西田宗千佳のRandomTracking
第481回
「iPhone 12」と「HomePod mini」、アップル秋の新製品を“深堀り”
2020年10月15日 09:47
例年より1カ月遅れで新iPhoneが発表された。発売は2段階だから、実際には例年より「2カ月ずれのローンチ」と言えなくもない。
デザインが大きく変わったこともあり、やはり注目は圧倒的に「iPhone 12」シリーズであり、AV目線でも気になるところがたくさんある。だが、iPhone 12だけでなく、「HomePod mini」も面白い製品であることに変わりはない。
発表された内容を順に、その後取材から得られた内容を加味して「深堀り」していこう。
「球形」になったHomePod
さてまずは「HomePod mini」だ。実はかなりトピックの多い製品。メディアではiPhoneの記事ばかりが目につくが、AV専門媒体らしく、こちらの可能性から解説していきたい。
スマートスピーカー市場はAmazonとGoogleの寡占状態。そこに割って入ろうとした企業は複数あったが、どれも弾き返された……というか戦いのステージにすら立てなかった。アップルの「HomePod」も、製品の出来は良かったものの、出てくるのが遅かったこと、低価格な製品が主流になり始めた市場に対応できなかったことなどから、やはり厳しい状況だった。
そんなこともあって、「アップルはもうスマートスピーカーは諦めてしまったのか」と皆が思い始めたところで出てきたのが、今回の「HomePod mini」だ。
デザインはまるでマスクメロンのように丸い。1万円強で買える製品としてはなかなかの質感だと思う。音などは実際に聞いてみないとなんともいえないが、HomePodが「豊かな低音を軸に部屋を快適な音で満たす」という意味ではとても良い製品であったことを考えると、十分期待して良さそうだ。
とはいえ、アップルもまさか「球体モチーフ」が最大手のAmazonとかぶるとは思っていなかったのではないだろうか。Amazonの新Echoシリーズも球体モチーフ。しかも、同じような小型モデルは、Amazonの方が値段が安い。
実のところ、両者が球体モチーフを選んだのは偶然ではなく、同じ理由だと推察している。米Amazon デバイス&サービス担当シニア・バイス・プレジデントのデイブ・リンプ氏は、9月の発表会後、筆者とのオンラインインタビューの中でこう説明している。
「理由は音質。我々のオーディオ開発チームが、球形のボディにスピーカーを搭載する上手いアーキテクチャを考えついたんです。以前のモデルよりもかなり良い音になっていますよ。同じフットプリントでありながら、置いた状態での音質が格段に向上するんです」
アップルも、スピーカー構造を工夫することで、360度どの方向にも指向性なく音を広げるためにこの球体を選んだようだ。またどちらも、自社開発の強力な独自プロセッサーを搭載し、ソフトウエアで音質を制御する「コンピュテーショナル・オーディオ」を志向している。
U1を含めた「iPhone連携」こそがHome Pod miniの特徴
では、アップルとAmazonの違いはなにか? もちろんいくつもある。
一つは、iPhoneとのインテグレーションだ。HomePod miniは、特にiPhone 11・iPhone 12との連携を意識している。
iPhone 11・iPhone 12には、通信技術UWBを使った「U1」というチップが内蔵されている。これによって、お互いの位置や方向を「センチメートル単位」で把握できる。これを生かし、HomePod miniの近くにiPhoneを持っていくと、
- iPhoneで流れる音楽をそのままHomePods miniに引き継ぐ
- iPhoneで聞いている音楽の好みからレコメンドを出し、HomePod miniで再生する
- HomePod miniで再生している曲の詳細をiPhoneで確認する
といったことができる。クラウド連携との合わせ技なのだが、「自分のiPhoneだけを対象にできる」というのがポイント。複数の人が部屋にいるときや、友人宅などで自分のiPhoneと連携させたい場合などに効果を発揮する。
「Bluetooth連携でいいんじゃない?」と思われそうだが、一旦再生をはじめてしまえばもうiPhoneは通信をせず、あとはHomePods miniに任せていい……というのは大きな違いだ。こちらはHomePod mini内蔵のU1チップを使う関係上、発売済みの「HomePod」では使えない。
もう一つ、「iPhoneを含めた連携」として興味深いのが、内線通話機能である「インターコムモード」だ。内線通話を家庭にある複数のスマートスピーカーで……というのは珍しくない機能であり、HomePodもようやく対応……というところなのだが、ポイントは「iPhoneやiPad、Apple Watchとの連携がある」ということ。すなわち、iPhoneやiPadなどを持っていれば、その人に直接メッセージが送れる。自宅外にいてもいい。CarPlay対応の自動車なら、運転中の人にもメッセージが送れる。そして、iPhoneでAirPodsなどのヘッドフォンを使っていても、メッセージが届くことになる。要はiPhoneなどの「メッセージ」機能の拡張の応用なのだが、スマートスピーカー連携である点が面白い。
