レビュー
バランスヘッドフォン購入! アンプはどうする? Fiio「K7/K9/K9 Pro ESS」聴き比べ
2023年3月14日 08:00
先日、人生初のバランス接続対応ヘッドフォンを購入した。興味はあったものの、高価なので踏ん切りがつかなかったのだが、「AV Watch編集部で働いているのだし、ここはひとつ持っておくべきだろう」と一念発起。編集部でオススメを聞いたところ「FOSTEX T60RPはどうだ?」「HA-MX10-Bもバランス化できるぞ」「MDR-M1STは玄人っぽくて良いよね」などなど熱論が繰り広げられたのだが、その中で名前が挙がった1台がMeze Audioの「99 CLASSICS」だった。
お店で試聴して気に入り、デザインにも惹かれた。付属ケーブルは3.5mmステレオミニのアンバランスだが、オプションで2.5mm/4.4mmのバランスケーブルが用意されているので、そちらもあわせて購入。本体とケーブルを合わせた購入金額は約4万円となった。
こうしてバランス対応ヘッドフォンを手に入れると、次に欲しくなるのがバランス接続できるヘッドフォンアンプ。これもさまざまな価格の製品が存在するが、ヘッドフォンに予算を使ってしまったので、そこまで高価なモデルは買えない。また、デスクトップに設置しやすいコンパクトなサイズであって欲しい。そう考えて探してみると、コストパフォーマンス的にFiiO Electronicの製品が気になった。
そこで、FiiOの「K7」「K9」「K9 Pro ESS」という3製品を借りてみた。いずれもDACチップをデュアルで搭載し、DAC部からアンプ部まで完全バランス設計を実現しながら、実売価格はK7が35,750円前後、K9が79,750円前後、K9 ProESSが143,000円前後と、比較的手が届きやすい価格からラインナップが揃っている。バランスヘッドフォンアンプデビューに最適なモデルはどれなのか、実際に聴き比べてみた。
DAC部からアンプ部まで完全バランス設計の“3兄弟”
各製品の特徴を簡単に振り返ろう。3製品のなかで最上位となるが、K9 Pro ESS(2022年4月15日発売)。数量限定で発売された「K9Pro LTD」の基本コンセプトを踏襲しながら、DACチップをESSの「ES9038PRO」デュアル構成に変更したもので、FiiOの据え置きヘッドフォンアンプ/DACのハイエンドモデルでもある。DACとしては最大384kHz/32bitまでのPCM、DSD 256のネイティブ再生に対応する。
ヘッドフォンアンプ回路には、FiiOとTHXが共同開発した「THX-AAA 788+」を2基搭載し、DAC部からアンプ部にいたるまで完全バランス設計を実現している。ハイインピーダンス負荷を駆動する際には最大52Vp-pを出力でき、ローインピーダンス負荷を駆動する際には2,100mW(バランス出力時)まで歪みなく出力できる。
ヘッドフォン出力は4ピンXLRバランス×1、4.4mmバランス×1、6.3mmシングルエンド×1と、今どきのヘッドフォンアンプに欲しいものが揃っている。XLRバランスライン×1、RCAライン×1出力も備えているので、単体DACとしても使用可能だ。
デジタル入力はUSB-B×1、USB-C×1、同軸デジタル×1、光デジタル×1を搭載。Bluetooth受信も可能で、コーデックはSBC/AAC/aptX/aptX HD/aptX LL/aptXAdaptive/LDACに対応。アナログ入力は、4.4mmバランスライン×1、RCAライン×1を備えている。Bluetooth Low Energy(BLE)にも対応していて、Bluetooth受信をしていない時でも、アプリの「Fiio Control App」から、チャンネルバランスやスリープタイマーなどを設定できる。
筐体はオールアルミニウム合金で、触るとひんやり冷たい。表面にはブラックアルマイト処理とサンドブラスト加工が施されていて、質感も良好。ハイエンドモデルだけあり、高級感がある。ステンレススチール製のボリュームノブにはゴールドフィニッシュが施され、本体の前面左には「PRO」の文字も掲げられており、これらも高級感アップに一役買っている。
なお、ボリュームノブを囲むようにRGBインジケーターライトが内蔵されており、再生中のサンプリングレートに応じて異なる色で点灯する。
