鳥居一豊の「良作×良品」

第102回

小さな卵スピーカーで驚異の空間再現。イクリプス「TD307THMK3」

ここのところ、Apple Musicでのロスレス音源と空間オーディオの配信が話題だ。ロスレス音源による音楽配信の高音質化は大歓迎だし、空間オーディオも興味深い。音楽はステレオ録音で制作されているのが現状だが、空間オーディオやソニーの360 Reality Audioではマルチチャンネル録音となる。これまでの楽曲がマルチチャンネル化されることに対しては賛否があるだろうし、今後マルチチャンネルで制作される曲がどれだけでてくるかもわからないが、実に楽しみだ。

ご存じの通り、空間オーディオのフォーマットはDolby Atmosなので、Apple TV 4Kを使ってHDMI経由で対応のAVアンプやホームシアター機器で再生すると、Dolby Atmos音源として再生できる。自宅でも聴いてみたがステレオ再生の感触を残しながらもAtmosの空間感がしっかりと感じられた。好みの差はあるものの、サラウンド環境を持っている人には面白いし、空間オーディオ対応のヘッドフォンでこれと遜色のない音場が楽しめるのは驚きもあると思う。サラウンドがより身近になるのではないかという期待もある。

この機会にぜひサラウンド環境の実現をおすすめしたいところだが、実際に部屋に複数のスピーカーを置くとなるとハードルが高いと思う人は少なくないだろう。予算以上に部屋の四方にスピーカーを置くと邪魔になりやすくなる。しかし、それも工夫次第だ。

コンパクトな卵型スピーカーが描き出す、抜群の空間再現能力

ここで紹介するのは、イクリプスのホームシアター向けパッケージ「TD307THMK3」(実売24万7,500円)。これは、コンパクトなフルレンジスピーカーの「TD307MK3」(約2万7,500円)を5本と、サブウーファーの「TD316SWMK2」(実売11万7,560円)1本をセットにしたもの。スピーカー自体はデスクトップでノートパソコンの両サイドに置いて使うこともできるくらいのコンパクトさで、リビングで使っても邪魔になりにくい。壁掛けや天吊りといったレイアウトもできるので、生活空間を犠牲にすることなく、比較的容易にサラウンドを実現できる。

TD307MK3は今春に久しぶりのモデルチェンジが行なわれ、その実力を大幅に高めたモデルだ。不要な音の反射をなくし、エンクロージャー内部の平行面がないことで定在波の発生も少ない卵形のデザインはそのままだが、容積を拡大して低音再生能力を向上。従来は100Hzだった最低共振周波数が80Hzとなっている。

口径6.5cmのユニット自体も一新され、振動板素材は上級機と同じグラスファイバー製となった。センターキャップ形状も上級機と揃え、シリーズでスピーカーを組み合わせたときの音色の統一感を増しているという。旧モデルとの比較では、低域の音域が伸びたほか、中域と高域の音圧も向上しており、ボーカルの再現性向上や空間再現性を高めるといった効果が得られている。

もちろん、スピーカーユニットをディフュージョン・ステーと呼ばれる3本の支柱を介してエンクロージャー内部に固定し、ドライバー後端にはスピーカーの前後運動を受け止める足場となるグランド・アンカー(錘)を備えた構造、角度調整機構のついた金属製の強度の高いスタンドを備えるなどの特徴は従来のまま。イクリプスのスピーカーは最上位モデルに至るまでほぼ同じ構造や設計を採用している。安価なスピーカーとは思えない、実に凝った作りを採用しているのだ。

イクリプスTD307MK3の内部構造図。独特な卵形エンクロージャーの内部はかなり複雑な作りとなっている。

TD307MK3は春の発表された頃に音を聴いているが、その優れた実力に驚かされた。比較的手頃な価格でサイズもコンパクトなモデルでも、イクリプスの提唱する正確な音の再現、正確な音の波形の再現のためのインパルス応答の追求がしっかりと実現できており、実にリアルに音楽を描いていた。そして、そのサラウンド再生でも空間再現な見事なことは感動ものだった。そんなこともあり、ぜひともホームシアター用パッケージであるTD307THMK3として紹介したいと思ったのだ。

