鳥居一豊の「良作×良品」

第88回

画質は“クラウド”で新次元に、実はネット動画も綺麗! 東芝レグザ「55Z740X」×ジョーカー

今年も各社から薄型テレビの新モデルの発表がはじまってきている。薄型テレビ買換期への突入や4K衛星放送の開始などで、特に4Kテレビの普及が大きく進んでおり、しかも今年は夏に東京オリンピックが開催予定ということもあり、各社とも力の入ったモデルを投入することが期待される。

東芝映像ソリューションの4K液晶テレビ「REGZA 55Z740X」

とはいえ、昨年の段階で4K衛星放送への対応はほぼ果たしており、4Kテレビとしてどのような進化があるのかが気になるところだった。そんな中、東芝映像ソリューションが液晶テレビの新ラインアップを発表。注目の新技術は「クラウド高画質」。クラウドを使って、さらなるテレビの高画質化を図ろうというものだ。このほかにも、昨年から採用しているAI技術による高画質化をさらに推し進めた「地デジAIビューティPRO」、多彩なインターネットの動画コンテンツを高画質化する「ネット動画ビューティPRO」などを新搭載している。

筆者は新製品説明会で実機を見たが、ここ数年のレグザの高画質・高音質の集大成とも言える出来に感激し、さっそくお借りしてじっくりと視聴取材をさせていただくことにした。

外観や主要な機能は大きな変化なし。画質・音質の進化がZ740Xの真骨頂

取材用にお借りしたのは「55Z740X」(実売23万1,000円前後)。このほかに65型(同31万9,000円前後)、50型(同19万8,000円前後)の3サイズがある。機能的にはすべて共通で、高画質エンジンは、「レグザエンジン クラウドPRO」を搭載。4K衛星放送チューナーは2基内蔵。USB HDDの追加で地デジ放送を6ch全録できる「タイムシフトマシン機能」も備える。音質面では、内蔵スピーカーが「レグザ重低音バズーカオーディオシステムPRO」となる。昨年モデル同様に、画質・音質・機能など“全部入り”としたモデルだ。

地デジ6chを全録できる「タイムシフトマシン」機能も備えている
全録した番組などを含め、見たい番組のレコメンドや検索が行なえる「見るコレ」

実機を見てみると、外観は昨年モデルと大きく変わっておらず、前面のスピーカーグリルの色がやや明るくなっているのが数少ない相違点。液晶パネルは昨年のIPSパネルから変更になっており、公式なアナウンスはないがVA型パネルのようだ。これに、前面直下型のLEDバックライトを組み合わせ、エリア駆動も行なう構成となっている。

背面の端子部なども大きな変更はなく、HDMI入力は背面・側面を合わせて合計4系統を搭載。録画用USB端子は、タイムシフトマシン用に2系統、通常録画用に1系統装備。汎用USB端子が1系統となる。このほかは、地デジ、BS/110度CSアンテナ入力やLAN端子などを備える。

背面の入出力端子。HDMI入力やUSBのほか、アンテナ端子、LAN端子、光デジタル音声出力端子を備える。アナログ映像入力端子がなく、すっきりとしている
側面の入出力端子。HDMI入力が3系統、汎用USB、アナログ映像入力は付属ケーブル専用3.5mm端子となる。このほかにヘッドフォン/音声出力もある

内蔵スピーカーは、前面の下部に開口部を備えた2ウェイ構成のスピーカーを搭載。背面には。2個のサブウーファーと4個のパッシブ・ラジエーターを組み合わせたものになっている。こうした構成は昨年モデルも同様だが、音質チューニングを行ない、よりパワフルな重低音と明瞭で聴きやすい音に仕上げているという。

背面のサブウーファー。2つのパッシブ・ラジエーターが露出している。

高音質機能としては、VIRイコライザーと3次元スキャニング測定による全帯域の音響補正を行なっているほか、放送音声など、圧縮記録された音声の失われた高調波成分を復元する「レグザサウンドリマスター」も備える。

