レビュー
音の沼にハマる。ラックスマンのネットワークトランスポート「NT-07」を推す理由
2023年9月1日 08:00
なぜ“ネットワークトランスポート”が合理的なのか?
ネットワークオーディオにはいろいろな入口が用意されていて、ハードウェアとソフトの選択肢も広い。どこから入っても楽しめる間口の広さはサブスクの浸透でさらに拡大し、最も手軽なスマホやタブレット、パソコン、そして本格的なホームオーディオという具合にネット上の音楽を共有するのにいろいろな方法が選べるようになっている。
ただ、いくら選択肢が増えても、音の基準はやはりホームオーディオにある。特に、吟味を尽くしたハイエンド級の再生装置はそこでしか聴けない体験をもたらす特別な存在。音楽の素晴らしさに深いレベルで共感したいときは、とにかく良い音で聴くことが肝心なのだ。
もちろん、ネットワークオーディオでもその原則は変わらないのだが、変化のスピードが速いだけに、具体的なソリューションはメーカーごとに違いがある。アンプやディスクプレーヤーと同様、独立したネットワークプレーヤーを開発するメーカーもあれば、アンプなど、他のコンポーネントと一体化して使い勝手を追求するブランドもある。具体的なアプローチは各社各様だ。
そんななか、ラックスマンは他社と少し違う手法を選び、ネットワークトランスポートの新製品「NT-07」を投入した。
基本コンセプトは“アドオン”。つまり、現用システムの構成をキープしつつ、そこにネットワーク再生機能を追加するスタイルを想定している。具体的に言うと、手持ちのDACとつなぐことを前提にアナログ出力を省略し、デジタル出力専用のトランスポートとして設計した。合理的な選択だと思う。
なぜ合理的なのかというと、まずはDACの重複を避けられることが大きい。CD中心のシンプルなシステムでもプレーヤーには必ずDACがあり、比較的新しい製品なら外部入力として同軸/光に加えてUSB入力が付いていることが多い。
また、パソコンをつなぐために単体のDACを購入済みという人もいるだろう。そこにさらにネットワークプレーヤーを追加すると、それら手持ちの機器とDACがダブってしまうが、トランスポートを選べば無駄な重複は起こらない。
DACを省くことで生じるリソースの余裕をネットワークの信号処理回路や電源回路、筐体などに配分し、1ランク上のクオリティを狙えることにも重要な意味がある。
NT-07はトップレンジにふさわしく手間をかけた作り込みや充実した電源回路が目を引き、ブラスターホワイト仕上げの筐体も見るからに高級感がある。59.4万円とけっして安価ではないが、仮に上位グレードのDACとオーディオ回路を組み込んでプレーヤーとして設計すれば、とてもこの価格には収まらないだろう。
音の良いDACが手元にあるなら、お気に入りの音を生かしながらネットワークオーディオの世界に踏み出せるメリットも見逃せない。
現用システムに追加する形で導入する場合、本体のサイズやデザインが気になるものだが、NT-07は高さを抑えたスリムな筐体を採用しているので導入しやすく、ブラスターホワイト仕上げは他のコンポーネントともよく調和する。ラックスマンのプリメインアンプやディスクプレーヤーと組み合わせたときの美しさは言うまでもないだろう。
NT-07に組み合わせるDACの候補として筆頭に上がるのが、ラックスマンのディスクプレーヤーである。ハイエンドクラスの「D-10X」と「D-07X」だけでなく、「D-03X」もUSB入力を装備し、DSDを含むハイレゾ音源の再生に対応する。
上位2機種とD-03Xは対応フォーマットに差があり、前者はPCM768kHz/32bitとDSD22.4MHz、後者はPCM384kHz/32bitとDSD11.2MHzまでとなるが、どちらも市販のハイレゾ音源の大半をカバーする。
DACチップは上位機種がロームのハイエンドDACである「BD34301EKV」をデュアルモノラルで投入するという贅沢な構成を採る一方、D-03XはTIの「PCM1795」をモノラルモードで使用するが、いずれもDACを含むアナログオーディオ回路に強いこだわりがあることに変わりはない。後半のレビューでは、3機種のなかで一番新しいD-07Xを用意し、NT-07と組み合わせて試聴を行なった。
NT-07の特徴と機能
NT-07はラックスマンが導入する最初のネットワークオーディオ製品である。トランスポートの形態を選んだことの意味はすでに説明した通りだが、基本的な機能と高音質技術についても簡単に触れておこう。
ネットワーク入力はLAN1系統のみで、BluetoothやWi-Fiなどワイヤレス機能はあえて載せていない。当然ながら無線用のアンテナもなく、ピュア志向の強さがうかがえる。
