レビュー
デノンの小さな“ガチ”アンプ、DDFAデジアン×BTL構成「PMA-150H」の衝撃
2019年10月4日 08:00
パソコンやゲーム機、ネットワーク音楽を良い音で聴きたい、でも巨大なアンプはいらないし、そもそも置く場所がない。値段も何十万円もするのはキツイ、10万円くらいでなんとか……という、非常に“イマドキ”なニーズにピッタリとマッチ。売れているのがデノンの「デザインシリーズ」だ。“デザインだけカッコいいシリーズ”ではなく、中身は老舗オーディオメーカーの技術&高音質パーツを大量投入、“澄ました顔してガチ”なのも人気の理由だ。
そんなデザインシリーズに、さらにガチな注目モデル「PMA-150H」が登場した。プリメインアンプ、USB DAC、ネットワークプレーヤー、Bluetooth受信、AirPlay 2、Amazon Alexa対応、FM/AMラジオチューナーなどを内蔵した“全部入り”ながらコンパクト。さらに価格も12万円と、機能を考えるとリーズナブルだ。
ただ、注目点はそこだけではない。製品の核となるアンプ部分に、音質の良さで知られるQualcommのデジタルアンプ「DDFA」の最新バージョンを搭載しているのだ。さらに、このDDFAをBTLで使用。つまり、1つのスピーカーを2つのDDFAアンプで駆動する“BTL構成”で採用するという、初にして豪華な試みが行なわれている。
果たしてどんな音なのか、そして最新のDDFAは何がスゴイのか。デノンサウンドマネージャーの山内慎一氏と、QualcommでDDFAを含むオーディオ関連技術などを手掛ける、大島勉シニアマーケティングマネージャーに話を聞いた。結論として、見た目はクールな小型アンプなのに、音がメチャクチャぶっ飛んでる、かなり凄い製品になっている。
DDFAとは何か
「DDFA」は、CSR(現Qualcomm)が開発したもので、デジタル信号(I2S:Inter-IC Sound)を入力できるクラスDアンプだ。入力から最終段のPWM変調まで一貫してデジタルで処理しており、処理の過程でアナログに戻したり、それをまたデジタルに戻したりしていないので、音質劣化が生じない。ローパスフィルタの直前までフルデジタルで処理するため、一般的なDACも必要としない。
要するに“デジタルアンプの1種”なのだが、DDFAがスゴイところは、“アナログアンプで使われる手法をデジタルアンプに投入する事で、デジタルアンプの弱点を克服した”事にある。これは、高速・高精度なデジタル・フィードバック・ループを使ったもので、クラスDアンプの課題である歪の多さや、電源変動による音質劣化を解消するための技術だ。
ものすごく簡単に言うと、アナログアンプを作る時の定番技術である“負帰還(NFB)回路”の働きを、フルデジタルアンプで再現している。デジタルならではの手法で“音に磨きをかけてから”スピーカーに送っている……という感じだ。
具体的に言うと、出力されたPWM波形をフィードバックプロセッサがサンプリングし、“理想の形のPWM波形”と比較。その誤差成分を積分し、デジタル信号に変換、再びモジュレータ部に戻した後で、独自のエラー訂正処理をかける。ローパスフィルタ後からの成分もフィードバックプロセッサに加え、計算処理し、ローパスフィルタの非線形性を補正する。こうした手法で、出力段と、電源変動の両方に対してエラー補正処理を実施。パルス幅や高さも補正、出力インピーダンスを極小にさせる処理なども行なっている。
このDDFAは、デノンの製品としては2015年に登場した「PMA-50」に初搭載された。最初にDDFAのデバイス評価ボードを聴いた時の印象を、デノンのサウンドマネージャー山内慎一氏は「ハイファイらしさ、純度の高さを感じました」と振り返る。
「他のデジタルアンプには無かった音で、私がデノンのサウンドマネージャーに就任して、追求しようと考えていた音の方向性と、同じライン上にある音だと感じました。これを使いこなせば、凄く面白い製品ができるなという予感はありましたね」(山内氏)。
しかし、“単純にDDFAを搭載すれば良い”というわけではないそうだ。「アンプとしては使いやすいものですが、周辺のデバイスを整えると、もっともっと音が良くなる、そしてその(音質向上の)幅が凄く広いのです。これを使ってより良い製品を作ろうと思うと、うまく使いこなす必要があります」(山内氏)。
