鳥居一豊の「良作×良品」

第111回

ソニー“新ウォークマン”上位2機種を聴く。ついにストリーミング対応!

今回は3月25日発売予定のウォークマン最新モデル「NW-WM1ZM2」(実売約39万6,000円)と、「NW-WM1AM2」(同15万9,500円)を取り上げる。ウォークマンの最上位シリーズで、前作から5年振りのリニューアルとなるモデルだ。

こうした高価格帯のプレーヤーは、決してモデル数は多くないが人気メーカーも発売している。フラッグシップとしてメーカーの技術力や音質的な実力の高さを示すモデルでもある。ユーザーにとっても、人気の高いヘッドフォンやイヤフォンで最高の音質を追求するマニア層はもちろん、小型・ポータブルを活かしてデスクトップなどの省スペースでオーディオを楽しんだり、カーオーディオのプレーヤーとして使ったりと、思った以上に用途は多い。

そんなわけでライバルとなるメーカーの競合モデルも出揃っており、気になっている人は多いと思う。しかも、5年振りのモデルチェンジということもあり、NW-WM1ZM/WM1AM2では前作から大きく変わっている点も多い。そこで、前モデルも一緒にお借りして、機能面や技術面などで進化した点、そして何より音作りで変わった点を紹介していく。

NW-WM1ZMとNW-WM1AM2を並べたところ。金色のボディがWM1ZM2で、黒いのがWM1AM2。ボディの素材が異なるがどちらも同サイズで、基本的なデザインも共通

ストリーミングサービス対応など、機能性は大きく進化

まずは機能面から。最大の変更点は、Android 11をOSに採用したこと。従来モデルはオーディオ再生に特化し、ストイックと言えるほどに機能をシンプルにしていたので好対照だ。とはいえ、ウォークマンとしてはすでにZXシリーズやAシリーズが先行してAndroid OS搭載を実現しており、その路線を踏襲したもの。普及が進むストリーミング音楽サービスへ対応するためだ。

この結果、ストリーミング音楽サービスはもちろんのこと、さまざまなアプリの追加もGoogle Playストアから行なえる。ただし、NW-WM1ZM/WM1AM2にはGPS機能は搭載していないため、地図アプリなどGPS地図アプリ機能が必要なアプリは正しく動作しない。当然ながらスマホなどのAndroid端末とまったく同じというわけではない。

これにともない、ディスプレイは5型のHD解像度(1,280×720ドット)に大型化され、サイズも一回り大きくなった。比べて見ると、確かに大きくなっているのだが、現行のスマホがより大きなディスプレイを搭載する傾向にあるため、NW-WM1ZM/WM1AM2が大きくなったというより、従来のNW-WM1Z/WM1Aが思った以上に小さいと感じる。ずっしりと重めだが、あまり手のひらが大きくない筆者でもハンドリングに困るようなことはなく、片手で持ったまま基本的な操作はきちんとできる。

前モデルとの比較。ディスプレイも大型化した
片手で持ったところを撮影。大きくなったとはいえ、手の小さめな筆者でもきちんとホールドでき、操作もきちんと行なえる

そして、使い勝手にも関わる部分では、充電/データ接続端子が独自のWM端子から汎用のUSB C端子に変更された。これも先行するモデルと同様。充電などでスマホなどとケーブルを共用できるのはやはり便利。そして、USB C端子となったことで、データの転送速度と充電時間が高速化しているのも大きなメリットだ。

独自のWM端子から汎用のUSB C端子に変更
新旧モデルを並べて撮影。左がWM1ZM2で、右がWM1Z。サイズの違いが一番の違いだ

背面はもっとも印象の異なる部分で、従来モデルで好評だったシボ加工ではなく、もう少しさらっとした感触の滑り止め加工となっている。見た目の質感の違いは好みによる差もあると思うが、リアカバーの素材は大きく変わっていて、樹脂製カバーからアルミ削り出し(WM1ZM2)、アルミプレス成形(WM1AM2)に変更されている。後で詳しく述べるがリアカバーも金属とすることでシャーシの低抵抗化をさらに推し進め、音質にも貢献しているという。また、サイズやデザインはほぼ同じWM1ZM2とWM1AM2だが、背面のカバーの形状はわずかだが異なっている。

