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第494回

nasne本格再始動。SIEとバッファローに聞く、「新ハード」と「PS5版」

バッファロー製の「nasne」(型番:NS-N100)

ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)からバッファローへ移管されることになった「nasne」事業の姿が、いよいよ具体的に見えてきた。

バッファロー版nasneは3月末より、バッファローの公式ストア・バッファローダイレクトで販売される。製品名は「nasne」(型番:NS-N100)のままで、価格は29,800円。すでにアプリの一部は対応アップデートが始まっているようだが、正式な対応は発売のタイミングからスタートする。

バッファロー版nasneはどのようなものになるのか? そして、そこでのソフト・サービスはどうなるのか? 今後のビジネス展開は?

nasneを使っている人ならば、気になることはたくさんあるはずだ。そこで今回は、SIEとバッファロー、双方のキーパーソンに直接聞いてみることにした。ご対応いただいたのは、SIE・シニア・バイス・プレジデント プラットフォーム・プランニング&マネジメント担当の西野秀明氏、torne生みの親の一人であり、アプリ開発責任者の石塚健作氏、そして、バッファロー・常務取締役 事業本部副本部長の和田学氏だ。

バッファロー側からラブコール、理由は「nasneユーザーの熱気」

バッファロー製の「nasne」(型番:NS-N100)

そもそも、なぜnasneは製造中止になったのだろうか? そして、どのような経緯でバッファローに事業移管されることになったのだろうか?

バッファロー・和田氏は、事業移管について「バッファロー側からお願いした」と話す。

和田氏(以下敬称略):2019年11月、弊社からSIEに「nasneを作らせてください」とお願いしたのがスタートです。

バッファローはnasneに接続して使うストレージ製品も多数製品化しています。nasneの販売終了(2019年7月末)後も、その販売数量やお客様の要望・声が、まったく減らなかったんです。これは、弊社からみればまさに「モンスターコンテンツ」に見えました。

そんな時、たまたまSIEの西野様とのつながりができましたので、改めてご連絡し、「ぜひ弊社でやらせていただけないだろうか」とお願いした経緯です。

バッファロー・常務取締役 事業本部副本部長の和田学氏

西野氏は、nasneの供給について、販売停止の前後、SIEとして「続けられる状態になかった」とも説明する。

西野:当時、コミュニティに対してハードを提供することができず、いい状態ではありませんでした。nasneの販売を続けるには、使っている供給の問題から、チップセットを更新、すなわちハードウエアを作り替えないと販売継続はできませんでした。

nasneのハードウエア販売終息については、正直断腸の思いでした。自分もユーザーですから、皆さんのお声はわかっています。その上で、「なんとも仕方ないよね」と思っていたところに、バッファローさんからお声がけをいただいたわけです。

ただ、ハードは生産完了したものの、当時も「サービスをいつ止めるのか」という話はありませんでした。一度もサービスの方を止めると決めたことはないんです。

今回のミソは、「バッファローと一緒にやる」ということです。

torneやnasneの事業を売却し、「あとはよろしく」という話ではありません。今回は、ハードのOEMやODMでも、事業売却でもないんですよ。ユーザーからの期待に応えるという意味でも、クライアントアプリのサポートやネットワーク機能のサポートは、そのままでなくてはならない。そういう弊社の思いにも賛同していただける方々でないと、nasneの事業をお渡しすることはできなかったです。

弊社からは撤退したエリアの状況、販売数量などの情報をシェアして、どのような形でお引き受けいただくか、この形で大丈夫かをご確認いただいています。その上で、バッファローさんからは一言の否定もありませんでした。

バッファローはNAS(ネットワーク・アクセス・ストレージ)の分野でシェア・経験ともに豊かなプロフェッショナル。そこでの経験も鑑みて、お願いすることになりました。

すなわち、nasneというハードウエアの「再設計」が必要となり、多くのコストがかかる。そのため、SIEが新モデル提供を断念したところに、バッファローから話が持ちかけられた……という経緯のようだ。

SIE・シニア・バイス・プレジデント プラットフォーム・プランニング&マネジメント担当の西野秀明氏

SIEによる販売終了の発表が2019年7月末、バッファローからSIEへの申し出が同年11月、という時系列であり、販売終了の時点では、バッファローへの移管ありきだったわけではない。バッファローとしては、「nasneを求めるユーザーの熱意」そのものに魅力を感じて、ハード再設計を伴うコストを出して市場構築をしてもいい、と判断した、ということになる。

