レビュー

真空管の音まで楽しめる、小型で万能なデスクトップオーディオAK「ACRO CA1000T」

Astell&Kernから注目モデル「ACRO CA1000T」

最近、机の上にオーディオ機器を設置して音楽を楽しむデスクトップオーディオの人気が高まっている。オーディオの設置場所が最小限で済むから、コンパクトな移住空間になりがちな現代の日本のライフスタイルにマッチしているし、小型スピーカーとイヤフォン/ヘッドフォンの両方で音楽を楽しめる。デスクトップの風景をSNSへ投稿されている方も増えているようだ。スピーカー再生とポータブル再生をシームレスに楽しめるデスクトップオーディオには、明るい未来を感じる。

そんなデスクトップオーディオの注目製品として、DAPの人気ブランドであるAstell&Kernから「ACRO CA1000T」(369,980円)が登場した。

ACRO CA1000Tがどんな製品なのか一言でいえば、“DAPと高性能ヘッドフォンアンプを一体化した製品”である。アクティブスピーカーと組み合わせたり、ヘッドフォン再生環境を部屋のさまざまな場所に構築できる。

ヘッドフォンアンプとしても使用できる

さらに、2022年に登場した「ACRO CA1000」に新たな要素を追加したモデルでもある。それは、KORGが開発した真空管「KORG Nutube」を2基使用した“デュアルTube”によるフルバランス回路と、OP-AMPモード、TUBE-AMPモード、さらにその両方を使用したHYBRID-AMPモードの「トリプルアンプシステム」を新たに搭載し、切り替える事で音の違いが楽しめるというのが最大のトピックだ。

さっそくACRO CA1000Tを筆者の自宅に持ち込み、アクティブスピーカーとヘッドホン/イヤホン、それぞれの環境でクォリティチェックした。

コンパクトな筐体に高音質・高機能を凝縮

アルミ製の筐体は高級感抜群

ACRO CA1000Tを箱から出して、一目で筐体デザインのカッコ良さに惹かれた。 アルミ製の筐体は、Astell&Kernのデザインアイデンティティを象徴する“光と影”を具現化しており、エッジの効いたプロポーションで視覚に訴えてくる。

中央にはまるでDAPが埋め込まれているような角度調整のできる、タッチ操作対応の4.1インチのLCDディスプレイを搭載。再生、一時停止、曲の早送りなど基本操作ができるボタン、側面右側にはボリュームノブが備わっている。

ディスプレイはこのように起き上がる事もでき、前から操作しやすい
右側面に大きなボリュームノブを搭載

オーディオ部の内容はデジタル部、アナログ部、インターフェイスともかなり強烈だ。デジタル回路については、ESSの最新フラッグシップ8ch DACの「ES9039MPRO」を、DAPとしては世界で初めてデュアルDAC構成で採用し、電源ノイズの効果的な除去や、効率の良い電源管理、歪みの少ない増幅を達成した。

主要回路を一体化した究極のサウンドソリューション「TERATON ALPHA」ソリューションの搭載など、他にも書ききれないほどの音質対策が惜しげもなく投入されている。AK DAPで培った技術の“良いとこ取り”な内容にテンションが上がる。

また筐体内には256GBのストレージを持ち、バッテリーも内蔵。コンセントから遠いベッドの近くでヘッドフォンを聴くとか、ベランダで外の景色を見ながら音楽を……なんて使い方も可能だ。連続再生時間は約11時間となっている。

コンセントが近くに無い場所でも使える
充実のヘッドフォン出力

入出力端子などのインターフェイスは据え置き型として充実している。フロントにはヘッドフォン/イヤフォン関係の端子が備わる。左側から6.35mmアンバランス、3.5mmアンバランス/光デジタル出力、2.5mmバランス、4.4mmバランス出力を搭載。

背面端子部

リアパネルには、左側からMini XLR(3pin/ステレオ)ライン出力、RCAライン出力、同軸デジタル入力、光TOSデジタル入力、4.4mmバランス入力端子、データ/デジタル入出力用のUSB-C端子、4.4mm5極バランス入力、microSDカードスロット、給電用のUSB-C端子も独立して搭載されている。

小型筐体にもかかわらず3pinによるMini XLR端子を搭載しており、近年バランス入力が可能な小型のハイエンドアンプ等との組み合わせが可能なことは1つのポイントとなる。

また、高音質Bluetooth接続コーデックaptX HD及びLDACもサポートするし、Bluetoothレシーバー機能を実現する「BT Sink機能」も搭載しており、スマホからワイヤレスで音楽を受信する事もできる。Wi-Fi周りは2.4GHz/5GHzのデュアルバンドに対応しているなど抜かりない。

