小寺信良の週刊 Electric Zooma!
第1162回
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静電型で平面駆動ヘッドフォン、STAX「SRS-X1000」を買ったわけ
2025年2月12日 08:00
起爆したか、平面駆動
昨今、平面駆動方式のヘッドフォンが急速に注目を集めている。本連載でも2021年にFOSTEXの自作キット「RPKIT50」をレビューしたのを皮切りに、2023年にはEDIFIERの「S3」、2024年には同「S5」と「S10」、今年は早くもFIIO「FT1 Pro」をレビューした。
これらはすべて、平面磁界型ドライバを採用している。ダイナミック型は円錐形の振動板を使うため、音ととしての空気の押し方が平行ではないが、平面駆動は平面の板がそのまま振動するので、空気を平行に押すことができる。同じ空気振動でも、聞こえ方としては違ってくるというわけだ。以前は数十万円の高級モデルしかなかったが、最近は10万円以下のモデルが多数登場し、いよいよ普及帯へ入ったように思われる。
こうした平面磁界型ドライバのヘッドフォンが目指している音というのが、STAXのイヤースピーカーだ。そもそもEDIFIERのSシリーズは「STAX Spirit」と銘打っており、他社もSTAXの影響を隠そうとしていない。
そもそもSTAXの何がいいのか。今回は筆者が昨年5月に発売されたSTAX「SRS-X1000」を購入した理由とともに、平面駆動方式のメリット・デメリットについてご紹介したい。
平面駆動のバリエーション
STAXの製品はヘッドフォン型ではあるが、同社はヘッドフォンとは名乗っておらず、「イヤースピーカー」という名称を長年使っている。これは、同社の平面駆動方式である静電容量方式が、元々はスピーカーの駆動方式であったことに由来する。
静電型、別名コンデンサー型スピーカーは、かつてはハイエンドオーディオで注目されていた。以前はBang & Olufsenからも製品が出ていたと思うが、現在は確認できない。
ソニーでもツイーターだけ「エレスタットスピーカー」という名称で製品化した「SA-S1」というスピーカーが存在したが、現在はヤフオクなどでその姿を確認できる程度で、公式サイトにも情報がない。特性や製造の難易度から考えれば、ツイーターだけ静電容量方式というのは妥当性がある。ただ、大きな平面で空気を平行に押すという、平面駆動スピーカー本来の特徴は出せない。
英国QUADも平面駆動で知られたメーカーで、海外ではラインナップがあるようだが、日本の代理店ではもう扱っていないようだ。コンデンサー型スピーカーとして現行商品が日本で入手できるのは、今や米国MartinLoganぐらいだろうか。それだけ、フルレンジの大型のものを製造するのは難易度が高い。
一方小型のもので皆さんにもお馴染みのものに、コンデンサー型マイクがある。マイクとスピーカーでは全然違うではないかと思われるかもしれないが、原理的にはどちらも同じものだ。電気信号を元に振動板を震わせるのがスピーカーで、空気振動を拾って振動板を動かし、電気信号を発生するのがマイクである。つまり動作が逆向きになるだけだ。
つまりコンデンサー型は、小さい方が作りやすいという事になる。STAXも元々はコンデンサーマイクの製造からスタートし、コンデンサー型スピーカーへと進化していった。
STAXが公開している図版を参考にコンデンサー型スピーカーの原理を簡単に説明すると、平行に配置された2枚の固定電極の間に振動板を挟み、これに高い電圧(静電気)をかけておく。2枚の電極に直流電圧をかけて帯電させ、電荷を保持するのは一種の蓄電構造なのだが、これは電子部品のコンデンサーと同じ原理である。
この両極の間に音楽の電気信号を加えると、中心の振動板が信号波形に合わせて引っぱられたり押されたりすることで、振動する。この振動が空気を押し、音になって表出するというわけだ。
ただ両方の固定電極がタダの板だと、音が通り抜けられない。なのでこの電極版はメッシュ状の細かい穴が開けられている。こうしたメッシュ構造は、音質に与える影響がほとんどないことが確認されている。現在のスピーカーにも、振動板を保護するパンチンググリルやメッシュ地の布幕などが設置されているが、あれを取り外してもほとんど音質が変わらないことから、その効果が確認できる。
このように平面駆動の原理は、2つの固定された板の間に稼働板を挟む、というものである。昨今の磁界平面駆動も、考え方は同じだ。
FIIOが公開しているFT5の構造図を見てみると、固定された永久磁石の間に通電できる振動板を配置しているのがわかる。
