麻倉怜士の大閻魔帳

第42回

ミニLEDやDolby Atmos変換など新技術が光る。デジタルトップ10 後編

シャープ「8T-C85DX1」

前編に続いて、「上位クラスに新しい技術が入ってきた」という'21年に、麻倉氏が体験したハードやコンテンツの中から選んだトップ10をお届け。後編は5位から1位まで。

5位:NHK BS8K番組「THE 陰翳礼讃 谷崎潤一郎が愛した美」

NHK公式サイトより

――5位はNHK BS8Kの番組ですね。4KですがYouTubeで「厠」考察の部分も配信されています。

麻倉:番組自体は去年放送されたものですが、先進映像協会の「ルミエール・ジャパン・アワード 2021」でグランプリを取った番組です。このアワードは3Dや4K/8Kなど、新しい映像を評価するコンテストで、私も協会設立当初から関わっています。

今年9月に審査会があって、そこにNHKが出品してきたのが、この作品。「陰翳礼讃」という谷崎潤一郎のエッセイは、当時、西洋化が進み、照明が発達して身の回りがどんどん明るくなっていく中で、伝統の「光と影が織りなす美」という、西洋にはない、日本独特の光の技を、非常に細かな観察眼と、細密的な筆致で描いた名著です。

この番組は、その陰翳礼讃に書かれていることを映像としてまったくもって忠実に再現しているのです。番組冒頭、暗い床の間の映像から始まると、ナレーションが「美と云うものは常に生活の実際から発達するもので、暗い部屋に住むことを餘儀なくされたわれ/\の先祖は、いつしか陰翳のうちに美を発見し、やがては美の目的に添うように陰翳を利用するに至った」(青空文庫より)と語ります。そして、そのナレーションにあわせて、その映像が展開されるんです。8Kの微細描写とHDRの階調表現というものを自在に使う映像は実に素晴らしい。

制作した栗田和久チーフディレクターにも取材しました。今のカメラは明るいところでは問題ないけれど暗部の階調が悪いので、そこを表現するために、一度撮影したものを、すぐにグレーディングルームに送ったそう。最終的にテレビで観たときに最高の形で階調が出るようにグレーディングルームでチェックしてもらって、そのフィードバックをもとに絞りなどを再調整して撮影したそうです。

また撮影時、人工光は一切使わなかったそう。すべて太陽光だけで撮影していたので、いつ撮るのかという時間的問題などもクリアしながら臨んでいました。その撮影に臨む姿勢もすごいですが、そもそもこの作品を映像化しようとしたところがすごい。8Kがなければ、この発想は出てこなかったと思います。

8K放送が始まってから3年くらい経ちますけど、ここまでのものを作れるようになったのかという点も感慨深いです。8K番組は没入感や解像度といった技術的な切り口のものが多かったですが、この作品は8Kを道具として使って、谷崎潤一郎の世界を描くという、アーティスティックな使い方が進んできたという点も5位に選んだ理由です。

4位:ミキサーズラボ「Lacquer Master Sound」

――4位の「Lacquer Master Sound」は、デジタル音源をアナログ音調に変える新しい手法です。

オリジナル配信フォーマット「Lacquer Master Sound」のご紹介

麻倉:硬いと指摘され続けているデジタルの音を“ほぐす”ために、これまでさまざまな手法が開発されてきましたが、この手法には膝をたたきました。ミキサーズラボというのは、録音スタジオも持っているけれど、基本的にはミキシング、マスタリングをする音作り集団。

レコードを作る際、まずラッカー盤にカッティングします。普通は、このラッカー盤からメタル盤を制作して、そこに射出成形してレコードを作ります。そして、このラッカー盤の音は、ものすごく良い。だけど、アナログなのでメタル盤、レコードと、どんどん音質が落ちていきます。ノイズも増えるし、音の立ちも甘くなってくる。

またラッカー盤には寿命があって、カッティングした瞬間から質が落ちていくんです。だから、30回くらいしか再生できないが、最初に聴いた音はすごく良い。このラッカー盤の音を届けたいというのが、ミキサーズラボの菊地功副会長の想いです。

