レビュー

DAP内蔵“移動できるヘッドフォンアンプ”超便利。AK「ACRO CA1000」

Astell&Kernの「ACRO CA1000」

これまで据置き用の単体アンプかUSB-DACを内蔵したアンプがほとんどだった。しかし、今回紹介するのは“ヘッドフォンアンプを再定義した”というAstell&Kernの「ACRO CA1000」。高級DAPで不動の人気を誇るAKシリーズで培われた高音質を引っ提げた、Hi-Fiオーディオライフの核(コア)となり得る一台だ。

今までのヘッドフォンアンプと何が違うのか。それは、アンプだけではなく、ストリーミングやネットワークオーディオ、BluetoothからUSB-DAC機能まで内蔵している事。さらに、バッテリーまで内蔵し、自宅内のどこでも高音質のヘッドフォンサウンドを楽しめる“死角のない1台”。据置きのオーディオシステムと組み合わせるためのラインアウトも備えており、発展性があるのも見逃せない。

今年1月に発売されており、価格は299,980円と決して安くはないが、歪みのないクリアなサウンドと超高出力アンプを備え、これでもかと多様な機能を備えた“末永く使えるオーディオライフのパートナー”として高いポテンシャルを秘めている。筆者がその「死角のなさ」を体験した様子をお伝えしていきたい。

超多機能なACRO CA1000

背面の端子部

主なスペックを紹介しよう。入出力端子は実に豊富。ヘッドフォン出力は3.5mm/6.35mmアンバランス、2.5mm/4.4mmバランスに対応。デジタル入力は光(角型)、同軸(RCA)を備え、3.5mm端子兼用の光デジタル出力、充電専用のUSB Type-C端子とは別にデジタル入出力用のUSB Type-Cも搭載。

さらに、アナログ入出力(RCA)も備えているので、据え置きのオーディオ機器を接続して、Hi-Fiオーディオのシステムに組み込める。後述するが、ラインアウトモードをONにすることで、4.4mmバランスヘッドフォン出力からライン出力を得ることも可能だ。

プレーヤー機能も備えているので、本体にタッチディスプレイを搭載。置く場所に応じて見やすく操作しやすい角度に調整できるチルト式で、最大60度までリニアに調整できる。ディスプレイサイズは4.1型、解像度は1,280×720ドットのTFTカラー液晶だ。外形寸法は約104.9×148.8×45mm(幅×奥行き×高さ)、重さは約919gと気軽に宅内を持ち運べるサイズ感だ。

本体にタッチディスプレイも搭載。置く場所に応じて見やすく操作しやすい角度に調整できる

DAC部にESS製「ES9068AS」を4基搭載したクアッドDAC構成を採用し、Astell&Kernブランドが持つアンプ回路技術により、優れたデコード能力を実現しているという。最大384kHz/32bitまでのPCMと、DSD 512(22.4MHz/1bit)のネイティブ再生に対応するから、現在流通するほぼ全てのハイレゾファイルを再生可能だ。

対応ファイル形式はWAV、FLAC、MP3、WMA、OGG、APE、AAC、ALAC、AIFF、DFF、DSF、MQA。AKらしく、MQAにも対応している。プリインストール音源には、筆者が所属する音楽ユニットBeagle KickのMQA音源も2曲収録されている。

ノイズの干渉を防止するため、ヘッドフォン出力回路は、使用しないコネクターをリレーで完全に遮断することで、独立した回路構成によるノイズレスな出力を実現した。実際に、ヘッドフォンを差替えて試聴すると、「カチッ」というリレー音が聞こえる。

AKシリーズでお馴染み、内部回路のシールド缶は、導電性の高い超高純度銀メッキを既存のシールド缶に施して、より優れたオーディオ性能を実現。モジュールにはAKが開発した主要回路を一体化したサウンドソリューション「TERATON ALPHA」を採用。効果的なパワーノイズ除去、効率的な電源管理、歪みを最小限まで抑えた増幅などにより、オーディオ出力インターフェースから元の音に近いオーディオ再生を実現したという。

バッテリーは8,400mAhと大容量で、別途電源を接続することなく最大で10時間半の連続再生が可能だ。実際に使ってみても、バッテリーの減り具合は想像していたよりもゆっくりで、大容量バッテリー様々だ。

