西田宗千佳のRandomTracking
第537回
ABEMAとAmazonがワールドカップでタッグ! ABEMA×Fire TVの目指すもの
2022年11月18日 15:00
「FIFAワールドカップカタール2022」(以下W杯)が、11月20日深夜からスタートする。
今回のW杯中継については、64試合全戦がABEMAで無料配信される。その経緯については、以前本誌でも詳しくお伝えしている。
衝撃のワールドカップ全試合無料中継、ABEMAが目指す“次のステージ”
そして、今回のW杯中継については、ABEMAでの展開を後押しする企業がある。
Amazonだ。
同社はストリーミングデバイスである「Fire TV」を軸に、ABEMA+W杯の利用を推進、タッグを組んで拡販を行なう。現在Amazonのトップページでも、大々的にプロモーションが行なわれている。
また、ABEMA側でもFire TV Stickのプレゼントキャンペーンを展開している。
このような協力関係には、どのような背景があるのか?
サイバーエージェント・執行役員で、ABEMA FIFA ワールドカップ カタール 2022統括責任者を務める野村智寿氏と、アマゾンジャパン合同会社・Amazonデバイス Fire TV事業部 事業部長の西端明彦氏に聞いた。
「ABEMAさえひらけばいい」シンプルさが強み
筆者はサッカーが好きだ。W杯の時には、日本代表戦だけでなく、できる限り多くの試合を見るようにしている。全64試合を毎回、とは言わないものの、半分くらいは見る。過去のW杯では64試合全部見たものもある。
とはいえ、国際大会でちゃんと試合を見ようと思うと、意外と大変なものだ。別にW杯に限ったことではない。どのチャンネル・どの放送で、何時からどの試合が行なわれるのかを、自分で整理する必要があるからだ。
特に録画する場合、契約している有料チャンネルや録画機器の同時録画可能数の問題も出たりもする。再放送を組み合わせる必要もある。
そうすると結局どうなるのか?
筆者の場合には、試合リストをウェブなどから入手し、Excelの上で試合日時と録画チャンネルを合わせて実際にどう録画するかを決めることになる。
最近は昔に比べるとだいぶ楽になったが、「表で録画するものを整理する」というやり方は、録画マニア的な方々にはお馴染みかもしれないが、面倒くさいことに変わりはない。
だが今回は、観ることが目的ならばだいぶ楽になる。とにかく「ABEMAに行けば全部ある」とわかっているからだ。
最近は各スポーツ大会向けに専用アプリが用意されることが増えている。しかしこれも、どのアプリをインストールすればいいかを調べるのも大変だ。個人的には、過去のものはどれも使い勝手でも問題がある、と感じた。
「今回はABEMAだけなので楽ですね」と聞くと、野村氏も同意する。
野村氏(以下敬称略):過去の経緯についてはわからない部分がありますが、確かに、1つの場所で64試合が全て無料で見られる、というシンプルさが、今回もっとも便利なことと言えるかもしれません。「どこで中継されるんだろう」と一瞬考えたり、ネット検索したりする必要はないですからね。
過去のスポーツ大会用アプリもよく考えられたものだとは思いますが、「そのイベントのためだけにインストールして、終わったら使えない」という点を“唐突なもの”と感じられるかな、とは思います。
ABEMAの場合、W杯のために特別なアプリを作るわけではありません。開局から6年以上が経過し、毎週2,000万人以上が使っているという基盤があり、その上で利用できることが大きいと考えています。
この点にはAmazonも同意している。
西端:我々の提供している「Fire TV」も、コンテンツがあってのサービスというところがあります。そこに、今回のW杯も、ABEMAさんの中で整理された形で出ていく、ということには大きな意義があると思います。
「ABEMAで観るW杯」はどう変わるのか
では、ABEMAとFire TVの組み合わせでどんな視聴ができるのか? 前述のように、まずは「テレビの上からまとめて観られる」シンプルさが重要だろう。
これまでもABEMAは積極的にW杯関係番組の配信に取り組んできたが、前述のように、20日深夜からの開催に合わせ、しっかりとした専用の画面が用意される。どの試合がいつなのか、トーナメントの状況がどうなのかなどが、かなりわかりやすく整理されているのが特徴で、いかにも「ネット配信」らしい。
また、特にFire TVの場合には、最近のアップデートで「ライブTV」という列ができている点に注目してもらいたい。これは、Amazonがパートナーと共に扱う映像配信の中で、オンデマンドではない「ライブ」形式配信について、今なにが流れているのかを示すところ。自分がライブ配信を含むサービスに加入していたり、ライブ配信を含むアプリをダウンロードしていたりすると、ここにズラッとライブ配信が並ぶ。ABEMAをダウンロードしている場合にはもちろん、ABEMAのライブ配信番組が並ぶ。W杯がスタートすれば、ここに関連番組も並んで来ることになるだろう。