そして、ラッカー盤にデジタルの音を切って再生したら、音が大きく変わりました。Lacquer Master Soundの第一弾タイトルは中森明菜の'91年ライブ(「Listen to Me -1991.7.27-28 幕張メッセLive」)。CDの音を聴くとすごく荒いんですよ。ボーカルもそうだし、バックのドラムもなんかバラバラになって、「俺がすごいぞ」とやっているのが単に出てきているだけのような印象。ところが、Lacquer Master Soundでは、音場感が整っていて、音質も荒いところがまったくなくなって、艶っぽい、温かい感じになったんです。

作業としてはラッカー盤にカッティングして、それを即座に再生する。再生するカートリッジは色々選んだ結果、一番良かったというオルトフォンを使っている。それをA/Dコンバートし、デジタルにすれば、DSDやMQAで保存しておくことができるので、音のいいデジタルアーカイブができます。CDをアップコンバートするのではなく、この工程を経ることで音を蘇らせるというか、“生命力がついた”ものがデジタルアーカイブになります。

今までは、先に上げた中森明菜のようにアップコンバートがメインでしたが、ミキサーズラボ制作の角田健一ビッグバンド「“LacquerMaster Sound”meets The BIG BAND, Vol. 1」という作品があります。これは384kHz/32ビットのDXDで、もともととても音がいい作品です。これに同じ作業をしてみると、音がまた格段に良くなりました。大本のデジタル音源は情報量も豊富で、音もすごくいいんですが、そこにプラスしてアナログ的な深みやキレ感、空気感といったものも出てきました。

つまり、この手法は音源を選ばないんじゃないか。悪い音源を良くするだけではなく、もともと良い音源をアナログ的にできるのでは、ということにたどり着きました。すべての音源に対して効果があるので、ビジネス的にも大きな起爆剤になるんじゃないかと思います。

レコード会社にとっては償却済みの音源こそ美味しいもの。彼らはヒット曲を作ろうとしますが、ヒットするのは100人に1人くらいです。でもお金は100人分かかります。昔の名盤はすでに償却しているわけだから、あとはなにかで活用できれば売上も立つし、利益も高い。そして今まではSACDやMQA、UHQCDといった手段で旧譜を活用してきました。音源は全く一緒で、プロセスの違いで売ってきたんです。

Lacquer Master Soundはプロセスの違いになりうる。そういう意味で旧譜の活性化もできるだろうし、新譜にも活用できる。ただネックなのはお金がかかること。ラッカー盤は40cm径のものを使っていて、しかも外側の“美味しいところ”だけ使っているので、1枚2万円くらいかかるらしい。

ラッカー盤を使った手法はこれが初めてですが、似たような手法は以前にもありました。余計なプロセス、アナログプロセスを入れることで、音の棘が取れるとか、アナログ的になるというのは昔から使われているものですが、それをより“めんどくさい”やり方でやっている(笑)。技能的にもできるところが限られますしね。そこはミキサーズラボという機材もあり、耳の職人が多いところだからこそ、こういう発想が出て実用化できたんじゃないかと思います。

これもひとつのイノベーション。これまでの音源がリボーンするのもあるし、今録った音源でも、少し先になって違う切り口で出します、ということもできる。すごく面白い、注目すべきものだと思いますね。

3位:シャープ ミニLED液晶テレビ「8T-C85DX1」

AQUOS XLED「DX1」シリーズ

――いよいよトップ3です。3位にはミニLEDバックライトを使った8Kテレビが選ばれました。

麻倉:ミニLEDを使った製品自体は、何年か前からTCLが出していましたけれど、なかなかちゃんとした映像を観るチャンスがありませんでした。このシャープの製品には感心しましたね。有機ELまでとは言いませんが、お互いのいいところ、つまり液晶の明るさと有機ELの黒の表現力をうまくミックスしていて、その仕上がりに驚かされました。

液晶はこれまで、黒をちゃんと沈めるためにいろいろな取り組みがされてきました。シャープは'05年秋に「メガコントラスト」という液晶2枚重ねの技術を発表しています。これが商品化されるかと思いきや、シャープも含め業界は、LEDの分割駆動という手法が主流になりました。

ちなみに、液晶2枚重ねの技術自体は業務用で息を吹き返していて、ソニーのマスターモニター「BVM-HX310」も同技術を使っています。またハイセンスも2020年にコンシューマ市場向けに液晶2枚重ねの製品を発売していますね。

85型「8T-C85DX1」

ミニLEDに関してはTCLを韓国勢が追随。日本メーカーではシャープが初めて発表しましたが、予想以上に出来栄えがよかったなという感じ。黒の出方も有機ELとまではいかないけれど、明らかにこれまでの液晶とは違います。

