麻倉怜士の大閻魔帳
第51回
「聴けなかった音が聴ける」。麻倉怜士マランツ「AV 10」導入。デノンとの違いは?
2023年10月13日 08:00
麻倉怜士氏が、マランツのAVアンプ史上最高グレードとなる15.4ch AVプリアンプ「AV 10」(110万円)と、パワーアンプ「AMP 10」(110万円)を自宅に導入したという。どちらも超弩級なアンプだが、特にAVプリのAV 10が衝撃的だという。いったいどんな音で鳴っているのか? さっそく麻倉氏の自宅を訪ね、試聴しながら、インプレッションを聞いた。さらに、同時期に登場したデノンの最上位AVアンプ「AVC-A1H」とも比較試聴した。
AV 10は、従来のマランツのホームシアター用アンプのラインナップには存在しなかったハイエンド・セパレートAVプリで、チャンネル数、回路構成、パーツグレードは過去最高。注目は、Hi-Fiコンポと同じグレードのパーツを使った、ハイスルーレートのオリジナルのディスクリート高速アンプモジュール「HDAM-SA3」を、15.4chの全てに、独立した基板で採用している事。
AV 10と同時に発売のパワーアンプ「AMP 10」は、1つの筐体の中に定格出力200W(8Ω)/400W(4Ω)のパワーアンプ回路を16ch分搭載。従来のアナログアンプでは困難であった大出力、多チャンネル、高音質なパワーアンプを1つの筐体に収めるために、Class D方式のパワーアンプを採用しているのも特徴だ。
「ピュアオーディオのような姿勢が、オーディオ・ビジュアルにも求められるようになってきた」
――そもそも麻倉さんがAVアンプに求めるものはなんですか?
麻倉:我が家には最高級のピュアオーディオシステムが揃っていて、そこにAVアンプを加える形になっています。そもそもピュアオーディオとAVオーディオは、やはり成熟度がかなり違います。AVアンプは1980年代後半に出てきたものですから。
それに加えて当時は大元の音、つまりパッケージメディアの映画作品自体の音もあまり良くはなかった。Dolby DigitalでようやくAC-3フォーマットが入ってきたわけですから。
当時はAVアンプでは「元の音の情報量が少ないから、AVアンプの方で“お化粧”してあげましょう」という考え方が主流でした。
――もともと圧縮されている“プアな音”をなんとかするためのもの、という考え方ですよね。
麻倉:圧縮についても、音だけではなく、表現力や再現性も圧縮されています。そこに“お化粧”をするので、いわゆる“お風呂のような音”になっちゃうことが多い。
それに対してデノンやマランツのAVアンプは、あまりそういった方向の音作りはしませんでした。ピュアというか、言葉としては変ですが“何もしない”のです。ただ20世紀では何もしない音=つまらない音でした。
それが21世紀になって、Blu-rayやDolby TrueHD、DTS Master Audioなどが登場したことで、かなり元の音に近くなってきましたし、その元の音自体もアナログからデジタルになって、基本的には48kHz/24bitで集音されるようになりました。
そうなってくるとAVアンプによる“お化粧”は必要なのか? という考えも出てくるわけです。つまり、とてもリッチになってきたコンテンツをそのまま出力するという、ピュアオーディオのような姿勢が、オーディオ・ビジュアルにも求められるようになってきたのです。
基本的にオーディオの世界は、そのなかに入っているものに、何かを足したり、引いたりせずに出すという原音主義です。そういった考えがAVアンプの世界に出てきたのが2000年代のこと。
私もこれまでいろいろなメーカーのAVアンプを使ってきましたが、実際に使ってみると「元の音とは違って、加工されているな」という印象をずっと持っていました。
そして5年くらい前にマランツのAVプリアンプ「AV8805」を導入しました。その時点でピュア主義というか、いかに元に入っている情報を忠実に出していくかという姿勢が明確で、その点でマランツは他社とは違いがありました。基本的にはピュアオーディオ製品を作るのと同じ姿勢で、AVアンプにも取り組んでいるわけです。
日本国内ではデノンが圧倒的にAV機器に関して造詣が深くて人気もありますが、世界的にはマランツの方がAVアンプメーカーとして名が通っています。アメリカでは“マランツと言えばAVアンプ”という印象なんです。
日本では、巧みなイメージ戦略も相まって、マランツはピュアオーディオの牙城のよう存在として捉えられています。そんなブランド作ったAVアンプには、ひとつの存在価値がありますよね。
――最初にAV 10を試聴したのはいつ頃でしたか?