ネット機能は従来通りで、タイムシフトマシン録画した番組をはじめ、放送や動画配信サービスなどのコンテンツを横断的に検索できる「見るコレ」を搭載。AIによるレコメンドシステムをはじめ、多彩な番組パックを選ぶだけで、見たい番組を抽出できる便利な機能だ。動画配信サービスも、Amazon Prime VideoやNetflix、YouTubeをはじめ、国内外の多彩な動画配信サービスに対応している。

このように、外観などを見るとあまり大きな変化がなく、新鮮味に欠けるような印象もあるが、肝心の映像と音はより完成度を高めたものになっている。一見地味にみえるが、中身の充実度が大きく増しているのがZ740Xなのだ。

付属のリモコン。デザインは昨年モデルとほぼ同じ。下部の動画配信サービスのボタンなど、一部のボタンの名称や機能が変更されている

画質モードは「おまかせAI」モードでOK!? 地デジはより自然でなめらかな再現に

まずは地デジ放送や4K衛星放送などを見て、画質・音質の進化を確認してみた。地デジ放送を見ていると、ノイズ感が少なく見通しの良い映像になっている。筆者が見慣れている深夜アニメやテレビドラマなどを見ても、自宅で使っている有機ELテレビ「55X910」と比べて細部のざわつく感じが減っている。「地デジAIビューティPRO」が着実に進化していることがよくわかった。

しかも「おまかせAI」モードの出来がいい。RGBセンサーで部屋の明るさだけでなく、照明や壁の色による色調まで認識するので、部屋の明るさや色味に合った映像に最適化される。さらに、テレビ放送ならば番組ジャンルの種類も把握するようで、映画ならばきちんと色温度が低くなる。55X910を使っているときは、映画ならば映画モード、アニメならばアニメモードと切り替えて使うことが多かったのだが、55Z740Xでは、「おまかせAI」モードのままで、不自然さを感じることがほとんどなかった。

この「おまかせAI」モードには、視聴環境やコンテンツへの柔軟な対応だけでなく、AIの機械学習を使った画質改善が加わることもあり、放送コンテンツに関しては対応度がより高まったと感じた。高画質な映像が多い、映画やドキュメンタリーといった番組できれいな映像だと感じさせるだけでなく、映像の破綻が目立ちやすいスポーツ番組や歌番組でもノイズの発生や映像の破綻は少ない。テレビ視聴時は普段でもテレビのリモコンが手元にあり、隙あらば画質調整をしている筆者が、Z740Xでの視聴時ではリモコンにさわるのは、映像情報の詳細を表示する時だけだった。我ながらこれは意外だ。

画質調整画面から呼び出せる「映像分析情報」その1。輝度の分布や質感リアライザーの特性をリアルタイムで表示する。画質調整時に頼りになる機能
「映像分析情報」その2。ピーク輝度と平均輝度の推移をリアルタイムで表示。周波数ヒストグラムも表示する。こちらはHDRコンテンツの映像確認に役立つ

「おまかせAI」モードも、好みに合わせた画質の微調整が行なえるが、ここでは倍速モードを「インパルス」としただけだった。動画補間を行なわず、さらにLEDバックライトの点滅による黒挿入を加えることで、(画面はやや暗くなるが)残像感を低減して鮮明な動きを再現するためのものだが、このあたりは好みで選んでいい。いつも見ている地デジ放送や4K放送を視聴するだけならば、ふだんのようにノイズ感や色再現が気になることもなく、テレビ任せで満足度の高い視聴ができた。55X910で同じように「おまかせ」モードを使ってみたが、やはり番組によって少々気になるところがある。個人的にはあまり重視していない画質モードだったこともあり、その進化ぶりには改めて驚かされた。

映像設定のメニューで、「おまかせAI」を選んだ状態。手軽に使うならば、このモードを選ぶのがおすすめ。好みに合わせた調整も行なえる
映像設定の「倍速モード」のメニュー。動画補間を使わないならば、「フィルム」や「インパルス」を選ぶといい
映像設定の「お好み調整」の画面。他の画質モードと同様の微調整が行なえる