このK9 Pro ESS(約129,250円)のオーディオ回路や、THX-AAA 788+のヘッドフォンアンプ回路などの完全バランス設計を受け継いでいるのが、'22年11月に発売されたK7(約35,750円)と、'23年2月3日に発売されたばかりのK9(約79,750円)だ。実売価格で比較してみると、K9、そしてK7のコストパフォーマンスの高さがわかる。
DACチップは、K7が旭化成エレクトロニクス(AKM)の「AK4493SEQ」、K9がESS製の「ES9068AS」のデュアル構成となっている。
対応する音楽データにも違いがあり、K9はK9 Pro ESSを上回る、最大768kHz/32bitまでのPCM、DSD 512のネイティブ再生が可能。K7は384kHz/32bitまでのPCM、DSD 256のネイティブ再生ができる。
ヘッドフォン出力は、K9がバランスで32Ω負荷時2,000mW以上、300Ω負荷時780mW以上。K7が32Ω負荷時2,000mW以上。
K9のデジタル入力はUSB-B×1、同軸デジタル×1、光デジタル×1、Bluetoothで、K9 Pro ESSに搭載されていたUSB-Cはなし。そのほかアナログ入力は4.4mmバランス、RCAライン×1。アナログ出力はXLRバランスライン×1、RCAライン×1。ヘッドフォン出力として、4ピンXLRバランス×1、4.4mmバランス×1、6.3mmシングルエンド×1を備える。
K7のデジタル入力はUSB-B×1、同軸デジタル×1、光デジタル×1、アナログ入出力はRCAラインが各1系統、ヘッドフォン出力は4.4mmバランス×1、6.3mmシングルエンド×1を備える。4ピンXLRバランス接続はできないので、XLRバランス接続のヘッドフォンは使用できない。
また、K7はK9/K9 Pro ESSの筐体を半分にしたようなデザインで、もっともフットプリントが小さいのもポイント。その一方で、上位2機種に搭載されているBluetooth機能は廃されている。
なおK9/K9 Pro ESSは縦置き用スタンドが付属するので、縦置きが可能。デスクスペースを節約したい場合は、こちらの設置方法がおすすめだ。
3機種聴き比べ。バランス接続でここまで音が変わるの!?
さっそく、Meze Audioの99Classics + 4.4mmバランスケーブルを使い、3機種を聴き比べてみた。24インチの「M1 iMac」を母艦とし、3機種をUSB接続。AppleMusicで配信されている楽曲を聴いた。
なお、K7/K9/K9 ProESSに付属しているUSBケーブルはUSB-A to Bケーブルで、そのままではUSB-CポートしかないiMacとは接続できないので、USBハブ(AnkerPowerExpand Elite 12-in-1 Thunderbolt 4 Dock)を介する形で接続している。なお、FiiOからは据え置きヘッドフォンアンプなどと接続できるデータ伝送ケーブルとして、USB-C to Bケーブル「LD-TC1」が発売されている。こちらを使えば、USB-Cポートしかない端末でも、よりダイレクトかつ高品位なデジタル伝送ができる。
Macの場合、別途ドライバーをインストールする必要はなく、MacとK7/K9/K9 Pro ESSをUSBで接続し、電源を入れればすぐに音声出力デバイスとして認識される。あとはメニューバーのサウンド設定から出力先を変えれば、ヘッドフォンアンプ経由で音楽を楽しめるようになる。
ただし、macOS側の仕様により、デフォルトの状態では伝送できるデータは44.1kHz/16bitまでなので、ハイレゾ音源を再生する場合は「Audio MIDI設定」アプリから、フォーマットを指定する必要がある。今回、K7とK9 Pro ESSは384kHz/32bit、K9は768kHz/32bitに設定した。
K7を聴いてみる
まずはK7を設置。筐体はiMacのスタンド部分とほぼ変わらない横幅で、かなりコンパクト。デスク上もスッキリするので省スペースに設置したい場合にぴったりだ。
さっそくApple Musicから「宇多田ヒカル/BADモード」(96kHz/24bit ALAC)を聴いてみると、今まで聴いていたiMacのヘッドフォンジャック直挿しのアンバランス接続とは比べ物にならないくらい広大なサウンドステージが目の前に広がる。こ、これがバランス接続の世界なのか!