麻倉:最初にAV 10を聴いたのは2022年の12月くらい。そのとき「一体何を聴いているんだろう」と衝撃を受けました。先程も説明しましたが、我が家のオーディオシステムでは、ピュアオーディオとAVオーディオを分けず、一緒にしたいと考えています。つまりピュアオーディオの一番いいスピーカーを、ホームシアターのメインスピーカーとして使いたいのです。
今のシステムでは、5.1chのスピーカーすべてをJBLで統一していて、特に5chはすべてJBLのホーンスピーカー(中高域)です。このホーンスピーカーが持っているハイスピードで前向きな音をAVでも楽しみたい。
メインの2chスピーカーには、ピュアオーディオのためにJBLの「Project K2 S9500」を導入していて、その延長にサラウンドの音も欲しいと考えたのです。
プリアンプとしては、OCTAVEの真空管プリアンプ「Jubilee preamp」を5~6年前に導入したんですが、これを導入してから格段に音が良くなりました。このプリアンプの良いところは、ピュアオーディオとして例えばCDなどを聴くときももちろん良いんですが、AVアンプから来るユニティゲインの音についても良くなるんです。入ってきた音に対して、OCTAVE流の“美味しい加算”をして出してくれるのです。
つまり、うちのAVシステムは半分はAVプリアンプ、半分はJubilee preampのパワーで動いています。そういった環境でAV 10を聴くと、次元が違いますね。
再現できる情報がこんなにあったの? という印象で、これはCDもBDも同じでした。今まで聴いていたものを100だとすると、AV 10では180くらいに情報量が増えたような感覚になります。
ひとことで情報量と言っても、内容はさまざまです。例えば微小信号の情報量もありますし、強い音における立ち上がり、立ち上がり、あとは音色を一番決める中域の情報量、つまり全帯域における情報量と、あと時間軸の情報量がありますよね。MQAのような考え方で言えば、いかに細かい音が入っているかどうか。
去年12月に聴いた時点で、AV 10ではその時間軸と周波数軸の情報量が、これまでのAVアンプとはまったく違う印象でした。これであれば、我が家のAVシステムの一員として十分使えると思いましたよ。あのときは、「もう少し感動性や音楽性などを高められたらいいね」とマランツ側に伝えました。
そのあと今年2~3月ごろに、マランツの試聴室でAV10を聴く機会があり、そこで「かなり良くなったな」と感じたので購入を決めて、最終的に我が家に導入したのが7月のことです。
――実際に導入してみた感想はどうでしょう?
麻倉:導入してビックリしましたよ。今まではなんと違う音を聴いていたなと。これまで聴いていた音は何だったんだろう? と衝撃を受けました。
よくクラシックで聴くのがロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団で首席指揮者を務めていたダニエレ・ガッティによる、ストラヴィンスキーのBD「春の祭典」。
春の祭典はバスーン(ファゴット)から始まって、フルートが加わって、さらにクラリネットが加わって……と、まず木管楽器からスタートして、そこに金管楽器が加わって、最後の最後に弦楽器が入ってくるという、ピアニッシモから上がっていく構成なのですが、そのピアニッシモから上がっていくボリュームカーブのステップがすごく細かくなったような感じがします。よりなだらかなカーブになったとような印象です。
もうひとつ面白いのは木管楽器。弦楽器は高い音も低い音も同じような音になるんですが、木管楽器は当然、全部音が違うのです。その音の違いというものをストラヴィンスキーは考えていたはず。
つまり、バスーンだけで出る音があって、そこにフルートが加わると、ちゃんと“足し算”の音になる。さらにフルートやクラリネットが加わってくると、さらに音色がまったく違って聴こえるわけです。
その音色の違いというものが、AV 10で聴くとたいへん丁寧に再現される。そういった作曲家の狙いも表現されるし、演奏の面白さみたいなものも出てくるんです。
私が聴いているのはAuro-3Dの音源ですが、そのサラウンドの表現力も素晴らしい。コンセルトヘボウの会場の雰囲気というか、空間、空気の濃密度が凄まじい。アンプを変えるだけで密度がここまで違うのかと、驚きました。AV 10では空気圧のようなものを感じます。