とはいえ、BDレコーダー/プレーヤーなどの映像を映すHDMIなどの外部入力時は、「おまかせAI」モード頼りでは十分ではないので注意しよう。BDレコーダーなどの機種による差もあるが、他社製だと番組ジャンルを示すコンテンツフラグのやりとりがうまくいかず、番組ジャンルへの対応が十分ではなくなる。

また、放送コンテンツとパッケージソフトなどのコンテンツは、映像の解像度(地デジは1,440×1,080、BDソフトは1,920×1,080)も参考にしているが、BDレコーダからの入力はすべて1,920×1,080になるので、入力信号が地デジなのか、BDソフトなのかが判別できず、十分な最適化ができなくなるためだ。

このため、内蔵チューナーでの放送視聴や内蔵アプリでの動画配信サービスの利用などは、「おまかせAI」モードが十分な威力を発揮するが、BDレコーダー/プレーヤーの映像を見るときは、映画モードやアニメモードなどをユーザーが使い分けるといいと思う。もちろん、ふだんからあまり画質調整などを行なわない人は、いつでも「おまかせAI」モード一択でかまわない。

「映像メニュー」の一覧。「おまかせAI」のほか、映画やアニメ、ゲームなど、さまざまなモードが用意されている
映像設定で「映画プロ」を選んだ状態。調整可能な項目は一部違っているものもある
「コンテンツモード」のメニュー。放送ジャンルに合わせて切り替えて使用する

レグザは古くから地デジ放送の高画質を重視していたし、あらゆる地デジのコンテンツへの対応力の広さは他社よりも進んでいる。だから、Z740Xの「おまかせAI」モードは突然化けたというわけではなく、あくまでの着実な進化の積み重ねの結果だ。

だが、過去のレグザを使っている筆者の目から見ても、その対応力の柔軟さはさらに高まっていると感じる。ここ最近、地デジを見ていてノイズや精細感が気にならなかったのは、久しぶりのことだ。これをお手軽にAIのおかげと言うつもりはないが、昨年採用したAI機能が機械学習も十分に行なったことで精度を高め、トータルでの地デジ画質をワンランク向上したのは間違いないと思う。

そして、Z740Xの高画質はこれだけでは終わらないのだ。それが冒頭でも触れた新機能の「クラウド」を使った高画質化。これは、地デジのテレビ放送に対し、コンテンツの詳細な情報、詳細情報に合わせた最適な映像処理のための情報をクラウド上に蓄積し、テレビ側ではクラウド上の情報にアクセスすることで、情報が提供されている番組では、クラウドの情報をダウンロードして、より最適な映像処理を行なうというもの。

Z740Xに限らず、すべてのテレビは映像処理のためのコンテンツの解析やそれに合わせた映像処理をすべて内部で持っている。スポーツ番組ならば動きの速い映像に最適化するわけだ。しかし、スポーツ番組と言っても、陸上競技もあれば、室内競技もある。サッカーや野球のような人気のあるスポーツだけでなく、水泳やアイススケートなどなどの細かなジャンルを挙げていくと、これを「スポーツ」モードひとつですべてのジャンルで万全な映像処理を行なうのは無理だとわかるだろう。

これをするとなれば、さらに膨大な数の詳細な映像処理のプログラムをテレビ内部に盛り込む必要があり、現実的ではなくなる。そこでクラウドを利用するわけだ。クラウド上には、その番組が、陸上競技なのか、体操なのか、それともサッカーなのかを示す詳細情報があり、それに合わせた最適な映像処理も用意される。Z740Xは、随時クラウドの情報を参照し、視聴している番組の情報があればクラウドからダウンロードして、映像処理を最適化する仕組みだ。

これは、スポーツだけに限った話ではない。アニメは、セルアニメやフルCG作品があり、これらは明らかに映像の傾向が異なる。これらも最適な情報を与えられ、それに合わせた映像処理を行なえば、より高画質化が期待できる。あらゆるジャンルの番組でも、同じことが可能と言える。

