レビュー
高速道路の防音技術をオーディオに。SHIZUKA Panelを使ってみた
2022年3月15日 08:00
ルームアコースティック(室内音響)の改善、それはオーディオファンにとって悠久の悩みだ。日本の住宅事情では、出せる音量の制限や左右の非対称性、床/壁/天井が柔で共振しやすいことなど、課題は無数にある。
ルームアコースティックの問題に悩むのは、何もオーディオファンだけではない。昨今は、ネットを介したライブ配信や、ビデオ会議も身近になった。一般的なリビングなどで配信すると、声が響いて明瞭さに欠けるため伝わりづらいことも珍しくない。不必要な響きは正確な音声伝達にとって大敵だ。
そんなとき、誰もが部屋をリフォームして専用の試聴室やスタジオを作ることが出来るだろうか。防音工事はかなりの高額出費となり、部屋も狭くなってしまうので、おいそれとはいかない。そんなとき、力になってくれるのがルームチューニングのアイテムである。吸音・拡散・遮音と用途に応じて様々なアイテムがあるが、本稿では吸音材を取り上げたい。
SHIZUKA Panelとの出会い
SHIZUKA Panel(シズカパネル)という吸音パネルを聞いたことがあるだろうか。正式名称「SHIZUKA Stillness Panel」は、静科が製造販売する吸音パネルだ。静科は、2006年に創業された吸遮音材などの製造販売メーカーで、高速道路の防音対策や、新幹線などの輸送機器の静音化など、主に産業用の騒音対策で実績を重ねていた。
2012年より有名エンジニアのオノセイゲン氏らが加わって、静科の吸遮音材の特許構造を活用したSHIZUKA Stillness Panelの製品開発をスタート。同年に制作されたTV番組で、オノ氏が静科の工場を訪れたことがきっかけだったそうだ。
3層構造のパネルで、反射の少ない0.01mmのメッシュ部分から音が入り、その音を熱エネルギーに変換する仕組み。単体では限られた範囲の周波数にしか対応できないが、背後に異なる素材の吸音層を設けることで幅広く吸音できるのが特徴だという。
当初は1×1mサイズで設置用の脚部もなかったため、使用するユーザーはマスタリングエンジニアのみに限られていた。表面がアルミ材で重量があり、“利用しにくい”との声もあり、使用箇所も限定的だったそうだ。
2015年頃に同パネルを50×50cmサイズでリリースし、卓上で作業するコンポーザーやミキシングエンジニアなどの間で採用例が増加。現行の「B-500」や「B-1000」シリーズがこのタイミングから販売された。2018年より表面を不織布に変更した「SHIZUKA Stillness Panel SDM」もリリース。持ち運び&自立可能、折りたたみも出来るということで、利便性も高まり、自宅等での活用例が増えているそうだ。
筆者の音楽ユニットBeagle Kickの作曲担当である和田貴史が自身のプライベートスタジオに導入。YouTubeで紹介したことも大きな影響があったようだ。これまで、国内製造の適切な吸音材はあまり存在せず、ネット通販大手のサウンドハウスでも海外から輸入した製品の販売が多かった。そこに国内ブランドの、しかも音楽業界とは接点のなかった会社の吸音パネルが登場した訳だから、当初のインパクトは結構なものだっただろう。コロナ禍も相まって、自宅で楽器やボーカル録音をする機会が増えて、プロのエンジニアはもちろん、アマチュアにまでSHIZUKA Stillness Panelの利用シーンが広がっているという。
身近な人が熱っぽく紹介し出したので、筆者も気にはなっていたが、実際に自身で試すまではあまり他者の評価を耳に入れたくないなと思っていたら、数カ月が過ぎた。そんな自分がSHIZUKA Stillness Panelを体験したのは、昨年幕張メッセで開催されたInter BEE 2021。静科がブースを出展していたのだ。
ブース内に、壁と天井をパネルで覆ったサラウンドが体験できる試聴室を設けていた。特に驚いたのが、SDM-1800を使った「静科(静か)体験」ともいえる展示。スマホで興奮気味に撮影したピンボケ写真で申し訳ないのだが、ご覧のようにSDM-1800を複数立てた真ん中にひと1人が入れるくらいのスペースがある。
