レビュー
final監修、防水なのに完全ワイヤレスの枠を越える高音質、ag「TWS04K」
2020年5月27日 08:00
皆さんは昨年11月のヘッドフォン祭で「TWS01K」というモデルが発表されたのを覚えているだろうか? finalを擁するS’NEXTが“第2のブランド”として繰り出した「ag」ブランドの、第1弾製品として送り出された完全ワイヤレスだ。
Bluetooth 5.0で対応コーデックはSBC/AAC/aptX、2時間の充電でaptX時に6時間(ケース込みで最大54時間)の連続再生ができるが、防水やノイズキャンセリングなど、スペック面において特に珍しい点はなく“普通のモデル”だ。しかし僕はこのTWS01Kこそが「オーディオにおける“完全ワイヤレスのマイルストーン”だった」と明言したい。
評価のポイントは“音が良かった”のだ。こと音質というポイントにおいて、コレと対等に渡り合える完全ワイヤレスは当時存在しなかったと思っているし、今でもほとんど無いと言っていい。初めて完全ワイヤレスでクラシックをまともに聴けたと心底感じた製品なのだ。個人的にTWS01Kの登場は、完全ワイヤレスが“音声信号モニター”から“オーディオ機器”へと進化した瞬間だった。
だが大変残念なことに、TWS01Kは5月現在、新品で手に入れることは難しくなっている。その理由は新型コロナウイルスだ。人類のありとあらゆるつながりをズタズタに切り裂いた厄災は、完全ワイヤレスのサプライチェーンにも影響を与え、発売後数カ月で新製品が生産完了としてしまった。レビュー記事を書きたかったが、買えないものをオススメするわけにはいかず、泣く泣く断念となってしまった。
防水でも高音質、小さな新イヤーピースにも注目
今回取り上げる「TWS04K」はそんな01Kの後継機にあたるブラッシュアップモデルだ。価格は15,800円(税込)で、5月から発売されている。
「TWS(完全ワイヤレス)を買おうと思って検索をかけてみると、訳の分からない有象無象が山程出てくる。玉石混交の現状において気軽に買える真っ当なものを出したい」(細尾社長)というコンセプトは01Kから引き継いでおり、スペック的には相変わらずシンプルと言っていいだろう。ノイズキャンセリングやパーソナルイコライジングといった高級な機能は、04Kではやはり非搭載だ。
それでもモデルチェンジに伴って変更された部分は多い。スペック面での最大の進化は、IPX7防水の対応だ。防水にはゴアテックス(テフロン)系のフィルターが一般的に使われるが、これをやると、再生音にちょっとディップのできる帯域が出るという。防水イヤフォンにはドンシャリがキツめの製品が多いのは、こういった事情があるそうだ。
そこでTWS04Kでは、音質への影響がほとんど無い新開発の防水機構を開発。final印のチューニング術と相まって、音質を損なわずに防水機能を詰め込んでいる。
もうひとつ注目なのは「小さな大進化」と言えるイヤーピース。TWS04K付属のピースは、新設計「TYPE E 完全ワイヤレス専用仕様」になっている。ベースとなったTYPE Eイヤピセットは月に数千セットも売れているそうで、他社にも供給しているほどのヒットモデル。これの完全ワイヤレス向け最新版が、本製品には同梱されている。
イヤフォンマニアには周知の事実だが、イヤーピースを変えると音の聴こえ方は変わる。これは耳内空間の容積が変わったり、密閉度が変わったりといった事が要因なのだが、TWS04Kは“イヤーピース込み”の音作りをしており、これで低域を出すようにしているのだという。
音はもちろんだが、特に完全ワイヤレスはイヤーピースだけで固定をしているものが多いため、装着時の快適度における重要なファクターでもある。従来のTYPE Eは耳の奥に深く挿すという設計思想だったが、完全ワイヤレスの場合はケースに入れる都合でイヤーピースの丈は短くなる。つまり装着位置がかなり浅く、耳穴の手前の方でふわっと挿す様なスタイルなのだ。