背面を並べたところ。左のWM1ZM2は上部が厚みを増した形状。背面のカバーもアルミの削り出しカバーとなっている。右のWM1Zのリアカバーは樹脂製
WM1ZM2(左)とWM1AM2(右)の背面。デザインだけでなくリアカバーの形状と素材が異なっている

側面の操作ボタンなど、基本的な配置やボタン数はほぼ同じだ。異なっているのはmicroSDスロットの位置で、WM1ZM2/WM1AM2では左側面に移動している。また、底面の充電/データ接続端子もUSB C端子となった。ヘッドフォン端子は4.4mmバランス、3.5mmステレオミニのアンバランス端子から変更はなく、上部に装備しているのも同じだ。

左側面。ホールドスイッチがあるのはどちらも共通だが、ボタンの形状が変わっている。また、左のWM1ZM2にはmicroSDスロットがある
右側面。こちらは操作ボタンが並び、サイズなどは異なるがボタン数と種類は一緒だ
上面。どちらも4.4mmバランス、3.5mmステレオミニのアンバランス端子を備える
底面。左のWM1ZM2はmicroSDスロットが左側面に移動したため、USB C端子のみの配置。右のWM1Zにはストラップ用の穴もある

シャーシはもちろん、使用するパーツも大幅変更。音質を磨き上げた

ここからは高音質のための回路設計や高音質パーツの採用などについて解説していく。すでに発表時のニュースで詳しく紹介されているので、ここでは変わった点と変わっていない点に注目してまとめてみた。

ソニー新ウォークマン、WMポートがUSB-Cに。音楽配信も高音質化

Android OS搭載ということもあり、基板は当然一新されている。デジタル技術としては、ウォークマンとして初めて「DSDマスタリングエンジン」が搭載された。すべてのPCM音源をDSD 11.2MHz相当の信号に変換して処理する技術だ。これは、超ド級の大型プレーヤー「DMP-Z1」で搭載された技術だが、DMP-Z1ではDSD 5.6MHzに変換して処理してたものを進化させ、DSD 11.2MHz変換となっている。もちろん、設定でオン/オフができるので、好みに応じて使い分けることが可能だ。

内部基板

そして、圧縮音源やCD品質の音源をハイレゾ相当にまでアップスケーリングする「DSEE Ultimate」を搭載。AI技術によるリアルタイムに楽曲を分析して最適なアップスケールを行なう最新仕様となっている。アップスケールは最大で192kHz/32bit相当になるようだ。このようにデジタル技術は最新のものが盛り込まれている。

反面、デジタルアンプにS-MASTER HXを採用するなど、オーディオ回路の基本的な設計は踏襲している。基本設計をベースに電源の強化やクロックの最適化、信号ラインの最適化などを図って音質を練り上げている。据え置き型モデルで使われているような足つきの円筒型コンデンサー(高容量個体高分子コンデンサー)が使われているのにもびっくりするが、電源のバイパスコンデンサーのすべてにFTCAP3を採用するなど音質の優れたパーツをぜいたくに使用している。もちろん、高音質部品をただ使うだけでなく、すべてカスタム仕様で素材や内部構造までこだわって設計されたものだ。

中央に見えるのが、デジタルアンプ「S-MASTER HX」

クロックの最適化としては、金蒸着超低位相ノイズ水晶発振器を採用。水晶発振器としては低ジッタータイプを採用するモデルもあるが、WM1ZM2/WM1AM2では音質で選んだ結果超低位相ノイズタイプを選んだという。金蒸着も本来は高寿命のためのようだが、試聴してみると音質も良かったので採用したとのこと。

オーディオラインの最適化では、金を添加した高音質はんだを採用。これまでは手作業によるはんだ付けをする箇所だけ高音質はんだを使用していたが、機械によるはんだ付けをする箇所もすべて高音質はんだを使用した。すべての部品の接点が高音質はんだとなることで、音質的な効果もかなり大きいようだ。

そして、これはWM1ZM2のみだが、アンプ回路からバランス出力端子への配線がキンバー社と共同開発したオーディオケーブルとなっている。高密度に実装された基板に極太のケーブルが横たわっている姿は異様でもある。このほか、バッテリー電源ケーブルにOFCケーブルを採用して低インピーダンス化を図るほか、回路基板はFilled Via構造とするなど、従来からの高音質設計も継承している。