TD307MK3の前面、側面、背面。前から見ると球形だが、横からみると卵形になっている。背面にはバスレフポートとスピーカー端子がある
TD307SWMK2のスピーカーユニット。グラスファイバー製の振動板を新たに採用している
背面にあるスピーカー端子はバナナプラグ対応の端子を採用。バスレフポートは楕円形の形状で開口部をフレア状として風切り音を低減している
5本のTD307MK3の集合写真。ぎょろりとした目玉親父のような外観が見慣れると可愛らしく感じる

スピードの速い低音を生み出すためのダブルウーファー構成

サブウーファーのTD316SWMK2も同様に、正確な音の再現にこだわったモデルだ。フルレンジスピーカーではどうしても絶対的な低音の不足が生じるため、それを補うためにもサブウーファーのラインアップは欠かせない。しかし、振動板が大きく重くなるウーファーの低音はどうしてもレスポンスが遅れがちだ。小型スピーカーにサブウーファーを組み合わせる2.1ch再生が定着しにくいのもこのため。低音が遅れてしまうので、もやもやとした不明瞭な低音となりがちなのだ。

そこでレスポンスに優れたサブウーファーを実現するために、2つのウーファーユニットを対向配置で一体化した「R2R TWIN DRIVER」構造を採用。2つのウーファーユニットをアルミシャフトで結合し、互いを足場として利用することで高速かつ素早い駆動を実現した。

また、エンクロージャーの振動による不要な音の発生が生じないように、エンクロージャーへの取り付けでは振動をカットする特殊素材を使用するなど、不要な振動の抑制を徹底している。こちらも使用するユニットの口径の違いはあるが、基本的な設計や構造は上級機と同一。そのほかでは、上級機が光沢のあるブラック塗装となっているのに対し、TD316SWMK2では木目を残したマット仕上げとなっている点が異なるくらいだ。

口径16cmのウーファーを内蔵というと決して大口径とは言えないが、小口径ユニットをダブルウーファー構成とすることでスピードの速い低音を追求している。密閉型のエンクロージャー自体のサイズは横幅399mmと大きめで十分な容積を確保している。駆動するアンプはD級アンプで出力は125W。入力端子はライン入力1系統とスピーカー入出力が1系統となる。40~200Hzのローパスフィルターの調整(オン/オフ可能)、ボリューム調整(100ステップ)といった調整が可能だ。

TD316SWMK2。音量などのインジケーターのある正面に対し、2個のウーファーが左右に配置されている。背面には接続端子などがある。

ステレオ再生で抜群の空間再現能力を確かめてみた

まずはTD307MK3を2台と、TD316SWMK2による2.1ch再生でステレオ収録の音楽を聴いてみた。アンプはヤマハのAVアンプCX-A5200+MX-A5200としているが、アンプ側での調整や補正は行なわず、サブウーファー側でローパスフィルターを80Hzに設定した。これはTD307MK3とTD316SWMK2を組み合わせるときのイクリプス推奨値だ。

楽曲は「ガールズ&パンツァー最終章 Episode1~3 オリジナルサウンドトラック」(96kHz/24bit FLAC)。その名の通り、最終章の第1話から第3話までに使われた楽曲を集めたものだ。これまでのサントラと異なり、主題歌とエンディングが収録されているし、BC自由学園や知波単学園の歌も収録されていてなかなか楽しいアルバムとなっている。

「最終章・戦車道行進曲! パンツァーフォー!」はお馴染みの曲だが、もちろん最終章バージョンの新アレンジ。ブラスバンド風の軽快なマーチだ。感心するのは、ステレオ音場の広さと深さ。コンパクトなスピーカーというと、比較的狭い間隔でスピーカーを置いてしまいがちだが、TD307MK3ならば2mくらいの間隔で置いた方がいい。並の大型スピーカーと同じかそれ以上の広々としたステージが目の前に現れる。それでいてセンターに定位する音が薄く感じたり、音場が漠然と広がったような感じにならず、個々の音は明瞭に定位し、リズムに合わせてキレ味のよい音を鳴らす。

この音の定位の良さと音場の広がりが最大の魅力。フルレンジスピーカー一発だから定位の良さは言うまでもないし、低音から高音まで音色が揃うし、音の出るタイミングも同じだ。そして、不要な反射のない卵型なので音がきれいに放射され、ステレオイメージが豊かに再現される。音色も色づけの少ないニュートラルな傾向で、イクリプスの目指した正確な音がそのまま現れていると感じた。