まさしく今までにない高画質化のアプローチだ。そして、このサービスが行なわれるのは今年の6月からの予定となっている。だから、今回の取材で試すことはできなかった。また、6月にサービスが開始されても、すべての番組の詳細情報が付加され、番組ごとの最適な映像処理が行なわれるわけでもない。こうした詳細情報や映像処理の最適化は、人の力で行なう必要があり、現在はそのためのデータ蓄積が日夜行なわれているという。それでもすべての番組を網羅するのは難しく、まずは人気の高い番組などから優先して情報がアップされていくという。

まだ実際の番組でその効果を確認することはできない機能だが、これはおおいに期待できる高画質化機能だと思う。斜に構えた言い方をすれば、ユーザーが自力で映像の詳細な判別をし、それに合わせてこまめに画質調整を行なえば、(テレビの持つ能力の範囲内だが)同様のことはできる。筆者はそれに近いことを好きな番組ではしている。わずかな差ではあるが、画質調整をすることで映像の魅力は高まる。だが、とても面倒だ。できるならば、テレビにお任せしたいと思っているのも事実。そういうヘビーユーザーが行なっているようなこだわりの画質調整を、一般のユーザーにも提供する機能と考えていい。

個々の番組への最適化だけでなく、クラウドを利用した高画質化にはまだまださまざまな可能性がある。将来的な期待度は極めて大きい。サービスが始まる6月以降には、筆者自身ももう一度確かめてみたいと思う。

音もよりスムーズで表現力が豊かになった。「ガルパン」の轟音もバッチリ!?

今後はサウンドだ。「レグザ重低音バズーカオーディオシステムPRO」は、スピーカーユニットなどの基本的な構成は昨年モデルから変わっていないが、さらなる音質チューニングを行なうことで、音の表現力を高めているという。4K放送のサラウンド音声の番組を視聴してみると、たしかにテレビの内蔵スピーカーとしては上出来と言えるレベルの音に仕上がっている。とはいえ、それは昨年モデルも同様だ。

「音声メニュー」の設定。音声モードはダイナミック、標準、クリア音声、映画があり、好みに合わせて選べる
圧縮音声で失われがちな高域成分を復元する「サウンドリマスター」
「重低音」の設定。オフのほか、弱/中/強の3段階が選べる。筆者の好みは「弱」。「ガルパン」では「中」とした

Z740Xでいろいろなコンテンツを視聴して気付くのは、トータルバランスがいっそう向上したと感じたことだ。低音から高音までの音の繋がりが良好で、特に低音の鳴り方に一体感がある。背面から出た低音が目立つのではなく、前面のクリアな音にしっかりと追従し、低音域の力感をしっかり伝えてくる感じ。そのまとまりの良さがよく実感できる。

このことは、大音量での再生時ではなく、やや音量を絞った音量で聴いているときによくわかる。簡単に言うと“音が痩せない”。適度な音量でも中低音がしっかりと鳴り、芯の通った力強い音という印象は変わらない。サブウーファーを搭載する薄型テレビは少なくないが、低音感を主張するためか低音が目立ちすぎることもある。また、サブウーファーと前面のスピーカーの位相のずれ、いわゆる低音の遅れによって、低音は鳴っているのだが、中高音とはバラバラに鳴っているようなチグハグな感じになりやすい。

そういう、“いかにもサブウーファーを内蔵していますよ”という感じの主張が抑えられ、まとまりのある音になった。だから、“重低音バズーカ”という言葉のイメージからすると、特に低音が凄いという印象はやや抑えられた感じになる。筆者の場合は、ウーファーの音量は「弱」がもっとも好ましいと感じたが、この場合はサブウーファーがあるという感じはほとんどない。そのぶん、かなり優秀なスピーカーが前面に内蔵されている感じだ。