基板にキンバーの極太ケーブルが横たわっている

シャーシについては、WM1ZM2が無酸素銅を切削し金メッキしたもの、WM1AM2がアルミを切削したものとなる。これらは従来モデルでも同様だが、WM1ZM2は純度が99.99%の銅を使用している。9(Nine)が4つ続くから4N銅などとも表現される。ちなみにWM1Zのシャーシの銅は純度99.96%。わずか0.03%の純度の差だが音質には大きな違いがあったようで、純度の高い銅は柔らかいため切削加工には向かなくなるにも関わらず無理を言って採用したそうだ。新規にアルミ材を採用したリアカバーを含めて、シャーシの低抵抗化を推し進め、さらなる音質向上を図ったという。

WM1ZM2の筐体は、無酸素銅を切削し金メッキを施したもの
WM1AM2はアルミの切削

また、Android OSなどのためのデジタル信号ブロックとオーディオブロックは基板の上下で分離し、互いのノイズの影響を受けないように配置にまでこだわって設計した。このあたりはZXシリーズやAシリーズでのノウハウもあり、Android OSの搭載による音質への影響はほとんどないという。しかも、デジタル信号ブロックには銅削り出しのカバーを装着しており、ノイズのシールドだけでなくグラウンド電位の低抵抗化に貢献している。

デジタル信号ブロックには銅削り出しのカバーを装着

このような徹底した作り込みを見ていくと、Android OSの搭載をはじめとしてハイテク化が進んだだけでなく、アナログ的な高音質化も入念に行なわれていることがわかる。さすがは最上位シリーズならではの作りだと思うが、シャーシの材質のほか、使用するパーツも一部異なるとはいえ、WM1ZM2とWM1AM2が基本的に同じ設計だと考えると、価格にして半分以下のWM1AM2のコストパフォーマンスが驚異的に高いのではないかという予感がある。

なお、ボディサイズの拡大に合わせ、バッテリー容量も拡大している。これにより、有線接続での連続再生はNW-WM1A/WM1Aが33時間に対して、40時間(MP3再生時)となった。FLACの96kHz/24bit音源の再生でも、30時間から40時間へと拡大している。Bluetooth接続時は20時間(MP3再生、SBC接続時)、18時間(FLAC 96kHz/24bit再生、LDAC接続時)となる。

第1ラウンド:新旧WM1A対決

左からNW-WM1AM2、NW-WM1A

では、いよいよ聴いてみよう。まずはNW-WM1AとNW-WM1AM2の比較だ。音源は「宇多田ヒカル/BADモード」を使用し、FLAC 96kHz/24bitの音源をそれぞれの内蔵メモリーに転送して聴いている。試聴に使ったイヤフォンは手持ちのテクニクス「EAH-TZ700」で、3.5mmアンバランスは付属ケーブル、4.4mmバランスはONSO製の接続ケーブルを使用した。

まずはWM1Aをアンバランス接続で聴いた。久しぶりに聴くが、実力の高い音だ。音の粒立ちがよくボーカルもくっきり。リズムもやや軽やかに感じるがしっかりと鳴っている。音の広がりの良さ、軽やかに弾むメロディーなど、バランスの良い鳴り方だ。

これをバランス接続に変えると、音の広がりはさらに豊かになり、低音も力感が増す。ダイナミックになるというよりは、より上質で緻密な鳴り方になる。やや上品で落ち着いた鳴り方に感じるが、ひとつひとつの音の再現性や声のニュアンスの再現がしっかりとしている。

NW-WM1AM2

NW-WM1AM2に変えると、アンバランス接続でまず感じるのは音の密度感やエネルギー感の高まり。ボーカルや伴奏を整然と粒立ちよく再現するなど、基本的な音質傾向は近いものがあるのだが、個々の音に躍動感があり生き生きとよく弾む。そのせいで音楽としての聴こえ方がずいぶん変わったと感じる。呟くような絶妙なリズム感のある歌声の良さがよく出ている。音場感も一回り大きくなったような印象で、左右の広がりに加えて奥行き感もある。間奏での包囲感のあるメロディーも包まれているような感じがある。

