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4K + Android + 低価格を武器に“TV再参入”。ピクセラが狙う“その先”とは

PC用テレビチューナーで知られるピクセラは2018年、“大きな変化“を遂げた。6年ぶりに民生向けテレビ市場へ再参入、そして同年12月スタートの新4K衛星放送に合わせて、新4K放送チューナーを発売、4Kチューナーを搭載したテレビも投入。43型テレビ「PIX-43VP100」については、Android TVベースのOSを採用し、4Kチューナーも搭載で直販99,800円(税込)と、10万円を切るなど、販売面でも攻勢をかけている。

43型テレビ「PIX-43VP100」

こうした動きは突然はじまったものではなく、ピクセラにとって「10年越しの悲願」であり、一過性ではなく、今後も大きく発展していくという。ピクセラの取締役である堀伸生氏(製品事業本部 本部長 兼 製品開発部門 部門長)と、執行役員の谷山浩氏(製品事業本部 ソフトウェア開発部門 部門長)に詳しく話を聞いた。

堀伸生氏(取締役 製品事業本部 本部長 兼 製品開発部門 部門長)
谷山浩氏(執行役員 製品事業本部 ソフトウェア開発部門 部門長)

単体4Kチューナー、4Kチューナー内蔵テレビ、どちらもAndroid TV採用

新4K衛星放送がスタートしたのは2018年12月1日。しかし、放送開始までには当然、一般ユーザーが現実に買えるテレビや、チューナーが市場に販売されている必要がある。ピクセラはそれに向けて、放送開始に先駆けた2017年春に開発・研究を本格化。'17年10月には放送事業者向けに、技術評価用4Kチューナーを販売した。そして1年後の2018年10月には、民生向けチューナー「PIX-SMB400」がリリースされた。

4K放送関連業者の技術評価用として発売されたチューナー
民生向け4Kチューナー「PIX-SMB400」

ピクセラでは、4Kチューナーの製品化にあたって開発の当初からAndroid TVを採用する基本方針を選択した。事実、放送事業者向け評価機、PIX-SMB400、そしてピクセラ製テレビの4Kチューナー内蔵モデルはすべて、Android TVを採用している。

VP100シリーズもAndroid TVを採用している

Android TVは、いわゆる「スマートテレビ」向けのソフトウェアプラットフォームとして知られ、国内ではソニーとシャープの2社も採用を進めている。放送の受信機としての性質に加え、アプリやWebといったスマホのような通信系の機能をシームレスに統合でき、近年その存在感を高めている。

4Kチューナーの源流は2007年にあり

この“1台のテレビで放送も通信もこなせる端末”を実現するため、ピクセラはこれまで様々な試みを行なってきた。その源流はなんと2007年にまで遡る。同年の展示会「CEATEC JAPAN 2007」に参考出展した「マルチファンクションテレビ」がそれだ。

「CEATEC JAPAN 2007」に参考出展した「マルチファンクションテレビ」

当時はまだ地デジ移行前夜。北京オリンピックを翌年に控え、それまで主流だったブラウン管テレビが、いよいよ液晶テレビに市場の主役の座を渡そうかというタイミングだ。ちなみにiPhoneが国内販売を開始したのは2008年7月のことである。

マルチファンクションテレビは、まさにテレビとPCの中間といった存在で、地デジの受信、番組表機能などに加え、CD/DVDやデジタルオーディオ(WMA)の再生に対応。Webブラウザも内蔵していた。そして何よりプラットフォームが「Windows Embedded CE 6.0」なのが時代を感じさせる。

谷山氏は「このマルチファンクションテレビは、プロセッサーの性能や、OSのサポート継続性の観点から商品化は難しかった。ただ、昔からこういった製品をずっとやりたいと思っていたんです」と振り返る。

つまり、現在のAndroid TV的な製品を実現しようと、ピクセラは10年近く前から挑戦してきた。それが2018年に結実したというわけだ。堀氏は「開発陣には、10年間の見識が蓄積しています。このOSで動くCPUはどれか、そして、現実にはどれくらいの動作スペックが必要なのか、ならばどの部品を調達すべきか……そういったノウハウが完全に組織内で共有できている。それがピクセラの強みです」と語る。

開発力の高さがわかる「1枚の基板」

谷山氏の表現を借りれば、Android TVは「(スマートフォン向け)Android OSの上に載って、テレビ機能を動作させているイメージ」のOSだ。その根幹であるAndroidは、スマートフォンの進化の速さの象徴であり、日々改善が続いている。Android TVは、まさにその恩恵を享受できる“進化するTVプラットフォーム”と言える。

ただ、AndroidとAndroid TVは米国主導で開発が進んでいるものだ。日本でチューナーやテレビを作るにあたっては、日本の放送事情に合わせたカスタマイズが当然必要になってくる。

ピクセラではこれらの課題に対して、ソフトウェア技術で対応しているのが特徴だ。そして、まさにここが同社のコアバリューでもある。「テレビ周りの処理は、(必要最小限のチップを除いて)ほぼすべてソフトウェアの力でやっていると言っても過言ではありません。そして、そのソフトウェアの開発力は、まさに、先程のマルチファンクションテレビの時代からの蓄積によるところが大きいですね」(谷山氏)。

