レビュー

41年前の怪物ラジカセ“ビッグステーション”をメンテ! 迫力ステレオサウンド復活

今、ラジカセが人気だという。ラジカセは、ラジオとカセットプレーヤーの“キメラ”だ。キメラはギリシャ神話で描かれた怪物で、胴体がライオンで蛇の尾と山羊の頭を持っている。ラジカセはおじさんたちにとっては郷愁の象徴だが若者にとってはキメラのような怪物かもしれない。

先日、ひょんなきっかけでとある方のラジカセのメンテナンスをおこなった。それは松下電器産業(現パナソニックホールディングス)・ナショナルブランドの「RX-5350」という機種で発売は1982年。“BIG STATION”(ビッグステーション)という名称で、価格(当時)は84,800円の高級機種だった。全盛期の、しかも本格派のラジカセをメンテするのは実は初めてである。

単品オーディオ機器のメンテナンスはこれまで数えきれないほどやってきたが、ラジカセは簡単な修理しかやったことがない。実際にやってみたら驚くほど複雑で、そして単品オーディオ機器とは違う特徴やクセがあり、ある意味とても勉強になった。今回はラジカセという怪物のメンテナンスのお話をしてみようと思う。

ビッグステーション「RX-5350」をメンテする

RX-5350は、ビッグステーションの名が表す通り、幅は約64cm、高さ約40cmの威容を誇る。重さも10kgほどあるが、大きなキャリングハンドルがあるので機動力は案外高い。

夏の浜辺にこんなでかいラジカセで持っていって、大音量で音楽を鳴らしたら目立つこと間違いない。ちなみに電池駆動の場合、単一型電池が10本必要である。

こちらがラジカセ「RX-5350」。幅は約64cm、高さ約40cmもある
背面部

この個体はカセットやラジオは動作するものの、メーターが振れなかったり一部のインジケータが点灯しなかったり、録音もできたりできなかったりという状態。音も劣化が進んでいるようで、低音が弱く全体に甲高く迫力がない感じだ。

というわけで、早速分解してみる。

キャビネットの構造は意外とシンプルだ。いわゆる“もなか構造”で前後2ピースのキャビネットを長さ10cm以上あろうかというねじを10本以上使って止めてある。これらのねじを外せば、パッカンと前後に分かれて中身があらわになる。工場で生産するときの効率を考慮した設計だろうが、奇しくもメンテ性の良さにもつながっている。

御開帳
取り外したねじ

前側のキャビネットには、左右に20cmウーハーと5cmツイーターが取り付けてある。20cm・2ウェイとはさながら単品スピーカのような本格的な構成だ。

後ろ側キャビネットには主要な部品が取り付けられている。メイン基板は一番下に取り付けられていて、ここにアンプやチューナー、カセットデッキの制御回路など、ほぼすべての電気回路が一枚の基板に集中している。

20cmウーハーと5cmツイーター
ツイーター
写真中央にあるのがカセットデッキ。筐体下部に回路を集中させている
デッキ部からメイン回路へ伸びる配線

カセットのメカは全体の中心に取り付けてある。デザイン的にも収まりがいいし音質にこだわったミッドシップマウントともいえる。カセットメカの構成も単品コンポなみのなかなか本格派だ。

不具合の原因は、電気回路のどこかにあるはず。

まずはメイン基板を取り外して調べてみる。使われているのは両面基板といって、基板の裏表両面にパターンが貼り巡っている。この時期のオーディオ製品に採用されているのは珍しい。

当時の両面基板は機器の小型化のための先進技術だったが、音にこだわるオーディオでは実は採用例が少なかった。しかし、ラジカセは小型化、軽量化が命題だったため両面基板の採用に至ったのだろう。

この頃の両面基板はビアと呼ばれる表と裏のパターンをつなぐ箇所が非常に弱く、経年劣化で断線してしまうことがある。製造から40年以上経過したこのラジカセの基板も然りで、真っ黒に錆びたビアがいくつもあった。

錆びたビアが断線していることをテスターで確認し、これが複雑な故障の原因だということがわかるまでにそれほど時間はかからなかった。

しかし、ここからが問題だった。この基板の仕様はちょっと特殊で、裏の配線は一般的な銅箔だが表は導電性印刷が施されている。つまり、裏は普通にはんだ付けができるのだが表ははんだ付けが一切できない。導電性印刷も当時の先進技術なのだが、今となってはメンテナンスを妨げる大きな要因となっている。

メイン基板の表側

修理は断線したビアを回避するようにジャンパー線を使って配線をやり直すのだが、先に述べた導電性印刷が作業の障害となる。仕方なくはんだ付けが可能な裏面の配線だけを頼りに、長細いジャンパー線を何本も貼り巡らせてようやく修理は完了した。

長細いジャンパー線を使って配線をやり直す

基板の断線修理で機能は回復したが甲高い音の原因はスピーカーユニットそのものを直す必要がある。

これも原因はすぐにわかった。エッジが経年で硬化しているためコーンの動きが悪くなり低音が出なくなっているのだ。そこでブレーキフルード(自動車やバイクのブレーキ液)をエッジに塗布し一晩おいておく。これはよく知られたテクニックで布系のエッジにだけ効き目がある。一晩たったら見事にエッジが柔らかさを取り戻した。

ブレーキフルードを使う
エッジに塗布
ツイーターのコンデンサーを確認

基板修理とスピーカーエッジの軟化処理で、ビッグステーションは外見に相応しい恰幅のいい音を取り戻した。こんなラジカセを担いで砂浜でサザンを聴いたら、さぞ気持ちがいいに違いない。

こんどはソニーのラジカセ「CF-2400」をメンテ!