重低音らしい再現を求めるならば、「中」や「強」にすればより迫力のある音になるので、それを選ぶといいだろう。低音がより張り出すが、不自然なほどの低音の突出感はない。このあたりもうまいバランスだ。おそらくは周波数特性の補正、特に各スピーカーユニットのクロスオーバー調整などを含めて丁寧に行なっていることや位相補正などもきちんと行なっているものと思われる。スピーカーはチューニング次第でずいぶんと変わるものだが、それを薄型テレビの内蔵スピーカーで再確認するとは思わなかった。

というわけで、ついに発売された「ガールズ・アンド・パンツァー最終章 第2話」のBDも視聴してみた。詳しくは次回みっちり紹介するのでこうご期待。映像の再現も、立体感豊かなボカージュや密林、そしてセルルックながらも質感を増した戦車など、進化した映像をしっかりと見ることができたが、音質はかなりのものだと実感できた。

凄い低音が出るかというと、そういう話ではない。当然ながら地響きのような超低音が出るわけではない。しかし、砲撃の音も、キャラクターの声も、実に力強い。爆音の中でキャラクターが会話するような場面でも、しっかりと個々の音が立つので、音が不明瞭にならない。砲撃の音もしっかりと力強い。

その秘密はやはり低音の遅れが少なく、低音から高音まで音が揃っていること。というのも、第2話ではあまり大型の戦車が登場しないこともあり、砲撃音も中高音の破裂音が主体に音が多いため。低音が遅れる再現だと、砲撃音が軽くなってしまうのだ。低音のスピードが十分なので、力強さとスピード感が両立した音になる。絶対的な低音は決して十分ではないが、不満を感じないのだ。もちろん、サラウンドの再現などを含めて、5.1chの本格的なシステムと比べれば差はあるが、満足度としては十分。「レグザ重低音バズーカオーディオシステムPRO」という名称にふさわしい実力だ。

クワッドパッシブ重低音バズーカスピーカー。ウーファーは5.0×7.0cm
クリアダイレクト2ウェイスピーカー。2.5mm径ツイーターと、3.5×8.5cmのフルレンジを採用している

バットマンの宿敵とも言える名悪役「ジョーカー」の誕生を存分に味わった

今回のメインの視聴作品は「ジョーカー」。昨年の公開時点で大きな話題となったので、知っている人も多いだろう。DCコミックスの人気ヒーローであるバットマンの宿敵として、これまでにもいくつもの映画にも登場してきた。どの作品でも主役を食いかねない存在感を示してきたが、本作ではついに主役として登場。しかし、名悪役としてのジョーカーを描くというよりは、ジョーカーという悪の誕生を描く物語となっている。DCのヒーローやヴィランたちが結集するDCエクステンデッド・ユニバースには合流しない単発の作品だ。

TM & (C)DC. Joker (C)2019 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited and BRON Creative USA, Corp. All rights reserved.

視聴はまずUHD BD版で行ない、プレーヤーはパナソニック「DP-UB9000」を使用した。映像モードは「映画プロ」としている。この映画の見どころのひとつは、映像の奥行きの再現。デジタルシネマ用のカメラと高性能なレンズを駆使し、被写界深度を浅めとして、レンズのボケ味が豊かにでる撮影で奥行きのある映像になっている。

冒頭はコメディアンを目指す青年のアーサーが、店のセールを宣伝する仕事をしている様子が描かれる。ここでの現代のアメリカの都市そのものに見えるゴッサムシティの描かれ方も見応えがある。このあたりの精細感の再現、大通りの彼方までビルが立ち並ぶ大都市のスケール感は、かなり優秀。近景のビルの壁面の質感や雑踏の人々の様子も鮮明だし、遠景のビルのボケ味、ピントは外れているがディテール感は失われていない感じもしっかりと出る。変にすべてを高精細化して平坦な映像にしてしまうような、やり過ぎ感もない。

ピエロ姿のアーサーは、街の不良少年たちに看板を奪われ、追いかけた先の路地裏で暴力にさらされる。ビルの谷間に弱々しく倒れるアーサー。アーサーだけにピントが合い、ぼやけた路地裏でその姿が浮かび上がっているように見える。そこでタイトル。すでに見た人ならば、痺れる導入だが、初めて見た人には不穏にも感じる場面だ。

