レビュー

孤高のピュア“ミニコンポ”マランツ「M-CR612」をデスクトップオーディオで使う

左がマランツのミニコンポ「M-CR612」

現代のオーディオは、スペースとの戦いだ。サブスクの音楽配信サービスは広がっているが、手持ちのCDライブラリも聴きたい、YouTubeやNetflixなどの配信動画も楽しみたいと、ソースは多岐に渡るが、大きなコンポやスピーカーを置く場所はない。その一方で、リモートワークの普及でデスクまわりの環境を整えている人が増加し、デスクトップオーディオがトレンドになっている。

要するに“あらゆるソースを再生できる小さなコンポ”が欲しい。ただ、小さなコンポと言えばミニコンポだが、今さらミニコンポが欲しいわけではない。ピュアオーディオのように高音質な機器が欲しい。でも、数十万円みたいな値段は手がでないので、例えば10万円以下で……。

「そんな都合の良いコンポがあるわけない……」と、思いきや、実は存在する。マランツの異色なミニコンポ「M-CR612」(99,000円)だ。

発売からちょっと時間が経過しているが、異色過ぎてライバルらしいライバルが存在せず、未だに孤高のミニコンポなのだが、今回はこのM-CR612を“デスクトップオーディオのメイン”として使ってみる。

マランツのミニコンポ「M-CR612」

M-CR612が“孤高”である理由

280×303×111mm(幅×奥行き×高さ)というコンパクトな一体型ボディの中に、アンプ、CDプレーヤー、HEOSのネットワークオーディオプレーヤー、BluetoothとAirPlay 2の受信機能、USBメモリ再生機能、AM/FMチューナーをギュッと内蔵したのがM-CR612だ。アナログRCA入力×1、光デジタル音声入力×2も備えている。

「M-CR612」の背面

さっきから「異色」とか「孤高」とか、大げさな言葉を使っているが、M-CR612誕生の経緯と、その中に入っている技術(特にアンプ)を知ると、このミニコンポが「どうかしている」のがわかる。

こんな事を言うと怒られそうだが、“マランツのミニコンポ”はもともと“売れるわけがない”と思われていた。物語の発端は2008年に発売した「M-CR502」というモデルだ。

シリーズの歴史

AV Watch読者ならご存知だと思うが、家電量販店に行くと、ミニコンポとピュアオーディオのコンポは売り場が違う。ピュアの売り場はさておき、ライバルが狭い棚にひしめくミニコンポ売り場は“目立ってナンボ”の激戦区。各社のミニコンポが派手なドンシャリサウンドでお客さんにアピールし、「なにかお探しですか?」とメーカーの販売員さんが話しかけてくる。

ミニコンポを作ると、そんな世界で戦わなければならない。オーディオファンには説明不要の老舗ブランド・マランツだが、一般の人に高い知名度があるわけではなく、かといってセールス活動にガンガン使うお金も無い。だからこそ、中の人達も「そんなに沢山売れないだろう」と考えていたそうだ。

ただ、そこで「売れないだろうから適当なものを作ればいいや」ではなく、「どうせ売れないなら、セオリーとか無視してスゲェやつ作ろうぜ」となるのがピュアオーディオメーカー。その結果、M-CR502は、ミニコンポなのに単品コンポのつもりで真面目に音を作りこみ、ミニコンポなのに何故かバイアンプ、つまりステレオコンポなのに4chのアンプを搭載した。

AとBのスピーカーターミナルがある

要するに、“2ウェイスピーカーのツイーターとウーファーを別々のアンプでドライブできるミニコンポ”だったのだ。「ちょっと何言っているのかわかんないです」状態だが、ホントにそんな製品を、「バイアンプ? なんですかそれ?」というオーディオファン以外の人が来るミニコンポコーナーに並べてしまったのだ。

売り場のすみっこにある、売れない“妙にマニアックなミニコンポ”で終わる話……だった。しかし、思いもよらない事が起こる。音にこだる小さなコンポを探していた人達の間で口コミで人気が拡大。さらに、販路の関係で、海外ではオーディオショップに置かれた事もあり、海外でも人気爆発。その結果、日本でもミニコンポ市場でナンバーワンを獲得。その後もシリーズが続き、2015年に発売された「M-CR611」は、発売から30カ月以上も市場シェア・ナンバーワンを記録するなど、前代未聞の大人気ミニコンポとなり、その人気はM-CR612にも受け継がれている。

最新のM-CR612が備える“パラレルBTLドライブ”

現在発売しているM-CR612では、この“変態っぷり”が収まったのかと思いきや、もっと暴走。パワーアンプは8ch仕様で、これを、2chずつまとめて4chとして使っている。オーディオファンには“ノーマル状態がBTL接続”と言えばわかりやすいだろう。