身体を入れてみると、息を呑んだ。幕張メッセの喧噪が急激に減衰して、まるで簡易防音ブースに入ったかのような静けさに包まれたではないか。びっくりして、SDM-1800から抜け出てみると、会場のざわつきが戻った。耳の錯覚ではないことを何度か入り直して確かめたが、間違いない。展示会場の喧噪は、地方都市の街中レベル、あるいはそれ以上の結構な騒音だったと思う。それが、まったく聞こえなくなるという訳ではないが、部屋をひとつ挟んだと思うくらい急激に静かになったのだ。文字通り耳を疑う体験である。
一般家庭に導入したら、簡易録音ブースが容易に構築できると確信した。ゲーム実況のようなライブ配信も適切な吸音と遮音を同時に実現できるだろう。クリアでプロっぽい音声を相手に届けることが可能になるのだ。
驚愕した筆者は、矢も楯もたまらずスタッフの方にご挨拶。後日、厚木市の本社工場に訪問してお話しを伺い、デモ機の試用にご協力いただいた。オーディオライターとして体験したいというのもあるが、自宅の防音スタジオや収録ブースの吸音材の候補としてその真の実力を確認したかったのだ。
自宅で使ってみる
とはいえ、物が物なので、さすがに大規模な試用はできない。今回は、吸音面がアルミ繊維複合材で、遮音面がアルミ板の「B-500-1」(脚付/税抜:ブラック29,000円、シルバー26,000円)を2枚。吸音面がポリエステル、遮音面がPVC、表面材が不織布の「SDM-900」(税抜:50,000円)を1枚お借りした。
B-500-1は、外形寸法505×505mm、厚さが36mmと薄型で、重さは2kg。SDM-900は、高さ900×幅450mmのパネルが2枚で一組となり、単板では厚さ43mm、折り畳むと85mm。重さは5.3kgと持ち運びに苦にならない軽量さだ。
前述のSDM-1800は、高さが1,800mmとビックサイズ。B-500は脚部の付属しないパネルだけのモデル「B-500-2」もある。
試聴場所は、左右が非対称の約14畳のリビングダイニングキッチン、6畳弱の防音スタジオ、2畳弱の音声収録ブースの3箇所で実施した。あくまで聴感上のレビューとなり、測定等のデータ取得は行なっていない。
ルームチューニングのアイテムは、使用する居室や目的とする効果によって、適切な使い方、数量(枚数)は大きく異なる。最適解は環境や目的の数だけ存在するので、あくまで参考程度に留めていただければ幸いだ。
試聴に移る前に、筆者のリビングダイニングキッチンの音響的課題を説明しよう。
簡単に言うと、オーディオシステムに対して左右の空間の容積が違うことで、音響的な諸問題が発生している。具体的には、左スピーカーから60cmほど離れたところにシルクのカーテンがある一方で、右スピーカーの方は、150cmほど離れたところに壁がありつつ、さらに奥はキッチンスペースになっている。
本来、スピーカーは設置する面(壁など)に対して中央に設置し、部屋の構造や家具の配置など含め、左右対称になるのが望ましい。しかし、筆者のリビングは、スピーカーに対して左右の空間容積が異なり、音の広がりや反射に不均衡が生じていた。結果として、音像が広がり気味で、サウンドステージは不明瞭、定位のフォーカスも甘くなっていた。
吸音パネルは製品毎に試してみた。まずはB-500-1を2枚使用してみる。置く場所は、右スピーカー側の空間が広いエリアに決めた。主に右スピーカーからの直接音を吸音することで、左右の不均衡が緩和されると期待したのだ。細かな設置場所もいろいろと変えてみた。写真のように、音の広がる方向を意識して置いたパターンと、左側の壁との対称性を意識してまっすぐ置いたパターン。後者は、スピーカーのユニットを直で狙った時と、軽く角度を付けた状態とで比較もしている。
比較したところ、“音の広がる方向を意識パターン”よりも、“スピーカーのユニットを直で狙ったパターン”の方が、左右の音場や音像の統一感が取れていた。おそらく、左側のカーテンまでの距離(約60cm)と同じにしたことがプラスに働いたのだろう。「吸音ありき」より、「左右の音響環境を等しく」するために設置場所を決める方が筆者の部屋では良好な結果が得られた。
試聴ソースは、ホールでDSD一発録りしたBeagle Kickの「Rememberance」。シューボックス形式の小ホールで録ったジャズカルテットは、ステージマイク(2ch)をメインにミックスされており、オンマイクの4本は補助的にミックスされている。筆者もレコーディングに同席した本楽曲は、ミックスまで細かいところにこだわって制作した。