それがよく分かるのが映画「マリアンヌ」のチャプター11。ロンドン空襲のシーンです。ここはとにかく鬼門で、液晶ではだいたい黒が浮いてしまって階調も出ない。液晶テレビメーカーに「それだけは見ないでください」と言われるようなチャプターです。しかし、今回のシャープは「ぜひ見てください」という感じでした。

量子ドットによる効率的な波長変換で高純度のRGBを生成

広色域かつ純度の高い3原色を生む「量子ドットリッチカラー」も効いていて、より正確にRGBを取り出せますし、色のクリア度などがかなり良くなっています。NHKのBS8K番組「ルーブル美術館」で「聖母戴冠」を観たときも、黄色の出方が素晴らしかった。

シャープにとって難しいだろうなと思うのは、液晶テレビが良くなると、「じゃあ有機ELテレビはどうするの?」となるところ。ほかのメーカーはここまでたどり着いていないので、「やっぱり有機ELでしょ」と力強く言えますけど、シャープは液晶も、有機ELもやっていて、今回液晶が断トツに良くなり、有機ELとの差が縮まりました。だから、有機ELをどのポジショニングでやるのか、新しい魅力をどうつけるのか、というのが大きなポイントになりますね。

業界全体としても液晶が良くなれば、今度は有機EL側が頑張ります。ミニLEDもある程度進んでいくと、今度はマイクロLEDが出てくるわけで、ディスプレイ戦争というのは、いつもいつも新しいものを付け加えて、面白くなっていくなと思いますね。

1位:ビクター8Kプロジェクター「DLA-V90R」とパナソニック4Kレコーダー「DMR-ZR1」

――いよいよ2位と思いきや、今年は1位が2製品となりました。15日に発表されたばかりの「DMR-ZR1」と、前回の閻魔帳で取り上げた「DLA-V90R」です。

麻倉:ビクターの8Kプロジェクターについては、この前たっぷり語らせてもらいましたね(笑)。なので、今回はパナソニックに重点を置いて語っていきましょう。

パナソニック「DMR-ZR1」

パナソニックには「DP-UB9000」というBlu-rayプレーヤーと、「DMR-UBZ1」というレコーダーがありましたが、今回の「DMR-ZR1」は、それを一緒にして、さらに良くしたようなもの。UB9000でプレーヤーの評価は高まりましたが、じゃあレコーダーはどうなの? という思いがあったようです。日本市場の主流はレコーダーですしね。結局UBZ1から分かれたのがUB9000なので、そういう意味では先祖返りでもある。

4ブロックに分割されたZR1内部
新開発のデジタル・ドライブ独立電源

一番大きいのはアナログ出力を外したこと。これは議論があるところですが、あの高さの筐体に収めるとなると、アナログ基板は結構スペースを取ってしまうんですよ。それを完全になくすことでHDMIの音を格段に良くできる。さらに電源もドライブ電源とデジタル電源を分けて、今まで共用していたものを分けることができます。

もうひとつ大きいのは4Kの22.2ch音声をDolby Atmosに変換する機能。技術としてはNHKと日本のAVアンプメーカーが協力して取り組んでいました。技研公開でも紹介されたときはDENONのアンプが使われていました。だから、変換できるチップ自体はあるんですが、AVアンプメーカーは、そこに手を出さなかった。

パナソニックにとって、ひとつのきっかけになったのは、去年前半にNHKのDolby Atmos変換のデモを関係者向けに実施したこと。NHKが作った8KのコンテンツをDolby Atmosで聴いたらどうなの? というデモをやったんです。

対応製品を出してほしいとデモが行なわれたんですが、追随するメーカーは出なかった。でも、そのとき私が書いた記事をパナソニックの関係者が読んで、「こういう流れがあるんだ」となったそう。HDMIで音声を出せれば、再生環境は広まっているわけだから、22.2chを実現できるだろうと。

実際に聴いてみて面白かったのは、ゴスペラーズが駅の構内で歌ったエコー番組。22.2chで収録されていて、天井に歌声が反射する感覚というか、ゴスペラーズの口から出たものが、ぐわっと広がる感覚を味わえました。8Kドラマ「スパイの妻」も観ました。このドラマには妻の聡子が貨物船内の木箱に隠れるシーンがあります。そのシーンでは木箱に隠れた聡子を探して憲兵たちが上階を荒々しく駆け巡る足音が、まさに天井から聴こえてくるんです。2ch音声だと当然前からしか聴こえません。