NASの音源をLAN経由で再生するネットワークオーディオは使い勝手の良いOpenHome規格に準拠し、多機能な専用アプリ「LUXMAN Stream」で選曲などの基本操作ができる。
リアパネルのUSB端子はDACへの出力1系統に加え、USBメモリーやUSB HDDなどを想定したストレージ用入力が背面と前面に1系統ずつそなわる。このストレージ用のUSB端子は前後で排他使用なので、同時に使えるのはどちらか一方に限られることに注意したい。USB以外のデジタル出力はすでに紹介した通り同軸と光を装備するが、音声の入出力端子の構成は比較的シンプルだ。
その一方で、HDMI端子を採用したことに新しさがある。BDプレーヤーなどから音声信号をダイレクトに受け取るHDMI入力と、4K映像パススルーとテレビ側の音声信号を受け取るARC対応HDMI出力をそれぞれ1系統ずつ用意している。
HDMI対応を果たした他社のネットワークオーディオ機器ではHDMI ARCの1系統のみの例が多いが、NT-07はBDプレーヤーなど、音質最優先の機器を直接HDMI入力につなぐことでARC接続を上回る高品位伝送が期待できる。
というのもHDMI ARCは、放送などの音声信号をテレビからケーブル一本でオーディオシステムに伝送することで、ワンランク上のリビングオーディオを構築できる一方、88.2kHzや96kHzを超えるハイレゾ信号を伝送する場合に限り、組み合わせるテレビ側の制約によってサンプリング周波数が48kHzなどにダウンコンバートされてしまう課題を抱えている。
しかし、NT-07のダイレクト接続(HDMI入力)を利用すれば、その問題を回避できる。NT-07にBDプレーヤーを接続して高品質なライブ映像や映画作品を、PlayStation 5などのゲーム機であればゲームソフトのサウンドを、そしてApple TV 4Kなどのネットワークプレーヤーであれば配信作品を、手持ちのオーディオシステムで高品位に楽しむことができるのだ。
現状、HDMI入出力を備えた、2chのネットワークトランスポートはNT-07だけ。長く愛用できるトランスポーターとしても、HDMIの入出力対応は心強いポイントだろう。なお、2つのHDMI端子は付属のリモコンで切り替えられるようになっている。
ネットワークオーディオの中心を占める音源に成長したストリーミングについては、SpotifyのほかTIDAL、Qobuzを標準でサポートする。前述したアプリLUXMAN Streamでログインすれば、すべての機能をNT-07で利用できる。
TIDALとQobuzを利用するうえで唯一ハードルが高いのは会員登録なのだが、Qobuzは年内には日本国内でも正式にサービスが利用できるようになる見込みなので、本機を導入してからさほど日を置かずにフル機能が使えるようになることだろう。
LUXMAN Streamの設定画面にあるSpotify Connectのオン/オフ切替は、スマホやタブレットのSpotifyアプリを使って選曲したい場合はオンにしておく必要がある。
Connectを利用してプレイリストに登録してもNT-07が音楽データを直接受信するので、音質や安定性に影響は及ばない。そのほか各地のインターネットラジオが楽しめるTuneinにも対応するなど、充実したストリーミング関連機能は最先端に位置している。
プレーヤーでは必須のアナログオーディオ回路が不要なため、NT-07の内部レイアウトは意外にすっきりしている。ただ、容量に余裕のあるOI型電源トランスや10,000μF×2本のカスタムブロックコンデンサーを導入した電源回路基板など、「ハイイナーシャ電源」の名にふさわしい電源部の充実ぶりはひときわ目を引く。
メイン基板中央部には専用基板で構成した最新世代の高速アプリケーションプロセッサー・モジュールが見えるが、ここがネットワークオーディオの信号処理を受け持つ心臓部に相当する。ヒートシンクを配したプロセッサーやカスタムLSIが並んでいるが、熱対策には余裕がありそうだ。
正面パネル中央の有機ELディスプレイには、日本語表示対応の曲情報に加えてプレイリストの曲数と再生中の曲の番号など、必要十分な情報が整然と表示される。右側のサークルは再生位置(経過時間)表示がデフォルトだが、NT-07のデジタルボリュームをオンにした場合は音量表示に切り替えることも可能だ。
音源が持つ、息を呑むようなリアリティを引き出してくれる
既存のオーディオシステムを活かすトランスポーターとしての機能・性能をチェックするべく、今回は2つのステップでNT-07の試聴を進めることにした。まずNT-07とディスクプレーヤーD-07XをUSBで接続し、ラックスマンのペアで音を確認。そのあと、筆者が普段使っているDACをつなぎ、音を再確認するという流れだ。
