レビュー
STAX“頂点を極めた”驚異の静電型ヘッドフォン「SR-X9000」を聴く
2021年10月8日 08:00
埼玉県富士見市に本社を構える有限会社スタックスは、イヤースピーカー=静電型ヘッドフォンの分野で世界に君臨するオーディオメーカーである。そのスタックスから、新たなるフラッグシップの静電型ヘッドフォン「SR-X9000」(69.3万円)が登場した。9月10日に同社Webサイトにティザーページが開設され、9月16日にはその全貌が明らかとなった。
ここではSR-X9000について詳しく述べていく。正直なところ、私はSR-X9000というモデル名に最初とまどってしまった。これまでスタックスの最高級機はシンプルなネーミングだったはずで、たとえば時代を代表するフラッグシップとして「SR-Ω」(1993年)や「SR-007」(1998年)、「SR-009」(2011年)などが挙げられる。そして本機がリリースされるまでの最高級機はSR-009を進化発展させた「SR-009s」(2018年)だった。
それが「X9000」??? 私はスタックスの広報担当者にネーミングについて尋ねてみた。彼から返ってきた答えは、新製品のSR-X9000は、“今から約50年も前の1970年に発売されたSR-Xを始祖とする新設計の最高級機”ということ。なるほど~。歴史を紐解いてみると、私が10歳の頃に発売されたSR-Xは固定電極に金属メッシュを採用した初めての製品だったようだ。音の透過性に優れて均等な静電力を与えることから金属メッシュが採用されたらしいのだが、高音質を目指して大きさと薄さを追求していくとメッシュの強度不足から共振が発生して、音が濁ってしまうという問題が発生したらしい。改良を重ねてSR-Xは1972年にマーク2になり、1975年にはマーク3へと進化して製品としての終焉を迎えている。
スタックスが再び金属メッシュの固定電極を手掛けて完成させたのが、1993年のSR-Ωだった。大口径の円形金属メッシュには手作業で表面に接着剤を用いた補強を施すなどの繊細な防振対策が講じられていたが、スタックスのベテラン職人にとってもかなり大変な作業だったらしく、結局のところSR-Ωは音質が高く評価されたけれども少量の生産にとどまることになり、残念ながらディスコンになってしまった……。
金属メッシュの固定電極を使ったヘッドフォンが復活
詳しい話の前に、イヤースピーカー=静電型ヘッドフォンの発音原理のおさらいをしておこう。静電型ヘッドフォンでは静電気を発生させた振動膜(ダイアフラム=振動板)を挟むかたちで、その前後に音を透過する固定電極が配置されている。オーディオアンプに相当するイヤースピーカー専用ドライバーから前後の固定電極に音声信号が送られ、そこで発生する静電気により振動膜が振幅して音を発するのである。前後の固定電極はプッシュ・プルの関係にあり、一方が振動膜を引き寄せると同時にもう一方が振動膜を押し出す動作になる。
スタックスのイヤースピーカーを新たな音の次元へと導いたのは、「MLER」と呼ばれる多層固定電極の実現である。MLERはSR-009の開発過程で実現したハイテク技術だ。同じ金属(ここでは音質を吟味したステンレススチール素材)で造られた3枚の固定電極パーツを特殊な真空釜に入れて高温と高圧を数日間かけることで、互いの原子が拡散されて金属の境界面が再結晶化=融合されるというのがMLERの大きな特徴。つまり、3枚の金属板から1枚になった立体形状の電極を実現できてしまうのだ。MLERで接着剤などをまったく使わない画期的な電極が構築できたことで固定電極の剛性は飛躍的に高まり、SR-009はスタックス史上でも群を抜いて品位の高い美音を獲得するに至った。
SR-009では音を透過するため、0.5mm厚のステンレススチール板に高度なフォトエッチング処理を施して無数の穴を開けていた。残る2枚も同じ厚さで、強度を高めるためのリブ的な役割を果たしている。MLERは他にもSR-L700や現行製品のSR-L700マーク2、そしてスタックス創業80周年記念モデルのSR-L300 Limited(2018年)など、外耳の形状に合わせた長円形の発音ユニットにも使われるようになった。
