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分解したら驚いた! FIIOの復刻カセットプレーヤー「CP13」の本気度に興奮

FIIOカセットプレーヤー「CP13」。カラーはBlack & White

令和もすでに6年。オーディオの歴史は70年を裕に超え、音響技術はいよいよ爛熟期を迎えている。高音質が当たり前の現代にあって、それだけでは飽き足らないマニアはもとより、若者の音楽ファンを巻き込んで静かなブームになっているメディアがある。それは“カセットテープ”である。

カセットテープは、静かなブームから熱いリバイバルへと動き出した。何とこの令和にあってカセットプレーヤーの新製品が登場し始めたのである。その中で特に熱い注目を集めているのが、中国FIIOブランドが今年の春に発売した本格的カセットプレーヤー「CP13」だ。市場ではすでに大きな反響をもって迎えられ、生産が追い付かないほどの売れ行きになっていると聞く。

左からBlue、Black & White、Red、Transparent

CP13の市場価格は約2万円(Transparentカラーは約2.2万円)。高機能なDAPが買える価格だが、あえて前時代のメディアであるカセットテープの再生機が売れているというのは、にわかには信じがたい。

CP13の何が人々を惹きつけるのか? カセットテープ人気だけでは説明がつかないような気もする。僕としても非常に興味を引かれていたところ、「CP13をいじくり倒してみませんか?」と編集部からお誘いがきた。しかも、「2台用意するので1台は分解してもいいですよ」という。メンテ好きの僕にとって最高に魅惑的な言葉。当然ふたつ返事で引き受けた。

Blue
Red
Transparent

令和にカセットテープが再注目されるワケ

しかし、なぜ今カセットテープが人気なのか――。

僕は2つの流れがあると考えている。ひとつはカセットテープの全盛期をまったく知らない世代が、新鮮な感覚でその魅力にハマっているというもの。もうひとつはかつてカセットテープを使い倒した熟年世代が、当時を懐かしみながら、ハード、ソフトを改めて買い直しているパターンだ。

熟年世代の場合、当時のハードは手元にはないが、テープだけは捨てず(捨てられず?)に保管しているパターンと、テープも捨ててしまったが、あの頃の郷愁に惹かれてもう一度機器やテープを買い直しているパターンがある。

カセットテープを知らない若い世代は生まれた時点で「デジタル音質」が当たり前なので、歪み、ハイ落ち、左右バランス、S/N、などなど、アナログオーディオの苦労を知らないわけで、カセットテープ特有の音色が魅力的に感じるのだろう。「かつてカセットテープというものがあった」と、昔話や映画でしか見たことも聴いたこともないものが、実際に音楽を奏でるという不思議に惹かれるのであろう。

一方の熟年世代にとっては、過去の経験とともに色々な意味で記憶に残るメディアである。音楽好きならばカセット使わなかった人はいないだろうし、そうではなくとも学習やお稽古などで触れたことはあるはず。とにかく、全盛期のカセットは日本人の生活必需品ともいえるほど広く普及したのである。なにしろスーパーマーケットでもごく普通に売られていたほどだ。レーザーディスクは何ものだ! と歌われたあの村でも、きっとカセットテープは売っていたはずだ。

カセットテープはオランダのフィリップスが開発したもので、日本では1960年代後半から発売が開始された。

僕が初めてカセットテープに触れたのは、1970年代の初頭だったと思う。父がラジカセでカセットテープを聴かせてくれた。「触るなよ!」といわれて聴くだけで操作はさせてもらえなかったが、カセットを装填して再生ボタンをガチャっと押す一連の所作は、厳かな儀式を見る思いだった。そして美しい音楽が聴こえてくるのである。機械好き少年にとってカセットは未来へのキップのように思えた。

オーディオを趣味にするようになってからは、カセット三昧の日々が続いた。大量のカセットにFMラジオやレンタルレコードやマイクを使った“生録(なまろく)”など、色々な音源を録りまくった。

しかし、思い通りに録音できず、苦労した記憶のほうが多く残っている。歪みが増えたりハイ落ちの音に悩まされたり、左右バランス補正は当たり前、S/Nの悪さはノイズリダクションでカバーする。こうした苦労はデジタルの登場で一気に解決し、僕も次第にカセットテープを使わなくなった。