「ボコミュージアムの閉園の時間が迫っています!」は、元気一杯のボコのメロディーをオルゴール風のアレンジとして、少し切ない感じの曲としたもの。オルゴールのような余韻の長い音が実に綺麗に出て、ひとつひとつの音が明瞭に浮かび、そして空間に美しく響いていく様子が目に浮かぶようだ。このステレオイメージの精緻な再現は、逆に大型スピーカーでは難しいとさえ感じるもので、小型スピーカーの魅力をぞんぶんに楽しめる音だ。

雄壮かつ新たな決意をもひめた「知波単の撤退です!」は、曲調も含めて重厚感のあるアレンジとなっており、大太鼓もずっしりと響く。サブウーファーのTS316SWMK2のおかげで低音の力感や厚みも十分。しかも低音が遅れないので、リズムが弛むようなことはなく、低音というよりも不要な響きが目立った不自然な感じにならない。音色も含めて音が綺麗に揃っているので、いかにも後からサブウーファーを足したという鳴り方にはならない。音場の広さだけでなく堂々としたスケール感もあるので、とても小型スピーカーを鳴らしているとは思えない音になる。

サブウーファーの電源をオフにすると確かに低音が不足した感じにはなるが、思ったほど不満にはならない。TD307MK3の再生周波数帯域は80Hz~25kHz(-10dB)だが、80Hzより下がすとんと落ちてしまう感じではなく、音圧レベルとしては下がるもののゆるやかにさらに下の帯域まで伸びていくようで、80Hzまでしか低音の出ない軽い音にはならないのだ。だから思ったよりも低音感があり、リズムもきちんとわかる。スケール感はやや小さくなるものの、それほど物足りなさはない。デスクトップ上で音量を控えめにして鳴らすならば、スピーカー2本だけで十分とさえ思う。

聴いていて楽しい「知波単のラバさん」は、知波単の面々による合唱曲。歌謡曲ムードの曲調も楽しいが、それぞれの声がはっきりと聴き分けられるし、横一列に並んで合唱しているような感じで個々の音が定位する様子がわかるのは壮観だ。こうした緻密な描写と、サブウーファーの組み合わせで威勢の良いリズムも遅れることなくキビキビと鳴るのでより楽しい。

佐咲紗花のうたう主題歌「Grand symphony(劇場size)」も、エネルギーたっぷりの歌唱が力強く鳴るし、定位も明瞭。イントロの英語詩の部分では伴奏と同じ奥まった位置にあった声が、日本語詩の部分になると一歩前に出てくる感じがいい。かなり優秀なスピーカーでないとただボーカルの音量が上がった感じになるだけでその前後感の差が出てこない。

正確な音というと、面白みのない真面目な音を連想する人もいるかもしれないが、音楽制作時に作り手がチェックした意図通りの音がそのまま出ているという意味であり、音楽の魅力がしっかりと出る音だ。出音の勢いの良さや余韻まできれいに再現できること、そして高音楽器から低音楽器、人の声まできちんとタイミングが揃っていることで、こうした躍動感のある音になるのだと思う。それがサブウーファーの重低音まで揃っている。これがイクリプスの一番の魅力だと思う。

今度は映画の音を5.1chで聴いてみる。イクリプス推奨の設定方法も披露

5.1ch再生では、AVアンプ側の自動音場補正機能を使用してセッティングを行なった。フロントスピーカーはふだんは薄型テレビ用の台としている横長のラックに3本を並べて配置。スクリーンよりやや低い位置なので、スピーカーの角度を少し上向きにしている。この時の角度調整のポイントは、視聴位置からスピーカーが自分を見つめているように見えるようにすること。真正面から見るとTD307MK3のエンクロージャー部はほぼ正円でその中央に円形のスピーカーユニットがあるので、ぎょろりとこちらを見つめている感じになるのだ。これは壁掛けなどの設置でも、スピーカーの向きを調整して視聴位置に合わせてやるといい。