和田:nasneユーザーの持つ「nasne」に対する思いは、すごいものがあります。同じものを単にバッファローが作っても、成り立つものではありません。それくらいお客様に愛されているのであれば……と言うことで、「やらせてください」とお願いしたんです。

すなわち、バッファローにとっても「nasne」という名前と、それを支持するユーザー層そのものが非常に魅力的だったわけだ。

そして、そのバッファローの決断を支えた“ユーザーの熱意”は、2020年10月に「バッファローがnasne事業を継承する」と発表したとき、再び彼ら自身も認識することになった。想定していた以上の反響が寄せられたという。

nasneはSIEが再設計を断念したハードウエアでもある。他の領域を見ても、テレビ番組の録画製品は、よく言って横ばいであり、じわじわと売れ行きが下がっているジャンルでもある。SIEが新モデルの再設計を断念した背景には、そうした市場環境もあるだろう。

では、そこをバッファローはどう見ているのだろうか?

和田:確かに、レコーダーマーケットは年々販売台数が下がっている現状です。ただ、大手家電メーカーのレコーダーとnasneは、また別なカテゴリーだと認識しています。

バッファローから見れば、nasneの人気を背景に継続的に販売・寡占化できるのであれば、十分に勝算はあります。その辺のシミュレーションもしっかり行ないました。

ただ、なによりも大きかったのは、「nasneを待っているユーザーの市場に対して、なにか解決できることはないか」。その後の数字は、正直あと付けです。困っているnasneユーザーさんを支えれば、結果的にその市場は、バッファローとは親和性が高いはずです。

ハードはバッファロー側の「完全新規設計」、しかし操作感は今まで通り

SIEにバッファローから話が持ち込まれると、torneを作ったオリジナルメンバーであった石塚氏のところに、一本の電話がかかってきた。電話の主は西野氏だ。

torne生みの親の一人であり、アプリ開発責任者の石塚健作氏

石塚:西野から「こういう話があるんだけど、やれるかな?」という電話がきたんです。

純粋にうれしかったですね。お客様がtorneをまだ使っていて、その状況も見ています。社内からも「俺のテレビをどうしてくれるんだ」と言われていましたし(笑)

一方、SIEからバッファローにnasne事業が移管すると言っても、すでに述べたように、新しく販売されるnasneは「SIE製nasneとは異なるハードウエア」だ。

西野:今回はハードウエアを作りかえるところからバッファローさんにお願いしました。前述のように、弊社からのOEMやODMという形ではありません。今回の製品についてはデザインを継承していますが、新規設計です。

新規設計というのは、一部を変えた、という話ではない。デザインこそ継承されているが、共通部分はほぼないくらい違うハードウエアになっている。

和田:CPUもOSも以前とは異なります。搭載するハードディスクも2TBまで増強され、外付けハードディスクへの対応も、2TBまでだったものを6TBまでにしています。

でも、その上で、操作性を高めるため、かなり作り込む必要がありました。そうしないと、torneの「情緒」というか、そういう操作感を大事にできない、と思ったからです。

石塚:今回、nasneの設計はバッファロー側が担当しているので、nasneのファームウエアも同じくバッファローさん側が作っています。CPUもOSも変わっているので、コーデックやサポート解像度も、多少デバイスごとに変わっています。

基本的な操作感の部分は、こちらからもきつくお願いした部分です。以前から相当細かなことまでやっているので、その情報をできる限りこちらからお出ししています。初代nasne開発時はSIE側で実装したのですが、今回はバッファローさん側でやっていただきました。違うハードウェアですから最適化の仕方も違うわけですが、背景技術は似ていますし、昔の記憶を思い出しつつ、使ってみて違和感のない状況に仕上げていただきました。

ハードの設計は変わりましたが、クライアント(torneなど)から見れば、新nasneもインターフェースは同じなので、同じように見えるようになっています。ただ、解像度など、一部、今の状況に合わせて変更しているものはありますが。

冒頭で述べたように、「nasne」というハードウエアの製造・販売についてはバッファローに移管するが、nasneと連携する視聴アプリである「torne」と、それに付随するサービスの開発・運営はSIEが行なう。両社がパートナー関係となって提供されることになるわけだ。