このDDFAを第1世代とすると、今回のPMA-150Hに採用されたDDFAは、さらに進化した第2世代となる。この第2世代は、デノン製品ではヘッドフォンアンプ「DA-310USB」やアンプの「PMA-60」に採用されているものと同じ。進化したことで、音質にもさらに磨きがかかったという。
「聴き比べると、第2世代はより分解能がよくなり、まるで1bit増えたような、全体的に一歩前進したサウンドだと感じます」(山内氏)。
単に音質が良くなっただけではない。大島氏によれば、第1世代では個別のチップになっていた「PWMモジュレーター」と「フィードバックプロセッサ」を、1チップ化した事も大きな違いだという。
「アナログとデジタルを混在させる形になるのですが、それをワンチップで集積できたのが第2世代の特徴です。これにより、周辺回路もシンプルになり、採用するメーカーさんが、回路設計や部品の選択により多くの時間が使えるようになります」(大島氏)。
つまり、音質だけでなく“より使いやすいチップに進化した”というわけだ。ただ、ワンチップ化の恩恵は使いやすさだけに留まらない。単純にチップが占めるスペースが少なくなるため、スペースに空きが生まれることになる。そうなると、例えば、よりサイズが大きく、グレードの高い高音質パーツを投入できたりといった幅が広がる。
さらに、今回の「PMA-150H」のように、DDFAをBTL構成で使うといったアイデアも実現できるというわけだ。
「DDFAの可能性については以前から感じていましたし、BTL構成については、実際にPMA-150Hの開発を始める前の企画の時点で、改造したりシミュレーションをして“BTLがいけそうだ”という感触は得ていました」(山内氏)という。
BTL化というアイデアを聞いた大島氏は、「第2世代のDDFAは、BTLで使う事を想定した上で作っていませんでしたので、最初にお伺いした時は驚きました」と笑う。
しかし、DDFAをいち早く製品に採用したデノンには、DDFAを使いこなすノウハウという強みがある。「デノンさんは第1世代DDFAの癖をよくわかっていらっしゃる。デノンさんとQualcommは非常に近い関係で、例えば、我々のエンジニアがデノンさんにお邪魔して、第2世代DDFAを開発する時にも助言をいただいたりと、交流させていただいています。ですので、BTLと聞いた時は“そうくるか!”と驚くと同時に、“デノンさんだったらできるだろうな”という信頼がもうありましたね」(大島氏)。
「第1世代DDFAを使った『DRA-100』では、コンパクトな製品にも関わらず、駆動力もあると市場で評価していただきました。PMA-150Hで採用したBTL構成の狙いは、DRA-100のようにパワーがあり、ゆったり聴けるサウンドでありながら、第2世代DDFAで進化した“フォーカスの良さ”も兼ね備えた音を目指しました。BTL化しても数値的にパワーが上昇するわけではありませんが、聴感上は狙い通りの音になったと思っています」(山内氏)。BTL構成の結果、ノイズはDRA-100比で-85%も低減したという。
もちろん、単純にBTL化すればいいというものでもない。電力を増幅する出力段のゲートドライバーとMOSFET、そしてローパスフィルターにはデノン独自のノウハウを詰め込んだディスクリート回路を用い、山内氏による徹底したサウンドチューニングが施されている。
「デジタルアンプですと、パーツの影響を受けないんじゃないかと思われるかもしれませんが、パーツで音が大きく変わるのはアナログアンプと同じです。“アナログと同じ変化をしない”だけです。ですので、DDFAを使いこなすためには、そのためのノウハウが必要になります」(山内)。
こうしたノウハウをもとに、PMA-150Hでは新たに低ノイズ、低損失、高効率などの特長を持つソフトスイッチング方式の電源回路を採用。ノイズを低減するとともに最大出力電流を約86%アップし、高いスピーカー駆動力させつつ、余裕をもった電源供給能力も備えているそうだ。
大島氏は第2世代に進化したDDFAの可能性について、「今回の製品のようなハイファイ用途だけに留まらず、よりカジュアルな製品にも活用していただきたいですね。究極の音質を追求できると共に、1チップ化したことで、Bluetoothスピーカーなどにも搭載しやすくなっています。据え置きのオーディオ機器とポータブル機器で、“同じチップが搭載できる”というのが強みです。チップの可能性という面では、実は数珠つなぎ、カスケード接続で使う事もできるようになっています。そういった特徴を活かした製品の登場にも期待したいです」と語る。