例えば、日本のデジタルテレビ放送は、ARIB(一般社団法人 電波産業会)が策定したISDB-T規格に基づいている。ピクセラが発売した4Kチューナーや4Kテレビは、その製品化にあたって、Android TVをISDB-T対応にさせるための各種ソフトウェアも開発したわけだ。

堀氏が取り出した1枚の基板。手のひらにギリギリ載るくらいの基板は、実はピクセラ製4Kチューナーや4Kテレビの、核となる基板だという。PIX-SMB400はもちろん、4Kチューナー内蔵テレビのPIX-VP100シリーズにも、ほぼ同じものが内蔵されているそうだ。

堀氏が見せてくれた基板。チューナーやプロセッサを載せたメイン基板であり、これがテレビなどに内蔵されている

特徴的なのは、基板に実装されているチップ類の少なさだ。堀氏は「この基板のサイズで、ここまでチップ類が少ない4Kチューナーは他社製ではほぼないと思います」と胸を張る。

4K放送では、MMT-TLVと呼ばれる方式で番組の伝送が行なわれている。これは映像・音声などを束ねて信号として送り出すための規格で、MMT-TLVを処理するための専用チップも存在する。ただ、ピクセラにはソフトウェア資産が十分にあるため、そのチップを搭載する必要はなく、ソフトウェアで処理している。搭載するチップが減るのだから、それは価格にも反映される。「これまでの技術の蓄積は、こうやって製品の小型化であったり、部品点数の削減にも繋がっているんです」(堀氏)。

多くの処理をソフトウェアでこなしている分、実装するチップが少なくて済んでいるという。ヒートシンクの下にあるのがプロセッサだ
こちらはアンテナ端子

認証の取得の多さにもめげず

アナログ放送の時代から、長年TVチューナーを開発してきた技術の蓄積がピクセラの強みだ。4Kチューナーも、2K世代のソフトウェア資産を拡張するカタチで開発が進められた。

「4Kチューナーの開発着手当時は、安定して絵が出ないとか、確かに苦労はありました。ただ、2Kチューナーの開発でもそういうことは経験していたので、まったくの暗中模索ではなく、『ここをいじれば、性能をもっと追い込めるだろう』という見通しはあらかじめ立てられました」(谷山氏)。

近年のIT製品の多くは、開発にあたって様々な“認証作業”が必要になる。例えばDolby認証であれば、ロゴ取得のために認証を受ける作業が必要。Android TVであれば、所定の仕様を満たしているか確認し、Googleから認証を得るといった流れも必要だ。

4Kチューナー開発の最終盤となる2018年8~10月頃には、とにかく大量の認証作業を行なったという。堀氏・谷山氏とも「非常に厳しいスケジュールだった」と振り返るが、認証発行組織との綿密に連携し、これを乗り越えた。「製品を実際に製造してくれるEMS(電子機器の製造受託業者)も含め、多くの協力をいただきました。Googleをはじめ、どこも非常に大きな企業・組織です。ピクセラのためにこれだけ多くの企業にご協力いただけて、本当に感激しました」(堀氏)。

一方で、新4K放送の受信には苦労も多かったようだ。新4K放送が正式スタートする2018年12月1日以前は、試験放送用の電波が送信されていたものの、基本的には1チャンネル分のみ。正式放送開始後のような、NHK+無料の民放+有料局といった、10数チャンネル分の電波がまとまって送信されてはいなかった。1チャンネルではちゃんと動作しても、10数チャンネルでキチンと動くか、テストできないわけだ。結局、正式放送に近い形での信号は11月になってようやく送信されたため、その確認が大変だったそうだ。

Android TVは“成長するテレビ”

2007年のマルチファンクションテレビから始まり、Android TVという高機能プラットフォームを使いこなすことで、ようやく夢だった“多機能テレビ”が実現した。それゆえ、そこに掛ける想いも相当大きい。「単に『アプリを追加できます』だけではなく、Android TVの良さをもっと広めていきたいですね」(堀氏)。

VP100シリーズの55型「PIX-55VP100」

一度出荷した製品を、後からオンラインアップデートできるのはAndroid TVならでは。一般的なテレビでも、セキュリティアップデートなどは実施されるが、新機能を幾つも追加するような大規模アップデートはそうそうない。

「成長するチューナー、成長するテレビ。それがAndroid TVなんです。2018年12月に実施した録画機能追加はまさにそれです。このあとも幾つかお楽しみを用意していますよ」(堀氏)。

その“お楽しみ”の1つとして、堀氏はコッソリ、PIX-SMB400にアップデートで無線LAN機能を追加予定であることを明かしてくれた。実は同製品は、無線LANのアンテナやチップ類が内蔵されているが、ソフトウェア的に無効化されているという。筐体が樹脂製のため、無線LAN稼働に伴う熱の“こもり”などを厳密に検証せねばならず、またGoogleの認証も必要になる。これらをクリアし、機能的に“解放”される予定だ。(編集部注:取材後、1月28日に無線LAN対応アップデートは公開された)