つまり磁界平面駆動では、静電気の代わりに磁力を使うわけだ。振動板上の電線に音声信号が流れると、それに応じた磁界が発生する。これにより、固定極間の磁界の中で押したり引いたりの動作が起こる事で、空気を押すわけである。
ここで課題になるのは、コンデンサー型ではメッシュ状だった両極が、磁界型ではスリットになる点だ。なぜスリット状になるかというと、使用するのが棒磁石だからである。
平面駆動型では、音声信号に対するリニアリティを向上させるため、コンデンサー型では電圧を、磁界平面では磁力を高める事になる。いわゆるテンションが高い方が、制動性が高まるという理屈だ。ただ余り強すぎると逆にちょっとやそっとじゃ動けなくなるため、適度なバランスというものがある。
磁力を高めるには太い棒磁石を高密度に配列しなければならないが、そうなると音の出る隙間が細くなる。こうした細い出口から空気が抜けると回折効果が発生するので、音質に悪影響を及ぼす。現時点で多くの磁界平面駆動ドライバを採用するメーカーを悩ませているのが、この現象をいかに抑えるかである。
もう一つは、磁界と電流により発生する駆動力は、ダイナミック型と原理的には同じなので、信号に対するリニアリティもそれに近くなることだ。よってうっかりすると磁気特有のクセが音に表われ、ダイナミック型と変わらなくなってしまう。
静電型のような全く違う応答性のものと対抗するために、振動板を薄く軽量化してリニアリティを高める必要があるなど、別の難しさがある。FIIO 「FT1 Pro」が振動板の厚みを1μmにまで薄膜化にこだわったのも、こうした理由からだ。
エントリーでも12万円のSRS-X1000
STAX初となる静電容量方式のイヤースピーカーは、1960年の「SR-1」と専用ドライバ「SRD-1」に遡る。上記のように静電容量方式では、高い電圧で振動板を帯電させておかなければならないため、直流電圧が供給できる専用のドライバユニットが必要になる。STAXでは現在においてもイヤースピーカーとドライバをセットで使用しなければならないのは、こうした理由からだ。
STAXでは、イヤースピーカーとドライバが組み合わせで選択できるよう、基本的にはバラで販売されているが、エントリーシステムとして両方がワンパッケージになった製品が、今回購入した「SRS-X1000」だ。価格は公式サイトで121,000円。
イヤースピーカーは単体売りもされている「SR-X1」だが、ドライバの「SRM-270S」は、旧製品「SRM-252S」をベースに新開発した専用モデルで、単品売りはされていない。
実は筆者がSTAXのイヤースピーカーを購入するのは、これが初めてではない。記憶が定かではないが、2000年前後に1度、当時のエントリーモデルとドライバを購入している。現在はすでに型番もわからなくなっているが、現行製品ではSR-L500シリーズと同形の箱型モデルであった。
エントリーモデルとはいっても当時のヘッドフォンの水準からすればあり得ない価格であり、当時かなり無理して購入した覚えがある。ずいぶん気に入って使い続けたのだが、さすがに20年も使い続けているとガタがくる。ヘッドセットのあちこちからギシギシ音がするようになった。そんなこともあり、宮崎に転居する際に、廃棄してしまった。
しかしその後になって、にわかに平面磁界ドライバの製品が続々登場し、事あるごとにSTAXが引き合いに出されることとなった。STAXの音は覚えているものの、手元に現物がないので、なかなか比較することができない。
今後、平面磁界ドライバの製品が力を付けて行くにつれて、STAXとの比較は避けられないだろう。そんなわけでもう一度STAXを購入せざるを得ないか、と考えるようになった。幸い昨年のInterBEE2024ではSTAXが試聴ブースを出しており、「SRS-X1000」も試聴できた。エントリーモデルでも記憶の中の“STAXの音”が問題なく再現できていることが確認できたので、今回改めて購入に至ったというわけである。
イヤースピーカーであるSR-X1は、一般的なヘッドフォンと同じ取り回しができるようになっている。ドライバ形状はハイエンドモデルと同じ円形を採用したところも、ヘッドフォンらしさがある。
アームの構造などはシンプルだが、装着感は非常に良い。以前所有していたモデルは、頭部のバンド部から下につり下がっているような装着感だったが、SR-X1は左右の挟み込みによる圧着感も適切で、重量も234gと軽量なので、長時間でも負担のないリスニングが可能になっている。