既に十分DDFAを使いこなしているように見えるデノン・山内氏だが、「DDFAをもっとこうしたい、こうしたらどうなるだろう? という妄想はまだまだありますね」とニヤリ。デノンのDDFA活用製品の進化は、まだまだ止まらなそうだ。
デノンの最新技術“全部入り”
DDFAにばかり注目しがちだが、PMA-150Hの特徴はまだまだある。まずはその小ささ。Wi-Fiのアンテナを寝かせた状態の外形寸法は、280×337×104mm(幅×奥行き×高さ)、重量は5.6kg。フルサイズのコンポと比べると、設置しやすさは段違いだ。
小さいが、接続性は良好。入力端子は、アナログアンバランス×2、同軸デジタル×1、光デジタル×2、USB-B×1、フロントのUSB-A×1、LAN端子を搭載。出力端子はスピーカーターミナルに加え、サブウーファープリアウト×1、ヘッドフォン×1も搭載している。
前述の通り、クラスDアンプなので、ボリューム調整、トーンコントロール、増幅、フィードバック処理などがすべてデジタル・ドメインで行なわれているが、デノンの代名詞と言える、データ補間アルゴリズムによるアナログ波形再現技術の最新バージョン「Advanced AL32 Processing Plus」も、もちろんこの処理の中に採用されている。
入力信号に対して、32bitへのビット拡張処理と、最大16倍のアップサンプリング処理を実施。進化した独自のアルゴリズムによって前後のデータの離散値からあるべき点を導き出し、デジタルデータに変換される前のアナログ波形を再現。デジタル録音時に失われてしまった波形を高精度に復元するというものだ。
他にも、44.1kHz系、48kHz系の2系統のクロックや、DSD 11.2MHz、PCM 384kHz/32bitまで対応するUSB DAC機能、PCからのノイズをシャットアウトするデジタルアイソレーターなども搭載。192kHz/24bitまで対応する光デジタル入力×2、同軸デジタル入力×1も備えているので、テレビやゲーム機などとの接続にも便利だ。
自室や書斎でコンパクトに使いたいという人には、PMA-60比で5.5倍の出力を誇る強力なヘッドフォンアンプを搭載しているところもポイントだ。電圧増幅段にはハイスピードかつローノイズな高速オペアンプ、出力バッファーにはディスクリート回路を使っているほか、出力バッファー回路に新たにトランスリニアバイアス回路を用いることにより疑似A級動作とした凝った仕様で、歪を大幅に低減。300Ωや600Ωなどのハイインピーダンスなヘッドフォンでもドライブできるように、3段階のゲイン切り替え機能を搭載している。スピーカーを買うまで、ヘッドフォンアンプとして活用する……という使い方もアリだろう。
ワイヤレス・オーディオシステムの「HEOS」テクノロジーも搭載。音楽配信サービスの、Amazon Music HD、AWA、Spotify、SoundCloudなどの受信、インターネットラジオの再生、LAN内のNASや、USBメモリーに保存したハイレゾファイルの再生も可能。DSD、WAV、FLAC、AppleLosslessのギャップレス再生もサポートしている。
ネットラジオにも対応しているが、FM/AMラジオチューナーを搭載したのも嬉しいポイント。これは海外市場からの要望も踏まえたものだという。無線LAN機能も備えている。
細かいところでは、フルサイズでハイクラスな「NEシリーズ」にも採用されている、デノン専用のカスタムコンデンサーやカスタム抵抗器、フィルムコンデンサーなどもふんだんに投入している。山内氏がこだわりの末に作り出したもので、“新たなデノンサウンド”に欠かせないものと言ってもいい。
特に重要なパワーアンプ回路とローパスフィルター回路には、入念な試聴を重ねて選定された特性と音質の両方に優れたパーツを多数投入しているという。
音を聴いてみる
ではPMA-150Hを聴いてみよう。USB DACを使って試聴。ドライブするスピーカーは、値段もサイズ的にも桁違いの相手だが、Bowers & Wilkinsの「800 Series Diamond」の「802 D3」だ。相手がデカすぎるようにも感じるが、開発の現場でもこのスピーカーが使われているそうだ。実際にPMA-150Hでドライブすると、見事に鳴る。こんな10万円くらいの小さなデジタルアンプで、よくまあこんなフロア型スピーカーを鳴らせるなと感心してしまう。