一方、Amazonなどに見劣りする点としては「ホームセキュリティ」がある。といっても、日本ではあまり違いはなく、主にアメリカ市場でのことだが。
アメリカ市場では、セキュリティカメラとスマートスピーカーを連携させる形の「スマートホーム」が普及し始めている。Amazonは「Ring」、Googleは「Nest」とそれぞれ傘下にセキュリティ機器ブランドを持っていて、連携を強化しているのだ。アップルはそうしたパートナーを持っていないので、その点で見劣りする。
とはいえ、すでに述べたように、それはアメリカ市場でのこと。日本では「見守り」の形で宅内で使うニーズが多いのだが、アメリカほど垂直統合での強みが出ていない。エアコンや照明、テレビなどのスマートホーム連携なら、アップルもAmazonもGoogleも、そこまで違いはない。
ビジネス展開という意味で興味深い違いだが、日本での利用については、実用上大きな差ではない。(それがいいことなのかは、別の議論ではあるが)
HomePodとminiの違いはどこに
Home PodとHome Pod miniは、サイズだけでなく方向性も違う製品になっている。Home Podはビームフォーミングによって「人に直接音を届ける」発想のスマートスピーカーだが、Home Pod miniは「360度に音をうまく拡散させる」タイプの製品だ。サイズはともかく、音の特質も違うだろう。特に、壁に寄せて設置した時の音の感覚は、結構大きな違いになるのではないだろうか。だが、価格もサイズも大きく違うことから、ちゃんと棲み分けていくことと思う。特に都会の家庭ではminiの方が似つかわしい。
一方、「従来のHomePodでないとできないこと」もある。それがホームシアター連携だ。Apple TV(サービスでなく、テレビに接続する機器の方だ)とペアリングして使った場合、ビームフォーミングを活かし、「空間オーディオ」を再現する。5.1ch・7.1chはもちろん、Dolby Atmosも対応する。Home Pod 1台でもできるが、2台あればより迫力が出る。
HomePod 2台だと6万5,000円前後になり、そこそこの出費となるが、「自宅のAV環境をアップルで固める」なら、こういう使い方もありだろう。
iPhone 12は「5G」基本、miniは大ヒットの可能性も
さて、そろそろ本題の「iPhone 12」に移ろう。すでに製品の詳細は多数の記事が出ているので、ある程度理解している方も多いのではないだろうか。iPhone 12シリーズの特徴は、
- 全機種5G対応(ただしミリ波対応はアメリカ市場向けのみ)
- デザインリニューアル
- 4モデル構成に変更
- 上位2モデルにLiDAR搭載
- 最上位「Pro Max」にセンサーシフト形式の手ぶれ補正を搭載した、より大型のイメージセンサーを搭載
というふうにまとめられる。
5G対応でアップルは他社に遅れをとっていたが、それはアップルが「まとめて開発して全ラインナップへと一気に展開する」やり方を好むこともあって、ではある。今年であれば、インフラもある程度(といっても、日本だけでなく世界中で、対応エリアはまだ狭いのだが)広がっているし、通信事業者と組んで積極的な展開をしやすい。日本ではNTTドコモ・au・ソフトバンクという、いつもの大手3社が取り扱うことになるが、彼らも「今秋の5G対応iPhoneが起爆剤」と考えていたのは間違いない。楽天はiPhoneを扱えないようだが、おそらくSIMを入れ替えれば使えるだろう。
アメリカだけミリ波対応である理由は、大手の一角で、発表会にもゲストとしてCEOのハンス・ベストベリ氏がやってきた、Verizonでの対応、という面があると予想される。Verizonはミリ波を積極展開しており、販売する端末は基本的に「サブ6+ミリ波」の両対応である。そうすると、アメリカ向けの端末ではミリ波が必須条件だ。
しかし、各国でのミリ波普及はまだまだ先で、通信状況のテストや把握にも時間がかかる。コロナ禍であり、ただでさえ全体のスケジュールが厳しい状況の中、他国向けには「必須とは判断しなかった」のだろう。まあ、これは妥当な選択かと思う。
結果的に、今回のiPhone 12シリーズは「価格据え置きで性能とデザインが大幅に変わった」モデルになった。特に、1番小さい「iPhoine 12 mini」は、価格も7万円台と5Gモデルとしてはお手頃。各社の「お値打ち5Gモデル」の中に飛び込んできた感がある。しかも、この完成度のデザインで、「大きなスマホ」が好まれない日本市場にあった大きさでもあることから、ヒットする可能性が極めて高い。AV目線で言えば、ディスプレイがLCDからOLEDになり、解像度・トップ輝度・コントラストともに大幅向上しているのがポイントだ。
懸念点があるとすれば「miniとMaxは11月発売」という点だけれど、まあ、待てる人の方が大半だと思う。(待てない気持ちもよくわかる、よくわかるが)
「機械学習重視」にさらに舵を切る
