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「ハイレゾ音質でもサイズは劇的に小さく」“MQA”とは何か? KRIPTON HQMが10月配信開始

 クリプトンは、ハイレゾ音楽配信サイト「KRIPTON HQM」において、ハイレゾフォーマット「MQA」方式でエンコードした楽曲の配信を10月1日から開始する。第1弾タイトルは、カメラータ・トウキョウのクラシック8タイトル、チューリップの「チューリップ・ガーデン1」、ウィリアムス浩子のジャズ・ボーカルアルバム「a time for Ballads」。価格は既存フォーマット版と同額で2,200円~3,500円。

左からMQAのChairman & CTOのボブ・スチュワート氏、クリプトンの濱田正久社長

 配信決定にあわせ、MQAのChairman & CTOのボブ・スチュワート氏が来日。MQA方式がどのような技術なのか、改めて話を聞いた。

MQAは可逆圧縮か、非可逆圧縮か

 MQA(Master Quality Authenticated)は、Meridianが開発した新しいハイレゾオーディオフォーマット。対応製品としては、MeridianからDACなどが発売されているほか、オンキヨーの「DP-X1」、パイオニア「XDP-100R」などのプレーヤーでもサポートされている。

 その特徴は以下の3つの言葉で表現されている。

  • クオリティ (高音質)
  • コンビニエンス (利便性の高さ)
  • コンパチビリティ (互換性)

 意味を具体的に説明すると、ハイレゾの高音質を維持しながら、ファイルサイズをWAVと比べ数分の1程度に抑えられ、保存や伝送が手軽にできるようにしている。さらに、MQAに対応していないプレーヤーでデータを再生した場合、CD相当の音質となるが、音を出す事ができるという互換性にも優れている。

MQAのChairman & CTOのボブ・スチュワート氏

 この中の、ファイルサイズを小さくする仕組みをMQAのボブ・スチュワート氏は“音楽の折り紙”と表現している。

 演奏などを録音した音楽ファイルには、音楽の信号と共に、耳に聞こえないレベルから聞こえるレベルまでのノイズも収録されている。以下は、縦軸が信号のレベル、横軸が周波数の図だ。ギザギザの赤いラインが、音楽信号のピークレベル。青はノイズレベルの平均レベルを示したものだ。

縦軸が信号のレベル、横軸が周波数の図。“A”がCD相当のデータ領域、“B”がPCM 96kHzのハイレゾデータの領域、“C”が192kHzのハイレゾデータ領域。Cの高周波の中にある音楽データを、Bのノイズ領域に移動させる

 MQAではまず、音楽の主な部分を占める低周波と、高周波に分けて考える。図の“A”と書かれた青いメッシュで覆われた24kHzまでの部分がCD相当のデータ領域。“B”と書かれた48kHzまでの紫色の範囲が“PCM 96kHzのハイレゾデータの領域”。“C”と書かれた白い部分、つまりこの“図全体”が“192kHzのハイレゾデータ領域”を表現している。

 例えば192kHzのPCM音楽をMQAに変換する場合、まずCの領域からBを省いた、48kHz~96kHzまでの高周波データを分離。この高周波にある“音楽信号だけ”をロスレスで圧縮して、別の場所に移動させる。その移動先は、24kHz~48kHzまでの範囲にある、人間の耳に聞こえないノイズの領域だ。つまり、B領域からA領域を抜いた部分、グラフの-120dBラインより下の部分だ。

Bの高周波領域の音楽信号を、Aのノイズ領域に。Cの高周波信号も、Aのノイズ領域にロスレス圧縮しつつ移動

 次に、24kHz~48kHzまでの範囲にある音楽信号も別の場所に、ロスレスで圧縮しつつ移動させる。その場所は、0~24kHz、つまりA領域の耳に聞こえないノイズ領域だ。さらに、先ほど移動させた48kHz~96kHzの音楽信号も、この聞こえないノイズ領域へと移動させる。

BとCの高周波領域の音楽信号が、Aのノイズ領域に格納されたところ。まさに折り紙のように折りたたんで、データ量が少なくなったのがわかる

 つまり、音楽を“0~24kHzまでの音楽信号”と、“それよりも高周波な音楽信号”に分け、高周波な信号を、まるで折り紙を折りたたむように、“0~24kHzまでの音楽信号”の中にある耳に聞こえないレベルのノイズ信号の中に移動させる、というイメージだ。これにより、192kHzのPCMデータが、48kHzのPCMデータ程度のサイズにカプセル化される。データレートは1Mbpsを少し超える程度。再生時には、ノイズの中から高周波を元に戻して再生するカタチだ。

