レビュー
2ユニット対向配置、デノンが約1~2万円台に投入する意欲作AH-C820/C720/C620Rを聴く
2016年10月7日 00:05
市場が拡大し、製品数も大量になったイヤフォン市場。数が多くなると、どうしてもバランスドアーマチュアを大量に搭載したとか、筐体に凄い金属を使っているとか、派手なハイエンド製品が気になりがちだ。しかし、5万円、7万円、10万円といった高級イヤフォンを気軽に買える人は多くない。究極を追い求めるのも浪漫だが、普通は1万円前後、“えいやと頑張って2万円台”くらいだ。そんな売れ筋の価格帯に登場する注目の新製品として、デノンのイヤフォン3機種を聴いてみる。
デノンと言えば、昔からのAVファンにはピュアオーディオのアンプやAVアンプ、ディスクプレーヤーなどの印象が強い老舗オーディオメーカーだ。だが、実はヘッドフォンにも相当歴史がある。同社初のヘッドフォンは1966年登場。今年でなんと50年だ。50周年を記念するイヤフォンの新モデルが「AH-C820」、「AH-C720」、「AH-C620R」だ。価格はオープンで、実売はC820が22,000円前後、C720が15,000円前後、C620Rが1万円前後。高すぎず安すぎず、いずれも“美味しい価格帯”に投入される。
音を聴く前に、どんなイヤフォンか紹介しよう。高級モデルではBAユニット花盛りだったが、より低価格帯では、BAとダイナミックのハイブリッドが増え、現在ではダイナミック型の振動板や構造などを工夫し、進化させた“ダイナミック型ユニットへの回帰・再発明”的な流れが出来つつある。3モデルもその流れの中にあり、いずれのモデルも11.5mm径のダイナミックユニットを採用している。
上位モデルが大口径で、下のモデルでは小さくなるというケースが多い中、3機種で同じ口径というのは面白いポイントだ。だが、サイズは同じでも“個数”が違う。最上位のC820のみ、2基のダイナミック型ユニットを対向配置した「ダブル・エアーコンプレッション・ドライバー」を採用している。
ダイナミック型を対向配置。AH-C820
イヤフォンに詳しい人は、既に他社からダイナミック型ユニットを対向配置したイヤフォンが発売されているのをご存知だろう。ではそれと同じ方式なのかというと、動き方が異なる。
他社製品は対面したユニットが互い違いに動作。つまり、ユニットA、ユニットBとした場合、Aが前に動くと、Bが後ろに引っ込む、Bが前に出たら、Aが引っ込む。つまりプッシュプルで、片方のユニットが、もう片方の動きを補佐するような関係だ。
一方デノンの「ダブル・エアーコンプレッション・ドライバー」は両ユニットが同じ動きをする。デノンによれば、2つのユニットが逆相で動くと、振動板の面積としては1基分になってしまうが、正相で動けば2基分のパワーが得られるという。
また、逆相の場合は、ユニットの背後から出た音を聴くカタチになり、中高域の鮮度が低下する難点もあるという。つまり、音の鮮度を落とさず、なおかつ11.5mmを超えるサイズのドライバを搭載したのと同じ低音再生能力が得られるのが「ダブル・エアーコンプレッション・ドライバー」というわけだ。
ただ、向かい合うユニットが同じ動きをすると、音波がぶつかってしまう気もする。構造図を良く見てみると、片方のドライバがやや斜めに取り付けられている。ここに秘密がありそうだ。
デノンに聞いてみると、この“斜め”は空気を押し出すための工夫で、「特に高域は斜めにすると前に出やすくなる」のだとか。また、「中高域の抜けをよくするために、ノズルはある一定の太さを持たなくてはならず、なおかつ全体のサイズをコンパクトにしなくてはいけないため、必然的に斜めになる」そうだ。
2つのユニットを搭載する事で音圧も強くなるが、ドライバ前後の音圧を調整するために、ハウジングの前方と後方に小さなポートが設けられている。これを使って振動板の動きを最適化しているという。
配置もユニークだが、接続もユニークだ。C820では、2つのユニットの直前で内部配線を分けているのではなく、入力端子の直後から、2つのドライバ用に別々のケーブルを通して接続する「デュアル・ダイレクトケーブル」仕様になっているという。入力端子は1つなので厳密に言うと違うが、スピーカーのバイワイヤリング接続のようなイメージだ。
線材にはOFCを、シースにはしなやかさと優れた耐久性を備えるメッシュ被覆を使っている。なお、ケーブルは着脱できない。2万円台のイヤフォンなので交換できると嬉しいところだが、よく考えるとデノンのイヤフォンで着脱できるものは今まで見たことがない。
