麻倉怜士の大閻魔帳

第43回

新旗艦ビエラはTVの音を“諦めない”、シャープ画質に「感心」。'22年TVチェック 前編

フラッグシップビエラ「LZ2000」シリーズ。画像は77型「TH-77LZ2000」

5月10日のパナソニックの新型ビエラを皮切りに、各社からテレビの2022年モデルが発表され始めた。今回はパナソニックとシャープの新モデルから気になったポイントを、麻倉怜士氏が独自の目線で解説する。

パナソニックは5月10日に、4K有機ELテレビの“完成形”を目指したフラッグシップビエラ「LZ2000」シリーズを発表。独自ディスプレイの性能向上による、さらなるコントラストアップを実現しており、音質面においても、フロントスピーカーにラインアレイスピーカーを採用することで、総計150W超の大出力なサウンドシステムを揃え、定位感・音場感の強化を図っている。

またシャープは5月13日に、新開発のAIプロセッサー採用の画像処理エンジン「Medalist S3」を搭載した4K有機テレビ「AQUOS OLED」と4K液晶テレビ「AQUOS 4K」を発表。特に4K有機ELのESシリーズでは、画素ごとに発光量を制御する「Sparkling Drive EX」回路を搭載し、深みのあるダイナミックな映像を表現するという。

シャープの新開発AIプロセッサー搭載したAQUOS OLEDの最上位「ES」から、「4T-C65ES1」

テレビの音を“諦めない”パナソニック

――いよいよテレビの2022年モデルが発表され始めました。その口火を切ったのはパナソニックで、高輝度有機ELパネルを採用した「LZ2000」シリーズなどを発表しました。

4K有機EL“完成形”を目指した旗艦ビエラ。前面にラインアレイスピーカー

「LZ2000」シリーズのパネル構造

麻倉:LZ2000で興味深かったのは、明るさ感をアップさせるという新パネル制御「Bright Booster」です。使っている有機ELパネル自体の輝度が上がったことに加え、貼り付け構造が変わりました。一昨年は放熱板とパネルの間に空気を入れていて、昨年は空気ではない“物体”を詰めていましたが、今年はそこも改良したそう。大改良というより、小改良ですね。

でも画質は上質です。「白が伸びる」とPRしていて、たしかにその通りですが、黒の表現にも感心しました。白が伸びると言っておきながら、実は黒もしっかり締まって、暗部階調もたっぷり出ています。パナソニックはここ数年、その流れできていましたが、今年もそれは変わりませんでした。ダイナミックレンジが上も下も伸びてきたところは、信号処理やAI処理、そしてパネル自体の進化が効いていると思いますね。

コンテンツ連動の「オートAI」は便利です。面倒な調整無しに、AIが100万超のシーンを集めたデータベースと照合し、再生するコンテンツを映画や音楽、スポーツなどのジャンルに分け、最適な画調、音調を与えてくれるというもの。実際にコンテンツごとにイコライジングするユーザーはほとんどいないわけで、常に最適のピクチャートーン、サウンドトーンが享受できるユーザーフレンドリーな機能ですね。

これも改良ですが、AI学習、解析技術が進んできました。例えば音楽番組では、これまで全時間、音楽番組用のシーンを適用していたそうですが、'22年モデルではMCパートと演奏パートで割り当てシーンを分けるようにしました。MCパートでは、それに相応しい絵と音、演奏パートでは、それに適したものが割り当てられるというわけです。

ただ、それよりも驚かされたのは音質です。テレビ界で初の画期的な音響装置を搭載したのです。ボディの大きなブラウン管テレビから、液晶や有機ELの薄型テレビになり、大画面化、画質向上が進んだものの、音質は貧弱になる一方でした。薄いから、小さなスピーカーしか搭載できないし、ボックス体積も極小なので、良い音になるはずはありません。映像の進化と反比例していたテレビの音ですが、この新有機ELテレビで、反撃のチャンスを掴んだようです。

65型は16基のラインアレイスピーカーを搭載する

これまでもパナソニックはテレビ業界の中で「音」をリードしてきた部分があります。他社を見回すと、ソニー以外のメーカーは、あまりスピーカーには力を入れていない印象ですが、パナソニックだけは果敢です。

従来、3D音響Dolby Atmos用の上向きイネーブルドスピーカーを上部に2つ、そして両側にはワイドスピーカーを2つ搭載していました。これでも業界では豪華なほうでしたが、今年は'21年のJZシリーズと同様にイネーブルドスピーカー、ワイドスピーカーを搭載し、さらに前面下部にラインアレイスピーカーとして前向き(業界では下向きが主流)で16個ものユニットを横に並べて配置(65型)、合計20スピーカーで攻めるのです。

パナソニックでテレビ事業を統括する豊嶋明氏(パナソニック エンターテインメント&コミュニケーション代表取締役)は、「音の指向性も含めて制御できる範囲が広がった。お客様の状態、見ているコンテンツによって臨場感の出し方を工夫できるのが一番の違い。アレイスピーカーをきめ細かく制御することで音の定位を微細にチューニングできるので、音を演出する要素が増える」としています。