折り紙の流れを連続して示したグラフ

 逆に、MQAに対応していないプレーヤーで再生した場合は、48kHzのPCMデータとして認識され、再生される。高周波の音楽データも含まれてはいるが、耳に聞こえないノイズ領域に移動しているので再生しても聞こえず、不自然な音にはならない。これがファイル容量を小さくして扱いやすくする“コンビニエンス”と、再生互換性を維持する“コンパチビリティ”の中身だ。具体的には、192kHz/24bitのファイルは48kHz/24bitとして、176.4kHz/24bitのファイルは44.1kHz/24bitとして再生される。

 音楽の圧縮技術では、圧縮したものを元に戻した場合、完全にデータが同じになる“可逆圧縮”(ロスレス)と、同じにはならない“非可逆圧縮”という分類がある。MQAの場合、音楽データだけでなく、耳に聞こえないノイズの部分も含めて、元のデータと完全に同じものとして復元できるかという面では“非可逆圧縮”と言える。しかし、人間に知覚できる音楽の信号に関してはロスレスで圧縮・展開しているので、「音質の面ではロスの無い技術と言える。非可逆圧縮であり、可逆圧縮でもある」(スチュワート氏)という。これが、ハイレゾの高音質を維持したまま、大幅にファイルサイズを小さくする仕組みの概要だ。

“音源のクリーニング”でさらなる高音質を

 MQAにはもう1つ、“音源のクリーニング”とも言える特徴がある。スチュワート氏は、「今までのオーディオでは、周波数を上げていくことが重要だと考えられてきたが、神経工学では周波数ではなく、時間軸の方の情報に対して、人間は遥かに感度が高い事がわかっています。我々は日々、いろいろな場所から音がする世界で生きていますが、時間軸の解像度が高いと、音のしている場所との距離や、その方向などがわかりやすく、解像度が低いと歪というか、音のボケ、過渡的な音のにじみが生まれ、1つ1つの音がどこから来ているのか聞き取れなくなります」。

 アナログの音をデジタル化するAD変換時に、それをアナログに戻すDA変換時に使うフィルタの悪影響により、この時間的な音のボケが発生。「録音した音楽がライブの音と比べ、平坦に聞こえるのはこのため」(スチュワート氏)だという。

 これは一般的に、プリエコー、ポストエコーと呼ばれるものだ。例えば鋭く短い「パンッ」という音をデジタルで録音した際に、波形としては鋭い山が1つできるところ、山の前になだらかな小さな山ができたり、後ろにもできたりするような現象だ。自然界では当然、音が発生する前に、存在しない音が鳴る事はなく、この不自然な音がプリエコーと呼ばれる。後ろに付帯する不自然な響きがポストエコーだ。これはCDだけでなく、ハイレゾデータにもつきものの問題だ。

 MQAではこの問題に対応するため、時間軸の分解能を10μ秒をターゲットに処理。通常のPCMデータでは、192kHzのデータでも500μ秒程度、48kHzでは数m秒オーダーの大きな歪が発生してしまうという(96kHzの録音時のサンプリング周期は10.4μ秒だが、アンチエイリアスや再構成フィルタの悪影響はそれを超えて拡張)。192kHz/24bitのデータで比べた場合、MQAでは、前後のリンギング(響き)が通常のPCMの10分の1以下に抑えられているという。

MQAと192kHzデータでのインパルスレスポンスの比較図。黄色の山がMQA、茶色の線が通常のリニアPCMだ

 つまり、MQAは単にハイレゾ楽曲のファイルサイズを小さくするだけでなく、AD/DA変換を経てリスナーの耳に届くデジタルオーディオの時間軸での“音のボケ”も低減。「デジタル化で発生したマイナス要素をバイパスして、スタジオで録音されたサウンドに戻すような技術でもある」(スチュワート氏)という。

 デコーダとエンコーダの処理をうまくマッチングさせ、時間軸の解像度を上げる技術や、楽曲変換時に、処理する楽曲の特徴を解析してから最適な処理を行なう技術も採用。再生する各社のDACチップも考慮されており、それらで再生した際により最適になるような設計も、MQAには盛り込まれているという。

 スチュワート氏は、これまでのオーディオ技術の歩みを振り返りながら、「デジタル化により、音楽を聴く利便性の面では向上したが、逆に音質は低下していた。MQAによって、“便利さと高音質の両立”を目指していきたい」と、MQAにかける想いを語った。

