レビュー

高音質サブスク配信Amazon Music HDは、“脱CD”の決め手になる!?

Amazonが、最大192kHz/24bitという高品質の音楽配信サービス「Amazon Music HD」を9月17日より提供開始した。既に編集部によるミニレビュー記事も掲載されているが、これはオーディオ分野においてかなりのインパクトがあるニュースだ。

Amazon Music HD

理由は大きく2つある。1つは、これまで「Amazon Music Unlimited」として提供されてきた約6,500万曲を擁するサービスが、音質を底上げする形で質的向上を図ったこと。これまではすべての曲が44.1kHz/16bit、256kbpsのロッシー(非可逆圧縮)配信だったが、その大半を、44.1kHz/16bit、最大850kbpsのロスレス(可逆圧縮)/CD品質である「HD」、さらに数百万曲を最大192kHz/24bit、最大3,730kbpsのハイレゾ品質「ULTRA HD」で配信する。

もう1つは料金。ロッシーの「Amazon Music Unlimited」は780円/月~だが、「Amazon Music HD」はそれに千円増しの1,780円/月~、年払いにすれば17,800円で約1,483円/月(いずれもAmazonプライム会員の場合)。最低でも音楽CDクオリティなのだから、Amazonで毎月1枚CDを購入することを思えば激安を通り越した破壊的プライシングだ。モノとして所有することはできないが、経年劣化で結構な枚数の音楽CDをダメにしてきた身には、むしろ長所に思えてしまう。

Amazon Music HD
Amazon Music UnlimitedからアップグレードしてAmazon Music HDを利用できる

オーディオ製品との連携という観点でも、興味深い動きを見せている。Amazon Music HDの発表直後、デノン/マランツブランドのネットワークオーディオ機能「HEOS」搭載製品の多くがファームウェアアップデートによる対応を発表したからだ。それを可能にしたのはHEOSが“Linuxなどオープンなソフトウェアで稼働する小型コンピュータ”だからこそだが、Amazonの音楽配信に対する本気度がわかる出来事ともいえるだろう。

Macでの利用画面。大半の楽曲はHD(ロスレス/CD品質)、一部はULTRA HD(最大192kHz/24bit)で配信される

アプリはそのままに「中身」が新しくなった

「Amazon Music HD」で利用するアプリ/フロントエンドは、これまでどおり。スマートフォンかPCかに関わらず、最新版アプリを導入していれば契約変更するだけでロスレス/ハイレゾ再生が可能になる。筆者はAmazon PrimeメンバーかつAmazon Music Unlimitedのユーザーだったが、WebブラウザでAmazonのサイトにログインし、「個人プランHD」にアップグレードするだけで作業は完了した。なお、後から聞いた話では、スマホアプリからのアップグレードは少々わかりにくいとのことだ。最初の3カ月はアップグレード代不要という特典も自動付与され(だから12月まで780円/月のまま!)、待望のロスレス/ハイレゾ聴き放題がこれほどあっけなく始められるのか、という気さえした。

聴き方も従来どおり。アップデートの有無も確認せずにPC/スマートフォンアプリを起動すると、これまで「Amazon Music」だった起動時のスプラッシュが「Amazon Music HD」に変わるものの、アプリの操作方法は変わらない。変化といえば、曲名の横に「HD」や「ULTRA HD」の文字が加わった程度だ。

アップグレード前に作成していたプレイリストを再生したところ、大半の曲が「HD」に変わっていた。さらに再生を進めると、「ULTRA HD」と表示される曲も。その曲を改めて検索してみると、ULTRA HD品質の曲しかヒットしないため、HDとULTRA HDを両揃えして曲数を“水増し”することはないらしい。ダウンロード済の曲についても、再生画面にHD/ULTRA HDへの更新を促すボタンが表示される。機能はそのままに、ロッシーの「Amazon Music Unlimited」がロスレス主体の「Amazon Music HD」へと質的向上を遂げたことを実感した。

「おすすめプレイリスト」を見ると、SD(ロッシー)とHD、ULTRA HDが混在しているが、全体的に見るとSDの比率は低い
「HD」または「ULTRA HD」をタップすれば、その曲の音質情報や現在の再生品質を確認できる

引き続きオフライン再生にも対応しているため、スマートフォン(iPhone/Android)やAndroidベースのポータブルオーディオプレーヤーであれば、Wi-Fi環境で曲をダウンロードしておき屋外へ持ち出すことが可能だ。この機能もロッシーのときと変わりないが、ストレージ消費量は最低でも数倍、曲によっては10数倍に増える。ストリーミングサービスである以上、曲は暗号化されメモリカードなどアプリ外へ保存することはできないため、悩ましい点といえるだろう。