後方のスピーカーはスタンドに設置し、こちらも視聴位置に向けて角度を調整している。視聴位置との距離は2m。各スピーカーはいずれも「小」設定で、80Hz以下の低音はサブウーファーに任せる設定だ。音量は自動音場補正機能のマイク測定の値としている。ここまでは自動音場補正機能の測定値そのままでも構わない。

ヤマハのAVアンプでのスピーカー設定の画面。ここから、スピーカーの距離や音量などの設定を主導で調整できる
スピーカー構成の設定画面。使用するスピーカーの有無、大小の設定を変更できる
こちらはスピーカーの距離。各スピーカーは2mとなるように設置位置を調整。すべてのスピーカーを等距離にするのが難しい場合でも左右のペアの距離が揃うように配置するのがおすすめ

イクリプスが推奨するのは、周波数特性の補正を行なわないようにすることだ。ヤマハの場合、パラメトリックイコライザーによる補正ができ、64bit精度のため音質的な劣化もほとんど生じない。だが、こうしたイコライザーはデジタルフィルターの一種で、信号波形の正確な再現を追求するイクリプスとしてみると、信号処理による遅延や信号波形の歪みの発生は無視できないという。そのため、イコライザーなどによる補正はオフとするのがイクリプスの推奨だ。

周波数特性を補正するパラメトリックイコライザーの設定。ここでは、補正を行わない「使用しない」を選択。後から簡単に切り替えできるので、聴き比べてみるといいだろう。

周波数特性の補正は部屋の形状に起因する定在波やフラッターエコーの改善に効果があるため、絶対に周波数特性の補正が悪いというわけでない。スピーカーの配置や距離を理想的な位置に置ける場合はイコライザー補正などはオフで良いが、理想的な配置が難しい一般的な家庭の場合はイコライザー補正を積極的に活用した方がよい効果が得られる場合もある。そのあたりは実際に聴き比べて好ましい方を選べばいい。

このほか、多くのAVアンプでは、天井に配置するトップスピーカーや、サラウンドバックのスピーカーを5.1chスピーカーで仮想的に再現する機能を持っている。Atmosなどによる立体的なサラウンド方式を採用する作品もかなり多いので、積極的に活用するといいだろう。視聴では、バーチャルスピーカーをオフとした純粋な5.1ch再生、バーチャルスピーカーによる仮想5.1.2ch再生、視聴室に常設のトップスピーカー4台を使用した5.1.4ch再生を比較してみようと思う。

SF映画でフランス映画! かなり個性的な「オキシジェン」を見た

今回選んだ作品は「オキシジェン」というフランスのSF映画。Netflixオリジナルコンテンツだ。Netflixは国内外の人気作品が多いし、オリジナルコンテンツもハリウッドの映画会社が制作したものは劇場映画と同じく、言語や民族や文化の違いを超えて楽しめる作品が多い。だが、日本でヒットした映画やアニメが世界中に配信されているように、案外いろいろな国で制作した映画も多いのだ。なかには、それぞれの国でしかヒットしない、あるいは理解できないような作品もある。個人的な印象で言えば、ホラーやSFのようなマニアックなジャンルでそうした作品が目立つ。理解しがたいものもあるが、独特の味わいでなかなか楽しいものもある。「オキシジェン」もそんな映画だ。

『オキシジェン』予告編 - Netflix

あまり見ている人が少ないであろう「オキシジェン」を取り上げた理由は2つ。4K HDR作品かつAtmos音響でクオリティーが高いこと。もうひとつは、1時間半ほどの長さのほとんどが狭苦しい医療ポッド内で描かれているという、驚異的な設定だ。筆者自身あまりフランス映画を好んで見ているわけではないが、印象に残っているフランスのSF映画が「ラ・ジュテ」だったりすることもあり、とんでもなく芸術的かとんでもなく退屈な映画の予感を感じつつ見て、そのスリル満点の物語と驚きの展開に興奮したためだ。

とある女性の主人公が医療ポッドの中で目覚めると、医療ポッドでは故障が発生していて、酸素(オキシジェン)の供給があと90分ほどで途絶えてしまう危機的な状況であることを知る。が、その女性は記憶を失っており、自分が誰なのかすらもわからない。必死に記憶を探ると、病院内でベッドに乗せられている様子が浮かぶが、わかるのはそれだけ。この状況で、医療ポッドの故障を修理し、あるいは医療ポッドから脱出しようとする物語だ。