ノーマルモード。だが、この時点でもうBTL接続になっている

この4ch出力を使って、ツイーターとウーファーを別々にドライブするバイアンプ駆動ができる。ただ、当たり前の話だが、ツイーターとウーファーでスピーカーターミナルが分かれている、“バイワイヤリング接続できるスピーカー”でしか、このバイアンプ駆動はできない。

バイアンプ接続の図。ツイーターとウーファーを別々のアンプでドライブする

しかし、M-CR612では、この問題にさらに変態的な新機能で対応。ツイーターとウーフファーの端子がまとめられている“シングルワイヤ接続”のスピーカーであっても、8chアンプをフルに活用できるよう、“パラレルBTLドライブ”機能を備えた。

パラレルBTLドライブの図

言葉で説明すると難しいのだが、図を見ると一目瞭然。例えば、AとB、2系統のスピーカー出力の内、Aにシングルワイヤのスピーカーを接続すると、Bは使わない。その使っていなかったB系統を、Aと合流させ、右と左のスピーカーそれぞれを、4chのアンプでドライブする……という方式だ。

これにより、シングルワイヤ接続のスピーカーでも、8chアンプをフルに活用してドライブできる。最初からBTL接続なアンプを、さらにパラレル(並列)化した駆動なので“パラレルBTLドライブ”というわけだ。なんだこのミニコンポ。

机に設置してみる。組み合わせるスピーカーはB&W 607 S2 Anniversary Edition

変態っぷりの説明が長くなってしまったが、実際にデスクトップで使ってみよう。

前述のように、M-CR612の外寸は280×303×111mm(幅×奥行き×高さ)と、ピュアオーディオの単品コンポとは比較にならないほどコンパクト。少し広めの机の上であれば、デスクトップ設置もイケるのではと考えたのだ。

今回用意した机は、イケアの「KARLBY(カールビー)」というウォールナットの突き板を使った自作のPCデスク。もともとキッチン用の天板として売られているが、これをPCデスクとして使うのが、海外も含めて流行っており、筆者も真似て昨年自作してみたものだ。

天板のサイズはいろいろあったのだが、186×65×3.8cm(幅×奥行き×高さ)をチョイス。横幅もかなり大きいが、キーボードを設置しつつ、その前に肘を置くスペースも確保できる65cmという奥行きの深さが魅力だった。

この横幅と奥行きがあると、M-CR612は余裕で設置できる。ただ、キーボードと同じラインに設置すると流石に奥行きが足らなくなるので、キーボードやディスプレイと少し離して、横に設置するとシックリきた。

キーボードの近くだと奥行きが狭苦しくなるので
横に設置するといい感じに

ここまで大きな机でない場合は、例えばキャスター付きの収納ラックなどを用意して、その上にM-CR612を設置するというのもアリかもしれない。

キャスター付きの収納ラックに乗せたところ

組み合わせるスピーカーは、本格的なサウンドを備えつつ、机と同じ木目、もしくは、ホワイトを貴重としたPCまわりが最近流行っているので、ホワイトのモデルを探して、Bowers & Wilkins「607 S2 Anniversary Edition」(ペア11万円)のホワイトモデルに決めた。

Bowers & Wilkins「607 S2 Anniversary Edition」

ミニコンポと組み合わせるには高価なスピーカーだが、M-CR612のピュアオーディオライクなサウンドを活かすには、ガチなオーディオ用スピーカーの方が良いのではないか。また、607 S2 Anniversary Editionは300mmと背が高いのだが、幅165mm、奥行207mmと、奥行きが短めなので、デスクトップスピーカーとしても使えるのではと考えた。

設置してみると、M-CR612よりも奥行きが短い事もあり、そこまで威圧感はなく、いい感じだ。色味がホワイトなのも威圧感が少ない理由かもしれない。なお、デスクトップ設置では、スピーカー筐体の振動が机に伝わり、机自体が振動して音を汚しやすいので、インシュレーターを活用しよう。

木目が机ともマッチしている
インシュレーターも活用しよう

CDやサブスク配信を聴いてみる

まずはシンプルに、M-CR612とB&W 607 S2 Anniversary Editionを、各チャンネル2本のスピーカーケーブル、つまりノーマルのBTL状態で音を出してみる。ソースはM-CR612のCDや、HEOSのネットワークオーディオ機能を使い、Amazon Music HDの楽曲を聴いてみた。

「ダイアナ・クラール/月とてもなく」(Amazon Music HD)を再生。音が出た瞬間に、「おっわ!!」と謎の声が出るほど、広大なスケールで音場が展開する。今まで使っていた小さなPCスピーカーと、まるで世界が違う。音が広がる空間が広大過ぎて、“前から音がする”のではなく“前方から上半身を音に包み込まれる”感覚だ。