Amazonと言えば音声アシスタントの「Alexa」。現在も、「日本代表の試合はいつ?」などと尋ねると日時を教えてくれるが、さらに「Alexa、ワールドカップはどこで観れる?」と聞くと、「ワールドカップの全試合はABEMAで無料で視聴できます」と答えるようになるという。
ABEMAとしてのおすすめの視聴スタイルの1つが「マルチデバイス」だ。移動中にスマホで試合を見て、続きを「マイリスト」などから選んでテレビで視聴する……ということもできる。
野村:試合のマルチアングル映像も提供しますし、試合の試合データも提供します。手元のスマホで違うアングルや試合データを見ながら楽しむ……という形もアリでしょう。
また、どの試合を観たいか、といった「情報の整理」に近い部分は、テレビよりもスマホの方が得意かと思います。「マイリスト」に観たい試合や関連番組をストックしていくのはスマホの方が向いていますから、それを帰宅後に改めてFire TVで……という見方もできるでしょう。
ABEMAはW杯を「開局以来の大きな投資」(野村氏)と位置付けている。前回記事にも書いたが、配信権獲得だけでなく、システム的にもかなりの準備をして臨む。それをテレビで楽しんでもらうためのデバイスとしては、安価で普及率も高い「Fire TV」が重要……ということなのだ。
日本での「ストリーミング配信」拡大に2社が全面協力
今回のW杯に向けの取り組みについて、ABEMA・野村氏は「配信が決定するとすぐに相談が始まった」と話す。
ただ、ABEMAとAmazonの関係は今に始まった話ではない。以前から密に話し合い、映像配信ビジネスの拡大に取り組んできた。
西端:Fire TVとしてコンテンツパートナーはとても重要な存在。広告による無料のAVOD(Advertised VOD)として、さらにそこに有料の「ABEMAプレミアム」を組み合わせつつ、ニュースからオリジナル番組まで幅広い展開をされているABEMAの存在感は大きいです。
野村:ABEMAは「場所・時間からの解放」を謳い、「新しい未来のテレビ」として開局以来取り組んで来ましたが、コンテンツ特性上、リビングは適した視聴場所です。
そのためここ数年、ABEMA視聴者の中でも、テレビからの視聴者はかなり伸びています。新しい体験のパートナーとしてFire TVは、W杯以前にとても重要なプラットフォームです。Fire TVの視聴者が伸びているのは、弊社としても数字でしっかりと把握しています。
ですから、かなり以前より、色々とご相談させていただきながら進めてきた、大切なパートナーです。
関係の深さは、今のFire TVのリモコンからもわかる。現在のFire TV用リモコンには、視聴アプリを起動する「ダイレクトボタン」がある。その1つは、日本の場合「ABEMA」だ。もちろん他国では異なっている。
西端:アプリボタンにどんなサービスを割り当てるのか、という決定には様々な要素が絡みますが、一番の条件は「お客様のニーズ」。需要があるものが優先です。
決定にはグローバルの判断も影響しますが、ローカル・リージョンのFire TVのチームとしては、日本の顧客を代弁・反映する形で強く「ABEMA」を推し、採用を決めています。
Fire TVはもちろんAmazonの製品である。Amazonは自社に「Amazon Prime Video」があり、これを使ってもらうのがFire TVの最優先事項ではあるだろう。
だが西端氏は、「Fire TVチームとしては、そこまでPrimeだけにフォーカスしているわけではない」という。
西端:誤解されがちですが、Fire TVの利用にAmazonのアカウントは必要ですが、Primeの登録は不要。ABEMAなどのアプリはもちろん使えます。利用いただく皆様への選択肢を広げることが重要。現在60万の番組・コンテンツがありますが、どれだけバラエティを広げられるかが大切です。
特にその中で現在は、スポーツの多様性が重要になっています。特にABEMAさんはトレンドを捉えるのが上手い。格闘技やサッカー「プレミアリーグ」の配信など、幅広い人々に向けたコンテンツを用意していらっしゃいます。
テレビを他の視聴形態と比較した場合、スポーツの文脈で言えば、「感動・熱狂・興奮」。これらを楽しんでいただく場合、スマホも便利ではありますが、ご家庭の大画面で臨場感を楽しんでいただきたい。Fire TVは、そのサポートができるデバイスだと考えています。
世界的に見ると、ストリーミング・サービスはそろそろ成熟期に差し掛かっている。有料サービスについては右肩あがりの時期は過ぎ、会員を取り合う時代になったとの観測もある。
だが両社は「まだまだ日本ではストリーミングは伸びる」という意見で一致している。W杯のような大きなスポーツイベントは、さらに周知を高めるためには重要な存在だ。だからABEMAは戦略投資として取り組むわけだが、Amazonとしても、「テレビにつながった映像デバイス」としての利用と認知を高めるためには、ABEMAという戦略的なパートナーが重要なのである。
放送とは違う形態でのスポーツがどんな楽しみなのかを知るという意味でも、両社の今回の試みは、日本での映像ビジネスを考える上で大きな試金石になりそうだ。