バランス接続ではよく弾むドラムやベースがさらにローエンドまで力強く伸び、力強さと躍動感が出てくる。アタックの勢いだけでなく、音の余韻や響きもきれいだ。ボーカルの声の張りもしっかりと出る。個々の音に力感が出てくることで粒立ちの良い再現がさらに際立ち、空間の広がりとよく調和して立体的なステージとなる。頭外定位のように音場が頭の外まで広がるというわけではないが、頭内定位なのに音場の広がりが実に自然で質の良い室内でスピーカー再生している感じに近いものがある。

5年振りのモデルチェンジをことさらに強調するわけではないが、明らかに大きな進歩を果たした音だと感じる。情報量や低音の伸びや力感、ステレオ感といった点でも実力を高めているが、くっきりとした音像に厚みがともなって、生の人間から出ている声の感触があるなど、トータルでの音楽としての生き生きとした鳴り方が大きく変わったと感じる。

初めてWM1AM2を聴いたときは、漠然と20万円くらいのプレーヤーとしてなかなか優秀な音だと感じたが、あとで価格を確認して実売16万円ということであらためて驚いたほどだ。ベースとWM1ZM2とほぼ同じだとするにしても、これはかなりの出来の良さで、この価格帯では驚異的な実力だと言いたくなる。

第2ラウンド:新旧WM1Z対決

左からNW-WM1Z、NW-WM1ZM2

今度はNW-WM1ZとNW-WM1ZM2との比較。音源は「宇多田ヒカル/BADモード」から「One Last Kiss」を聴いた。

NW-WM1Zから聴こう。使用したイヤフォンなどはさきほどと同様。粒立ちのよいくっきりとした鳴り方を基調としながら、ひとつひとつの音をより緻密に描き、整然となる印象だ。

ただし、鳴り方は穏やかで上品。SNの良さを含めてとても静かで、もの凄く解像度の高い静止画を見ているような感覚がある。バランス接続とすると音はさらに上質になり、ボーカルとコーラスのハーモニーもきれいだし、音場感も十分に広い。低音の力感もあるし、ベースも音階まできちんと鳴らしているのがわかる。ポータブルプレーヤーの域を超えて、HiFiオーディオ的な質の高い音を感じさせるものになっている。

NW-WM1ZM2

WM1ZM2に変えると、ドラムがベースがではなく、リズムがよく弾むのがわかる。声も質感や細かな描写は大きく変わらないが、きれいな歌声ではなく本当に歌っているような感じになる。宇多田ヒカルは絶妙に力の抜けた歌い方のようでいて、メロディアスでリズム感の豊かな歌い方が魅力だが、そのリズム感とか聴いているうちに自分の身体もリズムに合わせて動いてしまうような生き生きとした鳴り方が大きく違う。

もうひとつの魅力が音場が広いこと。WM1Zも十分に音場の広がりは優秀なのだが、個々の音像が音場に埋没しがちというか、WM1ZM2の後だと、スクリーンに映像を投写したような平板な感じになってしまう。WM1ZM2には、個々の音像に厚みがあり、ステージ上にボーカルや伴奏が実体を持ってそこにあるように感じる。個々の音の密度が高まっていると思う。だから単に音場が広いだけでなく立体感もあり、音のステージが生のステージを見ているような感じに近いのだ。

音の鳴り方としてのリズム感と、音像の実体感は、もしかすると同じことを違う言葉で表現しているのかもしれないが、音色としての傾向は同じなのに、静止画と動画を見比べているようなまったく違うものにさえ聴こえてしまう。これがWM1AM2とWM1ZM2に共通する一番の進化した点だと改めてわかる。

もしかすると、SN感や音色の再現など音のさまざまな要素を細かく分割して聴き比べていくと、WM1Zの方が優れているところが多いかもと思うくらい音が整っている。しかし、音楽としての躍動感や音楽を聴いている充実感が足りない。筆者自身が音楽としても雄壮で迫力のある曲が好きだし、再生機器にもそういうダイナミックな表現力を求めることもあるが、WM1ZM2の躍動感のある鳴り方は好みにもぴったりと合うし、音楽をたっぷりと聴いたときの満腹感も含めて聴き応えのある音だと感じた。