ネットワークオーディオのHEOSは、スマホやタブレットのアプリから操作可能

左右だけでなく、奥行きも深い。冒頭のベースやピアノの響きが、机の後ろにある壁を突き抜けて、もっと奥まで広がっていくように聴こえる。上下のレンジも広く、特にベースの「ブルン、ゴリン」という低域の深さ、重さが凄い。肺を圧迫され、お腹に響くほど迫力がある。

スケールと低域の迫力が凄いので、聴いていると「前のめりで仕事しよう」という姿勢にならず、椅子の背に体重をかけて少しのけぞった状態で「あああ~」と謎のうめき声を上げながら音楽に浸ってしまう。体が“音楽を聴くことを最優先”してしまうクオリティだ。

ただ、M-CR612×B&W 607 S2 Anniversary Editionの組み合わせをデスクトップでニアフィールド試聴すると、低域がちょっと出過ぎと感じる。B&W 607 S2は背面にバスレフポートがあるのだが、ポートと背後の壁が近いので、もともと豊富な低域がさらに増強されているようだ。

そこで、スピーカーを少しだけ手前に引き出しつつ、スピーカーに付属しているバスレフポートチューニング用のスポンジを活用してみる。

バスレフポートチューニング用のスポンジ

このスポンジは、そのままポートに全部詰め込むと疑似的な密閉型スピーカーとなり、正確ではあるが量感が少ない低音なるなど、サウンドの調整が可能だ。また、スポンジの中央が丸棒状態にセパレートされており、丸棒スポンジだけを引き抜くと、スポンジの外側だけが残り、“バスレフのままだが、ポートの穴が小さくなった”状態になる。こうする事で、低域の量感を減らしはするが、減らし過ぎない、微妙な調整ができる。

試しにスポンジを全部入れてみたが、中低域は非常にタイトになる。ただ、低域の膨らみに邪魔されないので、中高域の精密な描写がキッチリと聴き取れる。派手さよりも、音の細かな描写を聴きたい、モニタースピーカーライクな音を求める人には疑似密閉化がオススメだ。

個人的には、Netflixで映画を観たり、PCゲームなどをプレイしたりする時には低域の迫力も欲しいため、丸棒を抜いて、ポートを小さくするチューニングが気に入った。ポートに入れるスポンジの量で音がコロコロ変わるのは、オーディオ趣味として面白い体験だ。

中の丸棒を抜いたチューニングで、良い感じになった

M-CR612にCDプレーヤーがあるのも良い。HEOSを使い、スマホアプリからAmazon Music HDを使っていろいろな楽曲を再生するだけでも楽しいのだが、聴いていると「あの人の、あの曲も久しぶりに聴きたいなぁ」と思い浮かぶ事が多い。ただ、検索しても、その曲が配信されていない事もある。そんな時、我慢できずにCDを引っ張り出しても、M-CR612なら聴ける。

これからはネットワークプレーヤーが主流になるのは間違いないのだが、まだディスクメディアとお別れはできない、そんな現代に、M-CR612は非常にマッチしている。

PCのサウンドも聴いてみよう。

M-CR612にUSB DAC機能は無いのだが、RCAのアナログ音声入力を搭載しているので、例えばノートパソコンのイヤフォン出力と繋げば、パソコンの音をM-CR612×B&W 607 S2 Anniversary Editionから再生できる。

ノートPC内蔵スピーカーと、M-CR612×B&W 607 S2のサウンドは、違い過ぎてもはや異次元。同じコンテンツを再生しているとは思えず、動画の楽しみ方もまるで変わってくる。

最近、スーパーカブで日本を旅しているYouTuberの動画を見ているのだが、M-CR612×B&W 607 S2で聴くと、カブの軽快なエンジン音や風の音が高精細に描写され、その場にいるかのようにリアル。時折、右側を巨大なトラックが追い抜いていくのだが、グォオオという低いエンジン音や、風圧まで感じられるかのようで、自分が本当にバイクに乗って追い抜かれているかのような緊張感でビクッとしてしまう。音が変わると、動画の魅力が倍増するのはぜひ体験してほしい。

もっと良い音でPCを楽しみたくなったので、デスクトップPCと、ポータブルDACのAstell&Kern「A&norma SR35」をUSBで接続。A&norma SR35にはUSB DAC機能があるので、これを使い、A&norma SR35のイヤフォン出力を、M-CR612に入力してみた。