テクニカルな点で注目しておく部分としては、プロセッサーである「A14 Bionic」の特質が挙げられる。今回の製品はどれも同じプロセッサーを使っている。メインメモリーや動作クロックなどのスペックは異なる可能性が高いが、アップルはその辺の情報を公開しないので、現状ではわからない。
A14 Bionicはトランジスタ数を118億個に増やし、これまでのA13(85億トランジスタ)規模がかなり大きなSoCになっている。しかし、CPU速度やGPU速度の向上は「2倍」「3倍」といった景気のいい数字にはなっていない。筆者の試算では、iPhone 11搭載の「A13 Bionic」からのCPU/GPUの性能向上は、それぞれ17%向上・9%向上というところだろう。
「なんだ、あんまり速くなっていないじゃないか」
そう思われそうだが、そうではない。人が感じる「速度」は、もはやCPUやGPUだけでは計りにくい世界となった。
アップルは機械学習系の高速化にトランジスタ資産を大幅に割り振った。機械学習高速化用の「Neural Engine」は、コア数が8から16と倍になり、処理速度は80%向上しているという。
スマホの中での機械学習は、写真・動画の高画質化や音声認識、レコメンデーションにノイズ削減、さらにはARのための空間認識と、多種多様に使われている。これを高速化・低消費電力化することは、スマホの性能向上と消費電力削減に大きな効果がある。CPUコアを1つ増やすよりよほど効率がいい。
今後もこの傾向はさらに続くだろう。だからアップルは、巨大化するプロセッサーを「単にCPUが速いもの」にしなかったのである。
同じトレンドは、インテルの「第11世代Core iシリーズ(通称Tigar Lake)」にも共通するもので、スマホ・PCを問わず、「パーソナルコンピューティングデバイス全体」で重要になっている要素と言える。
LiDARはカメラで「幅広く使える」技術
スマホと言えばやはり「カメラ」に注目が集まる。複眼化・センサー大型化は既定路線としても、アップルはモデルを分けつつ「全部やってきた」印象が強い。
やはり、カメラ重視なら「Pro」シリーズが気になる。ポイントは、LiDARの搭載と「Max」でのセンサー変更だろう。
LiDARはiPad Proに搭載され、「主にAR向け」と言われてきた。だが、実際にはそれだけではない。空間の立体構造を把握するのがLiDARの価値なので、できることは多数ある。
その一つが、アップルもアピールした「ピント合わせの高速化」だ。
これは他社も、LiDARではなくToFセンサーを使ってやっている。1番わかりやすいのは、ソニーモバイルの「Xperia 1 II」のアプローチだろう。この使い方は定番であり、むしろiPad Proで導入されていなかったことに驚いた。おそらくは、「カメラを本格的に実装するのはiPhoneだから」ということで、そちらへと積み残していたのだろう。真打登場、というところだろうか。
空間の立体構造を把握できる、という特質は、ピント合わせ以外にも使える。まず、いわゆる「ポートレートモード」の質向上に寄与するはずだ。今はカメラの画角の違いや機械学習での人のシルエット推定を複合的に使って実現しているが、これがLiDARの力を使い高精度になる可能性が高い。LiDARは周囲の光量に依存しないので、「低照度でのポートレート撮影」に有効だ。アップルもそう主張しており、筆者の推測の裏付けとなっている。
また、アプリを作れば、「人だけを切り抜いて動画を重ねる」とか、「グリーンバックなしで、バーチャル背景の質を高める」ということもできるはず。「アプリ」による進化の可能性が大きい、懐の大きな技術だ。
「Pro Max」でのセンサーの変化も興味深い。センサーサイズの大型化とセンサーシフト形式の手振れ補正は、どちらも低照度での撮影精度を上げる。スマホの写真の欠点である「ノイズ感」「ベタ塗り感」低下に寄与するはずだ。ただ、これはやはり付加価値であり、全ての人に必要というわけでもない。ハイエンド向けだけになったのもわかるし、それを選ぶ人は「スマホのカメラを仕事や趣味で大切に使う」人だろう。
Dolby Vision撮影の可能性は?
もう一つ気になるのは「Dolby Vision」での動画撮影に対応したことだ。これは今回のiPhone 12、全てに適応される。
HDRでのビデオ撮影はこれまでもあったが、それはご存知の通り、「8bitの精度で記録されている範疇に、撮影した輝度を合わせて入れていく」ものだ。一方でテレビなどでのHDRは、「より幅広いbit精度で高い輝度まで記録した上で、タグ情報に合わせて表示を最適化する」ものである。Dolby Visionでの撮影ができるということは、それだけコントラストの幅・色の再現性にはプラスである。
しかも、今回は全てのiPhoneがOLEDになったので、HDRでの表現がより映える。これは面白いことになりそうだ。
ただ、他のデバイスでもすでにHLGなどでのHDR撮影は可能であり、それらとの差がどうなるかは気になる。また、データの他での活用がどうなるかも、試してみないとまだわからない。
その辺も含めて、久々に「ビデオカメラとして面白いスマホ」に仕上がっていそうだ。