このように、WM1AM2とWM1ZM2の音の進化は、生き生きとした躍動感のある鳴り方であり、音場感がいっそう優れることで、実在感のある音に包まれるような感覚がある。兄弟機だから当然とはいえ、どちらも同じ方向で進化していることがわかった。

第3ラウンド:WM1AM2 対 WM1ZM2

WM1AM2 対 WM1ZM2

では、新しいWM1AM2とWM1ZM2ではどんな違いがあるのだろうか。約40万円と約16万円で価格差はかなりあるが、回路技術的なものはほぼ同じで、基本的な音の傾向としてもかなり近い。では音にはどんな差が現れるのだろうか。聴いた曲は「Fine Love」で、EAH-TZ700はバランス接続で聴き、このほかにゼンハイザー「HD 800」、クロスゾーンの「CZ-8A」をアンバランス接続で聴いている。

まずはEAH-TZ700で聴き比べたが、WM1AM2はリズム感がしっかりと出て、宇多田ヒカルの英語の歌唱もリズミカルだ。音の定位は明瞭でしかも表情がよく出る。しっとりとした音だが静的にならず声の張りや強弱のニュアンスもよく出る。音場の広さもかなり優秀だ。

これをWM1ZM2に変えると、音場の広がりがさらに一回り大きくなる。ヘッドフォン特有の頭の中で音が鳴る感じという印象はすっかり消え失せる。広がりが大きいというより音場の解像度が高まった印象だ。もちろん、音像も解像度は高く、声の質感やベースやドラムの鳴り方もますます精密でしかもダイナミックなものになる。

今度はゼンハイザーのHD800(アンバランス接続)だ。すでにかなりの旧モデルだが、ハイインピーダンスの鳴らしにくいヘッドフォンの代表として今でもよく使う。それに音質的にも十分に魅力的だ。WM1AM2で鳴らしてみたが、ボリュームは100/120と全開近くになってしまうが、十分に鳴る。さらに設定でハイゲイン出力を選ぶこともできるので、駆動力としては十分だろう。

最近の超高級プレーヤーでは、アンプ出力にこだわるモデルも多く、それらに比べると出力はWMI1AM2、WM1ZM2ともに250mW+250mW(バランス接続、ハイゲイン出力)と十分な出力だが、“驚異的な大出力”というわけではない。もちろん、超高級プレーヤーに求められる使い方でもある据え置きプレーヤーとして使うことや、カーオーディオで使うことを考えるともっと大出力が欲しいというニーズはあるのわかる。ソニーとしてはあくまでもヘッドフォンを鳴らすうえでの必要十分な出力としているのだろう。実際、ヘッドフォンの駆動力としては十分だ。

HD 800らしい軽やかで量感のある低音をしっかりと制動して、打ち込みのリズムのキレも弛まない。声の表情の美しさも素晴らしく、宇多田ヒカルの歌唱力をしっかりと味わえる再現力がある。高い声の伸び、滑舌の良さすべて良い。これがWM1ZM2となると、さらに余裕のある鳴り方になる。出力は同じながらも、よりしっかりと駆動している力強さが出てくる。声もますます鮮明になり、ニュアンスの豊かさもあって歌声が実に生々しい。WM1AM2との違いでいうと、音の生々しさだろうか。より生音に近づいていく感覚がある。

最後はクロスゾーンのCZ-8A(アンバランス接続)。こちらでの注目はもちろん頭外定位の豊かな音場の再現だ。開放型のHD 800でも音場のイメージは十分に立体的と言えるものがあったが、その音場の豊かさがどのように味わえるだろうか。なお、CZ-8AもHD 800ほどではないがそれなりに駆動力のあるアンプを必要とするヘッドフォンで、音量は100/120だった。原音からして量感多めのリズムはややタイトになり、瞬発力に優れた音もあって軽快な鳴り方になるが、これはCZ-8A自身の音質傾向だ。こうしたヘッドフォン自体の音の持ち味をしっかりと引き出すという点でも、WM1AM2、WM1ZM2のアンプの実力は十分優秀だ。