B-500-1を2枚置くと、右側から聞こえていたエレキギターやドラムの音像に付いていた贅肉が落ちてディテールがクッキリと見えてくる。左側から聞こえてくるピアノも少しシャープになったように感じた。ホールだから収録された音もライブ気味で当然なのだが、パネル設置前はワンワンといった過剰で心地よくない響きも混じっていた。要は、ソースに録音されていたホールトーンではなく、部屋の響きが必要のない脚色をしてしまっていたのだ。
ステージマイクの音とオンマイクの音は分離がはっきりして、イメージとして聞き分けられるようになったのにもハッとさせられた。吸音する周波数帯域的に違和感を与えるようなピークやディップが感じられないのも好印象だ。ホールリバーブがクリーンかつ階調豊かになって、確実に現場の空気感に近づいた。キッチンエリアも含めると14畳あるリビングに、薄型軽量の吸音パネルを2枚置いただけでこの変化。予想以上に効果抜群である。
ピーカーユニットへの角度の付け方は、ストレートにユニットを狙った方が楽器の音像がさらにクリアになる効果はあった一方で、ちょっと右側の音場に違和感を覚えた。もしかしたら、スピーカーとの相性かもしれない。ユニットからどのように音が広がるかは、スピーカーの設計が大きく関わってくるからだ。微調整しながら、ベストを探るといいだろう。
SDM-900を使ってみる
次にSDM-900を1枚設置してみた。今度は1枚のみなので、スピーカーに近づける場合と、中間くらいと、離した場合と3パターン比較した。スピーカーからの右方向への距離は先程の結果を踏まえ、60cmとした。
スピーカーに近づけると明らかに不自然だ。直接音が吸音され過ぎるからなのか、左右の音場が歪になってしまった。
逆にスピーカーから遠すぎると、左右の音場のバランスと前後感が破綻し、右側から聞こえる音が詰まった感じになってしまって、もはや音楽鑑賞どころではなかった。リスニングポイントに吸音パネルが近すぎるのは逆効果なようだ。
キッチン側の初期反射を緩和する=吸音できるように、真ん中くらいに立てると左右のバランスが取れるようになった。
位置取りで効果が大きく変わるので、置き場所はあれこれ試してベストを探るのが吉だ。B-500-1では気にならなかったのだが、中高域に雑味が混じるのは惜しい点だ。刺々しい歪みや汚れのような付帯音を感じる。これはSDM-900の表面が不織布(化学繊維)であるために、影響が出ていると思われる。化繊は、繊維の方向が画一的なため固有のピークを発生させてしまうことがあるという。
反面、天然素材はそのような質感の悪化は少ない。筆者の体験した範囲では、木綿よりもウール、ウールよりもシルクが音響特性に優れる。特にシルクのルームチューニング材としての効果は絶大で、固有のピークを発生させないだけでなく、質感まで有機的に改善される。オーガンジー程度の薄い布でも効果は抜群だ。
SDM-900に加えて、B-500-1をリスニングポイントの背後に置いてみる。普段リビングでは、座卓と座布団というスタイルなので、座布団の斜め後ろ左右に1枚ずつ置いた。
余分な反響が減って音像が広がらずシャープに変化、それはまるでコンサート会場で奏者の奏でる楽器の直接音に聴覚がフォーカスを合わせるかのようだ。ホールトーンもより透明感を増して、空間の広さ、天井の高さが俄然リアルに伝わってきた。ホールで一発録りしたあの感動をリビングで再現できた気分になった。
番外編として、キッチンに至る通路と、キッチンカウンターをB-500-1で塞いでみた。SDM-900はいったん撤去した。結論は、効果無し。何一つ改善しなかった。設置ポイントをスピーカーから不用意に離し過ぎると、課題解決からは遠のくようだ。これまでのベストな設置状態に加えて、さらにパネルを追加するならアリかもしれない。もちろん、現実的にこんなところにパネルは置けないのだが。
防音スタジオにも設置してみる
続いて、ルームアコースティックに大きな不満のない防音スタジオでも試してみる。防音工事によって天井は低く、面積も6畳弱と狭くなっているが、部屋の構造は左右対称となっていてリビングよりは理想的な音響空間だ。
SDM-900は、リスニングポイントの真後ろに設置した。