DAPをPC用USB DACとして使うと、さらにPCの音がグレードアップ

このサウンドが凄い。ノートPCのイヤフォン出力と比べると、音の解像度、トランジェントの良さ、SN感が一気に高まり、目の覚めるようなクリアな音になる。Netflixで「トップガン マーヴェリック」を再生したが、ダークスターの離陸シーンでは、気分を盛り上げるBGMのストリングスが、非常に細かく描写され、弦の1つ1つの動きがわかるようだ。

スロットル全開の爆音から、離陸した瞬間に砂を巻き上げ、それが「サァアアアーー!」と広がる細かな音も、非常に微細に、キッチリと描写している。左右上下から音に包まれる音場の広さも手伝い、「サウンドバーとかいらないな、もうこれホームシアターだな」と感じる。ちなみにM-CR612にはサブウーファー用プリアウトも備えているので、本格的にシアターサウンドを追求することも可能だ。

パラレルBTLとバイアンプ駆動も試す

この状態で、アンプの動作モードをパラレルBTLに切り替えると、特に中低域の押出の強さ、量感がパワーアップ。それだけでなく、音の輪郭がよりクッキリ、シャープになる。1つ1つの音がエネルギッシュになった印象で、音楽にももちろんだが、映画やゲームなどにピッタリだと感じる。

これだけでも十分凄い変化なのだが、607 S2は背面のジャンパープレートを外すと、ツイーターとウーファーで端子が分かれているため、それぞれを個別のアンプでドライブするバイアンプ駆動も試せる。

ジャンパープレートを外して
バイアンプ駆動を試してみる

追加でもう1組のケーブルを用意し、バイアンプ駆動も試してみたが、さらにサウンドが進化する。一番の進化ポイントは解像度で、戦闘機が高速で飛行している時に、機体からかすかに鳴っている振動音や、音楽ソースではボーカルの口の動きなど、微細な音がより細かく見通せるようになる。

これは中高域だけでなく、低域にも同じことが言え、低音の押し出しがパワフルなだけでなく、その低い音が、どんな音が構成されているか、ゆったりとした響きをまとっているなら、その中央にはどんな音があるのかが聴き取れる。M-CR612内蔵アンプの駆動力の高さがなせる技で、これはもう完全にピュアオーディオの世界だ。

ツイーターとウーファー、それぞれに専念できるバイアンプ駆動の効果もあるが、情報量が低下するジャンパープレートを使わずに再生できるというメリットもプラスされているだろう。

高いサウンドクオリティには理由がある。M-CR612は、TIのデジタルアンプモジュールを使っているのだが、その搭載にあたり、周辺環境や電源周りなどの“どこに、どう手を入れれば音が良くなるのか?”という部分において、マランツのリファレンスプリメインアンプ「PM-10」(66万円)で培ったノウハウが使われている。

TIのアンプモジュール
リファレンスプリメインアンプ「PM-10」

他にも、SACDプレーヤーの高級機「SA-12」で採用している低位相雑音のクロックを、CD再生用に搭載するなど、ハイエンドなピュアオーディオ機器に使っている技術が、小さなM-CR612のボディに詰め込まれているわけだ。

Bowers & Wilkins「607 S2 Anniversary Edition」

また、607 S2 Anniversary Editionの“色付けの無さ”や“超高精細サウンド”にも驚かされる。特に800シリーズDiamondにも搭載されているコンティニュアムコーンの音のナチュラルさは、ニアフィールドでじっくり聴くと本当にすごい。このダイレクトかつ高精細なサウンドは、ポータブルオーディオファンで、これからスピーカー再生に挑戦してみようという人にもマッチするハズだ。

800シリーズDiamondにも搭載されているコンティニュアムコーン

このサイズで、家のどこでもピュアオーディオ

M-CR612×607 S2 Anniversary Editionを使っていて感じるのは、“気軽さ”と“本格サウンド”が同居している便利さだ。

例えば、アクティブスピーカーとCDプレーヤーを組み合わせたり、DTM用のモニタースピーカーを使ったりすると、本体以外にACアダプターが沢山必要だったり、電源コンセントも1口では済まなかったり、移動させようと思った時に面倒な事が多い。

しかし、M-CR612は1台でCD、ネットワークオーディオ、外部入力、ラジオを豊富な入力を備えており、電源の接続が必要なのもM-CR612のみ。ACアダプターも無く、あとは607 S2 Anniversary Editionを設置するだけでOKというのはかなり気軽だ。

光デジタル音声入力×2も備えているので、テレビの光デジタル出力と接続し、M-CR612×607 S2 Anniversary Editionをテレビ番組視聴、映画、ゲームなどで本格的に活用するのもアリ。平日は書斎のPC周辺で使い、休日はリビングに移動……なんてことができるのも、小型一体型筐体の“ピュアな”ミニコンポならではの魅力だろう。

キッチンなどにも気軽に移動できる

(協力:マランツ)

山崎健太郎