WM1AM2では、軽快なリズムが歯切れ良く鳴り、音のステージが目の前に広がる。目の前に浮かぶボーカルも定位は良好。CZ-8Aはボーカルの定位は目の前に浮かぶのだが、音像が希薄になってしまうこともある。しかし、WM1AM2では音像にもしっかりと厚みがあり、まさに目の前で宇多田ヒカルが歌っている感覚がある。歌声自身もニュアンス豊かだ。周囲に広がるバンド演奏との距離感もしっかりと再現され、ライブステージを最前列で見ているような音だ。

WM1ZM2となると、タイトな低音がさらにパワフルになる。このあたりはWM1ZM2の方が数値には現れない駆動力の高さを感じる。音楽の重心がぐっと下がって、音楽の生々しさが増した感じになる。声の表情の豊かさは基本的には同じだが、強く出した声の力感などがさらにしっかりと出て、より躍動感がある。また音場は広さと包囲感だけでなく、奥行きの深さもしっかりと出て、より立体的になる。このように広々とした音場でも音像が薄まるようなことはなく、むしろひとつひとつの音がより鮮やかに感じられる。音色や質感などもよりリアルな感触で、まさしく音場の解像度が上がっていることがここで実感できた。

WM1AM2とWM1ZM2との比較では、同じ傾向でありながらより緻密でより躍動感のある音が得られるWM1ZM2が当然ながらその実力の差をはっきりと実感できた。ただし、WM1AとWM1AM2との比較で感じたような、同じ傾向でありながら別物のように感じるほどの圧倒的な差は感じない。価格が2倍以上だから音質差も2倍以上になるかというと、必ずしもそうはならないのが高級オーディオの悩ましいところではある。WM1Aのコストパフォーマンスが尋常でないほど優秀ということもできるし、わずかではあるが、今回の試聴で感じたような“音場の解像度が上がった感じ”が得られたWM1ZM2の表現力に価格差なりの価値を見いだすか、そのあたりの受け取り方は人によって変わってくると思う。

ストリーミング・ウォークマンとしての実力も、じっくりと試す

試聴はまだまだ続く。今度はストリーミングサービスの音質を確認してみた。ここでの試聴はNW-WM1ZM2をメインとしている。トータルの情報量としてもそれなりの差があるWM1ZM2の方がネットワーク経由での音質差やSN感の劣化などがわかりやすいと感じたためだ。

Android OS採用なので、アプリの追加でストリーミング音楽再生も容易に行なえるが、多少の準備は必要になる。まずは設定でハイレゾストリーミングをオンにする。これをしないと、ストリーミング音楽再生でハイレゾ音源を再生しても、CD相当の音質での再生となってしまう。ハイレゾストリーミングのオン/オフの切り替えはOSの再起動が必要で、バッテリーの消費も多くなる。オンで使う人が多いとは思うが、一応覚えておこう。

Androidの設定にある「音」の項目。こには、ハイゲイン出力への切り替えもある
「音」の項目の最後にある「ハイレゾストリーミングの使用」をオンにする

音楽サービスは「Amazon Music HD」を使用し、そこに「宇多田ヒカル/BADモード」もあったので、それを聴いてみた。「Beautiful World(Da Capo Version)」を聴いたが、タイトルの上にある「HR」のバッジをタップすると、音源の品質とデバイスでの再生品質、出力時の再生品質が表示される。ハイレゾストリーミングをオンにしておけば、きちんといずれも96kHz/24bitでの再生となっていることが確認できる。

Amazon Music HDで、「宇多田ヒカル/BADモード」を再生したところ
再生品質を確認したところ。デバイス、出力ともに、音源の品質と同じ96kHz/24bitとなっていることが確認できる

聴いてみると、本体メモリーに保存したFLAC 96kHz/24bitの音源とは多少の違いがあり、空間の広がりはほんの少し小さくなった感じもあるし、アタックの勢いや力感も少し弱いと感じる。とはいえ、普段からAmazon Music HDで聴いている音質としては十分以上と言えるもので、ネットワーク経由でのストリーミング再生ということで音質差は多少生じるものの、それは決してWM1ZM2での信号処理とかノイズ対策が良くないというわけではない。実際、自宅のステレオ再生環境にアンバランス出力からプリアンプへ接続して聴いてみたが、ちょっとした据え置き型ネットワークプレーヤーに迫る実力はある。