理由を聞いてみると、「市場で着脱式が活況なのは理解しており、MMCXやオリジナルの着脱コネクタも試作検討は行なっている」とのこと。しかし、「店頭でのヒヤリングにおいて、着脱式でないものと比較して、接点課題があることがわかっています。特にMMCXは、もともと固定された内部基板を接続するための端子で、動くものとしては想定していません。音質的に接点を増やしたくない側面もありますが、この課題の方が問題だと考えている」という。
また当然ながら、着脱式となるとサイズがジャック分大きくなり、重くもなる。「そのことが、付け心地にも悪影響を与えると考え、現時点では着脱式を選んでいません」とのこと。音質だけでなく、万が一の断線も気になるが、「前モデルと比較して強化したケーブルになっており、厳しい屈曲試験をクリアした新設計のブッシュとケーブルによって、なるべく長いヘッドフォン生活を楽しんでいただけるよう心がけて設計している」とのことだ。
筐体はアルミダイキャストとABS樹脂。異なる素材を組み合わせる事で、振動を低減している。イヤーピースは4サイズのシリコンタイプが付属。コンプライのピースも付属する。
磁気回路はネオジウムマグネット。インピーダンスは16Ω。感度は115dB/mW。再生周波数帯域は4Hz~40kHz。ケーブルはOFCで、長さは1.3m。入力プラグはステレオミニのストレート。
人気の「AH-C710」が進化した「AH-C720」
「AH-C710」と言えば、2009年の発売以降“1万円ちょっとで購入でき、パワフルな低音が楽しめるハイコストパフォーマンスなイヤフォン”として、継続的な人気を誇ってきたモデルだ。ネット上でも時折話題になるので、知っている人も多いだろう。型番からわかるように、AH-C720はAH-C710の後継モデルだ。
ドライバは前述の通り11.5mmのダイナミック型。ドライバの前後の音圧バランスを調整し、振動板の動きを最適化する「アコースティック・オプティマイザー」は、このモデルにも投入されている。
筐体はアルミダイキャストとABS樹脂のハイブリッド構造で、不要な振動を低減。C710は段差のあるデザインだったが、C720はつるりとした砲弾型で、より洗練されたイメージだ。
このモデルもケーブル着脱はできないが、付け根を弾性素材で支えることで、ケーブルタッチノイズを軽減する「ラジアル・カスケード・ダンパー」を装備。イヤーピースはシリコンタイプ4サイズと、コンプライも付属する。
インピーダンスは16Ω。感度は110dB/mW。再生周波数帯域は5Hz~40kHz。ケーブルはOFCで、長さは1.3m。入力プラグはステレオミニのストレートだ。
AH-C620R
3機種の中では末弟モデルとなるC620Rだが、C720との違いはさほど多くはない。ドライバは11.5mmの同じものだ。筐体にアルミダイキャストを使っていない事と、ケーブルの途中にマイクリモコンを備えているのが大きな違いだ。
付属のピースもシリコンが4サイズに、コンプライも同梱。インピーダンスは16Ω。感度は110dB/mW。再生周波数帯域は6Hz~40kHz。ケーブルはOFCの1.3mで、入力プラグはステレオミニのストレート。
音を聴いてみる:AH-C820
プレーヤーは価格バランスを考え、Astell&Kernの「AK70」(直販69,980円:税込)を使用した。
音の前に装着感だが、基本的なフォルムは3機種とも同じなので装着感も似ている。耳掛けタイプではなく、普通に装着するので、落ちやすくないかと心配になるが、実際につけてみると問題ない。ケーブルの根本付近のアーム状のパーツとハウジングが接続されたようなカタチなので、アーム部分が回転するように見えるが、実際には動かない。装着すると、このアーム部分がほっぺたに少し触れ、ストッパー的に機能するため“耳孔だけで支えている”感じは薄く、安定感がある。
まずは高い方から聴いていこう。C820と接続し、「藤田恵美/camomile Best Audio」の「Best OF My Love」(96kHz/24bit)を再生。冒頭アコースティックギターの音がダイナミック型らしく自然で、弦の金属質な響きと、ギターの暖かな木の響きの質感がキッチリ描き分けられている。
1分過ぎのアコースティック・ベースからが聴きどころだ。「グォーン」、「ズズン」と地鳴りのように響く低域の沈み込みの深さ、音圧豊かさが凄い。ドライバを2基搭載しているだけあるパワフルさで、とても11.5mm径ドライバ1基のイヤフォンでは出せない低音だ。
面白いのは、これだけパワフルにも関わらずボワッと膨らんだり、響きが間延びせず、キレがある事だ。異種素材を組み合わせたハウジングにより余分な響きが低減されたり、アコースティック・オプティマイザーで音圧を調整した結果なのだろう。パワフルさと、描写の細かさが両立できており、ベースの弦が「ブルン」と震える様子もわかる。