HD/ULTRA HDでのダウンロードも可能だが、あらかじめ「再生可能な最高音質」を選択しておく必要がある

スマホやAndroidポータブルプレーヤーで検証

Amazon Music HDは、確かに96kHz/24bitや192kHz/24bitといったハイレゾ音源を配信しているが、そのフォーマットに対応した環境で再生しなければ本領を発揮できない。最終的なアウトプットを確認しなければ、なんともいえない部分があることは確かだ。そこで、ポータブルプレーヤー、スマートフォン(iPhone/Android)、PCそれぞれに再生環境を用意し、検証してみることにした。

検証に利用したAndroidベースのプレーヤー「iBasso DX160」、4.4mmバランス接続で聴いた

まずはポータブルプレーヤーから。国内発売に先立ち評価用に借りていた「iBasso DX160」(技適取得済)を利用することにした。DACはCirrus Logic CS43198をデュアルで搭載、DSD 256およびPCM 384kHz/32bit(MQA再生可)をカバーとスペック的にはじゅうぶん。容量32GBという内蔵ストレージも、Amazon Music HDのダウンロード再生に適している。イヤフォンジャックも3.5mm/シングルエンドに加えPentaconn 4.4mm/バランスを装備、PCと接続しUSB DACとしても使えるという充実ぶりだから、検証環境として申し分ない。

Come Away With Me/Norah JonesやGaucho/Steely Danといった聴き慣れた楽曲を中心に試聴を開始したが、ハイレゾらしい情報量の多さと解像感が足りないと思い確認してみた。するとヘッドフォン端子からの出力は44.1kHz/16bitということが判明。Amazon Music HDでは、「HD」や「ULTRA HD」ロゴの部分をタップすると、端末の性能(再生できるサンプリングレート/ビット深度の上限)と現在(最終出力)が表示されるのだが、期待していた192kHz/24bitや96kHz/24bitという値が表示されなかった。

確認のため、今度はAndroidスマートフォン「Moto g6」に2つのUSB DACを接続してみた。ひとつは「Shure RMCE-USB」で、Type-C対応のAndroid端末に接続すればケーブル内蔵の小型DACにより最大96kHz/24bitの再生を可能にする。もうひとつは「Spectra X」、PCMは最大384kHz/32bitの再生に対応するスティック状のUSB DACだ。しかし、どちらの製品も結果はアウト。音が出ないうえに最終出力の表示も48kHz/24bitになってしまった。

試しに前掲のUSB DACをMoto g6に接続し、「ONKYO HF Player Android版」で使用してみると、どちらも支障なく96kHz/24bitや384kHz/24bitで再生できた。となると、これは明らかにアプリ(Amazon Music)の“仕様”だろう。

Androidスマートフォン/プレーヤー単体では、96kHz/24bitの曲が44.1kHz/16bitで再生されてしまった
USB DACを接続しても出力が48kHz/24bitに低下してしまった(Androidスマートフォンで検証)

Android OSでは、アプリにドライバーを同梱できる。ONKYO HF PlayerにはUSBオーディオクラスドライバーが含まれているため、アプリ管轄下でUSB DACを駆動できるのだ。一方、Amazon MusicアプリがUSB DAC本来の性能で出力してしないことからすると、Android端末の実装(端末ベンダーがシステムに用意したUSBオーディオクラスドライバー)を使うようで、結果としてシステム標準の最大解像度で出力されるということらしい。

LDACに対応したBluetoothイヤフォンであれば事情は別かと考え、Moto g6にBluetoothレシーバー機能を持つ小型プレーヤー「Shanling M0」をペアリングして検証したところ、M0側ではLDACでの接続として認識されているものの、Amazon Musicの表示は48kHz/24bit。アプリ側でサンプリングレート変換しているかは不明だが、どのみちLDACのベストコンディション(96kHz/24bit)での再生には対応しないようだ。