音場の広さと深さはスピーカー再生でも実感できたし、ボリュームを最大で鳴らしていて曲によって音が歪むような不具合もない。ヘッドフォンで聴いていれば、音場感をはじめとしてハイレゾらしい音の質感や情報量はよくわかる。声の表現も十分だ。むしろ、ストリーミング音源もずいぶんと音質が良くなったと感心する人の方が多いだろう。

せっかくのAmazon Music HDなので、空間オーディオも試してみることにした。空間オーディオには「360 Reality Audio」と「Dolby Atmos」音源があるが、WM1AM2/WM1ZM2ともに360 Reality Audioに対応。試してみるとDolby Atmosにも対応していた。

360 Reality Audioは、「YOASOBI/夜に駆ける」を聴いてみたが、空間オーディオらしい立体的な音の配置が見事に再現され、後方の音の定位も明瞭だし、包まれるような音場を気持ちよく楽しめる。サラウンド再生と同様で空間オーディオも使用する機器のグレードが上がるとその再現性が一気に高まるが、WM1ZM2の再生はかなり満足度が高い。WM1AM2でも試してみたが、こちらも絶対的な音質の差を別にすれば空間オーディオとしての再現性は十分に優秀だ。

360 Reality Audioの音源を再生したときの、再生品質表示。しっかりと対応している

Dolby Atmos音源では、「ビリー・アイリッシュ/Bad Guy」を聴いたが、こちらもきちんと包まれるような空間感がある。歌声とつぶやきで定位を変えていて、ステレオ音源とは異なる演出をしているのがよくわかる。サラウンド的な演出も楽しいが、その場に居る雰囲気や気持ち良く音楽に包まれる感触が楽しい。じっくりと音楽と向き合うような感じになるステレオ再生の良さとは異なるが、サラウンド再生に慣れた筆者には新しい音楽の楽しみ方だと感じる。こういった新しい音楽の楽しみや新サービスにいち早く対応でき、しかも高音質での楽しめるのはWM1AM2/WM1ZM2の大きな魅力と言えるだろう。

Dolby Atmos音源を再生した場合。公式なアナウンスはないので詳細は不明だが、Dolby Atmos再生にも対応

高級プレーヤー界隈では注目のモデルとなるのは間違いなし。どれを選ぶかで悩みそう

ヘッドフォンやイヤフォンの人気で、高級プレーヤーも続々と登場しているのは冒頭でも述べた通りだが、待望のウォークマンの最上位モデルは期待どおりの出来だったし、筆者個人としても自分の好みにも合う音の変化だったこともありかなり気になっている。

とはいえ、各社のモデルも「これだ!」と思えるような魅力的な音のモデルばかりで、どれかひとつを選ぶのはなかなか悩ましい。このどれを選ぶか迷っている時間が一番楽しいとも言えるので、当分は迷い続けていようかと思う。でも、その前に実用性とコストパフォーマンスでNW-WM1AM2に手を出してしまうかも……。

読者の皆様も、発売が間近に迫った今、ライバルとなるモデルと聴き比べをするなど、ぞんぶんに頭を悩ませて楽しい時間を過ごしてほしい。

鳥居一豊

1968年東京生まれの千葉育ち。AV系の専門誌で編集スタッフとして勤務後、フリーのAVライターとして独立。薄型テレビやBDレコーダからヘッドホンやAVアンプ、スピーカーまでAV系のジャンル全般をカバーする。モノ情報誌「GetNavi」(学研パブリッシング)や「特選街」(マキノ出版)、AV専門誌「HiVi」(ステレオサウンド社)のほか、Web系情報サイト「ASCII.jp」などで、AV機器の製品紹介記事や取材記事を執筆。最近、シアター専用の防音室を備える新居への引越が完了し、オーディオ&ビジュアルのための環境がさらに充実した。待望の大型スピーカー(B&W MATRIX801S3)を導入し、幸せな日々を過ごしている(システムに関してはまだまだ発展途上だが)。映画やアニメを愛好し、週に40~60本程度の番組を録画する生活は相変わらず。深夜でもかなりの大音量で映画を見られるので、むしろ悪化している。