2つめの試聴では、エソテリックの一体型ディスクプレーヤーのフラッグシップ「Grandioso K1X」の内蔵DACを経由している。D-07Xはロームのトップエンドに位置するDACを核にオーディオ回路を設計し、K1Xはエソテリックが開発したディスクリートDACが採用されている。回路構成や信号処理アルゴリズムが異なる2つのDACで確認することで、NT-07の実力が浮き彫りになるはずだ。なお、D-07XとK1Xの対応サンプリング周波数は基本的に同じで、どちらも広範囲なフォーマットに対応する。
筆者の試聴音源の大半はfidataのオーディオ用NASに保存している。可能な限り録音と同じサンプリング周波数のハイレゾ音源を揃えていることもあり、NT-07のリサンプリング機能をすべてオフにしたネイティブ再生で聴き慣れた音源を聴いていく。
ポール・サイモン《Stranger To Stranger》の「リストバンド」(FLAC 96kHz/24bit)では広い音域で複雑に絡み合うリズムの動きをクリアに描き分け、60Hz以下の超低域からパーカッションのアタックに含まれる複雑な倍音まで、音色を正確に再現することで伝わる面白さを堪能した。
通常のベースラインよりもさらに低い音域まで混濁やよどみがないのでヴォーカルがにじむこともなく、歌詞を正確に聴き取ることができる。また音数が多い曲でありなが見通しが利き、音量をむやみに上げなくてもディテールがハッキリと見える。よくほぐれた音と言ってもいいだろう。パーカッションは一音一音の粒が立体的で、スピードを落とさず前方に飛んでくるイメージだ。
息を呑むようなリアリティを、あくまで自然体で引き出すこともNT-07にそなわる長所の一つと感じる。
ペドロ・マテオ・ゴンザレスがギターで演奏したバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番(DSD11.2MHz)は、演奏者と同じ空間にいるような錯覚に陥るほど余分な介在物がなく、自然な距離感で浮かぶギターの音像はサイズと輪郭どちらもまったく誇張が感じられない。上位のハイレゾフォーマットを生かした録音の良さはいわゆる「解像度」や「分解能」にとどまらず、楽器そのものが鳴っているような実体感、そしてその場の空気感まで含めた臨場感を体感できることある。このギター独奏の録音はその典型的な例の一つだ。
バルトークの管弦楽のための協奏曲を、スザンナ・マルッキ指揮ヘルシンキフィルの録音で聴く(FLAC 96kHz/24bit)。この曲の終楽章は無数の音が押し寄せる激しい音楽だが、うねるような激しさのなかに精密な構造やユーモラスなフレーズなどが埋め込まれていて、一筋縄ではいかない難しさがある。
マルッキの演奏は細部をクリアに描写しながら全楽器が一体になって生み出す奔流のような激しさもあり、息もつかせない推進力と高揚感を引き出す。NT-07とD-07Xのペアで聴くと細部と全体が見事に両立し、解像度の高さとダイナミックな躍動感を同時に味わうことができた。ステージ上だけでなくホール空間いっぱいに飛び交う立体的なサウンドスケープを再現し、BISレーベルのオーケストラ録音ならではの自然な空間再現を強く印象付けるのだ。
ソプラノのサビーヌ・ドゥヴィエルがアーチリュートの伴奏だけで歌うバッハのアリア(FLAC 96kHz/24bit)は、声の透明感と浸透力、そして静寂のなかに溶け込む余韻の美しさをどこまで引き出すことができるか、再生システムの繊細な表現力が問われる録音。
NT-07とD-07Xの再生音を聴きながら、筆者が強く共感した表現が2つある。まずはシンプルな旋律からドゥヴィエルが描き出す起伏の大きさ、そして微かな空気のゆらぎまでもらさず伝える深みのある静寂表現だ。
動と静の対比で説明できるほど単純ではない。感情の動きにリンクした強弱と音色の変化には豊かなグラデーションがあり、弱音もいきなり消えるのではなくじんわりと無音のなかに溶けていく。その描写が実に精妙で、聴いているこちらまで息をひそめてしまうほどの強い支配力があった。
ストリーミングも快適操作の専用アプリ。Roon Ready対応も待ち遠しい
次にストリーミングの音源を聴く。音の話の前に使い勝手について触れておくと、専用アプリのLUXMAN Streamは聴きたい曲に短時間でアクセスできる良さがあり、NASのライブラリだけでなく、ストリーミングでも自分自身のライブラリのようにいとも簡単に目的の曲にたどりつく。
筆者が日常的に使っているTIDALでは、ほとんどの場合はお気に入りのアーティストからアルバム一覧を選ぶだけで聴きたいアルバムがすぐに見つかるので、オムニバス盤など特殊な音源でなければ、初めて聴くアルバムでも検索にかかる時間は数秒か長くても10秒ほど。フォルダ管理のやり方次第で検索のしやすさが変わるNASのライブラリよりもむしろ短時間で目的の曲を見つけられるので、ストレスがない。