本作は見方によってハッピーエンドともバッドエンドとも解釈できる作品だが、それを象徴するかのように、情け容赦のない現実とアーサーの妄想が入り交じった映像は相反する感情が同居するような印象がある。リアルなようでいて、作り物のような不自然さもある感触は、なるべく忠実に再現されてほしい。テレビ側のなんらかの主張があると、相反する2つの見え方がどちらかに片寄ってしまい兼ねないからだ。

そういう点で、55Z740Xの映像はしっかりと忠実志向の映像になっている。ストレートに元の映像をそのままに再現しようとする画作りだ。レグザに限らず、現代の薄型テレビは忠実再現を目指した映像になってはいるが、液晶テレビは画質的なポテンシャルが有機ELテレビと比べると差があることもあり、忠実志向ではあっても全体に明るめの傾向になるとか、色のりをよく見せるといったことが少なくない。

それが、Z740Xではかなり少ないと感じる。精細感の再現も忠実だし、色再現もニュートラル。なにより、コントラスト感が実に優秀だ。液晶パネルとしてはコントラスト比の高いVA型を採用した成果で、見た目のコントラスト感としては、有機ELテレビに迫ると言っていい。全暗の環境で見ても黒の締まりに不満はなく、暗色の再現や黒が浮くことで映像全体がややぼやけた印象になることもない。有機ELテレビを横に並べて比較すれば、黒の再現性に差があるのは間違いないだろうが、55Z740Xだけを見ている限りは、しっかりとしたコントラスト感がある。液晶テレビとしてはかなり優秀なレベルだし、このコントラスト感のおかげで、より忠実志向の映像に仕上げることができたと思う。

視野角についても、左右の視野角は十分なレベル。およそ1.5H(画面の高さの1.5倍)の視聴距離で見ていて、左右の周辺のコントラスト感が低下することもないし、テレビの前に3人並んで見るようなシチュエーションで両端に座ると、コントラスト感や色みが変化することもほとんどない。常識的な範囲でテレビの前に居るならば、十分なコントラスト感が得られる。

ただし、高さ方向の視野角はやや厳しいようで、テレビに触れるほど近づいて、上から見下ろすように画面を見ると、コントラスト感の低下がはっきりとわかる。テレビを床置きするような使い方をするのには向いていない。ごく当たり前の設置だが、ソファの高さなどに合わせて適切な台に置いて使うといいだろう。

さて、映画の話に戻るが、アーサーはなかなか不遇な境遇にある青年で、精神的な障害で緊張したりストレスを感じると笑い出してしまう。通院歴もあり、現在もソーシャル・ワーカーと定期的に面談し、いくつかの薬の処方も受けている。また、介護を必要とする母と同居しており、母の面倒を見ながらの生活だ。

障害もあって会話もあまり上手ではなく、社会で活きていくのに苦労しそうな人物像であることはよくわかる。しかし、母親の介護も嫌がることなく行ない、母と一緒に楽しげにバラエティー番組を見る好青年だ。さまざまなコメディアンが出演するその番組に自分も出演することがささやかな夢だ。そんな様子が彼の表情からよく伝わる。ホアキン・フェニックスの演技力のたまものだし、クローズアップで迫る彼の表情、特に瞳の奥に秘められた感情が一番の見どころだ。

HDR収録されたUHD BD版はDolby Vision収録だが、55Z740XはDolby Visionには非対応のため、HDR10で視聴しているが、コントラスト感に不満はなく、暗部の階調や瞳のハイライトもしっかりと描いている。常に涙が浮かんでいるようなうるんだ瞳の感じ、おどおどしているようで、ふいに不気味なほどに強い意志を感じさせる表情の変化がきちんと見えないと、アーサーの気持ちに近づけない。視聴が始まってしまうと、液晶テレビだからという感覚はほとんど感じない。液晶テレビも、最高級の製品では有機ELテレビと遜色のない実力を発揮するが、55Z740Xもそんな液晶テレビのひとつだ。