押し込まず、密閉度を下げつつ、それでていて外れにくいという、難しい要求を両立するため、素材は「これ以上柔らかくは出来ない」と言われるくらい限界まで柔らかくした上で、厚みをコンマ1mm薄くして柔らかさを出したという。
充電ケースはシボ加工されたレザー調でまとめられ、ツルツルなプラスチックだった01Kよりも高級感が増している。指紋がつきにくく汚れが気にならないのも嬉しい点だ。このケースにはエントリーモデル「TWS02R」で搭載していたモバイルバッテリー機能を搭載。バッテリー容量は2,600mAhで、2,000mAhだった02Rから増量している。
イヤフォン本体のバッテリーは一回の充電で最大9時間の音楽再生が可能。充電ケースを併用すれば最大180時間の再生ができる。ケース自体の充電はUSB Type-Cで、充電時間はケースが4時間、イヤフォン本体が2時間だ。
ハウジングの外形は01Kとほぼ違いが見られない。並べても判らないレベルなので、01Kと04Kの両方を持っている人は注意。万一の本体紛失時は公式サイトで片耳のみの購入が可能。この点も従来と変わらない。
完全ワイヤレスが歌い上げる有機的な音楽
TWS04Kのサウンドをじっくりチェックした。まず全体的な傾向としてはフラット志向のナチュラルサウンド。特定の帯域を演出する様な強調は無く、どの音域も過不足なく聴こえてくる。強いて言うならば低音は若干ダルでボワつきがあり、高音に僅かな強調を感じる。音源によってはノイズか歪みの感じも出るが、あからさまな音潰れといった破綻はない。
特筆すべきは、全体的なまとまりが凄まじく良いこと。色気ムンムンな美音というわけではないが、スッキリとしていて心地良く鳴り、とにかく音楽としての嫌な感じ、耳に付く不快な音がほとんど無い。それでいて聴かせるところはちゃんと聴かせる、抑えるところはちゃんと抑えるという様に、音楽のツボを心得ていると感じる。ピュアオーディオ機器で例えるなら「リンやメリディアンのような英国系の、スッキリとした有機的な雰囲気の音」だ。
空間的な広がりには限界があり、スカッと晴れ渡る心地良さはなかなか厳しい。これは情報量に限りがあるaptXコーデックの限界なのだろう。
完全ワイヤレスで従来「高音質」と言われていたモデルでは、曲がらない鋼の針金のような、カチカチでキンキンとしたサウンドが多かった。でも本製品は違う。音の繋がりが滑らかで音自体が実にしなやかだ。声でも弦でも管でも、ちゃんと音が響いて、旋律やハーモニーをしっかりと“歌っている”のだ。コレにより、“クラシック音楽がキチンと聴ける製品”になっている。アコースティックな響きを味わうサウンドは、今までの完全ワイヤレスでは無かったタイプだと感じる。これを聴くと、他の完全ワイヤレスではクラシックが聴けなくなるかもしれない。
各曲で要素を聴いてみよう。「ホテル・カリフォルニア」では出だしの音からして、完全ワイヤレスと思えないほど、凄く落ち着いた上質なものだ。全域にわたって音楽としてのまとまりがとても良く、どこを聴いても嫌な強調感やわざとらしい演出が無い。
低音は僅かに締まりが欲しい。逆に高音にはキレがあり、気持ちが良い。かなり注意深く聴くと、ほんの僅かにジャリッとしたノイズも聴こえるが、他の製品と比べると圧倒的に少ない。ここは特に「頑張ってケアをした」という音域だそうだ。
演奏表現としてはまず、高音の鳴りに起因するアコギのスチール弦にきらめきを感じる。エレキギターの合いの手にほんのりと色気が乗り、ヴォーカルはスッと中央に定位して立っているが、主張はさほどではない。いずれもあくまで演奏の1パートという趣だ。
ドラムスのシンバルやアウトロのエレキギターは音にしっかりとした芯があり、鳴りの面から演奏の聴きごたえが出ている。こういう筋の通った音が、サウンドにおける01Kとの大きな違いだろう。あちらも素晴らしかったが、04Kではこういったコシのある音を出すようになった。「進化した」とも言っていい。