アンバランス接続と比べると、音場が本当に広く、開放的な気分で音楽が楽しめる。この音が楽しめるだけで、バランス対応ヘッドフォンを買った甲斐があったと嬉しくなる。また、本格的なヘッドフォンアンプの駆動力の高さにも驚かされる。音の1つ1つがエネルギッシュで、クッキリと聴き取りやすい。信号の増幅時に発生する歪みを効果的に補正する技術が盛り込まれているというTHX-AAA 788+ヘッドフォンアンプの実力もあるのだろう。
広い音場のなかでも定位感は良好。ボーカルはやや寒色寄りだが、女性ボーカルとの相性も良く、解像感も高い。BADモードは中盤にさまざまな音が入り交じるパートがあるのだが、その細かな音の描写も丁寧で、「ここまで作り込まれていたのか!」と、今まで楽曲をフルに楽しめていなかったことに気付かされた。
続いて、YouTubeの一発撮りを音源化した「From THE FIRST TAKE」から「LiSA/炎- From THE FIRST TAKE」(96kHz/24bit ALAC)を再生。この楽曲では特にボーカルの描写力が印象的で、音がスッと立ち上がる様子や、生々しいブレス、細かなリップノイズなども、しっかり描かれる。高音域も耳に刺さるような印象は一切ない。
男性ボーカル楽曲として「SEKAI NO OWARI/Habit」(96kHz/24bit ALAC)を聴いてみても、ボーカルの押し出しが強く感じられつつ、背後のギターリフやシンセサイザーなどの表現力も優秀。低域は量感こそ少ないものの、タイトで小気味良い。
K9を聴いてみる
K7でも、初めてのバランスヘッドフォンには十分すぎるサウンドだったが、K9に切り替えてみると、音場の広大さやボーカルの描写力はそのままに、低域がパワーアップ。「宇多田ヒカル/BADモード」でも、タイトながら量感も感じられる低域がズン、ズンと響いて、思わず体を動かしたくなる。
細かな音の描写力も一段高い。楽曲冒頭の弦の響きや、宇多田ヒカルのため息のようなブレス、楽曲中盤のさまざまな音が入り交じるパートでは、その細かな音ひとつひとつが、よりくっきりと聴き取れる上、音がスッと消えていく。
細かな表現力の高さは、「LiSA/炎- From THE FIRST TAKE」でも感じられる。K7よりも高域の表現力が上がっており、LiSAのブレスやリップノイズだけでなく、歌い出しの口の動きさえ感じ取れるような生々しさで、ピアノ伴奏と歌声だけというシンプルな楽曲だからこその魅力に改めて引き込まれた。
「SEKAI NO OWARI/Habit」も、低域がシャープでタイト。冒頭からドラムとベースラインのキレが“増し増し”になっているところに、ボーカル・Fukaseの歌声が響いて、迫力もアップ。楽曲が持つ迫力を、よりダイレクトに堪能できる。
K9 Pro ESSのサウンドは?
「このK9よりも上のサウンドって一体……」と、“ヘッドフォンアンプ沼”に足を踏み入れる怖ささえ感じつつ、最上位モデルのK9 Pro ESSに切り替え。「宇多田ヒカル/BADモード」を再生すると、K9でも十分広く感じられた音場が、上下方向にも広さを感じられる。
K9でも十分シャープだと感じていた低域は、よりタイトになってキレを感じるレベルに。それでいて量感もあるので、聴いていてとにかく気持ちがよく、音楽の世界に没頭できる。「LiSA/炎- From THE FIRST TAKE」も、さらに解像感がグンッと上がり、鍵盤を叩く指の動きさえも見えそうなほど。K9とK9 Proの大きな違いはDACチップだが、「ここまで音が違うのか」と改めて驚かされた。
「SEKAI NO OWARI/Habit」も、K9で味わった以上の激しさで音が襲ってきて、音楽に飲まれているような感覚に圧倒された。
省スペース設置のK7か、性能&音質のK9か。
初めてのバランス接続ヘッドフォンアンプとして、FiiO K7/K9/K9 Pro ESSの3機種を聴き比べたが、どのモデルにもグッとくる長所があり、最適な1台を選ぼうとすると頭を抱えてしまう。
音質面で言えば、音場の広さ、低域の迫力、中高域の解像感など、やはり最上位のK9 Pro ESSが一段上のレベルにある印象だが、実売10万円超という価格は、散財した後の筆者にはなかなか手が出ない。でも手が出るなら欲しい。また、これは個人の好みの話になるが、ボリュームノブのゴールド仕上げがデスクトップに置いておくには派手すぎる印象もあった。
その点では、K9 Pro ESSほどではないにしろ、十分な音場の広さと低域の迫力を味わえつつ、実売79,750円前後で手にできるK9は音質・価格面でも、かなり魅力的だ。99Classicsと組み合わせると、女性ボーカルや弦楽器の表現力、低域の迫力のバランスが絶妙で、久しぶりに時間を忘れて音楽に没頭してしまった。今回比較した3モデルのなかで、唯一PCM最大768kHz/32bit、DSD512に対応していることも強みに感じられる。
K7は実売価格がK9の半額とも言える35,750円前後と、かなりリーズナブル。音質面ではK9/K9 Pro ESSと比較すると、低域の表現力に少し物足りなさを感じてしまうが、音楽をじっくり楽しむために必要な実力は十分備えている。それでいて設置面積がもっとも少ないのも、アクリルスタンドやフィギュアなど、デスク上に何かとモノが増えやすい“オタク”気質な筆者には、かなり魅力的だ。
今すぐ設置できて、バランス接続ヘッドフォンの性能を発揮できるK7を迎えるべきか……資金繰りを考えながらデスク周りを整理して、自分好みのサウンドを奏でるK9を迎えるべきか……しばらく頭を悩ませることになりそう。
自分にピッタリな1台を模索しながら、いろいろな曲を聴き比べてはニヤニヤしたり、驚いたりと、気がついたら足を踏み入れることに恐怖を覚えていたはずの“ヘッドフォンアンプ沼”に、どっぷりと浸かっている気もするが、これこそオーディオの醍醐味というものかもしれない。
(協力:エミライ)