レグザは独自の超解像技術が大きな特徴もあり、精細感の高さで知られるが、なんでもかんでも高精細というわけではない。フィルムのトーンからカチっとしたデジタル撮影まで、忠実に再現できる高精細だ。個人的にも、単なる高精細ではなく、さまざまな映像のニュアンスをありのままに再現できることがますます重要になると思う。55Z740Xはその点でも十分に優秀なレベルにある。

冒頭の騒動の通り、ピエロのアルバイトもうまく行かないアーサーだが、そんな奴らから身を守れと、芸人仲間から拳銃を渡される。迷惑そうなアーサーだが、自宅で銃を構えてまんざらでもない様子だ。銃を撃つフリのつもりで本当に発砲してしまった時の滑稽な慌て振りは、ごく普通の人と変わらない。

そして、ひとつの契機が訪れる。地下鉄内で乗り合わせた女性を口説こうとする3人の証券マンを撃ち殺してしまう。もちろん犯罪だ。なぜか誰一人として居ない駅の中を逃げ惑うアーサーは、まだジョーカーではない。

ここから、物語は緊迫の度合いを増し、ブルース・ウェインの父であるトーマス・ウェインとの出会いが描かれる。このあたりは、バットマンシリーズの概要を知っているなら、かなりハラハラする展開だ。ジョーカーとブルース・ウェイン(後のバットマン)が異母兄弟かもしれないという疑惑は、後の因縁も考えるとなかなか興味深いものがある。

そんな事柄もあってアーサーの心はますます追い詰められ、しかも箍が外れてしまった彼の中に狂気が芽生える。そこで、流れるのがメインテーマとも言えるチェロの暗鬱なメロディーだ。重苦しく響く低音と、弦楽器特有の擦る音が、実に生々しく響く。この重い音色を55Z740Xの内蔵スピーカーはしっかりと響かせた。

TM & (C)DC. Joker (C)2019 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited and BRON Creative USA, Corp. All rights reserved.

音声モードは「映画」モードとし、重低音は「中」。サラウンド効果も加わっている。映像と同様にリアルで生々しいサラウンド感はさすがに物足りないが、声や劇伴の再現はなかなか良好。この音で不満ならば、うかつにサウンドバーなどを追加するのではなく、AVアンプと5.1chスピーカーによる本格的なシステムを検討するのをおすすめしたい。

中高音とサブウーファーの低音がきちんとまとまったサウンドは、銃声のような激しい音も力不足を感じさせないし、声も明瞭で感情の変化をよく伝える。発作の時の苦しんでいるような笑い声が、時に(狂気をはらんだ)屈託のない笑い声に変わる。その変化も鮮明に描いてくれる。

「ネット動画ビューティPRO」が実は凄い! Amazon Prime Videoでも見てみた

ここからは、動画配信サービスも試してみた。「ネット動画ビューティPRO」の実力を確かめるためだ。これは、インターネットの動画や動画配信サービスの視聴用の画質改善機能だが、レグザらしく実にマニアックに作りこまれている。単純にビットレートの低い動画コンテンツをより美しくするだけではなく、mp4をはじめとする圧縮方式、解像度、フレームレートなども判別。さらには、動画配信サービスごとの画質特性などに合わせた最適化も行なっているという。

要するに、55Z740Xが対応している動画サービスに合わせて、それぞれ最適な高画質化を行なえるというもの。ネット動画への対応は各社とも意識しているが、ここまで至れり尽くせりの映像処理を行なうのはレグザだけだろう。

ちょうどよく、Amazon Prime Videoで「ジョーカー」のHD版があったので視聴してみた(ただし、定額見放題ではなく、レンタルまたは購入による課金が必要なコンテンツ)。

「見るコレ」の動画配信サービスのメニュー。有名どころはもちろん、幅広いサービスに対応している
「Amazon Prime Video」での「ジョーカー」のタイトル画面。音声は5.1chだ
「Amazon Prime Video」の「ジョーカー」(HD版)の信号情報。HD版でもコーデックがHEVCであることや、解像度が1,920×1,040であるなど、BDのHD版とはいろいろな差異がある