谷山氏も「録画機能の追加で、テレビとしての『基本』は一通りできたと思います。この先からはまさに『成長』をご覧に入れられれば」と、自信を見せる。

PIX-SMB400の内部には、このように無線LANの別基板も内蔵されている

“スマートホームハブ”実現に向けて

ピクセラの新4K放送対応製品は、単体チューナー、チューナー内蔵Androrid TVを経て、2019年春にはレコーダーにも拡大する計画。この3つはいずれも、前述のメイン基板をベースとしており、オプション部材を多少増減させる事で、各製品を開発できるそうだ。そのため、普通のテレビ・レコーダー以外にも、製品ジャンルが広がっていく可能性がある。

また、これらの製品はAndroid TVを採用しているため、放送の視聴だけでなく、「あらゆる動画・静止画を楽しむためのデバイス」としても使える。ここで登場してくるのが、ピクセラが掲げてきた「スマートホームハブ」構想だ。

この構想は、PIX-SMB400のようなチューナー、あるいはAndroid TV採用機など各種の「テレビ」を軸に、IoT対応の家電を連携させることで、ユーザー体験の向上、ひいてはピクセラとしての事業成長も目指すもの。

2Kが主流だったテレビが4K化すると、同じ画面サイズでも情報表示量は4倍に増える。8Kであれば、さらにその4倍だ。そのような時代になった時、果たしてテレビに表示されるのは放送やVOD動画だけなのだろうか? ユーザーは、より多くの情報を一度に表示してほしいと思うようになるのではないか? ピクセラではそう考え、今から準備を進めている。それこそが、2018年になってテレビ市場へ再参入した理由の一つだと両氏は語る。

「ただ、そのためには順序があります。テレビを出すなら、日本の文化を考慮して録画も当然必要になってくる。そうした次の段階としてスマートホームハブがある。そこへ辿り着くため、少しずつストーリーを進めていければ」(堀氏)。

“テレビを進化させていきたい”という考えは、現行製品にも現れている。付属のリモコンで、PIX-SMB400とVP100シリーズに付属するリモコンは、ボタン数が少ないシンプルなもので、テンキーもない。Google HomeやAmazonのEchoといったスマートスピーカーとの連携により、声でのチャンネル切り替えや電源オン/オフが可能なのだ。ならばリモコンにテンキーがなくてもいいだろう……と、決断したという。思い切った仕様だが“新しい時代のテレビを作る”というメッセージが感じられる(なお、オプションでテンキー付きのリモコンも販売中だ)。

43型テレビ「PIX-43VP100」に付属するリモコン

4Kチューナー内蔵テレビのラインナップ拡充へ、その先には……

ピクセラが課題として挙げるのは“知名度”だ。PCやAV機器に詳しいユーザーには比較的知られた会社だが、一般層にまで知られているとは言い難い。創業は1982年(昭和57年)の大阪、れっきとした日本企業だが、韓国・中国のメーカーと混同されるのが悩みのタネという。

4Kチューナー開発の苦労話から、将来の製品展開計画まで、幅広く語って頂いた

知名度向上に向けて知恵を絞る日々だが、製品開発も疎かにはしない。まず4Kチューナー & Android TV搭載のVP100シリーズは、現在の43型/55型以外にも製品ラインナップを広げていく。既報の通り、2019年春にはレコーダーもリリースする予定だ。

すでに終了しているが、年末年始にかけては、ピクセラ オンラインショップで台数限定の特別セールも実施された。季節やイベントにあわせたセールなども随時開催されているので、時折覗いてみるといいだろう。

さらに先の計画となるが、新8K衛星放送対応チューナーの開発についても、すでに動き出しているという。「実は先ほどご紹介した基板で、8K衛星放送の受信も既にできるんです。ただしデコーダーは未搭載なので、映像は出ません。音だけなら一応は出るのですが(笑)。今はまだ8Kテレビは高価ですが、将来的にはこなれていきます。それくらい先を見越して、ハードウェアは設計しています」(堀氏)。

筆者は2018年2月に大阪のピクセラ本社へお邪魔し、製品開発の裏話や将来戦略を伺った。Mac用プリンタードライバーの開発で鳴らした会社がなぜテレビチューナーを作るようになったのか? その疑問が氷解した興味深い取材だった。今回のインタビューを終え、2007年に参考出品した機器のDNAが、まさか2018年の製品にまで受け継がれていることを知り、つくづく歴史とは面白いものだと感じる。

ピクセラは、富士通製PCに内蔵する4Kチューナーも開発するなど、開発協力やOEMを主戦場としてきたメーカーだ。高い技術力を持つにも関わらず、知名度が今ひとつなのは、それが理由でもある。

しかし、PIX-SMB400やVP100シリーズを皮切りに、今後は自社の“PIXELA“ブランドも強く打ち出していく。ラインナップの拡充や、レコーダー、その先の製品。さらに、発売済みのAndroid TV製品の成長にも期待が高まる。今後の“PIXELA“ブランドの動向に注目していきたい。