9V/3Aに対応したUSB-PD 2.0による充電も可能で、対応USB Type-Cアダプタを使用すると、約1時間で50%、約2時間30分でフル充電できる。これは本当にありがたい。小型で家中どこにでも持って行ける本機はバッテリーで使うことも多いと思われるので、充電がスローではテンションも下がる。試しに残量10%程度まで使ってから、iPad Airの9V/2.22Aの20W充電器を使用して1時間15分ほど充電したら、残量が65%まで一気に上昇した。

Wi-Fi(2.4/5GHz)やBluetoothの受信・送信(SBC/AAC/aptX HD/LDAC)にも対応。ワイヤレス転送機能「AK File Drop」により、音楽ファイルの転送や管理をワイヤレスでも可能としている。内蔵ストレージは256GB。microSDカードスロットを備え、最大1TBのmicroSDカードで容量の増設が可能だ。

そのほかUSB-DAC機能や、音楽ストリーミングサービスアプリ等をインストールできる「Open APP Service」機能などを備えた。なお、Open APP Serviceはサポート対象外なのであらかじめ留意されたい。

使ってみる

ということで、ザッと紹介しただけでも、ちょっとお腹一杯になってしまいそうではあるが、ACRO CA1000は多機能であること自体が魅力のひとつなのだ。出来ることが非常に多いため、本稿では筆者が気になった機能を中心に、できる限り紹介したいと思う。

そもそも、“家中どこにも持って行ける可搬性の高いヘッドフォンアンプ兼プレーヤー”というのは、ハイエンドオーディオ機器としてあまり見ないタイプだ。デスクの傍らや、ベッドルーム、オーディオラックに至るまで、その小型でスタイリッシュなデザインは、どこにでも置きたくなるし、実際に手軽に場所を変えられる。

本体のデザインコンセプトは、火星の過酷で危険な環境を突破するためのパワフルなローバートラックをイメージしたもので、AK独自のボリュームホイールは、どんな障害物も乗り越える探査車のような金属製ホイールをイメージしているらしい。本体がアルミニウムということも相まって、見た目も実際も堅牢な筐体だ。

電源を入れると、立ち上がるまで30秒ほど時間がかかる。プリインストールされている曲に加え、試聴用の27曲を保存した状態だから曲数はさほど多くない。設定画面に入って項目を選ぶ時も、若干動作がもっさりしている。これはちょっと残念な点だ。起動時間については、ファームウェアのアップデートなどで高速化を期待したいところ。

楽曲データの内蔵ストレージへの転送は、有線と無線両方に対応している。同一ネットワーク上のメディアサーバー(NAS等)をAK Connectで参照し、アルバム単位や曲単位でACRO CA1000にダウンロードできるからとても便利。これは「AK File Drop」という機能だ。

筆者は、ハイレゾ音源はPCとUSB接続してドラック&ドロップで転送、CD音源はNASからAK File Dropで転送した。NASは「RockDiskNext」や「Soundgenic」を使っている。ちなみにAK File Dropの転送速度は驚くほど速く、CDからリッピングしたFLACファイルであれば、アルバム一枚が一瞬で終了する。カメラを構える暇もない速度なので、あらかじめカメラを構えた状態で転送し、一瞬のタイミングを狙って何度もテイクを重ねてようやく撮影できた。

いくらなんでも早すぎるので、ちゃんと転送されたのか不安になり、AK Connectでマイデバイス(内蔵ストレージ)を参照すると、楽曲が出てこない。だが、転送されていないわけではなく、音源をコピー後、ライブラリ情報を作るために少し時間が掛かるようだ。数秒間待てば転送した楽曲が追加されていた。念のため、AK Connectは、ライブラリに反映されるまで切らない方がいいだろう。

既にNASを使ったネットワークオーディオを楽しんでいる人は、内蔵ストレージに転送してもいいし、ネットワーク経由で聴いてもいい。既存のライブラリを画面のタッチ操作だけですぐに転送できるのは便利でちょっと感動した。しかも、別売の光学ドライブ「AK CD-RIPPER」を組み合わせれば、PCレスでCDリッピングにも対応する。