デジタルが当たり前の今では、カセットテープはメカニズムの面白さや、アナログならではの音の演出が若い世代を中心に支持されているのだろう。もしかしたら音楽の本質をリスナーに伝える力は、デジタルよりもむしろ上回っているのかもしれない。

カセットテープをシンプルに楽しむことに徹したボディ

では、実際にCP13を見てみよう。外観はシンプルな箱型で操作ボタンやボリュームノブは側面についている。ボタンのサイズは程よい大きさで、ストロークがあってガチャっと押し込む操作感は、メカニカルな確実性がある。

カラーはBlack & White
背面
側面には、イヤフォンジャックとボリュームノブを搭載。USB-Cは充電用のポートになっている

スマホやDAPに慣れた手には新鮮だろうが、僕の手は青春時代にタイプスリップしたような快感を憶えた。

機能は非常に分かりやすい。ワンウェイ再生、ドルビーNR非搭載、再生イコライザーは120μsec固定、再生時のみオートストップ、というもので、とにかくカセットテープをシンプルに楽しむことに徹している。Bluetooth機能非搭載なのも、音質面では有利に働くだろう。

令和に“本格的カセットメカ”を作り上げた、FIIOの本気に脱帽

では、試聴の前に分解して内部を観察してみよう。

CP13はストイックなデザインのため外側からは無粋なネジの頭がまったく見えない。まず初めにカセットフタのヒンジ部分のはめ込みを慎重に外す。次にインナーシャーシの四隅の丸いシールをはがすとネジの頭がみえる。そのネジを外せば裏側のカバーを外すことができる。

カセットフタを外した状態

カバーを外すと最初に目に飛び込んでくるのは、黄金色に輝く大口径のフライホイールだ。実にたくましく美しい。これを見ただけで高音質への期待が高まる。

カバーを外すと、大口径のフライホイールが目に飛び込んでくる

キャビネットの素材は一見プラスチックのようだが、なんと全面肉厚なアルミ合金製で、表面仕上げは塗装ではなくアルマイトだ。そのため構造的な剛性が高く、表面は硬質なので傷がつく恐れも少ない。実際に操作していても、たわみや頼りなさがまったくない。このキャビネットだけでも大変なコストがかかっていることがうかがえる。

回路基板は裏側からだと部品が見えづらいので、バッテリーコネクターを慎重に外してから基板を裏返して観察してみる。

なお、電源は今どきの機器と同様にリチウムイオン充電池を内蔵している。昔のカセットプレーヤーの電源は単三乾電池1本というものもあった。リチウムイオン電池は単三乾電池よりも強力なので、電源という点では圧倒的に有利だ。リチウムイオン電池搭載が音質面でのアドバンテージにつながっていることはいうまでもない。

リチウムイオン充電池

小型だがしっかりしたボリュームやコネクター類と、ICやトランジスタなどのチップ部品が高密度に実装されている。完全なアナログ回路なのでシンプルな機能の割に部品点数が多い印象だ。ルーペでのぞくと映画「トロン」のような世界を垣間見ることができる。

回路基板
チップ部品が高密度に実装されているのが確認できる

電気回路にも音質へのこだわりが現れていて、テープイコライザーからボリューム、ヘッドフォンアンプまですべてアナログで構成されている。オーディオ用の低雑音オペアンプとして有名な新日本無線「JRC」(現在の日清紡マイクロデバイス)のNJM5532を搭載しているのも大きな特徴だ。

オーディオ用オペアンプ「NJM5532」が使われている

メカも観察してみよう。メカはワンモーターによるベルトドライブというオーソドックスなもので、キャプスタン軸に直結する金属製の大型フライホイールで高い走行安定性を確保している。

フライホイールを駆動するモーターはポータブル機としては大型で、モーター側のプーリーはプラスチックではなく強度の高い真鍮製だ。駆動ベルトはキャプスタン用とリール用に2本ある。プラスチック部品も精度が高い印象でがたつきや無用な遊びが少ない。

金色に輝いている部分が、直径30.4mm、厚さ4mmの超大型純銅製フライホイール

ヘッドがマウントされている部分は剛性の高い金属部品で組まれている。正確なヘッドタッチのためにここは金属部品がふさわしい。そして単体デッキのようなアジマス調整機構も備わっている。ヘッドのすぐ横に小さな調整ネジがあって、製造時にアジマス調整されてネジロックできちんと固定されている。単体カセットデッキ並みに品質管理されていることがうかがえる。