「CORNELIUS/point」から「Tone Twilight Zone」を再生。自然の音からスタートする楽曲だが、ブワッと音場が広がった瞬間に、このアンプがタダモノではない事がわかる。スピーカーにまったく音がまとわりつかず、ホームシアターのサラウンドでも聴いているかのように、立体的で奥行きのある空間が出現し、体を包み込む。
マイルス・デイヴィスのライブから「Time After Time」を聴いても、張り出す音像がリアルで、輪郭もシャープ。音像がスピーカーの後ろに引っ込まず、前へ前へとパワフルにせり出す。広大な空間に、自由に音が飛び出し、音のパンチを浴びるような気持ちよさ。この感覚は、山内氏が手掛けるフルサイズ&ハイグレードな「NEシリーズ」のサウンドと同じだ。この小さなアンプで、なおかつDDFAというデバイスを使っても、山内氏が目指すサウンドがしっかり展開されている。
空間とパワフルさだけではない。ヒラリー・ハーンのヴァイオリンを聴くと、描写の細かさ、弦の震える様子などが非常に細かく、繊細に描写されている。明らかに第一世代DDFAよりも情報量が豊富になったと感じる。
特筆すべきは、“繊細さと熱っぽいパワフルさの両立”が実現している事だ。高解像度で細かな音がシャープに描写されるのは、いかにもデジタルアンプらしい特徴と言える。しかし、それだけだと音が寒々しく、無機質で、なんというか、音楽の熱気みたいなものが削ぎ落とされた音に聴こえてしまう。
PMA-150Hの場合は、BTL構成の駆動力の高さにより、その高解像度なサウンドがパワフルさも兼ね備えている。つまり、細かな1つ1つの音にも力があり、押し出しの強さがある。個人的に感心したのは、このパワフルさが、まるでアナログアンプのような熱気をまとっているように聴こえるところだ。これは新たに採用されたソフトスイッチング方式の電源回路の効果と思われるが、ジャズなどを聴くと、この熱気が最高に気持良い。思わず体が動いてしまう。
もちろん、純粋なアナログアンプと比較すると、PMA-150Hの方がクールでソリッドな描写だ。しかし、そこにアナログアンプ的な“旨味”がプラスされた事で、繊細なだけでなく、音楽としても楽しめるサウンドに昇華されている。これは逆にアナログアンプではなかなか真似できない、新しいサウンドと言えるだろう。
それにしても、こんな小さなアンプが、BTL構成で電源が強力になったとはいえ、ボリュームを上げ目で再生しても「ぜんぜん余裕っすよ」とでも言うかのように802 D3を朗々と鳴らす様子は手品でも見ているようだ。効果な大型アンプにも似た“どっしり感”を、10万円ちょいの小型アンプから感じるのは驚きと言える。
完成度が高すぎる新時代のオーディオ入門機
見た目とは裏腹に、本格的なオーディオアンプとして高い実力を備えている。フルサイズコンポより小さく、さらにアンプ、ネットワークプレーヤー、USB DAC、ヘッドフォンアンプ、Bluetooth受信機、ラジオなど、マルチな使い方ができる。それでいて、価格は12万円と安いので、「これからオーディオを始めてみよう」という入門者にもピッタリだ。
すごいオーディオルームが無くても、ちょっとしたブックシェルフスピーカーと組み合わせれば、書斎や自室でリッチかつ高精細なサウンドが楽しめる。PCやゲーム機と組み合わせて楽しむのもアリだろう。サイズが小さいので、「映画を楽しむ時だけリビングに持ち運んでテレビと組み合わせる」なんて使い方もいいだろう。もちろん、常時テレビと組み合わせて使えば、安価なサウンドバーでは太刀打ちできないサウンドが楽しめる。
ただ、こう書くと「オーディオ入門アンプ」で、サウンドは“そこそこレベル”なのかと思われてしまいそうだが、前述の通り、まったくそんな事はない。むしろ“小さなモンスターアンプ”、フルサイズに負けない“ガチ”アンプと言っていい。例えば、デノンのフルサイズ入門コンポ「600NE」シリーズと比べても、DDFAならではの澄み渡るようなクリアさ、高精細さ、それでいてパワフルさも兼ね備えたサウンドは、サウンドの方向性こそ違うものの、まったく負けていない。
聴けば、入門機どころか「こんな音がするのか!」とほとんどの人がビックリするだろう。大きなアンプやスピーカーを家に置けない人も多い中、小さいけれど音は本気で、使い手のあるPMA-150Hは、“新しい時代のオーディオ趣味のカタチ”を体現したモデルと言えそうだ。
(協力:デノン)