そのSR-009を進化させたSR-009s(2018年)では、フォトエッチング処理で開けられた穴の境界面をさらに滑らかな形状にするためのフィニッシュ・エッチング加工というひと手間が加わり、さらに一体化した固定電極全体に金メッキを施すことで、MLERからMLER-2へと進化している。輝く金メッキの美しさが印象的だが、金という導電性のある異種金属による制振効果に加えて音質的な判断から金メッキ処理が決定されたという。
イントロが長くなってしまったが、新フラッグシップのSR-X9000について語っていこう。
SR-X9000では固定電極にステンレススチール製の金属メッシュを採用した。SR-Xに始まりSR-Ωで終わったはずの金属メッシュが再び起用されたのである。その金属メッシュは振動膜に最も近い場所にあり、そこに同じステンレススチール素材の固定電極パーツを3枚重ねた合計4層を一体化したMLER-3を完成させるに至った。注目すべきは金属メッシュが0.2mm厚という極薄なこと。他の3枚はそれぞれ0.5mm厚である。
0.2mmという極薄の金属メッシュは縦方向の金属線と横方向の金属線を織った2軸構造になっている。そのままでは縦線と横線は交差しているだけだが、MLERの真空状態での高温&高圧プロセスで交差ポイントも融合することに。さらに全体をSR-009sと同様の金メッキ処理を施すことで、SR-X9000の固定電極は完璧なまでの制振性を実現している。個人的に大いに感心しているのは、中心にあるリブが真円ではなく楕円を描いていることだ。これが非対称の形状をもたらし機械的な共振がさらに少ないリジッド構造になったはず。
SR-X9000は大口径だ。振動膜(ダイアフラム)は面積比でSR-009sよりも約20%の大型化を果たしている。すなわち、MLER-3の固定電極全体もSR-009sのMLER-2よりも大きいのである。振動膜の素材は、スタックスでいうところのスーパーエンプラ。すなわち、スーパー・エンジニアリング・プラスチックと呼ばれる超極薄の高分子フィルム。厚さは1000分の1mm~2mmというから驚きだ。その質量は公表されていないけれども、限りなくゼロに近いことだけは間違いない。前後にあるMLER-3の固定電極と振動膜との間隔は、SR-009sと同じく各0.5mmに保たれているという。SR-009sと同じように、SR-X9000の発音ユニットは精密なアルミニウム切削加工によるハウジングに納められている。
このハウジングには外側に防塵用の金属メッシュ(ガードメッシュ)が貼られている。これは2軸ではなく金属に長穴を開けたような格好だ。さらにハウジングの保護用として同じガードメッシュを貼ったアルミニウム部材がネジ留めされているのだが、隙間の高さを前後で変えたチルト・ガードメッシュ構造になっている。これは不要な平行面を防ぐための施策で音の反射角をコントロールしているのだ。
優れたフィット感。ケーブル着脱も可能
スタックスでいうところの「アークASSY」は頭頂への装着アッセンブリー。SR-X9000では薄いステンレススチール板材を採用することで、ひねりやねじりに対する耐性を確保した装着感を実現した。板材の共振も抑えられた設計になっており、9段階のクリックがあるアジャスターのおかげで左右の均等性も容易に得られる。ヘッドパッドは本革製で、SR-009sよりもフィット感が優れているという印象であった。
専用ケーブルの着脱が可能になったのも、SR-X9000の特徴に挙げられよう。スタックスの高級機には高純度6N無酸素銅+銀メッキ軟銅線のハイブリッド構造による低容量ケーブルが使われているが、たとえばSR-009sではケーブルが本体に固定されているため着脱ができなかった。ケーブルの着脱ができるのは長円形の発音ユニットを搭載するSR-L700mk2とSR-L500mk2の最新世代機に次ぐ快挙である。