実は、ラジカセのメンテは一台で終わらなかった。こんどはソニーの「CF-2400」というさらに古い機種のメンテナンスを頼まれたのだ。発売は1976年なので50年近く経過している。現状鳴ることは鳴るが、動作も音も不安定とのこと。しかし50年経った機械。不安定ではあっても動いていて、しかも音が出ていることは奇跡というしかない。

ソニーのラジカセ「CF-2400」

これも分解は容易でメンテナンス性は優れている。前述したビッグステーションよりも一世代前の製品なので、シンプルな片面基板が使われていて特殊な部品もない。

ざっと点検したところ、ほぼすべての電解コンデンサと一部のトランジスタが劣化していることがわかった。またスイッチ類の接触不良も故障原因のひとつ。これらを直せば機能回復するに違いない。

しかし言うは易し、おこなうは難し。交換対象の部品点数は非常に多くざっと数えて100個くらいはありそう。途方もなく時間がかかりそうだが地道に作業するしかない。成功に近道はないのだ……。

前面・背面パネルを取り外す
前面部
背面部
内部の様子

まずは使われているコンデンサとトランジスタの型名を現物を見ながらメモに書き出していく。これだけで半日仕事だ。そして部品を秋月電子に発注して到着を待つ。部品が到着したらあとはひたすら交換作業を進める。

コンデンサとトランジスタの型名を現物を見ながらメモに書き出す
交換したパーツ
テープのスピードも調整

丸3日かけて交換が完了。交換したコンデンサとトランジスタは合わせて100個を少し超えた。部品交換以外にもスイッチやボリュームを分解して磨いたり、テープスピードの調整をしたり、ラジオの受信感度調整をしたりとさらに時間を費やして、ようやくメンテが完了した。

調子を取り戻した古参のラジカセは自分でも耳を疑うほどいい音で鳴りだした。これは掛け値なしに素晴らしい。今の機械では聴けない音だ。郷愁を誘うような枯れた音ではなく十分にハイファイといえる音なのだ。試しにラインアウトからメインシステムに接続してカセットテープをかけたところ、単品カセットデッキに迫る音を聴かせてくれた。50年も前のラジカセの実力に舌を巻いた。

ラジカセは、迫力があって情感豊かな音を奏でる“魔法の箱”

ところでラジカセはいつどこで誕生したのだろう。調べたところそれは1960年代の日本。名前の由来はもちろんラジオとカセットからだ。その特徴は一つの筐体にチューナー、カセットデッキ、アンプ、スピーカーが収まっていて、電池駆動が可能な点。音楽を気軽に楽しむ機器として広く普及し、ラジオカセットの略であるラジカセと呼ばれるようになったらしい。

ラジカセは1970年代から1980年代に若者を中心に世界的な広がりを見せ、あらゆるメーカーから数多くの製品が発売さえ、大小重軽の多種多様な展開を見せた。ちょうどそのころはオーディオブームでもあり、ラジカセから本格オーディオへと進む登竜門の入口というイメージや役割もあった。ラジカセがきっかけとなりオーディオにのめりこんだという方も多いと思う。実は僕もその一人だ。

小学校に上がる前のこと。ある日突然、父親がラジカセを買ってきた。それはモノラルタイプでそれほど大型ではなかったが、当時の僕には先進のピカピカのスーパーマシンに見えた。

父親は自慢げに電源を入れてFMラジオを鳴らした。流れてきたのはクラシック音楽。その高音質と大音量に圧倒されたことを鮮明に憶えている。そして、父親は取説を見ながら、一緒に買ってきたカセットテープの封を切って、厳かにカセット部に挿入しFMを録音した。そして即座にプレイバックして今録ったFMの音楽を聴かせたのだ。そのときの僕の驚きは言うまでもない。この体験が僕をオーディオの道に引きずり込んだのである。

僕と同年代の方は同じような経験をされているだろうし、ラジカセを全く知らない若い世代にはキメラ怪物のごとく珍しく新鮮に見えることだろう。「ラジカセってエモいよね」。若者のそんなセリフが聞こえてきそうだ。

ラジカセに思い入れがあることは間違いない。しかし、僕のオーディオライフではラジカセは通過点に過ぎない。個人的にはラジカセのことは忘れかけていたのだが、近年人気が高くなっていて、ラジカセの新製品や中古ラジカセを扱う専門店が登場しているという。

その理由は自分でメンテナンスしてみたらよくわかった。多くの機能が詰め込まれているにもかかわらず、迫力があって情感豊かな音を奏でる魔法の箱、それがラジカセなのだ。

【注意】

分解/改造を行なった場合、メーカーの保証は受けられなくなります。この記事を読んで行なった行為(分解など)によって、生じた損害はAV Watch編集部および、メーカー、購入したショップもその責を負いません。AV Watch編集部では、この記事についての個別のご質問・お問い合わせにお答えすることはできません。

市川二朗

1966年、東京都渋谷区出身。元々は故・長岡鉄男氏宅に出入りするオーディオマニアだったが、出版社に誘われ、1996年から執筆活動を開始。20年以上に渡り会社員(ソニーサービス)と二足のワラジを履きながら執筆活動を続け2020年にフリーランスとなる。現在はビンテージオーディオ機器のメンテナンス業も営む。
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