエア的な「飛び道具」にはあまり興味がないらしい。ソフトウエアとハードウエアの組み合わせによる「実質的な差別化」で、iPhone 11の価値を高めようとしているようだ。

ここからは少し、発表会ではあまり触れられなかった点のうち、取材で判明した情報を解説していきたい。以下は特別な表記がない限り、11と11 Proシリーズ、両方に該当する要素である。

iPhone 11は、スピーカーが「空間オーディオ」対応のものに進化した。これは具体的には、Dolby Atmosでのオフジェクトオーディオ再生に対応した、ということを指す。スマホを中心として自分を包む空間に、立体的な音場を形成する。またさらに、5.1chもしくは7.1chのサラウンドオーディオのデコードも可能になったため、Dolby Atoms対応作品だけでなく、既存の映画コンテンツなどの視聴にもプラスとなる。

Dolby Atmos対応であることは公開済みだが、実は5.1chもしくは7.1chのサラウンドオーディオにも対応。映像再生時に「音に包まれる」体験ができる

カメラは2つ(iPhone 11)もしくは3つ(iPhone 11 Pro/Pro Max)搭載されているが、単純に画角や焦点距離で切り換えているわけではない。常に複数のカメラで映像は撮影されていて、それを合成した結果が使われている。そのため、カメラの画角が変わっても映像の色合いが変化したり、画像の周辺部が歪んだり、ということが少ない。13mmのような超広角だと、本来はほとんど魚眼レンズに近く、周辺部が歪みやすいものなのだが、iPhone 11では補正が行なわれていて、歪みはほとんどない。カメラを2台搭載したiPhoneは、過去から「2カメラによる合成」で映像を得てきたが、その点はiPhone 11世代でも変わらない。

今回は「Sneak Peak」という位置付けながら、カメラアプリの新しい機能として「DeepFusion」の存在が公開された。これは、1秒間の間に長い露光の画像と短い露光の画像を複数枚撮影、それらの画像からお互いのピクセル同士の関係をマシンラーニングで解析して合成し、非常にディテール豊かな写真を作り出す。GoogleがPixel 3で導入した機能を思い出させるものだが、あちらに比べ相当に大規模な演算を行なうこと、合成によってディテールを潰してしまうことなく、逆に忠実な再現を狙う。

今秋実装予定の「DeepFusion」。1秒の間に撮影した画像をマシンラーニング解析して合成し、ディテールの豊かな写真を作る

ただし、DeepFusionはiPhone 11出荷時には実装されておらず、「今秋」のアップデートで追加される予定だ。9月30日に「iOS 13.1」の公開が予定されているが、こちらにも入らず、さらに後の公開となる。

謎の新チップ「U1」の正体はUWBによる位置認識

発表会では触れられなかったが、今回新たに「UWB」が追加された。iPhone 11には「U1」という名前のチップとして搭載されている。

UWBとは「Ultra Wide Band」の略。非常に広い周波数帯域で、Bluetoothなどよりもさらに弱い、ほぼノイズのような出力の電波を使う通信方式。あまり遠くまで電波が飛ばない一方で、他の通信とも競合しづらい。過去にはUSBやHDMIを代替する高速通信方式として注目されたこともあるが、現在は、「近くにある機器までの距離と方向を認識する」ビーコン的な技術として使われている。ただし、筆者が知る限り、スマートフォンに直接UWBを実装した製品はない。

iPhone 11の「U1」も、UWBを「空間認識」に使う目的で搭載されている。使っている周波数帯は8GHz帯が中心だという。使う電波はごく弱いので、バッテリー消費への影響はほとんどないと考えていい。

具体的には、ファイル転送技術「AirDrop」の改善に使われる。現在のAirDropは、BluetoothとWi-Fiを組み合わせて使う関係上、「相手が近くにいること」は重要だが、どの方向にいるかは問わなかった。一方で、たくさんの人がいて通信が混み合う場所では、ファイルを送りたい相手を見つけて転送するまでに時間がかかる、という制約があった。

だがU1を搭載した機器同士の場合、UWBを使って相手の方向といる位置を把握できる。そのため、「AirDropを送りたい相手」に近づいてiPhoneを向けると、その相手が優先的に表示され、ファイル転送が行なえるようになる。

iPhone 11 Proの公式サイトより。iPhoneを相手に向けることで、素早くAirDropでファイルが送れるようになる

Wi-FiやBluetoothなどを使った位置認識は、精度が数mから数十cmといったところで、さほど高くない。だがUWBの場合、10cm単位の精度が実現できるので、「自分がiPhoneを向けた相手だけ」という、ピンポイントな認識が可能なのである。

なお、U1がないアップル製品とのAirDropはこれまで通りBluetoothとWi-Fiの組み合わせだ。U1を使った「iPhoneを送りたい相手に向ける」AirDropは、現状ではiPhone 11/Pro同士のみで使える。ただし、今後、アップル製品にU1が広く搭載されていく可能性は高い。将来的には、自動車や家の鍵代わりでの利用も検討されているという。

U1を使ったAirDropは、9月20日に出荷されるiPhone 11には実装されていない。9月30日に公開予定の「iOS 13.1」にアップデートした後に利用可能になる。

5Gに言及しない代わりに「下取り」に言及

このように、iPhone 11シリーズは、4G世代のハイエンドスマートフォンとして、「洗練」を重視した製品になっている。

一方で、通信業界は「5G」に動き始めた。今回アップルは、5Gについて一切触れていない。これは、他社に比べ遅れている点だ。

アップルとしては、開発状況と普及率を鑑みて、「5Gは2020年以降」とターゲットを定めたのだろう。スマホを長く使うことを考えると、「4Gのハイエンドスマホを今買う意味」を考えてしまう部分はある。

だからアップルは、発表会の中であえて「下取り」の話をしている。過去のiPhoneから気軽に乗り換えてもらうためにも、この先に不安を感じずスマホを買い換えてもらうにも、「下取りによる金銭的な問題のカバー」は重要になる。スマホの寿命が長くなった今だからこそ、アップルはそこを打ち出し、「iPhoneの次はまたiPhoneに」という点をアピールしたいのだ。

あえて発表会の最後に「下取り」の話を。iPhoneを買いやすくしたい、というニーズは世界共通の悩みだ

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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