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“デスクトップハイエンド”で注目、Ferrum Audio。小さなボディに、驚異のこだわり

マルチン・ハメラ氏がポーランドから初来日

コンパクトながらハイクオリティなサウンドのデスクトップオーディオを展開しているFerrum Audio。その製品を手掛けるマルチン・ハメラ氏がポーランドから初来日し、プレス向けに新製品を紹介した。

左からオーディオ用DCパワーサプライ「HYPSOS」、4.4mmバランス出力も備えたヘッドフォンアンプ内蔵USB DAC/プリアンプ「ERCO」。いずれもコンパクトなのが特徴

1970年に、ポーランドの古都Cestochowaで、鍛冶屋や鉄工所の家族のもとに生まれたハメラ氏。ワルシャワ工科大学のハードウェア学部で電子工学を学び、軍需メーカーであるWZE Zielonkaに就職すると共に、自らHEM Electronicsも設立。医療用と軍事用エレクトロニクスの設計に注力していた。

ドイツ音楽とオペラを愛し、ベルトルト・ブレヒトの「三文オペラ」がお気に入りというハメラ氏は、やがてMYTEK Digitalと出会い、1998年に同ブランドのオーディオ機器の設計・製造を担当。この関係は22年続くことになった。彼1人でスタートしたHEMは、25人の社員を抱えるまでとなり、ポーランド最大のハイエンドオーディオメーカーに成長した。

そして開発方針の違いによってMYTEKと別々の道を歩むことを決断。2020年にHEMのオリジナルブランドとしてFerrum Audioが誕生。第1弾製品として、ソフトウェアでDC電源を制御するという驚きのオーディオ用DCパワーサプライ「HYPSOS」(ヒプソス/実売198,000円前後)を発表。異色の製品だが、ハメラ氏によれば「発表から1週間で最初の生産バッチが全て完売するほど人気になった」という。日本では2022年にエミライから発売され、大きな話題となった。

その後も、独自のディスクリート構成のアンプ回路を採用したヘッドフォンアンプ/プリアンプ「OOR」(オア/実売352,000円前後)、4.4mmバランス出力も備えたヘッドフォンアンプ内蔵USB DAC/プリアンプ「ERCO」(エルツォ/実売317,900円前後)と、デスクトップに設置しやすいコンパクトサイズながら、高音質な製品を矢継ぎ早に発表。

独自のディスクリート構成のアンプ回路を採用したヘッドフォンアンプ/プリアンプ「OOR」

そして6月末には、自社開発のSERCEモジュールや、ESSの「ES9038PRO」を採用したフラッグシップDAC「WANDLA」(ワンドラ/実売462,000円前後)を投入。HDMI ARCやI2S入力も備えた意欲的なモデルだが、このWANDLAもこれまでの製品と同じコンパクトさを維持。もちろん、これら製品は全て、DCパワーサプライ・HYPSOSと組み合わせる事で、さらに高音質化できるというユニークなラインナップだ。

フラッグシップDAC「WANDLA」
HDMI ARCも備えているので、テレビのサウンドをオーディオシステムで再生するといった使い方も可能

“机の上に置けるサイズ”へのこだわり

「手ごろな価格で最高のオーディオ体験を提供する」をコンセプトに掲げるFerrum Audioだが、最大の特徴は全機種共通の“コンパクトさ”だろう。このサイズになった理由をハメラ氏に聞くと、「サイズが大きくなると、価格も2倍になってしまうんです」とジョークを交えつつ、「デスクトップへのこだわり」を教えてくれた。

「このフォームファクターは非常に気に入っています。どうしてこのサイズなのかというと、オーディオ機器の設計にあたって、フロントパネルやディスプレイ、内部の基板、ケーブルや電源といった、必要なパーツを搭載するには当然ながらスペースが必要になります。では、そのパーツを搭載するために必要な最小のスペースとは何か? それを追求したのがこのサイズなのです」。

「広いリスニングルームやリビングルームでは、テレビもスピーカーも大きいですし、オーディオ機器の筐体が大きくてもさほど問題にならないかもしれません。しかし、Ferrum Audioの製品は主にヘッドフォンで聴く事が多く、またパソコンと接続する事も多い。そうなると、書斎のデスクの上に設置できるようなサイズで、それでいて十分に音楽が楽しめる製品にする必要があったのです」。

こうしたこだわりから生み出された小型軽量高性能な“デスクトップハイエンド”。新製品のWANDLAでは、HDMI ARCも備え、テレビなどと接続して、リビングオーディオ環境で使うことも提案している。

フラッグシップDAC「WANDLA」は、ディスプレイのタッチ操作にも対応

写真を見るとわかるように、全モデル統一感のあるデザインになっているほか、ノブのパーツを削り出しで作ったり、フロントディスプレイをタッチ操作に対応させるなど、デザイン、質感、操作性にもこだわっている。

なお、筐体前面の左側に配置されたコルテン鋼プレートは1台1台フィニッシュが異なる。Ferrum AudioのFerrumはラテン語で「鉄」を意味し、元素記号は「Fe」。ちなみにHYPSOSはギリシャ語の“崇高”、OORはオランダ語の“耳”、ERCOはエスペラント語の“鉄鉱石”から名付けられ、WANDLAはドイツ語の“変換”を意味する。

