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7万円を切るデジタルアンプで“ハイエンドサウンド”。進化したDDFA、デノン「PMA-60」
2017年11月9日 08:00
巨大なアンプは置く場所が無い。机の上に気軽に置ける小型サイズで、縦置きもできちゃって、USB DACや、スマホ連携に便利なBluetooth機能も搭載。高音質で、値段も手軽に7万円以下くらいで……という、“イマドキの欲張りな要求”に応えるデジタルプリメインアンプとして2015年に登場したデノン「PMA-50」。当然ヒットモデルとなったが、その音質にさらに磨きをかけた「PMA-60」が10月下旬に発売された。
音質アップの鍵となるのが、搭載しているデジタルアンプ「DDFA」が最新バージョンになり、これまでのノウハウを活かした使いこなしでその可能性を引き出した事。価格は今回も7万円、実売では7万円を切っているが、音を聴いた結論から言うと、価格がにわかに信じられないクオリティに仕上がっている。
デスクトップで良い音を……だけじゃない?
PMA-60の基本的な機能をおさらいしよう。最大の特徴はサイズだ。外形寸法は200×258×86mm(幅×奥行き×高さ)と小さく、縦置きも出来てしまう。机にノートパソコンを置いていても、空いたスペースに設置できるのがポイントだ。重量は2.7kg。
「フルサイズに匹敵する音響性能と、現代的なインテリアにマッチするデザインの両立」を目指し、コンパクトかつスタイリッシュな“デザイン”シリーズに位置付けられている。これはPMA-50から変わらないコンセプトだ。
デノンとしては「小型のスピーカーと組み合わせ、書斎やデスクトップで良い音を」というようなイメージで提案しているわけだが、実際にPMA-50を発売したところ「我々も驚くような使い方をされるユーザーさんもいました」と、国内営業本部 マーケティンググループの宮原利温氏は笑う。
「例えば、テレビと接続して放送の音をスピーカーで楽しんだり、Apple TVと繋いでAirPlayで音楽を聴くというユーザーもいらっしゃいました。中にはPMA-50を4台購入されて、バイアンプとして自作のスピーカーを鳴らすような方もいらっしゃいました」とのこと。言われてみれば、PMA-50は音質のわりに低価格でサイズも小さいので、そうしたマニアックなユーザーにも響いているのだろう。
こうした反響を受けて宮原氏は、「PMA-50のような、サイズを抑えて高音質な製品を出せば、“お客様それぞれが、お客様なりに楽しんでいただける”という事がわかりました。そうした意味でも、“PMA-50の方向性は間違っていないな”と感じました」という。
その結果、新モデル「PMA-60」は、PMA-50の路線を踏襲した“正当進化モデル”となっている。入力端子はUSB DAC用のUSB B×1、同軸デジタル×1、光デジタル×2、アナログアンバランス×1を装備。PCと接続したり、CDプレーヤーなどと連携できる。似た筐体サイズで組み合わせやすい「DCD-50」 (50,000円)というCDプレーヤーも発売されている。
USB DACとしては、DSDが11.2MHzまで、PCMは384kHz/32bitまでに対応。DSDはASIOドライバによるネイティブ再生と、DoPをサポート。PC側のジッタを多く含んだクロックを使わず、PMA-60の超低位相雑音クロック発振器によって生成されるマスタークロックで制御するアシンクロナスモードにも対応する
。同軸デジタル、光デジタル入力は192kHz/24bitまでのPCMに対応。なお、従来モデルPMA-50は、DSDが5.6MHz、PCMが192kHz/24bitまでの対応だったので、PMA-60は最新のハイレゾ市場に合わせて進化した形だ。
USB DACというと、搭載しているDACチップが気になるところだが、後述する「DDFA」を採用したデジタルアンプであるため、デジタルソースを入力した場合は、入力から補間処理、ボリューム調整、増幅、フィードバック処理まで、全てデジタルドメインで行ない、一般的なDACチップは使わない。これにより、アナログアンプで問題になる外来ノイズの影響を排除。透明感や分解能に優れた空間の描写を可能にしている。
また、デノンではお馴染み、独自のデータ補間アルゴリズムを使ったアナログ波形再現技術の最新版「Advanced AL32 Processing Plus」も搭載。PCM 384kHz/32bitまでの入力に対応しており、録音時にデータが失われている音源にに対し、それを原音に近づけるよう補間処理を行なう。これにより、歪みの低減や、音の定位、低域などの改善を図っている。