ヘッドフォンで音質をチェック

音源を転送したらまずはヘッドフォンでサウンドをチェック。今回試したヘッドフォンでは、すべて最も低いゲイン設定で試聴した。ボリュームを半分以上上げて適切な音量が取れる状態を基準として考えている。ボリュームをあまり上げていないのに爆音になってしまう場合は、さらに低いゲインを使いたいところだが、特に問題はなかった。

ヘッドフォンの入力プラグが3.5mmの場合は、CA1000のヘッドフォン出力にある6.35mmと3.5mmでは、3.5mmに直接挿した方が音の純度は上がる。わざわざ、6.35mmへの変換アダプタを使わなくても、3.5mmステレオミニのプラグを直接挿すことを勧めたい。6.35mmのジャックは、一部の業務用ヘッドフォンやハイエンド機などで活用できるだろう。筆者のリファレンスであるヤマハ「HPH-MT8」で3.5mm出力の音をチェックする。

ヤマハ「HPH-MT8」で3.5mm出力の音をチェック

ハイレートのハイレゾファイルが試聴できるので、DSD 11.2MHzと384kHz/32bit整数を再生した。DSDは「Little Donuts / HAPPY TALK SESSION」より「HAPPY TALK」。ハイエンド製品らしい地に足の付いた芯のある音を鳴らしてくれる。音量を上げても演奏の躍動や弾みにしっかり追従するドライブ力と、歪み感の少なさは素晴らしい。DSD 11.2MHzならではの現場の空気感を感じさせてくれる。楽器音は、生き生きとしているが、特定の帯域が突出していることはなく、マスタークオリティのバランスだ。MT8がとても自然かつフラットに鳴っている。

Beagle Kickのネイティブ32bit整数録音音源となる「SUPER GENOME」。サンプリングレートは384kHzだ。本楽曲の特徴である、コーラスの緻密で繊細なニュアンスを克明に描き出す再現力はさすがだ。サックスの豊かなダイナミクスと強弱の変化はマイク収音の限界に迫るクオリティ。ネイティブ32bit整数録音の再現力が光る。左右の広がり感も素晴らしい。アンバランス接続のMT8を使った試聴でもクロストークは極力抑えられていると感じた。

ただ、SNはもう少し頑張って欲しい。小さい筐体に多機能を詰め込んでいるので、限界もあるかとは思うが、価格を考えるともうワンランク上の領域を実現してほしいところ。

DSD 11.2MHzと同じく、周波数バランスは努めてフラット。特に本楽曲はレコーディングからミックスまで現場に同席しているので、スタジオの音を知っている立場で評価している。どんな音楽も正確にそのままに描ききる。AKシリーズのフィソロフィーが生きていると言えるだろう。

続いて、バランス接続を試してみよう。今回、ヘッドフォンは2モデルを用意した。ウルトラゾーン「Ed.15」と、Astell&Kern「AK T5p 2nd Generation」。それぞれ、3.5mm接続と2.5mmバランス接続の音の違いをチェックしてみた。

ウルトラゾーン「Ed.15」
Astell&Kern「AK T5p 2nd Generation」

シロクマでおなじみの4人組のジャズバンドグループJABBERLOOPのCOREハイレゾ版より「spice」を聴く。Ed.15は、ウルトラゾーン独自のS-Logicとオープン型機構のおかげで3.5mm接続でもかなり広がり感は大きく、ヘッドフォンらしい詰まった音場感はない。

2.5mmバランス接続にすると、シンバルやハイハットの音の微細な強弱や、スティックが当たる瞬間の立ち上がりの音量変化が精密に描かれている。音場全体が一気にクリーンになって、各楽器の分離も見違えるようだ。S-Logicの独特の音場に少し違和感があったのだが、バランス接続になると、スピーカーで聴いているような自然な開放感が楽しめた。

続いて、CD音源は「Fab band with kajiwara」の「Time Tree」より「Birthday」。バンド形式のフュージョンを中心にチェロ演奏なども交えた味わい深いテイストのインストアルバム。渋くてカッコいいナンバーを揃えている。アンバランス接続では、ベースやバスドラの音が厚めで、ちょっと重苦しい感じがある。音像の付近にモヤを感じる。

バランス接続に変更すると、その抜けの良さと、生々しい楽器音の躍動に目が醒めるような驚きを覚えた。中低音の重苦しい感じも、音像にまとわりついたモヤが消えることで幾分改善され、ヘッドフォンの個性の範囲内にまとまっている。