見ている者にもそれ以上の説明はされず、固唾を呑んで展開を見守ることになる。医療をサポートするAIとの会話で状況を確認したり、インターネットに接続して警察に通報したり、自身のDNAや外観から一致する人物を検索して情報を収集していくうちに、事態が展開していく。

医療ポッドの中という密室が舞台でありながら、医療ポッドが中の人物の生命や健康を維持するための相当に高度な機能を持っていることなどが緻密な映像で描かれ、主人公の女性の演技も迫真のもの、医療ポッドのフタと思われる天井はディスプレイにもなっていて、AIとの会話やインターネットで得た情報などを表示することもできる。このため、ひたすらベッドの上で横たわっているシーンが続くようで、事態は刻々と変化していくし、退屈どころかまったく飽きることなく楽しめた。

4K HDRの映像もそうだが、Atmosの音響が実に生々しい。AIの機械的な音声はディスプレイを見ているときはセンターに定位するが、それ以外の場面では医療ポッド内のどこからか声が出ているような感じで、アングルによって音の出ている位置が変わる。混乱した主人公はパニックに陥って泣き叫ぶことが何度もあるが、その悲鳴や絶叫が狭いポッド内に充満する。空間はかなり狭く閉塞感たっぷりで、警報の音さえ耳障りなほど。シチュエーションを限定したSFでは当然ながらそのリアリティがすごい。というわけで、本作を空間再現に優れたイクリプスTD307THMK3の5.1chの視聴ソースとして選ぶことにした。

映画のネタバレを避けるために断片的にしか場面の状況は説明しないので悪しからず。まずは危機的な状況はどこかでモニターされているはずと信じ、外部と連絡しようとする場面。最初に外部と連絡がついたのは、警察。わかっている限りの状況を伝え、警察に捜索と保護をお願いする場面だ。連絡は音声のみ(つまり電話)で、モニターには何も表示されない。モロー警部と名乗る男の声がノイズ混じりでポッド内に響く。主人公はヒステリックに救出を求める。

医療ポッド内の狭い空間はサラウンドでもリアルに再現されていて、かなり閉塞感がある。電話の声、主人公の声、怒りの余りディスプレイを叩いたりもするが、それらの音が間近で鳴っている感じになる。主人公がちょっと身体を動かせばポッドのどこかに当たるがその音もごく近い感じで、身動きのできない状況が音でわかる。

サラウンド再生のシステムでは実際のスピーカーの位置以上の広い空間を感じられるし、実際部屋よりも広い場所に居るような感じを映画の音響デザインでも再生装置でも追求しているはずだ。それもあるし、実際にスピーカーの距離を近くしないと空間の狭い感じは表現しにくい。しかし、TD307THMK3は思った以上に空間が狭いことがわかる。空間再現が緻密で、ポッド内の音の響きやあちこちで鳴る音の定位が明瞭で距離感がよくわかるため、狭さがよく伝わるのだ。この作品が劇場公開されず、自宅で見るNetflixで配信というのは意味があると思う。ヘッドフォンのバーチャルサラウンドは空間が広さがどうしても狭く感じがちだが、この映画とは相性がよいかもしれない。そういう閉塞感が作品の緊迫度を高め、自分が閉じ込められているような恐怖とともに成り行きを見守ることになる。

今度は、酸素の残量がごくわずかとなり、AIが主人公の安楽死を選択する場面。主人公の死を避けることができないため、窒息による苦しみを緩和し、安らかに死なせようと判断したのだ。もちろん、主人公はまだ死ぬ気はないので、安楽死のための薬物を注射しようとするロボットアームと格闘することになる。狭い場所でゴツゴツとぶつかりながらの格闘もなかなか面白い音響だ。ロボットアームは横たわった主人公から見て上の方から伸びてくるが、さすがAtmos、きちんと上の方から独特な動作音とともにアームが迫ってくる。

この場面で、ダウンミックス5.1ch再生と仮想5.1.2ch、リアル5.1.4chを聴き比べてみた。同じ場面で、AVアンプの設定を切り替えて聴いている。5.1ch再生は高さ感は雰囲気だけで、映像では足元方向からアームが迫るので、後ろから前へとアームが迫る感じになる。