これら豊富な入出力により対応ソースも幅広い。基本的な使用方法としては同社のDAP同様に、デジタル楽曲ファイルの再生、およびOpen APP Serviceを使用した各種音楽ストリーミングサービスが中心となるはず。またDLNAによるネットワーク再生と、後日ファームウェアのアップデートにより、ホームオーディオで注目度が上がっている統合型再生ソリューションRoon Readyのエンドポイントとして利用できることも注目したい。

2023年となった今、ハイレゾ対応機器のレゾリューション競争はほぼ終焉しているとはいえ、本機は最大でPCM 768kHz/32bit、DSD 22.4MHzに対応するのも嬉しい。さらにハードウェアレンダラーによるMQA のフルデコーダー機能を持つので、MQAファイルの再生やデジタル同軸入力端子を活かす形でCDプレーヤーとデジタル接続してMQA-CDの再生も行なえる。また、日本では正式スタートしていないものの、オーディオファイルに人気のストリーミングサービス「TIDAL」のMQAストリーミングにも対応するはずだ。

ユーザビリティも考慮されている。まずはバッテリー管理。ACRO CA1000Tも含め、バッテリーを内蔵したDAPなどを常設で使う場合「充電しながら利用」しなくてはならず、これがバッテリー寿命を縮める原因になっていた。ACRO CA1000Tは、「USB-PD 2.0」による9V/3AのUSBからの給電が可能だが、バッテリー保護モード機能を搭載し、バッテリーの充電容量を80%から85%の間で調整することで、バッテリーの劣化を抑えている。

またワイヤレス経由でスムーズなファイル転送を実現した「AK File Drop」や、同社の「AK CD-RIPPER」の使用によるCDリッピング/CD直接再生機能など、長年ポータブル製品を発売してきた Astell&Kernの知見が本モデルにも実装されている。

ジェネレックのアクティブスピーカーと組み合わせてみる

デスクトップ上で、ジェネレックのアンプ内蔵アクティブスピーカー「G Three」と組み合わせた

ここからは試聴に入ろう。まずは筆者宅1Fオーディオルームのデスクトップ上に環境を構築した。フィンランド・ジェネレック社のアンプ内蔵アクティブスピーカー「G Three(ジー・スリー)」を用いる。

まずはスピーカーとACRO CA1000Tを置いてみたのだが、デスクトップの風景を見て「おぉ!これはカッコ良いぞ!」と思わず口に出た。設置した机の天板サイズが170cm×80cmで、対するACRO CA1000Tは外形寸法が104.9×155.8×45mm(幅×奥行き×高さ)と上から見ると大型のDAPくらいのサイズだから、場所を取らず設置できる。

普通のアクティブスピーカーの場合は、ACRO CA1000TとRCAケーブルで接続するだけで準備は完了。なお、G ThreeはXLR入力を備えているので、XLRケーブルを用意すれば、ACRO CA1000TのXLR出力と、バランス接続も可能だ(試聴はRCAで行なっている)。

まずはmicroSDカードに収納したハイレゾ楽曲ファイル、アデルのアルバム「30」より『To Be Loved Easy on me』(44.1kHz/24bit)を再生する。アンプモードは「OP-AMP」。ディスプレイを起こしタッチ操作で楽曲を選択して再生開始。するとコンパクトかつミニマムなシステムからは想像できない良質でストレートなサウンドが出てきた。

ジェネレックのスピーカーはプロ用途で定評を博すだけあり、ソースに忠実な帯域バランス、質感を持ち、さらに空間表現力も長けており、ある意味ソース機器には厳しい一面がある。しかしACRO CA1000Tのライン出力の品質は高く、眼前にはリアルなサウンドステージが構築されるし、音像のディテールがしっかりしており、わずかなリバーブ成分とともに音像が浮き出てくる。SN比も良い。

また、60度まで傾きを調整できるディスプレイ部と、楽曲のレゾリューションやAMPモードによって本体のAstell&Kern ロゴの色が変わることに注目。小さなことだが、このようにユーザーの気持ちを高めてくれるギミックは大歓迎だ。コンパクトかつ品質の高い音で卓上のスピーカー再生を実現できた。

楽曲のレゾリューションやAMPモードによって本体のAstell&Kern ロゴの色が変わる

ストレージメモリからの再生だけでなく、前述の通り、USB DAC兼ヘッドフォンアンプとしてPCとも接続できるので、PCのサウンドも高音質で楽しめる。さらに、Open APP Serviceでアプリをインストールすれば、Amazon MusicやSpotifyなどの音楽配信サービスの膨大な楽曲もこのシステムで再生できる。PCとの連携も良いのだが、ストレージメモリからの再生や音楽配信サービスを使えば、PCのファンノイズなどに邪魔されず、静かな環境で音楽が楽しめるのも魅力だ。