また、この作品の素晴らしいところは、難しい立体音響の収録をポリヒムニア・インターナショナルというAuro-3Dを知り尽くしている録音集団が担当していること。アムステルダムの会社なので、コンセルトヘボウの音の響きを熟知していますし、オーケストラのことも分かっている人たちなので、とてもいい音で収録されています。
AV8805で聴いたときも「これはいい音だな」と思いましたが、AV 10で聴くとそこに“芳醇さ”が加わるんです。密度感が高くて、空気が濃密になったというような。まるで成熟したウイスキーやビンテージワインを飲んでいるような芳醇さが加わってきます。
ただ、その芳醇さはAV 10が作り出しているわけではなく、もともとディスクに入っていたものだと感じます。今までは、その芳醇さを1メートルくらいしか掘り起こせなかったけれど、AV 10では3メートルくらいまで掘れているというような感覚ですね。
また今回試聴してみて驚いたのは、CDがここまで鳴るのかということ。もともと映画は映像もあって、音もサラウンドで、情報量が多いので、そこそこの性能のAVアンプでもそれなりに満足できてしまいます。
ところが2ch音源のCDには映像もありませんし、チャンネルもふたつしかないわけです。これまでAV8805を使って聴いていた2chの音源は、パナソニックの「DMR-ZR1」からHDMIで入力していましたが、やはり「HDMIの音だな」という感覚でした。HDMIとアナログを聴き比べると、やはりアナログの良さに対して、HDMIだと音が硬い、音場が狭いと言われますよね。HDMIの音は以前よりも良くなってきましたが、やはりHDMIを使っている以上、どうしようもないのかなとも思っていました。
ところがAV 10を使ってCDを聴くと、やはり「私は何を聴いているのだろう?」となるわけです。ZR1よりも、もっといいCDプレーヤーをアナログ接続して、アナログアンプで聴いているような印象です。100%ではありませんが、正しい情報の出方になっていると感じました。音の立ち上がり・立ち下がりがしっかり出ているだけでなく、音のしなやかさ、なめらかさなど、HDMI系では表現が難しい質感も出ている。
今回試聴したのは情家みえの「エトレーヌ」。この作品はベース音の表現が難しく、これまでは切れ味があまりなく、薄かったり、逆に前に出過ぎたりしていました。それが今回はとてもバランスが良く、適切・的確な音になっていました。
また情家さんのボーカルは、とてもニュアンスが細かいのですが、これまでのAVプリアンプではそこまでは表現できなかった。シャキッとはするんですけどね。エッジが尖るけれど、丸みが出せないといった感じでした。それがAV 10では丸みとしなやかさも出てくるんです。
つまりAV 10は“史上初のCDが正しく聴けるAVプリアンプ”。それもHDMI接続で、です。
――確かにHDMI接続で聴いている音とは思えませんでした。
麻倉:CDでも十分驚きましたが、AVプリアンプにとってCDはメインのソースではありません。というわけで、メインソースである映像付きのコンテンツとして、まずはノラ・ジョーンズのBD「ライヴ・アット・ロニー・スコッツ」を観ました。これも名盤ですね。
これもやはりびっくりしたというか。はじめて、ここまでの情報量がディスクに入っていたの? と感じました。ピアノの音にハリがあって、音の立ち上がり、立ち下がりがしっかりしている。質感もすごくいい。ピアノのくっきりとした弾力感があって、ノラ・ジョーンズの持っている粘っこくて、熱くて、ちょっとセクシーで、レイヤーが何枚も重なっているような音の組み立て方、質感がものすごくうまく出ています。
音源はDTS 5.1chで収録されているので、ロニースコッツの雰囲気というか、会場の透明な空気感がありつつ、臨場感もしっかり出ている。臨場感の高さ、細かいところまで出てくるニュアンスの良さが印象的でした。
この作品自体、何度も観て聴いていますが、これまで聴いていた音はもっと厚ぼったかったなと思いましたね。ここまで細かい音がクリアに、しかも階調性をもって収録されていることに、初めて気付かされました。まさに、これまで聴けなかった音が聴けるAVプリアンプですね。