注射を備えたアームとの格闘は前方で展開する。これでも状況はよくわかるし、情報量としては5.1chに重畳されていることもあって、サラウンド感としては十分だ。これが仮想5.1chとなると、もう少し高さ感が出る。見ている筆者の頭の真後ろから迫ってきたアームが頭の上の方を移動している感じになる。アームが後方にあるときの高さ感は少々漠然とした感じになるが、アトモスらしさはよく感じられる。5.1chでもハードルが高いのに、いきなり5.1.2や5.1.4chというと無理だと感じてしまう人は多いと思うが、しっかりとした5.1chシステムさえ用意できれば、バーチャル技術でAtmosを楽しむこともできるのだ。

5.1.4ch再生となると、後方の定位もはっきりとわかり、アームが頭上を移動していくのがわかる。主人公の荒い息づかいなどはセンターから聴こえるが、アームは声より高い位置にあって、仰向けの状態で目の前に迫るアームを必死に自分の腕で押さえている感じがよくわかる。この感じはさすがはリアル5.1.4chの再生だ。TD508MK3との音色の繋がりも良好で、同一スピーカーでの再生と言っていいレベルにある。試聴では逆の組み合わせだが、現実的にはTD508MK3で5.1chを構成し、天井スピーカーをTD307MK3とする組み合わせはかなりおすすめのシステムと言っていい。

主人公は、強い痛みを感じることで自身の記憶が蘇ることがわかり、クライマックスでは自らを痛めつけることで記憶を探って生きのびる方法を探ることになる。その時に甦る記憶は、夫との日常生活の場面であったり、森の中の印象的なシーンなのだが、当然ながらそこでの音響は広大だ。5.1ch再生に戻した状態でも、森林の中で葉のような羽根のついた種子がくるくると回転しながら宙を舞うシーンは、空間の広がりが豊かに感じられる。ヘッドフォンでのバーチャルサラウンドではこのときに広さ感が物足りないかもしれない。狭い空間も広い空間も自在に再現できるTD307THMK3のシステムの表現力の豊かさには改めて驚かされる。

この物語の面白いところは、ほぼすべての謎が解明され、主人公がどういう状況でどこにいるかがわかったときの衝撃的な事実と、その後で生き残るために必死に奮闘する展開だ。断片的な記憶やさまざまなやり取りで得た情報がひとつにつながって、ある事実が導かれるのはSFの王道でもあるし、上質なミステリーを読んだときの快感がある。しかも、そこからさらに決死の奮闘があり、最後の最後までハラハラしながら見ることができる。SF好きとしてぜひ見てほしい作品ということもあって取り上げたが、動画配信サービスの普及でこういう目立たない傑作を気軽に楽しめるようになったことはありがたいと思う。

サラウンド再生の面白さを実感できる作品がどんどん増えている!

Netflixに限らないが、動画配信サービスでは日本で劇場公開されにくい作品も数多いし、大ヒットは期待できないが良く出来た作品が増えていると思う。こういうマイナーな傑作を発見するのも新しいスタイルと言えるだろう。それだけに、映像や音響も満足できる環境で楽しみたいと思う。

イクリプスのTD307THMK3は、コンパクトなサイズで使いやすく、それでいて大型スピーカーにはない緻密で広大なサラウンドを楽しめる他にはない魅力がある。スタンドの裏には壁掛け用の穴も空いていて、比較的容易な工事で壁掛けも可能だ。多少の手間を厭わなければ、置き場所の問題はほぼカバーできると思う。サイズが小型だから、お手軽なセットのように感じる人もいるかもしれないが、TD307THMK3はかなり本格的なシステムだ。気になる低音の問題はサブウーファーがあることでまったく不満はないし、音質の点でも自信を持っておすすめできる。入門用どころか、これで完成というつもりで手に入れて、そのままずっと愛用できると思う。

冒頭で触れたように、今後は音楽のマルチチャンネル化も進んでいくと思われる。TD307THMK3のような本格的なサラウンドシステムはもちろん、サウンドバーや一体型スピーカー、ヘッドフォンなどもあり、サラウンドを楽しむための状況は整っている。あとは自分に合ったシステムを選ぶだけだ。ぜひとも、ステレオ再生を超えたマルチチャンネル再生の面白さを体験してみて欲しい。

鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40~60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。