プレイバック2023

空気録音で使える“楽曲を作った”2023年。配信サービスの凄さも実感 by 逆木一

筆者宅における空気録音の様子

筆者の2023年における最大の出来事は、ずばり「楽曲を作った」ことだ。もっとも筆者自身が歌ったり演奏したりするのではなく、あくまで企画者として携わったということなのだが。

時に、AV Watch読者の皆様は「空気録音」というものをご存じだろうか。空気録音はスピーカーから実際に再生されている音を録音すること、あるいはそうして収録された録音物を指す。つまるところ、オーディオシステムがどんな音で鳴っているのかを実際の音で伝えようとする試みだと言える。

空気録音はコロナ禍でリアルな試聴の機会が激減したことに伴って注目が高まり、業界とオーディオファンを問わず取り組む人が一気に増加。その結果、賛否両論はあるにせよ、今ではオーディオの情報発信のツールとして、一定の存在感を示すようになった。かくいう筆者も、その限界をおおいに認識しつつも、空気録音に可能性を見出している者の一人である。

ただ、空気録音という手法の意味や有効性をどう考えるかとは別に、避けて通れない問題が存在する。「空気録音に使用する音源の著作権」である。

空気録音を単なる自己満足ではなく情報発信に使うのであれば、なんらかの形でネットにアップする必要が生じる。そうなると、著作権の問題は避けて通れない。これはJASRACのサイトを見れば一目瞭然だが、例えばYouTubeに空気録音を(動画として)アップする場合、使用する音源についてレコード会社等から著作隣接権(原盤権)の許諾を得る必要がある。

YouTubeなどの動画投稿(共有)サービスでの音楽利用 - JASRAC

現実として、この原盤権をクリアするのは個人レベルでは決して容易なことではない。つまり、著作権フリーの曲ならばさておき、一般に市販されている音源を、著作権の問題をクリアした状態で空気録音に使用することのハードルは極めて高いと言わざるを得ない。

ここでようやく冒頭の話に繋がるのだが、筆者は「無いなら作ろう」の精神で、「権利関係がクリアされた、誰でも空気録音に使える楽曲」の制作を決意したというわけだ。

やると決めたからには本気である。まずはオーディオ云々を抜きにして「良い曲」を目指し、筆者が学生時代からファンを続けているシンガーソングライターのKOKIAに制作を依頼。オーディオ的な観点からも万全を期して、ビクタースタジオで全工程ハイレゾスペックでのレコーディング・ミックス・マスタリングを敢行。

行ってきました、ビクタースタジオ

かくして楽曲「白いノートブック」が出来上がった。

KOKIA / 白いノートブック – ビクターエンタテインメント

細かい制作話を始めると内容が膨大になってしまうのでここでは割愛するが、興味のある人は筆者のサイトで制作ドキュメントを公開しているのでそちらをご覧いただきたい。

【楽曲制作ドキュメント】KOKIA『白いノートブック』が出来るまで

192kHz/24bitで制作された「白いノートブック」はビクターエンタテインメントを通じてe-onkyoやmoraでハイレゾ音源が販売されているほか、Amazon MusicやApple Musicといった各種音楽ストリーミングサービスでもオリジナルのクオリティで配信されている。最近ではTIDALでの配信も開始された。

Amazon Music「ULTRA HD」の192kHz/24bitで配信されている
TIDAL「MAX」の192kHz/24bitで配信されている

例えばAmazon Musicなら、昨年のプレイバック2022で紹介したITF-NET AUDIO採用製品をはじめ、対応するオーディオ機器での直接再生も可能だ。

Amazon Musicに対応するネットワークオーディオ機器の例。左からWiiM Pro、Bluesound NODE、SFORZATO DST-Lacerta
コントロールアプリ「Taktina」からAmazon Musicを再生している様子

楽曲制作の一連のプロセス、特にハイレゾ制作の現場を体験したことは、オーディオの世界で生きる筆者にとっても非常に刺激的な機会となった。やはり知識として知っているのと当事者として関わるのとでは実感のレベルが段違いであり、新たな知見を数多く得られたのは僥倖だった。

また、楽曲の流通という点では、購入等を経ずに「ロスレス/ハイレゾですぐ聴ける」ストリーミングサービスの凄さというか、ダイレクト感というか、そういったものをあらためて、心の底から実感することになった。音楽を聴く手段、ソースとして必ずしもストリーミングが唯一最上のものとは思わないが、再生クオリティを追求するオーディオの世界においても、その重要性は今後ますます高まっていくだろう。

残念ながら2023年中のスタートが延期になってしまったQobuzが来年こそ始まれば、日本におけるオーディオとストリーミングサービスの連携は新しい局面を迎えるはずだ。

ちなみに、白いノートブックは企画のコンセプト通り、JASRACと利用許諾契約を締結しているサービスへのアップロードであれば、特に申請等の必要なく「空気録音を収録した動画での利用」が可能となっている。オーディオ的にも非常に面白い音源に仕上がっていると胸を張って言えるし、著作権の問題もクリアされているので、どんどん空気録音に使っていただきたい。

他ならぬ自分自身が企画段階から携わった楽曲が、実際に流通し、様々なサービスやオーディオ機器を通じて聴くことができる、そして多くの人に聴いてもらえる。これはとてつもなく大きな感動であり、かつてない喜びとなった。

逆木 一

オーディオ&ビジュアルライター。ネットワークオーディオに大きな可能性を見出し、そのノウハウをブログで発信していたことがきっかけでライター活動を始める。物書きとしてのモットーは「楽しい」「面白い」という体験や感情を伝えること。雪国ならではの静謐かつ気兼ねなく音が出せる環境で、オーディオとホームシアターの両方に邁進中。個人サイト:「Audio Renaissance」