ヘッドフォン/イヤフォンでも驚きのサウンド

ヘッドフォン/イヤフォンも聴いてみよう。

AK ZERO1

最初はAstell&Kernブランド初となるオリジナルIEM「AK ZERO1」から接続。本モデルはビックリのドライバー構成で「マイクロ・レクタンギュラー・プラナー・ドライバー(PD:平面駆動ドライバー)」、「デュアルカスタムBAドライバー」、「5.6mm径のダイナミックドライバー」という3つのドライバーを内蔵している。ハウジングデザインも高級感があり視覚的にもACRO CA1000Tとはベストマッチ。

ここでは、MAISONdes, 花譜, ツミキ「トウキョウ・シャンディ・ランデヴ」を「OP-AMP」モードで再生したのだが、一聴してワイドレンジで分解能の高いサウンドだ。イントロから重低音で表現されるベースとドラムの音階表現も見事で、リアリティと重量感を両立。機械的にも聴こえるボーカルの距離感は近すぎず遠すぎず適切で、何より音に色彩感があるのが嬉しい。

次に「Nutube」を利用した「TUBE-AMP」モードに切り替えたが、ディテールに余裕が生まれる音楽性の高い音に変化し、楽曲全体にわずかに響きが乗り倍音成分も増えて聞こえる。本楽曲のようなポップス系でもいいし、ジャズやクラシックを躍動的に聴きたい時も有用だと思う。「HYBRID-AMP」モードは、両者の良いとこ取りの音といった印象だ。重要なのはその日の気分や楽曲に合わせてモードを変えられることだ。

AK ZERO1と組合せると視覚的にも高級感がありACRO CA1000Tとはベストマッチ

次に筆者のリファレンスヘッドフォン、ゼンハイザー「HD 800 S」とバランス接続し、駆動力を中心にクォリティチェックを実施したが、気になるその駆動力は予想以上。低域の制動も良くサウンドステージも広い。SN比も良く、音に透明感がある。デジタル信号とアナログ信号を物理的に分離するなどのノイズ対策が効いている印象だ。

改めてACRO CA1000Tのヘッドフォンアンプ部のスペックを確認したが、バランス出力時最大15Vrmsと出力も高く、バランス出力とアンバランス出力のボリュームコントローラーも独立しているなど強力なヘッドホンアンプ部を備えている。この状態で、「スピーカーに近い音像を実現する」というクロスフィード機能も試したが、音像定位の場所が変わり、確かにスピーカーで聞いたように音像の位置が前の方に移動する興味深い結果に。また、クロスフェードレベルの設定を変えると音像とサウンドステージの出方に変化がある。

ゼンハイザー「HD 800 S」

スピーカー/ヘッドフォンオーディオ2つの世界を1台で楽しむ

アクティブスピーカーとの組み合わせも、イヤフォン/ヘッドフォンとの組み合わせも結果が良かった。いい気になった自分は貸出期間中に寝室に本モデルを設置して寝そべりながら音楽を楽しんだ。バッテリー内装しているので、その場のノリで好きな場所に設置できるのである。そして単体機だからパソコンと繋げなくても良いし、本体だけで多くのソースを聴ける。この気軽さは非常に魅力的だ(「返したくないぞ」とパソコンのメモに書いている)。

長年オーディオ界では、スピーカー再生であれば、幅430mmのフルサイズコンポを使うか、DAPやパソコンをトランスポートにして、ヘッドフォンやイヤフォンなどのポータブルオーディオのどちらかを選択するのが一般的だった。デスクトップオーディオはその垣根を取り払ってくれる、新しいオーディオジャンルともいえる。

本モデルの場合、中心となるプレーヤー部はAstell&Kernのプラットフォームで構成されているため、DAPで培った優れたユーザビリティと音質が楽しめる。オールインワンのオーディオシステムであるために、アクティブスピーカーからヘッドフォン再生までオーディオシステムのコアとして活躍してくれる。

また、バランス出力可能なライン出力や、オマケではなく、駆動力・音質的にクオリティの高いヘッドフォンアンプを内蔵しているのも見逃せない。真空管の音を楽しめる「TUBE-AMP」モードの実装など、楽しい機能も搭載されているため、購入直後の満足感も高い。今はまだスピーカー/ヘッドフォン・イヤフォンのどちらかしかやっていないというユーザーであっても、高いクオリティで2つの世界に足を踏み入れられ、さらに発展性も期待できるなど、随所に見所の多い製品だ。

(協力:アユート)

土方久明