そのため、中高域がパワフルな低音に負けて、ボワボワしたりしない。クリアな音でヴォーカルがスッキリ描けており、「茅原実里/この世界は僕らを 待っていた」(96kHz/24bit)のような音数が多い曲でも、個々の音がしっかり聴き取れ、同時に音楽を下支えするエレキベースの音圧が気持ちよく体験できる。
ダイナミック型イヤフォンというよりも、BA+ダイナミックのいいとこ取りをした、“よくできたハイブリッドイヤフォン”の音に似ている。それよりも良いところは、当たり前だが全ての音がダイナミック型ユニットから出ているので、音色が揃っている事。中高域だけが硬い音で、低域がウォームな音というような事がない。ダイナミック型の進化を感じさせてくれるサウンドだ。バランスが良く、自然な音が好きだけど、ちょっと低音の迫力やドラマチックな音も欲しいという人にはピッタリ。多くの人が好ましいと感じる音に仕上がっている。
音を聴いてみる:AH-C720/620R
続いてイヤフォンをC720にチェンジ。「Best OF My Love」を再生すると、面白くて思わずニヤニヤしてしまう。
C820と比べると、ユニットが1基になった事で音圧やパワフルさは低減される。しかし、それでもベースのズーンと沈み込む深さは十分に深く、通常のイヤフォンと較べても低音はよく出ている。
面白いのは高域の描写。C820は自然でナチュラルな響きだったが、C720は鋭く、切れ込むようなシャープさがある。キツイと感じる一歩前で踏みとどまるようなキレキレな感じで、独特の魅力がある。それゆえ、女性ヴォーカルのサ行がちょっと硬質に感じる部分もある。
一方、中域はさほど目立たない。その反面、高域と低域に特徴があるので、これこそダイナミック型+BAのハイブリッド的な音の傾向だ。良い意味で“クオリティの高いドンシャリ”という感じで、ロックなどを聴くと気持ちが良い。逆に、アコースティックな楽曲や、モニターライクなバランスの良さだけを求めるのであればこの機種でなくてもいいだろう。
ではドライバ1基のC620Rも同じような傾向なのだろうかと装着すると、驚く。とてもニュートラルで、モニターライクな“優等生サウンド”なのだ。
低域の深さはC720の方がわずかに上回る印象だが、C620Rも十分に深く、パワフルに出ている。中低域の音圧もそれとバランスがとれており、自然だ。そして中高域のキツさは無く、C820のような質感重視の描写。ダイナミック型らしい、聴いていてホッとするおだやかな響きを持っている。
系統としてはC820の音に近い。C820は2基のドライバで中低域がとにかくパワフルに出るので、“モニターライクなサウンド”という尺度で見るとC620Rの方がバランスが良いとすら感じてしまう。「この世界は僕らを 待っていた」を聴いても、音がとっちらかってガチャガチャせず、キレイに聴かせてくれる。「一番低価格だから音もそれなりだろう」と決めつけて聴くと、一番驚かされる。非常に完成度の高い音だ。
実力に気持ち良さをプラスしたAH-C820、個性のあるC720、お買い得なC620R
比べてみると、それぞれに音の傾向が異なっていて面白い。C820は、「ダブル・エアーコンプレッション・ドライバー」の効果がいかんなく発揮されており、パワフルかつ質の高い低音が楽しみたいという人にはオススメだ。
「低音がパワフル」と聞いて、「ドンドンボンボンと音が膨らむだけのイヤフォンでしょ?」と思う人にこそ聴いて欲しい。中高域も自然なので、人を選ばないイヤフォンと言える。真面目一辺倒な音ではなく、ドラマチックさもあるので、ライバルの多い2万円台イヤフォンの中でも有利に戦いを進められそうだ。
C720は一番個性が強い。C710のユーザーが、もう少しクリアさ、中高域の突き抜け感が欲しくなった時に、ピッタリハマるモデルという印象だ。オールマイティー的に、どんな曲にもマッチするというわけではないが、コーネリアスなど打ち込み系にも意外にハマる。
C620Rは、モニターライクで完成度の高いモデルだ。楽曲を選ばない。ニュートラル過ぎて低域が少なく、物足りないというタイプではなく、程度に迫力があるため多くの人が気に入る音と言えるだろう。実売1万円前後とは思えない実力で、コストパフォーマンスの高さは3機種随一だ。
通して聴いてみて感じるのは音作りの上手さだ。それぞれに個性がありつつも、低域のドッシリ感、安定感は共通しており、そこにデノンらしさや、老舗オーディオメーカーらしい技術を感じる部分でもある。新しい技術に挑戦しつつ、基本的な部分はキッチリ押さえる。完成度の高い新モデルだ。
(協力:デノン)