西野:一度ご購入いただいたら長く使う、という考え方を大切に思っています。だから、サービス継続の責務が我々にはあります。

一方、「nasneが壊れた場合どうしたらいいの」ということには対応できなかった。

それも今後は担保できるであろう、ということが大・大前提です。そこで、今まで使っているUIが急に変わる、サクサクがグダグダになる、というのはありえないですよね。

今回のモデルの場合、操作感やデザインはSIE版のnasneを踏襲しており、ハードウエア設計は違っていても、同じような感覚で「追加したり入れ替えたりして使える」のがポイントだ。ただ、現在のハードウエアとして必要な要素は変更になっている。例えば、NASとしてのnasneはWindows 10に対応していなかったが、「バッファロー版はWindows 10をサポートするアップデートが入っている」と和田氏はいう。この辺は、同社のNASでのノウハウを活かした部分と言える。

PS5版は年末までに登場、気になる新機能は?

まだ疑問はある。

バッファローの手に委ねられた「ハードとしてのnasne」は、どう進化するのだろうか? また、PS5のサポートも含め、ソフトやサービスはどうなるのだろうか?

和田:現時点では、新しいnasneの開発と販売に全力を注ぎます。その先は、みなさんの意見に対し真摯に耳を傾けながら考えていきたいです。

西野:まずは正当進化としてのハード、ということになります。将来的には、もっと色々なものを作っていただきたいです。バッファローが対応のネットワークチューナーを作るようなこともあるかもしれません。

プロモーションについてはこれからご相談するレベルですが、ソニー・SIE製だからとか、バッファロー製だからとかいうことで差別することはないです。

石塚:各プラットフォームのtorneについても、まだ新機能を検討できていない段階です。まずは新nasneへの対応が優先で、それから新機能を検討していきます。

和田:nasneの持っている「どこでもテレビが見られる」という価値は重要。それをバッファローが継承していくわけですから、その価値は重視していきたいと思っています。コロナ禍でリモートワークなども増え、「いつでもどこでもテレビ番組が見られる」ということのニーズも色々な形で増えてきたと認識しています。そうした環境の拡充には、使命感を感じています。そもそもバッファローは、NASなどのネットワーク機器もレコーダーも売っている会社ですので、親和性は高いと思っています。

そうなると気になるのは「対応機器」だ。

nasneはDLNAとDTCP-IPを使った標準的なホームネットワーク機器という側面を持っており、これらに対応していれば、専用アプリである「torne」でなくても動く。この汎用性は、新型でもそのまま維持される。

torneについては、PlayStation 3版・PlayStation 4版・PlayStation VitaおよびVita TV版があり、さらに、iOS・Androidの両方に対応している。このうちPS3版は2014年に外付けチューナー販売終了とともにPS4版へと移行、役目を終えている。

その上で気になるのは2つ。

「PS5版」がどうなるか、ということと、ソニーのアプリである「PC TV Plus」や、ソニーのテレビ・BRAVIAでの対応がどうなるか、だ。

バッファロー側は、「基本的な動作については、なんの違和感もなく利用できるはずです。PC TV PlusやBRAVIAについては、対応交渉中です」と説明する。

西野:PS5版については、「次の年末商戦機には、PS5で使えるようになっている」ようにします。

やはり、PS5を買ったら「PS4は片付けたい」というお客様がいます。我々としては、PS5を買ったお客様にはPS4を残しておく理由を1つでもなくしていきたいんです。torneがPS5に対応すれば、きれいにPS4から「お引っ越し」できます。そうした継続性は大事にしたいと考えています。

ただ現状のPS5では、PS4がサポートしていた内部的な機能のいくつかが、まだサポートできていません。torneでサポートするものはしていきたいです。

Vita版についてですが……。もちろん、一度サポートしたからには、我々はサポートを続ける義務があります。ただ、我々は日々、各プラットフォームでの利用者動向を確認していますが、利用者が急激に減っているプラットフォームでのサポートを続けて、期待を持たせることが本当にいいことなのかどうか……とも考えています。

すなわち、PS5のシステムソフトウエアの改良も併せ、年末までにPS5版torneの準備を進めたい、ということのようだ。なお、PS5版torneは各種動画アプリと同じように「メディア」側の扱いになる模様だ。

SIEはtorneのサポート以前に、PS5の供給を安定させ、需要に応えるという課題も持っている。西野氏も「今はまず、みなさまのお手元にPS5が届くよう、最善を尽くしたい」と話す。

PS5版torneは、その辺の事情が落ち着いてから、ということになりそうだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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