少し定位は明瞭になった気がしたが、天井の高さ感は曖昧になってしまった。音像は確かにシャープにはなる。ただ、前述の中高域の質感の汚れは相変わらず気になった。
B-500-1を真後ろに1枚ずつ設置してみた。
定位がクッキリして、音像がシャープになるのは同じ。ただ、吸音のされ方が自然というか、原音のムードを壊さない感じが好みだ。楽器音のエネルギーや芯はしっかりと浮き立たせつつ、部屋の余分な反響を軽減し、ミュージシャンのホール演奏に意識が易々とフォーカスできる。B-500シリーズは、「正確なモニター環境を作る」ことを目的に開発されているので、筆者の好みと一致したのかもしれない。
ホール録音のジャズだけでなく、音数の多いアニソンも試聴してみた。分離が良くなり、各パートが聞き取りやすくなった。ボーカルやベースなどセンターに定位する楽器がタイトに描かれ、躍動感まで高まった。音数が多くテンポも速い楽曲は、グルーブ感というかノリも改善したように思う。パネルを置く前は、比較するとなんだか寝ぼけているみたいな音だ。トランジェントも反響でこんなにぼやけてしまっていたのかと愕然とした。この部屋を設計したときは、ホームスタジオ用途でも使うが、映画や音楽も心地よく楽しみたいということで、ある程度響くように設計してもらった。後悔はしていないが、吸音の案配は再考する余地もあるかもしれないと痛感した。
最後に、防音スタジオに併設した収録ブースにも使ってみる。広さは2畳弱で、床にウールの絨毯を敷き、壁の大半にオルタネート吸音材を貼ることで不要な残響を排除している。ナレーションや台詞を録るために作った部屋なので、いわゆるデッド気味ではあるが、防音ドアには何も貼っていないので、いわゆるプロのナレーション録音ブースと比べるとまだ響きがある。デッド過ぎないことで演者も多少はリラックス出来るのだが、もっと吸音すべきだろうかと悩みもあった。
SDM-900を扉付近に設置する。
吸音によって反響音より直接音の比率が高まったため、発声の内容に集中しやすい。声のディテールもより克明に描かれる。中高域の雑味については、音楽鑑賞に比べてその影響度合いは小さい。設置前と比べてみれば分かるという程度だった。
今度は、B-500-1を扉付近に1枚置いてみたが、何もないときとほぼ変わらなかった。
もう1枚を扉とは反対側、デシケーターの近くに置いてみたら、SDM-900と同じくらい声の輪郭がクッキリ録れるようになった。
少し音に芯が入った感じがして、吸音特性はこちらの方が好みだった。
ちなみに、定在波対策には吸音パネルは有効なのだろうか。筆者のマンションでは、正方形の寝室があって、その部屋で手を叩くと「びぃぃん!」と不快な響きが発生する。試しに各パネルをあちこちに置いてみたが、不快な残響が増しただけでむしろ逆効果だった。正方形の部屋(正確には「間口:奥行き:天井高」の比率で決まる)は、定在波の偏りが発生しやすく、それが不快な響きに繋がるのだが、吸音パネルや拡散体では根本的な対策にはならないので留意したい。
薄型・コンパクトながら抜群の吸音性能を実感
SHIZUKA Stillness Panelは、薄型サイズで持ち運びできるにもかかわらず、抜群の吸音性能を持つことが実感できた。吸音する周波数に局所的なピークやディップがないのも音楽鑑賞やモニター用途に向いている。簡易収録(静音)ブースを作りたいときは、高さが1800mmあるSDM-1800も見逃せない。
個人的には、スタイリッシュなデザインも魅力だと思う。現状の販路は、Rock oN Companyやイケベ楽器店、サウンドハウスやオーディオユニオンと広がっているが、未だ知る人ぞ知るというアイテムだ。しかし、業務用の導入実績は、音響ハウスやOTTAVA、サイデラ・マスタリングなど有名スタジオが名を連ねる。
オーディオルームでの活用としては、左右対称でない部屋の影響をどうにか緩和したい方。部屋に吸音する物が少なく、音が響きすぎて違和感のある方に向いているだろう。
録音やライブ配信をする人は、適切な吸音をして、クリアな音声を届けたい(録音したい)方。かすかな生活音や、隣戸や外界から入ってくるノイズを遮音し、静かな環境を局所的に作りたい方に向いている。
部屋作りは、オーディオのクオリティを決める重要な要素のひとつ。スピーカーからの直接音を向上させるために情熱を注ぐのも楽しいが、ルームアコースティックもグレードアップすることを検討してみてはいかがだろう。