DACだけでなく、I/V変換回路にも注目

WANDLAの内部

WANDLAは、ハイエンドDACチップとして知られるESS製「ES9038PRO」を搭載しているが、単に採用しているだけでなく、その“使いこなし”にFerrum Audioの技術力が発揮されている。

それを象徴するのが「SERCE」(セルチェ)というモジュール。これは、USBレシーバー、MQAハードウェアデコーダーなど、これまで個別のチップに分かれていた機能を、高速処理が可能なARMのチップ「STM32H7」に統合。チップ間の伝送をなくすことで、シグナルパスを最適化し、音質劣化の要因を排除している。

「SERCE」モジュール部分

さらに、HQ Playerで知られるSignalyst社のJussi Laakso氏の協力を得て、Signalyst独自のデジタルフィルターをSERCEモジュールに実装。ESSの内蔵フィルター3種類に加え、独自開発のガウスフィルター(HQ Gauss)とアポダイジングフィルター(HQ Apod.)の2種類が使えるようになっている。

ガウスフィルターは、最適な時間周波数応答に重点を置いたもので、優れた過渡応答と空間情報を実現。アポダイジングフィルターは、特に現代のレコーディング向けのフィルターで、実際の音響で行なわれた録音、または豊富な空間情報を含む録音のソースに適しているとのこと。

ハメラ氏は、「ESS製DACは、アウトプットステージは素晴らしい特性を持っている。一方で、オーバーサンプリングフィルタも優れてはいるのだが、そのまま使うよりも、よりパワフルなARMのチップを使い、我々独自のフィルタをソフトウェアで実装できないかと模索していた」という。

そんな折、MYTEKの「Stereo192-DSD DAC」を開発していた時に、アドバイスをもらっていたJussi Laakso氏に再び協力を依頼。「我々がWANDLA開発の過程で独自に開発していたフィルターにバグがあり、ESSのフィルターより良い音が出なかった時にも、彼のアドバイスで解決するなど、我々は彼のデジタルフィルターに関する思想や能力を高く評価しており、WANDLAでぜひHQ Playerのフィルターを使いたいと考えた」(ハメラ氏)という。

さらにハメラ氏は、「DACのデジタルフィルターに注目しがちだが、音質への影響度がより高いのはその後のI/V変換回路」と指摘。ESSのDACは電流出力型で、それを電圧出力へと変換する部分だが、「アナログ回路部の源流となるため、この部分のクオリティが高くなければ理想的なオーディオ再生はできない」という。

「ESS Technologyに代表されるDACチップは電流出力型ですので、出力が電流の変化で得られる仕組みです。しかし、そのままではアンプと接続することができませんから、出力を電圧の変化に変換しなければなりません。そこで必要となるのがI/V変換回路で、この設計如何によって、音質が大きく変化します。いわゆる〝ESSらしい音作り”という皆さんがイメージされる音の傾向があるとおもいますが、I/V変換回路の作り込みによって、WANDLAは、従来のESS DAC搭載製品共通の音色のイメージとは異なる、よりナチュラルな音質傾向を獲得しています」。

これまで市場に流通してきたES9038PROを採用したDAC製品のなかには、I/V変換回路で使用するオペアンプ等電子部品の仕様上の制限により、8ch全てを使用することができず出力を制限していたり、チャンネルあたり複数のオペアンプを使用している製品もあります。HEMではWANDLAの開発にあたって、ES9038PROの8ch出力をチャンネルあたり1つのオペアンプでI/V変換ができる新たな回路を考案し、これをWANDLAに搭載しました。

この回路にはTI製バッファーアンプの「BUF634A」を使い、シンプルな回路構成とする事で余裕のあるI/V変換回路としているほか、独自のアナログ・アンチエイリアシング・フィルターにより、シグマ・デルタ変調の残留成分も効果的に除去。「I/V段の設計に起因するバイアスのないサウンドを実現できた」という。

気になる今後の製品予定は?

Ferrum Audioでは、製品開発時の音決めを、ハメラ氏とエンジニア達のディスカッションを通して行なっているが、その過程では、ポーランドのオーディオ評論家Andrzej Grochowski氏の助言も参考にしているという。

「大切にしている点としては、製品としての色、つまり出音に色をつけたくないという考えがあります。オーディオ製品は中立的で、自然であるべきでる。私は自然が大好きで、その中を走るのが好きなサイクリストでもあります。自然である事、構成が極めてシンプルであればあるだけ、良いと考えています」(ハメラ氏)。

そんなハメラ氏に、今後の製品について直撃。デスクトップオーディオとしては、“スピーカー用のアンプ”も発売するのかが気になるところ。ハメラ氏は、「いつかは作りたいと考えています」と、検討中である事を教えてくれた。ただし、現在は研究開発チームにいる7人のエンジニア達が、製品開発の隙間時間に研究している段階で、まだ具体的に開発するかは決まっていない段階だという。

同様の状況だが、今後はネットワークプレーヤーも検討しているそうだ。

山崎健太郎