SR-X9000には1.5mと2.5mの専用ケーブルが付属していて、用途に応じて選択できるようになったのも嬉しい。しかも、SR-X9000ではケーブルが本体ハウジングに対して少し角度をつけた状態になっている。たとえばSR-009sではハウジングからケーブルが垂直に伸びていたので左右がちょっと判り辛かったが、これなら簡単に左右が判別できるというものだ。
一音一音が緻密。音の締りが増し、厳格さを感じさせる
SR-X9000の音を聴いてみる。駆動するドライバーにはスタックスの最高級機であるSRM-T8000を借用した。SRM-T8000は前段が真空管回路でドライブ段が半導体回路というハイブリッド構成である。音を比較するために自宅で愛用しているSR-009sも用意。SRM-T8000は2台のイヤースピーカーを駆動できるのでSR-X9000とSR-009sの両方を接続し、試聴音源を交互に聴くことで音の違いがどう感じられるのかを確かめた。DELAのミュージックライブラリー(オーディオ専用NAS)に格納してある試聴音源を英国dCSのヴィヴァルディ・システムで再生。ヴィヴァルディDACとSRM-T8000はバランスケーブルで直結した状態だ。A/B比較のときの音量位置(SRM-T8000)は固定している。
最初にSR-009sで試聴楽曲をひととおり聴いてみた。これはSRM-T8000と組み合わせた音を聴いて自分の感覚を慣らすためである。SR-X9000は1.5mと2.5mの接続ケーブルが付属していて、この比較試聴ではSR-009sと長さを揃えた2.5mの接続ケーブルにした。ケーブルは素材も構造もまったく同じと思われる。
まずはCDからのリッピング音源である手嶌葵「月のぬくもり」から聴き比べることにしよう。SR-009sで鳴らした音を確かめてからSR-X9000を頭にセットした瞬間、私はSR-X9000がSR-900sよりも軽いことに気づいた。カタログ値ではSR-X9000は432g(本体)であるのに対して、SR-009sは441g(本体)。2.5mのケーブルを含むと583gになる。本体の公称値で比べるとSR-X9000が9g軽いことになる。例えるなら1円硬貨が9枚分の重さでしかないのだが、体感的にはもう少し軽く感じられるのだから不思議だ。装着感の良さは前述したけれども、耳への側圧感はSR-009sと同程度で圧迫感はない。
SR-009sとSR-X9000を同じボリューム(SRM-T8000)で聴き比べると、音圧感はほんの僅かにSR-X9000のほうが低いようだ。しかし、一音一音の緻密さはSR-X9000のほうが勝っている。手嶌葵「月のぬくもり」の冒頭で鳴る伴奏のグランドピアノの音色は共に明瞭で和音で重なる音が織なす響きの複雑さの表現も同格といって差し支えない。ただし、総じてSR-X9000のほうが音の締りが増していて厳格さを感じさせる。音場空間の雰囲気はSR-009sのほうがフワッとした解放感をもたらしているのだが、SR-X9000は精確性を高めている音と思わせるタイトな音がした。
ピアノに続いて顕われる手嶌葵のヴォーカルは、正直なところ甲乙つけがたいくらいの魅力的な声色に聴き惚れてしまった次第。しっかりとした定位感で自然な感じの残響も得られているが、SR-X9000のほうが高精細な描写を得意としているようだ。
続いて聴いたのはイーグルス「ホテル・カリフォルニア」である。これはライヴCDアルバム「ヘル・フリーゼス・オーヴァー」からのリッピング音源。ギター(ガットギターやエレクトロ・アコースティックギターなど)から始まるこの曲では、私はギターの倍音成分が豊かな音色や聴衆の拍手や口笛などを主な聴きどころにしている。SR-009sとSR-X9000は情報量の豊かさこそ同格といえる見事な音を聴かせてくれるが、SR-X9000のほうが低音域の制動が効いた透明感に優れた音で全体の見通しが良く感じられ、モニターライクと形容したくなる視覚的な音なのだ。窮屈な感じはまったくなく、ローエンド方向の迫力もSR-X9000のほうが1枚上手だと想わせる。