LDACで出力すると、レートは48kHz/24bitに低下した

iPhoneでは、Spectra XのLightning版に相当するUSB DAC「Spectra X2」(最終開発版)を試してみた。結論からいうと、Amazon Music HDのベストレートである192kHz/24bitで再生できたのだが、たびたび再生レートが48kHz/24bitに落ちる現象に遭遇した。しばらく試行錯誤すると、どうやらUSB DACはAmazon Musicアプリの起動前に接続しておかなければ認識されないらしい。他のUSB DACでも同様の動作をしたため、利用する際には注意しよう。

iPhone 11ではUSB DACの性能どおりに出力できたが、アプリの起動前に接続しておかなければ認識されなかった

ハイレゾらしいきめ細やかな音質

スマートフォンとポータブルプレーヤーがこのような状態だったこともあり、音質評価にはPCとUSB DACの組み合わせを利用した。テスト環境はMacBook Air/macOS Mojave、USB DACは前掲のiBasso DX160をUSB DACモードにしたものをチョイス。イヤフォンは長年利用している「Shure SE535」を4.4mmケーブルに換装したものを使うことにした。試聴曲はスマートフォン/ポータブルプレーヤーのときと同じNorah JonesとSteely Dan(すべて96kHz/24bit)、CDをソースにAACで圧縮しておいたものと聴き比べている。

iBasso DX160をUSB DACモードにしてMacに接続したところ、支障なくベストレートで再生

試聴を開始してすぐに気づくのは、情報量の多さと細やかさ。「Come Away With Me」では、ウッドベースやピアノの音の輪郭を精緻に描きつつ、アルバム独特のアーシーな雰囲気をしっかり再現。AACでは手短かに切り上げられてしまう印象のシンバルの余韻も、きめ細やかに長く続く。「Gaucho」はトランペットの光沢感・金属感がリアルで、スネアアタックはキレよくまとまる。こちらも描写の細やかさ、音の余韻の自然さという点でAACとは段違い。USB DACとして利用したiBasso DX160の描写力・駆動力、そして4.4mmバランス接続による効果も大きいが、音源の「質と量」が音質に与える影響の大きさを改めて思い知らされた。

なお、Amazon Musicアプリの設定画面には「音質」という項目があり、「自動」と「HD/Hi-Res」、「標準」と「データ通信節約」の4種類から選択できるが、ここは「HD/Hi-Res」を選びたい。当然、ネットワークのデータレートが低下すれば再生が途切れることになるが、つねにベストな状態で再生できる。オフライン再生設定についても同様に、「再生可能な最高音質(HD/Ultra HD)」を選択しておこう。下のほうにある「ハードウェアアクセラレーションレンダリング」は、ロスレスコーデックのデコードには無関係と考えられるため、有効/無効どちらでも音質には影響しないはずだ。

Amazon Musicアプリの設定画面には「音質」項目がある

Amazon Musicが日本のデジタルオーディオを変える?

TIDALやQobuzなど、「ロスレス/CD品質」の音楽配信サービスは複数存在するが、DEEZERを除くすべてが日本に未上陸のままだ。日本の音楽マーケットに魅力がないのか、本邦レーベル/邦人アーティストの協力が得られなかったのか、その理由はさておき、Amazon Music HDの開始により一つの大きな流れが生まれた。

曲数や参加アーティストなど品揃えについては、満点とまでは行かないにしても合格ラインに達していることは間違いない。なにせ、Amazon Music Unlimitedのサービス全体をそのまま底上げしたかのように、これまでロッシーだった楽曲が軒並みロスレス、またはハイレゾに品質がアップしている。一部ロッシーのままの楽曲も見かけるが、比率の少なさからすると時間の問題のような気もする。あとは、Amazonが提示するサブスクリプション価格にリスナーが納得するかどうかだ。

課題があるとすれば、AnadoirdアプリにおけるUSB DACのサポートだろう。理由はひとまず置くとして、配信時に192kHz/24bitだったものが最後の最後に44.1kHz/16bitになることは、どうにも納得がいかない。他のハイレゾ再生アプリは、USBオーディオクラスドライバーを自前で整備しているのだから、ここはAmazonに頑張ってもらいたい。端子部分にヘッドフォンアンプ/DACを埋め込んだ「Type-Cイヤフォン」も続々登場している現在、需要はあるはずだ。

あとは、サービスの継続性。利益確保という営利企業にとっての至上命題がつきまとう以上、採算のとれない事業を継続できないことは理解できるが、サービスに慣れてCDの廃棄を済ませた頃に終了ではシャレにならない。ここまでくれば、あとはできるだけ長く続けてもらうこと、それこそが日本の音楽ファン/オーディオファンにとっての利益に違いない。

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海上 忍

IT/AVコラムニスト。UNIX系OSやスマートフォンに関する連載・著作多数。テクニカルな記事を手がける一方、エントリ層向けの柔らかいコラムも好み執筆する。オーディオ&ビジュアル方面では、OSおよびWeb開発方面の情報収集力を活かした製品プラットフォームの動向分析や、BluetoothやDLNAといったワイヤレス分野の取材が得意。2012年よりAV機器アワード「VGP」審査員。