一方向に複数ユニットを配置するラインアレイスピーカーは、波面合成にて指向性(音の進む向き)が自在に制御できます。音を広く拡げて、複数の視聴者に等しい音圧で音を届けることも、特定の位置だけに音を集中させることも可能です。例えば「サウンドフォーカス」のスポットモードでは、複数人でテレビを観ている時に、特定の誰かに向けて音を大きくすることができます。耳が聞こえにくい人には大きな音量で、その他の位置の人には普通の音量で聞かせることが可能です。すべてのユニットをフル動員して、Dolby Atmosの大迫力体感ももちろんOK。

――今までのテレビのスピーカーにはない使い方ですね。

麻倉:テレビの内蔵スピーカーは「頑張るか、諦めるか」のどっちかしかありません。今のテレビのトレンドはいかに細く、薄くするかというところなので、どうしても諦めてしまうところが多いんですが、パナソニックは諦めない。今年のラインアレイスピーカーのように波面合成するというアイデア自体は昔からありますが、それをテレビに採用したというのは英断です。

前面のラインアレイスピーカー

これまでのテレビの音は「良いか、悪いか」という軸しかありませんでした。それが今回、音をどう体験させるかといった領域に踏み込んできたのですね。これはテレビ史上において画期的なことだと思います。音自体も結構良いですしね。標準装備として、スピーカーを多く搭載し、これまで考えられなかったような超指向性から広指向性まで持っていくというのは、大いに評価したい。最新デジタル技術による複数ユニット使用は、テレビ音響に無限の可能性を与えています。

後からサウンドバーを追加するのも良いのですが、テレビメーカーが作るサウンドバーはどうしても迫力・広がり志向になりがちで、音質が物足りない。一方でオーディオメーカーのサウンドバーは、音は良いものの迫力が欠けがちです。やはり、そのテレビに合わせた音作りをした標準スピーカーがとても大事だと思いますね。

3代目でひとつの節目を迎えたシャープ「AQUOS OLED」

77型「4T-C77EQ1」

――そんなパナソニックに続いて新製品を発表したのはシャープでした。こちらは4K有機EL「AQUOS OLED」と4K液晶「AQUOS 4K」を合わせて全5シリーズ19機種がラインナップされています。

シャープ、AIプロセッサ搭載の最上位4K有機ELテレビ「ES1」

麻倉:AQUOS OLEDは今回で3世代目です。そもそも有機ELテレビマーケットで、シャープはなかなか微妙な立ち位置にあります。1980年代に世界で初めて液晶テレビを開発したメーカーです。「液晶のシャープ」として、液晶テレビでは圧倒的に強い地位を確保してきましたが、有機ELテレビは完全な後発。先発組に5年ほどの遅れをとりました。なので、どうしてもソニーやパナソニックを超えるところまではいっていませんでした。

問題は作戦が二正面に渡ること。“液晶の頭領”として最新のミニLED液晶を強力に推進する立場であり、同時に有機ELテレビも頑張らないとならないので、これまではなかなか有機ELテレビに全力投球できませんでした。でも、今回はシャープらしい独自の切り口が出てきたなと思いました。ひとつにはパネルにLGディスプレイの新しいOLED.EXを採用したことも、もちろん効いています(EXパネルについては次回のLGエレクトロニクス編で詳説)。

有機ELテレビにおけるシャープの絵作りというのは、鮮明でキラキラしている、液晶のような持ち味が売りです。しかし、液晶にミニLEDという新技術が出てきているなか、有機ELでそれをどう追求するのかがポイントになります。その意味からすると、3代目にしてシャープは遂に開眼したと見ました。最上位のES1ラインは「これぞ、シャープの有機ELだ」と自信たっぷりに宣言できる傑作です。

黒から白へのレンジが広大で、階調再現も丁寧。色再現のリアリティが高い

2021年モデル「4T-C65DS1」(左)と、新発売の「4T-C65ES1」との比較。従来よりも明るさが増していることに加え、青/緑方向にシフトしていたカラーバランスも修正されている

麻倉:もうひとつ感心したのは4Kブルーレイの「マイ・フェア・レディ」。オードリー・ヘップバーン演じるイライザがアスコット競馬場で貴族デビューするシーンで、イライザが着ている白のドレスの階調感がすごく良いのです。また同じ画面の右側に銀食器があるんですが、その光り方も抜群によかった。これまでのシャープの有機ELテレビは明るいものの、階調がいまひとつという印象でしたが、階調が伴う明るい映像が見えました。徳川家じゃありませんが3代目がひとつの節目かなと(笑)。

――そうなってくると気になるのは液晶テレビの進化ですね。

麻倉:ミニLEDは、今回の有機EL以上に明るいものをやることになるでしょうね。ただ、どうしても黒の階調に関しては有機ELには敵わないのではと思います。有機ELテレビを作っているメーカーは基本的に「有機EL全力投球!」のようなところがありますが、シャープは違う。「有機ELもやっているけれど、液晶が本命」という面もあるので、そういった立ち位置も含めて面白いなと思いますね。

麻倉怜士

オーディオ・ビジュアル評論家/津田塾大学・早稲田大学エクステンションセンター講師(音楽)/UAレコード副代表