ド迫力のジャズトリオとして、CDからのリッピング音源であるヘルゲ・リエン・トリオ「テイク・ファイヴ」を聴いた。アルバム「スパイラル・サークル」からの楽曲である。左チャンネルからの荒々しいドラムソロから始まるこの曲は、SR-X9000のほうがダイレクトな激しい音で好ましかった。先ほどから制動の効いた音という印象を得ているのだが、SR-X9000のほうが鋭角的な音の立ち上がりや音の描写感が好ましいのだ。ローエンドまでの深々とした伸びの良さは、SR-009sの振動板面積よりも約20%アップという大口径がもたらしているのだろう。低音域の緩みは感じられず、ピアノの打音の克明さも申し分ない。このあたりでSR-X9000の音の傾向がほぼ把握できてきたが、その要因と思われるところも判ってきたので後述しておきたい。
クラシック音楽は、クリスチャン・ツィメルマンがピアノを弾くベートーヴェンのピアノ協奏曲全集から「ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第1番 第3楽章」を聴いている。これは96kHz/24bitのハイレゾ音源。サー・サイモン・ラトル指揮ロンドン交響楽団の演奏で2020年12月の最新レコーディングだ。
楽器の編成が大きいオーケストラの臨場感はSR-009sもSR-X9000も得意としているのは間違いなく、両機種ともハイレベルで心地よく音楽を堪能できたと申しあげておきたい。音質傾向としてはSR-009sのほうが刺激的な音を感じさせない、音楽鑑賞に相応しいクオリティの高さで魅了するし、SR-X9000はそれよりも僅かに解像感を高めに振っているオーディオ的な音なのである。SR-009sの音に耳馴染んでいる私であるが、その音に不満はまったく感じていないけれども、SR-X9000のほうが性能的に優れた音であると納得させられた。
ツィメルマンのピアノ独奏から始まる第3楽章は管弦楽が加わると多彩な音色が重なって音に厚みが増してくる。SR-X9000では解像感が衰えないままスケール感も豊かに曲が展開され、特に弦楽器群が奏でる旋律の繊細さが際立っている。もちろんSR-009sも並外れた音のパフォーマンスで圧倒してくるのだが、ティンパニが連打される低音はSR-X9000のほうがダイナミックでしかも力強い。
スタックスがSR-X9000で金属メッシュに再挑戦したのは、対向する2枚の固定電極の間で発生する静電力が均等かつ高密度に得られるからではないだろうか? それがどの程度の違いになるのかは想像の域から出ないけれども、エッチング処理で丸穴が無数に開けられているSR-009sの電極(厚みは0.5mm)とSR-X9000のメッシュ電極(厚みは0.2mm)は、まんべんない静電力という意味で異なる。2台を同時に接続した今回の試聴環境では、ドライバーのSRM-T8000からのバイアス電圧は580Vと全く同じである。SR-X9000のほうが音が締まっていて解像感も僅かに高めに感じられたのは静電力の違いなのかも知れない。両機種を聴き比べてSR-X9000のほうが音圧が低く感じられたのは、電極の構造による音の透過性も関係しているのだろう。
新たなフラグシップSR-X9000は垂涎の存在
MLER-3という類まれなハイテク技術により、SR-X9000はきわめて剛性の高いメッシュ電極を手に入れることができた。SR-Xに始まりSR-Ωで終わったかに思えたメッシュ電極は究極的な固定電極へと昇華したようだ。
私は数日間をSR-009sとSR-X9000の比較試聴に費やすことができて感慨深い思いでいっぱいである。SR-009sの愛用者として新たなフラッグシップのSR-X9000は垂涎の存在になるけれども、それでSR-009sの音の魅力が失われたわけではない。文中には「僅か」という言葉が何度も登場したと思うが、両機種ともに完成度の高さと音質的な魅力が拮抗しているのはいうまでもない。
SR-X9000に関していくつか技術的な確認をするためにスタックスの広報担当と電話で話していたら、発表からすぐに世界中から問い合せがきていると伺った。もとより大量生産に向いていないイヤースピーカーであるから、いまから注文されても年内の納品はできそうもないという嬉しい悲鳴が聞こえてきた。
(協力:スタックス)