続いてはEAGLESのライブ映像をチェックしました。これは相当古い作品ですが、AV 10を試聴する3カ月くらい前にAV8805でも聴いているんです。そのときも感動しましたけど、そのときの記憶と比べると、AV 10では、やはり今まで聴こえなかった音が聴こえますね。
最初のトランペットの響きから、しっかりと距離感が出ているのと、楽器特有の構造、つまり息を吹き込んで、それが倍音となって出てくるというトランペット特有の発音構造みたいなものまで分析的に聴こえるような印象です。
ギターの剛性感、ドン・ヘンリーのドラムの低音のスケール感、締まりの良さ、ボーカルがくっきりと立つ感じも含めて、やはりEAGLESの演奏はすごい。
録音や音が良くなると、演奏の状況がより細かく分かるので、彼らがとても細かいところまで気を使っていること、その成熟度が素晴らしいことが、AV 10で聴いて初めて分かりました。
「グレイテスト・ショーマン」で「こんなにキレのいい低音は聴いたことない」を味わう
――これまでのAVアンプは「音楽作品の音が良いと、映画では迫力がない。逆に映画で迫力が出るモデルは、音楽作品で大味になる」という二択のような印象でしたが、AV 10で観る映画はどうでしたか。
麻倉:今回チェックした映画作品は「LA LA LAND」と「アリー/スター誕生」(2018年版)、「グレイテスト・ショーマン」「トップガン:マーヴェリック」の4作品です。
「LA LA LAND」は、まずチャプター1のアナザー・デイ・オブ・サン。これもよく聴く曲で、今まで聴いてきたものは「日差しが強いけど、なんか粗いね」という印象でしたが、AV 10で聴くと、ピアノの音に非常に剛性感が力強い。
最初、女性のソロボーカルから始まって、そこに男性ボーカルが加わり、盛り上がる楽曲ですが、それぞれが素晴らしい。女性ソロは、その人のキャラクターがしっかり出ているし、男性ボーカルは3人くらい出てきますが、その3人の合唱感がすごく出ています。
大編成の大コーラスになると、スケールの大きさと同時に、細かさも感じられました。大編成になってスケールが大きくなると、細かい音が聞こえてこなくなることが多いんですが、本来は細かな音が積み重なって、それが大合唱になっているわけですから。
ピアノとベースの切れ味、立ち上がりも良かった。この映画に出てくる音楽は基本的にジャズです。作中にもジャズバンドが出てきますよね。そのバンドの切れ味、質感がとても良かったです。
この作品ではチャプター1とチャプター5を観るんですが、チャプター1は強い音、強音をチェックして、チャプター5では弱い音、弱音を聞きます。
AV 10は弱音の立ち上がりもいい。象徴的なのはチャプター5で描かれる、車のリモコンキーを使う場面。リモコンキーを使って自分のプリウスを探してみるものの、何度キーを操作しても自分の車が見つからないという場面です。
季節としては秋なのかな。この場面では虫の鳴き声も聴こえますが、リモコンキーを操作する音と、虫の鳴き声のような微小な環境音がしっかり出ていました。
そして、そんな小さい音が集まってきて、最後にはビックバンドになっていく。ボレロのような曲がパフォーマンスされるチャプターですが、その立ち上がりが、これまでのアンプだと階調の階段が荒かったのですが、AV 10ではなだらかな階段になっていました。
ライアン・ゴズリングのやる気のない歌声も特徴的でいいですね。エマ・ストーンの若々しいセクシー感も出ている。
「アリー/スター誕生」ではチャプター7を観ました。この場面も男性ボーカルの透明感や剛性感がある。やはり印象的なのは、アリーを演じるレディー・ガガが出てきたときのもの凄いエネルギー感。内に強さを秘めているけれど、表現的には柔らかい雰囲気で歌い始め、中盤から強さが出てくるわけですが、その「秘めているけれど、中核にエネルギーが眠っているぞ」という感じがしっかり出ていました。
べースとバスドラムの同調性もいい。この作品、このチャプターも何度も観てきましたが、内実がどうなっているのか、というところまでは聴けませんでした。秘めたエネルギー感みたいなものがありましたね。
一番ビックリしたのは「グレイテスト・ショーマン」のチャプター1。こんなにキレのいい低音は聴いたことがありません。チャプター1は大体「どわぁーっ」という低音で、「迫力はあるけど、もうちょっとキレと質感も欲しいな」と思うことが多かったんです。