音を聴き比べてみる

 クリプトンの試聴室で比較試聴した。曲はピアノソロの「ドビュッシー/ベルガマスク組曲」から「月の光」と、「ウィリアムス浩子/a time for Ballads」から「バークリースクエアのナイチンゲール」だ。

 前者は192kHz/24bitのFLACが既にHQMで配信されているが、そのデータと、48kHz/24bit FLACのデータ、さらにMQA 192kHz/24bitのデータの3種類を聴き比べた。後者の曲は176.4kHz/24bit FLACと、44.1kHz/24bit FLAC、176.4kHz/24bit MQAの比較だ。

 どちらの楽曲にも共通するが、ハイレゾのFLACから48kHzや、44.1kHzに切り替えると、音の質感が悪くなる。ピアノであれば、音が硬く、繊細で情感豊かだったタッチが荒くなったように聴こえる。音の響きがふわっと広がり、消えていく様子も簡素になり、音場が狭く、ゆったりとした感じが消えてしまう。

 MQAを再生すると、そうした部分が元に戻る。響きの自然さ、高域の質感のなめらかさ、声の厚みといった要素が、元のハイレゾデータとほぼ同じように聴こえる。また、完全に同じかと言われると、微妙に異なる。MQAの方が音抜けが良く、スッキリとしていて、自然に耳に入ってくるように感じる。情報量が減って簡素になったというのではなく、音の輪郭が少し明瞭になったような印象だ。これがプリエコー/ポストエコーが低減されたことによる効果なのかもしれない。

クリプトンからMQA対応オーディオシステムも登場予定

 クリプトンの濱田正久社長は、MQAの日本代表・鈴木弘明氏と面識があった事から「2年ほど前に、MQAという技術があるという話は聞いていた。しかし、どんなものか中身がよくわからなかったので、スチュワート氏や鈴木さん、カメラータ・トウキョウの方々、クリプトンの技術陣とで長時間検討してきた。技術として非常に奥が深いものであると共に、クオリティ、コンビニエンス、コンパチビリティという3つのテーマにも感銘を受け、KRIPTON HQMで、これまでとは一味違うMQAでの配信をしたいと考えた」という。

クリプトンの濱田正久社長

 さらに、「配信する以上、これが聴けるハイレゾオーディオシステムも出したいと予定している。今後もハイレゾ音楽の配信と、それに対応する機材の両輪で、進歩を続けていきたい」と語った。

MQAの日本代表・鈴木弘明氏

10月から「KRIPTON HQM」で配信開始

 クリプトンの「KRIPTON HQM」で10月1日から、MQA方式で配信される楽曲は以下のとおり。既にFLACなどで配信されているものから、厳選してMQA方式も追加していくカタチとなり、今後も随時追加されるという。ファイルの拡張子はFLAC。

 なお、MQAへのエンコード処理は、クリプトンが実施。ソフトウェアでのエンコードとなる。MQAのファイルには、「MQA」と「MQA Studio」の2種類があり、MQA Studioは、アーティスト、プロデューサー、もしくは版権元により承認された高品位なバージョンと位置付けられているが、KRIPTON HQMなどで有料配信されるMQA作品は全てMQA Studioになるという。

  • 驚異のデュオ
     (HQMA-00001) MQA 192kHz/24bit 3,300円
  • 高橋アキ ピアノ・ソナタ D.894「幻想」&D.575
     (HQMD-10046) MQA 192kHz/24bit 3,500円
  • ロッシーニ:3つの弦楽ソナタ
     (HQMA-00003) MQA 192kHz/24bit 3,300円
  • ツィクルス/吉原すみれ
     (HQMA-00020) MQA 192kHz/24bit 2,200円
  • ヴィヴァルディ/四季
     (HQMD-10033) MQA 192kHz/24bit 3,300円
  • シュッツ plays バッハ・ソロ
     (HQMD-10055) MQA 192kHz/24bit 3,500円
  • ファツィオーリ F278
     (HQMD-10034) MQA 192kHz/24bit 3,300円
  • チューリップ・ガーデン1
     (SMHQA-0007) MQA 192kHz/24bit 2,760円
  • 高橋アキ エリック・サティ 1
     (HQMD-10040) MQA 192kHz/24bit 3,300円
  • ウィリアムス浩子 a time for Ballads
     (BSMHQ-0002) MQA 176.4kHz/24bit 2,400円