他にも、PCとUSB接続した際に、ノイズが流入してくるのを防ぐための、高速なデジタルアイソレータも搭載。ICチップ上に組み込まれたトランス・コイルを介して磁気によりデータ転送を行なう事で、音楽データのみを伝送。ノイズをシャットアウト。DACをマスターとしてクロック供給を行ない、デジタル回路を正確に同期させるDACマスター・クロック・デザインも特徴で、位相雑音を大幅に低減したクロック発振器を採用。44.1kHz、48kHz系ごとに、個別のクロック発振器を搭載する。
アンプの定格出力は25W×2ch(8Ω)、50W×2ch(4Ω)で、数値としてはPMA-50と変わっていない。しかし、デノンサウンドマネージャーの山内慎一氏によれば、「電源の反応や追従性を向上させています。バイアスをかけて瞬時供給能力をアップさせるなど、アンプとしてのクオリティは進化しています」とのこと。スピーカー負荷は4~16Ωまで対応。ヘッドフォン出力は標準ジャックで、サブウーファプリアウトも備えている。
最新版のDDFAを搭載
アンプ部の特徴である「DDFA」は、CSR(現Qualcomm)が開発したもので、デジタル信号(I2S:Inter-IC Sound)を入力できるクラスDアンプだ。入力から最終段のPWM変調まで一貫してデジタルで処理をする。処理の過程でアナログに戻したり、それをまたデジタルに戻したりしていないので、音質劣化が生じない。ローパスフィルタの直前までフルデジタルで処理するため、一般的なDACも必要としないわけだ。このDDFAは、デノンの製品としてはPMA-50に初搭載された。
デジタルアンプの1種だが、DDFAが独特なのは“アナログアンプで使われる手法をデジタルアンプに投入している”事だ。高速・高精度なデジタル・フィードバック・ループを使ったもので、クラスDアンプの課題である歪の多さや、電源変動による音質劣化を解消するための技術だ。
具体的には、出力されたPWM波形をフィードバックプロセッサがサンプリングし、“理想の形のPWM波形”と比較。その誤差成分を積分し、デジタル信号に変換、再びモジュレータ部に戻した後で、独自のエラー訂正処理をかける。ローパスフィルタ後からの成分もフィードバックプロセッサに加え、計算処理し、ローパスフィルタの非線形性を補正する。
こうした手法で、出力段と、電源変動の両方に対してエラー補正処理を実施。パルス幅や高さも補正、出力インピーダンスを極小にさせる処理なども行なっている。つまり、アナログアンプで定番となっている“負帰還(NFB)回路”の働きを、フルデジタルアンプで再現し、デジタルならではの手法で“音に磨きをかけてから”スピーカーに送るイメージだ。
さらにPMA-60には、PMA-50よりも1世代新しい、最新のDDFAが採用されている。これは既発売のヘッドフォンアンプ「DA-310USB」にも使われたものだ。新世代DDFAは、性能を向上させるだけでなく、従来PWMモジュレーターとフィードバックプロセッサが個別のチップで、2チップ構成だったものを、1チップ化した。これにより、周辺回路がシンプルになり、採用するメーカーは、回路設計や部品の選択により多くの時間が使えるというのがウリだ。(※新DDFAの詳細はDA-310USBの記事も参照のこと)
開発者を“誘惑する?”DDFA
1チップ化した新世代DDFAを使った事で、PMA-60の開発はスムーズにできたのだろうか? 山内氏は「世代が変わったことで、音に磨きをかけられた一方で、苦労した部分もありました」と振り返る。
山内氏によれば、DDFAに限らず、開発部門には日々新しいデバイスが持ち込まれているそうだ。「それらが実際の製品に採用できるかのチェックをします。評価ボードの段階で、あまり音がよくないものもあるのですが、そのデバイスにしかない“良さ”があれば“使える”と判断する場合もあります。これまでの経験を踏まえた予測ですが、手を加える事で“良いものになる”という可能性が、感じられるようになるのです」。
そんな山内氏から見た新世代DDFAは、「音の分解能がアップしていて、まるで“1bit”増えたような感触」だったという。ただ、そのDDFAを使い、デノンのアンプを作るという作業となると、苦労も多かったようだ。