しかし、AV 10では低音の密度感、体積感が格段に広がりました。なおかつ、体積の中に入っている、音の粒も細かくなって、よりギッシリとしているような感覚でした。
思わずテープ合戦が繰り広げられていた時代にあった“BET値競争”を思い出しました。テープは磁性体をたくさん詰め込めば音が良くなるので、磁性体を詰め込むために、テープの粒子を細かくする必要がありました。細かくすれば、同じ面積でも100個しか詰め込めなかった粒子を1,000個も詰め込めるようになって、それだけ反応も良くなるわけです。
今回のAV 10もそんなイメージがあります。つまり、これまで聴いていたのは、そこまで大きくもない体積の箱に粗い音の粒子がいくつか入っていたなという感じ。それに対してAV 10は、まず箱自体の体積が大きい上に、音の粒子も細かい。体感的には1万倍くらい違うような、そんな低音感でした。
また音の立ち上がり、立ち下がりがスパッと切れる。始まったときにドーッと大きくなって、それがパッと消える。この俊足さ、入ってきたエネルギー、音の変化に対して、どれくらい早く対応するのかという、スピードがすごく上がった感じがします。
続いてはチャプター10。ここはキャラクターの声の調子を聴くときによく観ます。主人公のバーナムと、その弟子・フィリップ、イギリスの歌姫・リンドという3人の登場人物がいますが、全員個性が違います。フィリップは真面目でちょっと小心者、バーナムは「俺が、俺が」とイケイケで、いけ好かない感じ、そしてリンドは疑い深い人物。
そういった登場人物たちの個性の違いがセリフにもよく出ています。どの人物も、俳優が演じていて、その人物になるように演技をするわけですから、そのキャラクターが持つ情報性が浮き出ているのです。
またアンビエントがあるので、特に背景に流れているコップや食器が擦れる音、喋り声も生々しく再現されていて、場の雰囲気をたいへん上手く演出していましたね。
最後にチャプター11のコンサートシーン。最初のバーナムのMCの力強さが印象的でした。面白いのは、会場の席にはバーナムの奥さんと子どもがいて、その前に座っている老夫婦がバーナムのMCに茶々を入れるんですよ。その小さい声もくっきり出てきて、感情も出てきていました。
肝心のコンサートシーンも、ピアノの音やオーケストラが雄大になったので、センターで歌っているリンドの歌声がオケを突き抜けて、飛び上がってくる感じがしましたね。
「トップガン:マーヴェリック」では、主にSEを聴きます。ハンス・ジマーの音楽の躍動感や演出性、声の質のエネルギー感、轟音、エンジン音などが、うまくインテグレートされて、しっかり出ていますね。音の情報量が増えたことで、これまで入ってくる信号のなかでなかなか出せなかったところまで出るようになりました。
具体的には、時間軸と周波数軸の情報量が大幅に増えたので、音の切れ味や味付けの違いなど、元にある音がハッキリと出てきた感じがしました。
4作品を通じて感じたのは、このアンプにおける映画の音の再現性というのは、単に音を再現するだけでなく、映画のコンセプトと言うか、映画をより楽しむという点が映像と一体になって、よりそれをプロモートしているような感じがしました。
「AV 10」は“覚悟”を持って導入する必要がある
――CINEMAシリーズの頂点にふさわしい仕上がりだったわけですね。
麻倉:ただ今回は、あくまで私の家のシステムに、AV 10をプリアンプとして組み込んだ上での印象です。もともとパワーアンプもスピーカー周りも、しっかりしたものを導入している環境なので、私が今聴いたのと同じ音が、ほかのスピーカーや環境でも聴けるのかは断言できません。少なくとも、うちのハイエンドオーディオと統合したシステムで聴いた限りでは、これまで導入してきたAVアンプでは史上最高ですね。
――麻倉さんのように2chのピュアオーディオシステムを追求していて「いい音が出ているな」と思っている環境に、ピュアオーディオのひとつとしてAVプリアンプを入れても“喧嘩しない”初めてのモデルという印象でしょうか。
麻倉:すごく良い指摘です。先程も言いましたが、ピュアオーディオというのは、なるべく使う機材のキャラクターを排除した原音中心主義で来ていると思うんです。そういう環境に強烈なキャラクターを持ったものが入ってくると、全体の音色バランスに違和感が生まれてしまいます。