歪みの減少も生楽器の音を楽しむにはとても重要。スペック上もアンバランスに比べてバランス接続は歪み率が半分以下に減少している。アンバランスでも十分クオリティは高いのだが、バランス接続になると、楽曲本来の味わい深さや、ミックスの妙技がより正しく伝わる印象だ。CD音源もここまで音がいいのだと再確認できた。

次にAK T5p 2nd Generationを試す。「ゆるキャン△ SEASON2」挿入歌「この場所で。」をハイレゾで。サントラアルバムの中に収録されている本楽曲はダイナミクスが広く、音がいい。アコースティック編成のオケに佐々木恵梨&亜咲花の伸びやかで透明感のある歌声が映える。やはりバランス接続になると、左右の音場が大きく広がって、透明度も格段に向上した。ボーカルの躍動感がアップして、子音のクリアさが心地よい。定位がより緻密に感じられるのも印象的だ。

CD音源からは、IRabBits より「This Is LOVESONG」。声優 寿美菜子出演によるMVも話題となったピアノロックバンドIRabBitsの名曲のひとつ。バランス接続にすると、センターのボーカルやベースにまとわりついていたモヤが消えてスッキリ。ボーカルの音像がクリアになって聴き心地がいい。ベースとボーカルの分離も格段に向上。広がり感の改善と定位の明確化も相まって、楽曲のノリを存分に味わえた。

総じて、アンバランス接続からバランス接続にすると、音楽性が高まり、楽曲への没入度が上がることが確かめられた。せっかくの高級ヘッドフォンアンプ。バランス接続のヘッドフォンを持っていない人は、新規で購入してでも本来の実力を発揮させたいところだ。

クロスフィード機能が凄い

こぼれ話にはなるが、クロスフィード機能は本当にすごかった。これは、片方のチャンネルのオリジナル信号の一部をミックスし、その信号を時間差で反対側のチャンネルに送り、音像を中央に定位させる機能。

“スピーカーで聴くような自然なサウンドを可能にした”というが、使ってみてビックリ。さすがに前方から音が聞こえるとまではいえないが、スピーカーで聴くような左右の音が混ざって耳に到達する感じを自然に再現している。特に一発録りのライブ音源を聴くと、聴き疲れが大きく改善した。

クロスフィードオフの状態では耳元で直接音が「ドヤァ」って感じに鳴ってしまうのだが、オンにするとスピーカーリスニングのような自然な感覚が味わえるので、脳の疲れが軽減されそう。192kHz/24bit以下のPCM音源で使用出来るので、長時間聴くときは積極的に使っていきたい。

テクニクスのEAH-AZ70Wを使い、Bluetooth接続も試す

Bluetoothの送信・受信機能もおいしいポイントだ。気軽にスマホから繋げてストリーミングを楽しんだり、家事をしながら片手間でワイヤレスリスニングなど利用シーンは意外にありそうだ。AACのみだが、送信と受信を試してみた。まず送信機能から。テクニクス「EAH-AZ70W」で問題なく接続と試聴が出来た。

受信は、iPhone12 miniから接続したが、ACRO CA1000のWi-Fi機能をオフにしないと音切れが激しくて使用に耐えない。iPhoneを数センチの距離に置いたり、再生する音楽アプリを変えてもダメだった。音質については、可もなく不可もなく普通のAACの音という感じだった。

DACとして活用してみる

LINE OUTも備えている

ラインアウトも備えているので、単体DACとしても利用出来る。RCA出力はもちろん、バランス出力も可能なので、ハイエンドなアンプやプロ向けのアクティブスピーカーへの接続も可能だ。ということで、今回は以前レビューしてその良質なサウンドを確認済みのヤマハの新型モニタースピーカー「MSP3A」を用意した。

ヤマハ、約1.6万円の小型モニタースピーカー「MSP3A」をPCやゲームで使う

ヤマハの新型モニタースピーカー「MSP3A」と組み合わせた

ACRO CA1000と組み合わせると、ちょうどいいサイズ感。家のどこかにMSP3Aを常時設置して、スピーカーで聴きたい時だけACRO CA1000を持ってきてラインケーブルを繋ぐ……といった運用もアリだろう。