「DDFAはチップ自体が繊細で、まわりの条件に影響されて音がコロコロ変わります。電源やパターン配置、周辺パーツなどですね。DDFAを採用してきた、PMA-50、DRA-100、DNP-2500NE、DA-310USBなどで培ってきたノウハウを、PMA-60には全て盛り込んでいますが、DDFA自体の世代が新しくなった事もあり、さらにPMA-60向けのチューニングが必要になりました」(山内氏)。
「PMA-50のサウンドは、バランス良くまとまっており、今でも良い音だと自負しています。PMA-60開発にあたっては、分解能や透明感といった部分で、PMA-50の音からさらに磨きをかけたいと考えていました。そのあたりは、新しいDDFAの進化と合致していました」という。
しかし、性能が良く、可能性を感じるチップだからこその悩みもある。「1チップ化して作りやすくなった面もありますが、DDFAは音質を向上できる余地が大きいので、いじりはじめると止まらなくなってしまい、結果として時間がかかりました(笑)。例えば、あまり高音質化できる余地が少ないチップの場合、目指した音質に持っていけば、(それ以上はあまり向上しないので)はやく仕上げられます。DDFAの場合は“ハイエンドの香り”みたいなものを持っていまして、工夫すればするほど、ハイエンドな世界の音を出すことができる。“ほどほどの音”じゃないところへ持っていけるのです。そこが開発サイドとしては力が入ってしまうところです」と笑う山内氏。
つまり、DDFA自体が「俺はもっとイイ音が出せるんだぜ」と開発者に訴えかけてくるようなデバイス……という事なのだろう。だからこそ“ほどほど”で終われず、もっと良い音に、もっと良い音にと、開発に熱が入ってしまうというわけだ。
山内氏は、こうしたチューニング作業は毎日の積み重ねが重要で、さらに“午前中が勝負”なのだという。
デノンの開発用試聴室はビルの1階にあるが、「夜10時過ぎると、社内に残っている人が少なくなり、電源事情が良くなり、試聴している機器の音も良くなるのです。ですので、夜中にチューニングして音が良くなると“自分はすごいんじゃないか?”と錯覚してしまい、次の日の朝に聴いてみると“あれ!?”と首をかしげる事もあります(笑)。また、夜になるとテンションも上がっているので、ついやり過ぎてしまい、翌朝冷静になって聴くと“ダメだ”という事もありますね。毎日少しずつ、積み重ねていくような作業になります」。
上位機種のパーツを工夫して投入
山内氏は、上位機種となる2500シリーズや、1600シリーズの開発時に、音に影響の大きい電解コンデンサ選びで、既存のパーツに満足できず、コンデンサメーカーと共同でカスタムコンデンサを開発。中身だけでなく、コンデンサのスリーブの色まで試聴によって、もっとも音が良かった緑色を選択、音に影響するため、刻印する文字も最低限にしたというコンデンサを生み出した事は、過去の製品記事で紹介した通りだ。
実は、PMA-60にもこの2500、1600シリーズで使われたコンデンサなどのパーツが投入されている。「サイズ的に入れられるもの、入れられないものもありますが、やはりこれを使うしかなないというポイントもありますので、コンデンサメーカーに“5mmだけ縮めて欲しい”などとオーダーして、なんとかこのサイズに入れました。そこもまた開発に時間がかかった要因でもあるのですが(笑)、なんとかうまくいきました。アンプの方式などは違いますが、音を聴いていただければ、PMA-60が2500や1600の“流れにある”事がわかっていただけるはずです」(山内氏)。
音を聴いてみる
では音を聴いてみよう。まずは進化の度合いをチェックするため、前のPMA-50を聴いてみる。
B&W「802 D3」(1本170万円~)は、フロア型「802Diamond」が170万円/180万円、を当然のようにキッチリドライブしている事にまず驚くが、出て来る音も凄い。ギタリスト、ドミニク・ミラーのアルバム「Fourth Wall」から1曲目の「Iguazu」を再生すると、まるでホログラム映像を見ているようにギターの音像がシャープに空中に浮かぶ。トランジェントが良く、つまびいた弦がブルルッと震える様子もよく分かる。豊富な倍音成分がこちら側に押し寄せてきて、心地が良い。音が広がる音場も広大だ。
PMA-50発表当時にも聴いて、価格からは想像できないポテンシャルに驚いたが、その印象は今でもまったく変わらない。聴いていると「別にもう、これでいいんじゃない?」と言いたくなってしまうほど、音質的に文句のつけどころがない。