ストレスを感じない背景には、思いつくままに途切れなくいろいろな音源を聴き続けられることもあるし、アプリに表示される情報量が多く、検索性が高いことも重要な意味を持つ。このアプリはスマホでもプレイリストやライブラリ一覧など3種類の画面をスワイプする操作で同様な使い勝手が得られるが、同時に表示する情報はタブレットの方が多く、スワイプ操作が不要なのでさらに使いやすい。
TIDALにはCD相当のロスレス音源とMQAエンコードしたハイレゾ音源(Master)があり、後者はNT-07でのコアデコードまたはパススルーが選べる。今回はD-07Xでフルデコードするために後者を選んだが、NT-07ではMQAをオフにするモードも選べるようになった。D-10XやD-07Xではそれが難しかったのだが、NT-07はアプリの設定メニューで簡単に切り替えられる。
マイケル・ジャクソンの生涯を描いたミュージカル《MJ》から、主役のマイルズ・フロストが歌う「ビート・イット」を聴く(FLAC 48kHz/24bit、MQA96kHz/24bit)。
ミュージカルの舞台をスタジオで再現した演奏だけに、この録音自体ヴォーカルとリズムセクションのセパレーションが非常に高く、NT-07とD-07Xのペアで聴くとギターの力強いフレーズも左手の動きが見えるほどクリアなソロを味わうことができた。バスドラムは立ち上がりが緩まず、切れの良さは格別だ。ヴォーカルとベースの音像はMQAのオン/オフで微妙に大きさが変化するので、チャンスがあれば聴き比べてみることをお薦めする。
ちなみにNT-07は近日中のアップデートでRoon Readyの認証を受ける見込みだ。Roon独自の伝送方式RAAT(Roon Advanced Audio Transport)により、最大PCM 768kHz/32bit、DSD 22.5MHzの高音質出力が可能。特にTIDALやQobuzをRoonで再生したときにどんな音が聴けるのか、とても楽しみだ。
USB接続に限定せず、同軸/光、そしてHDMI接続も含めるとNT-07と組み合わせるDACの選択肢は一気に広がる。同軸/光/HDMIは192kHz/24bitまで伝送できるので、ストリーミング中心なら何ら問題はなく、ハイレゾならではの高音質再生が視野に入るし、96kHz/24bitまで対応のDACと組み合わせる場合はサンプリング周波数を変換して出力するリサンプリング機能を利用し、DAC側の解像度に揃えておけば良い。
NT-07のリサンプリング機能は各周波数ごとにアプリで詳細に設定でき、自由度が高いことに特長がある。今回、D-07Xとの同軸入力も試してみたところ、TIDALのロスレス音源ならではの安定したバランスと鮮度の高さを引き出すことができた。
これぞDACの特長を忠実に引き出すトランスポート。音楽が深く広く楽しめる
NT-07とK1Xを組み合わせた場合の再生音についても触れておこう。結論から言うと、NT-07とペアを組むことでDACの特長が素直に浮かび上がり、トランスポートとしての素性の良さを確認することができた。
K1XとのUSB接続で聴くとオーケストラやピアノのエネルギーバランスの重心がより低音側に下がり、大太鼓のインパクトの強さやグランドピアノの重量感が際立つ。超低域まで歪のない低音を再現するスピーカーと組み合わせると、その特長が顕著に聴き取れる。
具体的にはD-07Xとの組み合わせで体験した見通しの良い低音、そしてK1Xが引き出す重量級の低音という違いがある。あえてどちらか一方を選ぶというのなら、澄んだ余韻に浸る心地よさを求める聴き手にはD-07X、スケールの大きな音を好むならK1Xということになるだろうか。
低音の質感と量感にはそれなりの違いがあるが、NT-07を通して2台のDACの共通点も浮かび上がってきた。どちらも演奏の躍動感を引き出す能力が高く、旋律楽器やヴォーカルが表情豊かに歌う。言い換えればエモーショナルな表現が得意なのだ。弦楽器や声の瑞々しさも特筆すべき長所のひとつで、無味乾燥にならず、血の通った音を引き出す。これらは2つのDACの共通点でもあり、NT-07の長所でもある。
これまでディスクプレーヤーのDACを外部入力で聴き比べる機会はあまりなかったが、DACの特長を忠実に引き出すトランスポートが登場したことで、新しいテーマとして俄然興味が湧いてきた。ネットワークオーディオという広大かつ奥の深い世界を取り込むことで、これまで気付かなかったDACの真価が見えてくる。優れたネットワークトランスポートが秘めるポテンシャルにぜひ注目していただきたい。
(協力:ラックスマン)