RCA出力はボリュームを可変/固定、どちらか選べる。ただ、可変(ラインアウトをOFF)にすると、曲のスキップや初めて再生する曲頭で「プチっ」というノイズが確認された。同じ曲を頭出してもプチ音が発生する。同じアルバムの、次の曲に自然に移るときは発生しない。プチ音のレベルは、音楽に比べて十分小さいものの、耳を澄まさなくても聞こえるレベルなので、これは残念だ。

一方で、ラインアウトをONにするとプチ音は無くなった。さらに、ラインアウトの方が同じ音量感でも、純度が大きく違う。ラインアウトの方が音はいいのだ。ただし、ラインアウトは2V出力となるため、音量が大きすぎて、MSP3Aのボリュームをかなり絞る必要がある。アナログ時計で例えると8時くらいの位置だ。

筆者の防音スタジオでこれだから、一般家庭ではさらにボリュームを絞らないといけないと思う。MSP3Aの音量を一台ずつ揃えるのも面倒だし、ボリュームコントロールができるモニターコントローラーを間に挟みたいところだ。

ACRO CA1000をさらに使いこなす

スピーカーはもちろん、ACRO CA1000自体の振動対策は推奨したい。

今回は、スピーカーにAETのインシュレーター「VFE-4010U」を4個ずつ使用した。本体には、アコースティックリバイブのクォーツアンダーボード「TB-38H」を使用している。本体にアンダーボードを組み合わせるのは、スピーカーからの振動が机を通して伝わり本体に悪影響を与えるのを緩和するためだ。

RCA接続が残念な結果だったので、気を取り直してバランス接続を試す。4.4mmのヘッドフォン出力からバランスのラインアウトを取ることにした。MSP3AはXLRの入力端子を備えている。4.4mmのままでは接続できないので、TOP WINGの変換ケーブルWhite Barrel 4.4XLRを使った。

こちらはラインアウト用を想定し、グラウンドが接続されているため、4.4mm出力から安心してバランス接続出来る。White Barrel 4.4XLRから先は、XLRケーブルでMSP3Aまで結線した。

バランス接続であれば、可変ボリュームでもプチ音は発生しない。4.4mmのヘッドフォン試聴で鳴っていなかったので当たり前といえば、当たり前だ。

ラインアウトをONにすると、音の純度が向上するのはRCAと同じだ。モニターコントローラーを間に挟むと、そこでも大なり小なり音質は劣化するので、モニターコントローラーか、本体のボリュームを使うかは悩むところ。接続の接点が少なくて済むのは、本体のボリュームで操作する方だ。やはりラインアウトはOFFの状態で使うのが現実的だろう。

ただ、LINE OUTをONにしてアクティブスピーカーの音量を一台ずつ微調整したときの音の良さはホントに絶品なので、ここぞと言うときは面倒でも一手間掛けるのはいいと思う。なお、XLR入力ではMSP3Aの最大入力レベル(約12.3V)が業務用途に最適化されているため、ACRO CA1000のLINE OUT(4V)でも、ボリューム位置はRCAよりも上げ目で調整できた。可変領域が広い分、調整はしやすい。

音質評価としては、ヘッドフォンのときよりもバランス/アンバランスの音質差は少なかった。そもそも、ヘッドフォンのバランス駆動と、ラインケーブルのバランス接続は理屈が違うので比較するのはナンセンスである。RCA接続に比べて、音像のクリアネス、サウンドステージの透明度、奥行きや空間表現力の向上などが感じられた。

バランス接続で何曲か聴いてみる。Chimaのミニアルバムnestより「lien」や「たより(弾き語りVer.)」をハイレゾで。Chimaは、北海道を拠点に活動するシンガーソングライターで、アニメやゲームのタイアップも手掛ける。透明感のある歌声はハイレゾとの相性が抜群だ。女性ボーカルをはじめ、ストリングスの入った劇伴なども聴いてみたところ、共通していえるのは、音が”やさしい“こと。

決して音色が甘いとかそういう側面はなく、質感表現が穏やかで適度な温かみがあり、リラックスして聴けるようなバランスが特徴的だ。MSP3Aがヤマハということもあるが、これはたぶんACRO CA1000の個性だと思う。フラットかつ正確なバランスで出力しているが、どことなく優しい音は個人的にはとても好感を持った。