そこでPMA-60に切り替えると、「文句のつけどころがない」と言った舌の根も乾かぬうちに「おおっ!」と思わず前のめりになる。スピーカーの制動力が明らかにアップしており、低域の沈み込みがドスンとより深くなり、それでありながらスピード感も向上している。
ウーファがズバッと動いて、音が無くなるとスッと止まる、余計なふらつきが感じられず、音像がさらにシャープになり、細かな音の動きが良くわかる。中低域の音圧、パワフルさ、押し出しの強さが向上していると同時に、吹き付けてくる音の細かさもアップしている。それゆえ、低域がパワフルになっても決して大味にはならず、“迫力があるのに細かな音”でクリアに聴き取れる、不思議な気持ちよさだ。
ギターの描写も、弦の動きがさらに生々しく、指先だけでなく爪まで目に見えるようだ。同時に驚くのは、ホログラムチックな音像の背後に、ギターの音が広がって消えていく余韻がハッキリ見えるようになった事。PMA-50でも、余韻はしっかり再生されているが、PMA-60で音像の立体感や空間の描写力がアップした事で、音像と響きの位置関係がより立体的で、わかりやすくなり、背後に音が広がっていく様子に気付けるようになった。
コーネリアスの「Beep It」も、音圧の豊かさと、キレ味の鋭さに磨きがかかっている。ZERO7「When It Falls」から「Warm Sound」を再生すると、豊かな中低域が部屋中に広がるが、個々の音が不必要にボワボワ膨らんだり滲んだりせず、音色の違いがしっかりと感じられる。
山内氏が「DDFAには“ハイエンドの香り”がある」と語っていたが、低域のドッシリ感や、音場の雰囲気まで描写するPMA-60のサウンドを聴いていると、確かに“ハイエンドの香り”がする。
こんな音のアンプが70,000円と思い出すと改めて驚くが、USB DACや光/同軸デジタル入力も搭載し、おまけにサイズも小さいから恐れ入る。デジタルアンプの音にマイナスなイメージを持っている人も、聴くと印象が変わるだろう。
オーディオ趣味におけるメインのアンプとして充分使えるのはもちろんだが、例えば、数十万円のアンプを既に使っている人が、サブシステムとしてリビングや寝室に導入するという使い方でも、充分満足できるだろう。
PMA-60はヘッドフォンアンプも搭載している。電圧増幅段にはハイスピード&ローノイズな高速オペアンプを使い、出力バッファにはディスクリート回路を採用した。300Ωや600Ωなどのハイインピーダンスなヘッドフォンでも駆動できるように、3段階のゲイン切り替えも装備。「DDFAをヘッドフォンアンプにも使うのは、チャンネル的な要素やパターンの引き回しなどで難しく、DDFAはスピーカーに専念する形にしました。しかし、ヘッドフォンアンプも進化しており、分解能の向上などを実感していただけるはず」(山内氏)とのことだ。
なお、PMA-60には弟分として、USB DACを省き、DDFAではないがクラスDアンプを搭載した「PMA-30」(5万円)というモデルもラインナップしている。こちらも試聴したが、まとまりが良く、下位モデルだろうとあなどれない音だ。空間表現や分解能の面でDDFAのPMA-60に及ばない部分があるが、これ単体で聴いていると大きな不満はない。“ハイコンポ”的な価格帯に入る製品なので、よりカジュアルに使いたいというニーズにはマッチするだろう。
“新世代デノンサウンド”を気軽に体験できるアンプ
DDFAは優れたパーツだと感じるが、それ単体では1つの部品、料理で言えば素材にすぎない。それを使いこなし、開発するアンプが目指す音を実現するためには、料理人であるメーカーの思想や技術力、経験などが必要になる。PMA-60を聴いていると、DDFAにこだわり、使い続ける事で蓄積したノウハウにより、もう一段上の世界に到達した感がある。
また、サイズや価格的に“初めてのピュアオーディオ用アンプ”として購入する人も多いだろう。そのため、DDFAがどうのと言う以前に、PMA-60には“デノンサウンドの顔”としての役割もある。
昨年掲載した2500NEシリーズの記事において、デノンの音を監督する“音の門番”であるサウンドマネージャーが、それまでの米田晋氏から山内氏に交代した事や、山内氏が目指すサウンドについて紹介した。その後も、山内氏が手がける様々な製品が登場しているが、それらを聴くたびに、良い意味で驚きに満ちた“新世代のデノンサウンド”を感じる。今回の小さなPMA-60からも、その新世代サウンドは十二分に感じられる。デノンの音に初めて触れる人も、かつてのデノンサウンドを知っている人にも、一度聴いて欲しいアンプだ。
(協力:デノン)