写真中央に見えるのがヘッド部分

こうしてみるとなかなか高精度で堅牢な構造だ。カセットテープはなんといってもメカが重要であり、このメカなら高音質が期待できる。しかしまあ、40年前ならまだしも、今どきよくもこの本格的なメカを作り上げたとつくづく感心してしまった。

FIIOカセットプレーヤー「CP13」のメカ動作1
FIIOカセットプレーヤー「CP13」のメカ動作2

【注意】分解/改造を行なった場合、メーカーの保証は受けられなくなります。この記事を読んで行なった行為(分解など)によって、生じた損害はAV Watch編集部および、メーカー、購入したショップもその責を負いません。AV Watch編集部では、この記事についての個別のご質問・お問い合わせにお答えすることはできません。

50年前のカセットがこんないい音で聴けるなんて!

ひととおり中身を観察したら次はお待ちかねの試聴である。試聴用には分解用とは別の個体を用意した。まずはイヤフォンで聴いてみる。試聴に使ったテープは手持ちのミュージックカセットや自前で録音したカセットだ。

まず初めに聴いたのは40年くらい前に自前で録音したテープ。ラベルに「True Blue Madonna」と手書きしてある。当時所有していたAIWAのデッキを使ってドルビーオフで録音したテープで、TDKの廉価なノーマルテープだが今でも非常にいい音がするのでカセットの試聴用によく使っている1本だ。

その1曲目「Papa Don't Preach」ではイントロの鮮明な弦楽の響きまず驚く。全曲をとおして聴くとさわやかでクリアなサウンドという印象で、古臭さやこもった感じはまったくない。シンバルの切れは十分あって、マドンナのボーカルは鮮度が高く全体にスピード感がある。リズム隊の低音は軽めで線が細い印象だが、試聴に使ったイヤフォンの特性によるところもあるかもしれない。とはいえ、知らずに聴いたら誰もカセットだとは思わないだろう。

続いてヘッドフォンでも聴いてみよう。テープはさらに古い「キャンディーズ:デラックス12」というミュージックカセット。僕の兄が購入したものでたぶん50年くらい前のものだろう。

テープの状態が思いのほか良好で音質も驚くほどクリアだ。ドルビーオンで収録されているので、CP13ではドルビーオフでの再生となる。わずかに高音が強調されるがポップス系の音源ではそれほど気にならない。ヘッドフォンでは低音の厚みが十分感じられ、全体的にリッチなサウンドが楽しめる。50年前のミュージックカセットがこんないい音で聴けるとはこれまた驚きである。

最後にスピーカーでも聴いてみた。ステレオミニプラグとRCAの変換ケーブルを使ってヘッドフォン出力からメインシステムに接続した。ここでは手持ちのミュージックカセットをとっかえひっかえしながら、大きめの音量で鳴らしてみた。

さすがにメインシステムで鳴らすのは厳しいかも、と内心思っていたのだが、なんのなんの、どのテープもそつなくいい音で鳴るではないか!

ノイズはほとんど気にならず左右のバランスも良好である。これなら単体カセットデッキとも十分比肩できるクオリティだ。こんな小さなカセットプレーヤーで、しかも令和の時代の製品とは……。これはもう驚きというしかない。

カセットテープも捨てたもんじゃないね

カセットテープは若者にとっては新鮮なメディアだが、僕ら壮年層にとっては青春を封じ込めたタイムカプセルである。それぞれの世代がそれぞれの思いでカセットテープを楽しむ現代にあって、CP13はその素晴らしき世界へと誘う優秀なナビゲーションシステムとなる。

うん、カセットテープも捨てたもんじゃないね。

市川二朗

1966年、東京都渋谷区出身。元々は故・長岡鉄男氏宅に出入りするオーディオマニアだったが、出版社に誘われ、1996年から執筆活動を開始。20年以上に渡り会社員(ソニーサービス)と二足のワラジを履きながら執筆活動を続け2020年にフリーランスとなる。現在はビンテージオーディオ機器のメンテナンス業も営む。
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