ドライバの周波数特性は7Hz~41kHzとなっており、アナログ入力ながらもハイレゾ再生が可能だ。エンクロージャは外側が完全開放となっており、外に内側と同じぐらいの音が出る構造は、従来と同じだ。ほとんど素通しに近い構造なので、昨今流行の耳を塞がない系イヤフォン並みに、外部の音が聞こえるのも大きな特徴の一つだ。
特徴的なフラットケーブルは、オーディオ信号以外にも電圧をかけるための電力線が必要なので、内部はマルチケーブルになっている。コネクタ部の端子は5本だが、ケーブル自体は6芯だ。アースが左右共通になっているのだろう。
ケーブルはエンクロージャ部の根元から着脱式になっており、リケーブルにも対応する。以前のモデルは着脱式ではなかったので、断線するとメーカー修理が必要だった。現行モデルはだいぶ着脱型が増えてきている。
同梱の「SRM-270S」は、RCAアナログ入力と、そのスルー出力を持つシンプルなドライバだ。電源はACアダプタで給電し、前面のボリュームノブが電源ボタンも兼用している。基本的にはこのドライバにライン入力したものを、イヤースピーカーで聴くという形だ。
平面駆動ヘッドフォンが目指すSTAXの音とは
静電型の平面駆動ヘッドフォンというジャンルでは、筆者が知る限りSTAXには競合製品がないので、ほぼ独壇場とも言える。静電容量型の特徴は、音声信号に対するリニアリティの良さだ。細かい信号までよく拾ってドライブできるので、音の解像感、特に滑らかな高域表現に特徴がある。
今回はApple Musicを音源に、M4 Mac MiniにDACとしてTEAC「UD-301」を接続し、それにSRM-270Sを接続している。試聴するのは、坂本龍一の1986年のアルバム「未来派野郎」から、「黄土高原」と「Ballet Mecanique」である。このアルバムはサンプリングの一部に権利問題があるようで、ストリーミング音源化されていない。CDからリッピングしたロスレスオーディオで聴いていく。
黄土高原は左右に飛び散るような金属音シーケンスに、やはり硬質なDXピアノによる主旋律が乗る作品で、STAXの高域特性を聴くにはちょうどいい。以前もよくSTAXで聴いた曲である。
途中吉田美奈子による多重録音のコーラスが入るが、ほぼモノラルミックスされているにも関わらず、1つ1つのパートも追えるような分離感が素晴らしい。信号に対するリニアリティの良さが、こうしたところに現われる。
続く「Ballet Mecanique」も、イントロはアナログ時計が時を刻む音やカメラのシャッター音など、金属音が多い。一方後半になると重めのドラムが入り、様相ががらりと変わる曲である。本来もう少し低音がドスドスするサウンドなのだが、SR-X1では若干軽めに聞こえる。
全体的に低域から高域までバランスよく聴かせるが、いわゆるモニターヘッドフォンのような面白みのない超フラットな特性ではなく、音楽的にオイシイ部分を適度に盛り上げて聴かせる作りだ。もう少しドンシャリにすれば張り出しは良く聞こえるものだが、そうした見栄えの良さを嫌い、むしろ低音によって細部がマスクされることのない、見通しの良いサウンドを狙った作りでもある。イマドキの踊れる音ではないが、落ち着いて音楽を楽しみたい人には聴きごたえのある音である。
総論
平面駆動スピーカーのもう一つの特性は、音の直進性が高いという事である。つまり正面から聴けば遠くまで届くが、正面から脇に逸れると音が変わってしまう。MartinLoganのコンデンサースピーカーが湾曲しているのは、面を曲げることで音を拡散させているわけである。
こうした直進性は、多くの人が同時に聴くスピーカーとしては不利で、この点では円錐で音を押すダイナミック型の拡散性のほうにメリットがある。だが平面駆動でもそれを耳のすぐそばに置き、耳と平行に固定すれば、直進性のデメリットを回避できる。多くの平面磁界ドライバ採用メーカーがSTAXをリスペクトしているのは、こうしたコンセプトを65年も前に確立したからであろう。
もう一つ平面駆動の良さは、その駆動面積にも比例する。駆動面が小さければ空気の押し方という点で点音源に近くなり、ダイナミック型との差が小さくなるからだ。この点においては、イヤフォンのドライバに平面磁界型を採用して特徴を出すのは、大変難易度が高いと思われる。
オーディオファンの中には、STAXを購入してヘッドフォン修行は終わり、という人も多い。高価ではあるが、歴史的にもサウンド的にも、それだけの価値がある。とはいえ筆者が購入した理由は、これから発展する平面駆動方式のリファレンスとするためなので、今後も各メーカーの平面駆動方式ヘッドフォンを積極的に聴いていきたいと思っている。そしていつかSTAXを超える音と出会えることを楽しみにしている。