視聴したのは、母の入院している病院を訪ねる場面。母の入院歴や過去の病状を調べるために、アーサーは病院の資料室をたずねる。長い廊下がほんとうに長い。アーサーの背後に見える廊下がじょじょにピントが外れていく感じが実に滑らかだ。デジタルシネマのカメラで撮られた映像だが、カリカリの高画質というよりはボケ味もふくめてフィルム的な感触になっている。その映像のニュアンスがHD版でもしっかりと蘇っているのは見事だ。

これは、作品としての映像の出来が素晴らしいことと、55Z740Xのアップコンバート性能の高さの両方があってのものだと思う。現代の4Kテレビはこうした撮影した映像のトーンを忠実に再現することが不可欠だ。昔の作品はもちろん、フィルム撮影からフルCGまで、映像を再現するための手法にはすべて選ばれた理由がある。そうした感触の違いまで味わえないなら、大画面の薄型テレビで見る必要は無い。映画館に行く方が安上がりだし、スマホなどでの視聴でも十分だ。

HD解像度なので、全体としての印象はやや解像感不足に感じる。しかし、無理に解像感を演出するような過度な精細さはなく、不自然さはない。そして、アーサーの瞳や派手なピエロの化粧に隠れた表情もきちんと描く。動画配信サービスとはいえ、個別に課金が必要な有料コンテンツなので、ビットレートも十分だと思うが、いつもは55X910で見ることが多いAmazon Prime Videoの映像よりも緻密だし、ノイズの発生もうまく抑えられていると思う。

実際に、レンタル期間中に55X910でも見たが、S/Nの良さ、クローズアップでのディテールの再現などには明らかな差があった。これは新機能である「ネット動画ビューティPRO」の威力だろう。4Kテレビでも地デジの高画質にこだわっていたのは、テレビ放送で一番多くの人が見ていることが理由だが、今後ますます視聴者が増えるであろうネット動画の高画質化に本格的に取り組んたのは、先見の明がある。「クラウド高画質」と並ぶ、大きな特徴だと思う。

果たして、どこにでもいる不遇な青年であったアーサーは、ジョーカーへと変貌する。「狂っているのは僕か? それとも世間?」。作品の冒頭からアーサーはそう問いかける。彼のしたことは間違いであり、多くの人はそういう選択をしないはずだ。では、自分だったらどうするか? さまざまな議論があるだろう。見るのが辛い映画だったが、それだけにラストの彼の姿はたとえようもなく幸せそうに見えた。見るたびに違った感想が浮かぶ作品だと思う。アーサーを通して自分を見つめているのかもしれない。

こういう映画があるから、自分はテレビに高画質・高音質を求めるのだ。と、改めて思う。その作品の世界に没入するために、画面越しでなく、アーサーと同じように彼を取り巻く人々や世間を感じるために。55Z740Xで、ここまでの質の高い鑑賞ができたのは正直驚きだった。

映画の世界にぞんぶんに浸る楽しみを味わえる高画質と高音質

視聴していて思ったのは、液晶テレビも最上位クラスはかなり優秀だと改めて思ったこと。有機ELテレビが総合的な実力では上にあるのは確かだが、Z740Xのクラスになると歴然とした差はないと思う。すべての液晶テレビが有機ELに匹敵する画質というわけではなく、そんなモデルはZ740Xを含めてごくわずかだが、例えば、ゲームやPCのモニターとしても使うようなユーザーにとってはありがたい話とも言える。焼き付きの心配がほとんどないし、テレビを見るときは明るい部屋でも気軽に楽しめる。このように、画質や音質の差を気にせず、自分の使い方に合った選択ができるのは実にありがたい。

ましてやZ740Xシリーズは、高音質スピーカーの搭載やタイムシフトマシン機能も含めて機能的にも充実している。「おまかせAI」機能の完成度の高さと将来性も合わせて、リビングに置いて気軽に使うならば、Z740Xはかなり魅力的な候補になると思う。

鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40~60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。