「Waltz for Debby」では、冒頭のダブルベースのピチカートで、まず良好なマルカート(弾み感)を感じられる。ダブルベースは低音楽器だが、弦を弾く際に様々な倍音や付帯音が鳴っており、この高音成分が音の輪郭をしっかり描いていると感じた。
ビル・エヴァンスのピアノはゆったりと流れるようで、これ見よがしな感じは無い、気軽なラウンジジャズの雰囲気がよく出ている。それと対称的なのがドラムスのスネアブラシで、こちらはスタッという小気味良さがしっかりあるが、同時に楽器の存在感もなかなかのものだ。
中間部にあるダブルベースソロのパートでは、低音楽器の表現力が存分に感じられた。これがイマイチなイヤフォンだと、モゴモゴ言うだけで何をしてるか判らなかったり、高音を無理に強調した結果、カチカチパチパチといった弾き音だけが聴こえてしまう。だが04Kは違う。低音にしっかりと身が詰まっており、どんな演奏をしているかがちゃんと判るのだ。
全体的なバランスでは、高音がほんのり強め。お陰で音の輪郭がしっかり感じられる。ゆるやかで現代的なサウンドと言えるかもしれない。聴き惚れるような感じは薄いが、聴いていて疲れない、リラックスできるサウンドだ。
ヒラリー・ハーンの独奏による「バッハ:ヴァイオリン協奏曲」では、まず良好な低音のボリュームが音楽の土台をしっかりと支えている。僅かにダルでモゴついてはいるものの、ベースがしっかりと鳴っているので音楽全体が豊かに響いて暖かい演奏に感じる。
その上に乗るヴァイオリンの響きがこれまた素晴らしい。ヒラリー・ハーンの表現力が凄く活きていて、ピアノもフォルテも、緩やかなクレッシェンドも滑らかなスラーも、実に見事。それゆえ、演奏がとても活き活きとしているのだ。音のボキャブラリーが豊かで、音楽の濃淡や陰影がとても滑らか。カデンツァの独奏も情緒があって、ここにはハッと聴き入る瞬間があった。完全ワイヤレスでこんなにゆったり響くヴァイオリンは、ちょっと他では聴いたことがない。
ダ・カーポのトゥッティ3音には瞬発力があってグッと音を押し出すエネルギーを感じる。音楽の雰囲気がカデンツァからガラリと変わった。チェンバロになかなかの存在感があり、他2曲でも指摘したとおり、やはり爪で弦を引っ掻く撥弦の高音成分がよく出ている。
対称的に弦楽合奏パートの主張は穏やかだ。分解能に目を見張るものがあるわけではないが、パートとしてまとまった、それでいてソロを邪魔しない演奏だ。ただ音数が増えると、空間的な響きや音の広がりがもう一声欲しくなる。
スペックでは語れない価値がTWS04Kにはある
人気の完全ワイヤレスだが、登場したばかりの頃は、オーディオとしての評価がし難い製品も多かった。Bluetoothによる無線接続の完全ワイヤレスは、それだけ情報量にハンデがあり、小さな筐体にバッテリーがアンテナ、アンプなどを入れなくてはならないというのも、高音質との両立が難しいポイントだ。
それゆえ、必然的にスペックの数字や価格競争が激化しており、個人的には「音楽を愉しむオーディオ趣味としてはどうだろう?」と感じていた。
そんな印象を、前モデルTWS01Kと、新機種TWS04Kは根底から覆した。ノイズキャンセリングもパーソナルイコライジングも無いが、地道なオーディオ開発と設計の工夫というアプローチで、こんなにも魅力的な完全ワイヤレスが作れる事を体現している。完全ワイヤレスでもここまで音楽を歌わせられることを証明した、“完全ワイヤレスのマイルストーン”だ。
TWS04Kは約1.5万円の完全ワイヤレスだが、1万円あたりの有線イヤフォンとも戦える音質だ。これから完全ワイヤレスの購入を検討している方や、以前の僕のように完全ワイヤレスの音に懐疑的だった方はぜひ聴いて欲しい。間違いなく、一聴の価値がある。