また、スピーカーから二等辺三角形の頂点に座るリスニングにこだわらず、部屋のあちこちで聴いてみた。精度の高い、正確な音を鳴らすMSP3Aと、同じくフラットな高純度の音を出力できるACRO CA1000のコンビネーション。どこにいても耳を傾けたくなる。直接音に意識を集中しなくても、スッと音楽の内容が頭に入ってくる。そんな空間を満たす心地よいスピーカーオーディオを楽しめた。

おまけで筆者宅のプリメインアンプである「L-505uXII」にもバランス接続してみたが、中低域の不足はまったく感じられず、ミドルハイエンドのプレーヤーらしい、地に足の付いた充実のエネルギー感を確かめる事ができた。ネットワークオーディオ機能も使えば、ソース機器としても十分使えるクオリティだろう。ディスプレイまで操作しに行くのは面倒なので、スマートフォンからリモートコントロールできるアプリがあれば、なお良いと思う。

なお、ネットワーク接続は2.4GHzと5GHzに対応するが、5GHzは対応チャンネルに注意したい。筆者宅では自動チャンネル設定にしていたら、ACRO CA1000から5GHzネットワークだけ見つからない問題が起きた。チャンネルを自動設定から対応チャンネルに固定したら接続できた。

具体的な対応チャンネルは、W52(IEEE 802.11a/n/ac)では36/40/44/48ch、旧型のWi-Fiルーターの場合、J52(IEEE 802.11a/n)の34/38/42/46chとなる。自動で混雑したチャンネルを避けるための自動チャンネル設定は、常時ONにしたい機能なので、この制約は予想外のウィークポイントだった。

また、中継器経由で接続しようとすると、IPアドレスをいつまで経っても自動取得できない。親機の近辺で5GHzに接続してから、中継器のある部屋まで移動して少し待つと、中継器の発している5GHzに接続が移行した。中継器には同じ無線設定を引き継いでいるのに、今まで他の機器では見られない事象であった。仕様というより、環境固有の挙動かもしれない。

Wi-Fi経由でNASの音源をAK Connectを使って再生したときと、同じ曲を内蔵ストレージから再生したときの音質差は、少しばかり楽器音のトランジェントが向上したことと、音に芯が入った感じはしたが、Wi-Fi経由の音質が悪いということはない。細かい違いは気にせず、内蔵ストレージとメディアサーバーの音源を使い分けて楽しむのが得策だ。

最後に、USB-DAC機能の応用として、PS5との直接接続である。PS5はUSB Audio Class 1.0に対応していれば、音声の出力機器として認識する。だが、電源を入れてからPS5に接続したところ、ACRO CA1000は認識されなかった。本機のUSB Audio Classは2.0(あるいはUSB-Cなので3.0)のみ対応ということだろう。

これからのオーディオシステムの“コア”に

多機能過ぎるので全機能を紹介することは出来なかったが、いかがだっただろうか。普段はデスクの空きスペースに置いて高音質なヘッドフォンサウンドを楽しみ、寝室や書斎に持ち込んだらヘッドフォンや小型のスピーカーと組み合わせ。リビングではアンプとスピーカーで楽しむオーディオソースの中核としても活用できる。他にも利用シーンは沢山想定できそうだ。

その全てにおいて、バッテリー電源ならではの利便性が生きてくる。実際、筆者が試用した期間だけでも、ACアダプタが要らないのは実に快適だった。また、内蔵バッテリー動作は、音質向上にも寄与している。

内蔵ストレージ、ネットワーク、Bluetooth、USB-DACとソースはいろいろ選べるし、ストリーミングアプリも活用できる、死角なしのオールマイティーっぷり。

カジュアルでも、“本気の時”でも便利に使え、しかもスタイリッシュなデザインでサイズ的にも置きやすい。これからのオーディオシステムの“コア”として、永く愛用できそうな逸品だ。

橋爪 徹

オーディオライター。ハイレゾ音楽制作ユニット、Beagle Kickのプロデュース担当。Webラジオなどの現場で音響エンジニアとして長年音作りに関わってきた経歴を持つ。聴き手と作り手、その両方の立場からオーディオを見つめ世に発信している。Beagle Kick公式サイト