音楽コンテンツでは、NHK紅白歌合戦のSuperfly「フレア」を聴きました。ソロで始まるんですが、2chだと越智志帆さんが前にいるなという感じ。5.1chでも広がりを感じられますが、Dolby Atmosになると、それがさらに広がって会場に響いている様子も分かる。映像の良さだけでなく、音の良さというか、音のイマーシブさが作品の良さを作っていることが分かりました。

NHKはドラマコンテンツも音楽コンテンツも、苦労して、こだわって22.2chで制作しているんですけど、残念ながら誰も聴けていない。私でさえも聴けていないという(笑)。

しかし、このレコーダーがあれば、22.2chをHDMI経由で出力できるので、Dolby Atmos環境があれば、それを楽しめます。今Dolby Atmosが再生できるAVアンプは安いものも出てきていますし、今回トップ10に選んだサウンドバーでも環境は整えられます。

DMR-ZR1では絵も良くなりました。パナソニックの担当者によれば、これは電源が効いたんだろうと。絵のデジタル信号処理はUB9000でほぼ完成していたので、ほとんど同じ。だけど、アナログ基板がない分、そこに良い電源を積むことができ、デジタルの電源が良くなった。

オーディオ製品とビジュアル製品を比べると、オーディオは環境の違いが音に現れるんですが、ビジュアルのほうは、なかなかそこまでのレベルに達していないところがありましたが、それがそこまで来たのかなと思いました。

音も、ものすごく良い。UB9000よりはるかに良くなっていて、高級CDプレーヤーのような質感や情報量がしっかり出ていて、より自然に聴こえます。今までパナソニックは「絵はすごく良いけれど、音はちょっと硬くてイマイチ」という批判もありましたが、本当に情報量があって、なおかつ硬くない。しかも、それをHDMI経由で出力できるのはすごい。そもそもHDMIの音は悪いわけですから。

――HDMI出力自体の可能性も感じられそうですね。

麻倉:そうですね。HDMIというシステム自体が映像も出力しているものなので、音は「あまり良くないね」というのが基本ですが、同じHDMI出力でも、元が良くなればやっぱり良くなるんだなと感じました。

あとはやっぱり8Kレコーダーを作って欲しい。この流れでぜひ8K対応してほしいなと思います。現状、ビクターの8Kプロジェクターと組み合わせようとしてもアップコンバートになっちゃいますからね。

――その8Kプロジェクターについても、あらためて1位に選んだ理由を聞かせてください。

ビクター「DLA-V90R」

麻倉:この前こってり話しましたけど、やはり4方向e-shiftの情報量や自然さがとても増していたところと、レーザー光源になって絞りコントロールが速くなり、とても的確にコントラストが付与されるようになったのがポイントです。

1位にこの2つを選んだというのは、8K絡みの製品ということで、8K入力を持つプロジェクターと、4Kだけどアップコンバートで“8K音声”、8K/22.2chが楽しめるレコーダーということで、相性もいいだろうと思います。

どうやらNHKのなかでも8Kの分はあまり良くないらしいです。それは単純に普及していないからで、普及させるためには各社がちゃんと8Kテレビを出してこなきゃいけないし、レコーダーも環境にふさわしい8K対応機が欲しいですね。今、そういうところへ強力に再生環境が進みつつあるというところも含めて、1位をふたつ選びました。

――ありがとうございました。最後に来年の展望はいかがでしょう。

麻倉:来年は、今年1位にした8K機器の進化が期待されますね。8K番組も、さらにいい作品を作って欲しいなとも思います。3位に入れたミニLED、液晶陣営はかなり活性化すると思います。そして片方が活性化すれば、もう片方(有機EL)も頑張ってくるわけで、これまで以上にディスプレイテクノロジーが進化し、高画質化が進むんじゃないかなと思います。

それから、ミキサーズラボを例に挙げれば、ずっとハイレゾはデジタルで来ていますけど、一本調子の右肩上がりではない、別線のような音質ラインが出てくるんじゃないかなとも思います。これまでは解像度を上げる“THEハイレゾ”で来ていましたけど、解像度ではなく、音の調子やグラデーションなど、別の道筋で音を良くするものが出てきそうだなと思います。

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表