それに対して、このAV 10はキャラクターを作らないマランツというブランドが手掛けています。DSPや独自のモードを使わず、ピュアオーディオと同じ正攻法で、入ってきた信号をそのまま出力するような仕様で作られています。
これが30年以上前、それこそBDが出てくる前、Dolby Digitalやサラウンド、AC3のように、情報量が少ないコンテンツで聴くと、寂しいような音で、粗が目立ったかもしれません。あの時代ではDSPを使って色付けするニーズもありました。
ただ、今は映画の音も良くなって、ハイレゾにもなりつつあります。そういったリッチになってきた音の豊穣さを損なわず、なおかつ余計なものも加算せずに、等身大に増幅している印象がありますね。
そう考えるとやはり情報量は大事です。情報量はあるところで情緒に変化します。残念ながら情報量が少ないと変化しようがないんですが、スレッショルドを超えると、情緒が生まれるのです。そういった領域に入ってきた初めてのAVアンプだなと思います。
――ちなみに今、パワーアンプはどのように使っていますか?
麻倉:うちの環境では、フロントスピーカーとセンタースピーカーには最高級のパワーアンプを使っています。K2に対してはZAIKAの「845プッシュプルアンプ」を、C5000というセンタースピーカーにはマークレビンソンの「No20.5L」を使っています。これに対して、リアスピーカーと天井スピーカーにAMP 10を導入しています。
ただAV 10の良さに比べると、AMP 10は少し物足りませんね。
――試聴会やイベントなどで、多くの人はAV 10 + AMP 10の組み合わせで聴いていると思います。なので、AV 10単体、AMP 10単体の音を聴いたことがある人は少ないかもしれません。
麻倉:AMP 10も含めると、音のリッチネスが小さくなりますね。AV 10とAMP 10を導入するのであれば、メインではないスピーカーにAMP 10を使って、メインスピーカーには、良い2chピュアアンプを使うと良いでしょう。AMP 10にはリア、天井スピーカーを任せる形ですね。
最初はセンタースピーカーを置かず、今メインで使っているお気に入りのピュアアンプを使ってみてほしい。ただファントムセンターとリアルセンターではまったく違うので、ゆくゆくはセンタースピーカーと、専用のパワーアンプを追加して欲しいです。AV 10は、それだけのことをする価値があるAVプリアンプだと思いますよ。
逆に言えば、それくらい使いこなすのが難しいアンプとも言えます。適当なアンプではなく、グレードの高いパワーアンプを求めるAVアンプですね。そういったAVプリアンプが国産で登場してきたという点もひとつのポイントと言えます。
今まで最高級AVアンプは200~300万円くらいしたわけですから、それと比べれば110万円はまだなんとか手が届く。ただ、その110万円のAVアンプには、それ以上の価値があるわけで、その性能を引き出すには、それに見合ったパワーアンプが必要だなと思います。これを導入する人は、それくらいの覚悟を持って導入しなくてはいけません。
そういう点でマランツの姉妹ブランドである、デノンのフラッグシップAVアンプ「AVC-A1H」(99万円)も、素晴らしい製品だと思います。一般的な環境においては最高級のインテグレートアンプだと思います。
面白いのはマランツは“ピュア命”というところがありますが、デノンはいかにコンテンツから“楽しくて、ワクワクする、躍動する音”を引き出すかという思想を持っていること。そこが2社の大きな違いですね。
これは今のサウンドマネージャーの違いと言うより、歴史的な違いだと思います。マランツは世界的に見るとAVアンプメーカーですが、日本国内ではピュアを推してきました。そしてPMシリーズなど、とても良いアンプを作ってきました。
ところが、デノンのほうは音の質がグロッシー。ピュアではありません。より楽しく、より艶っぽく、より楽しく、という考えが30年くらい前からあります。この思想は会社の伝統のように存在しているので、同じコンテンツ、同じソフトを再生しても、マランツはすごく誠実に真面目に、あるものから足したり引いたりせず、そのままの音を出しますが、デノンは足したり、引いたりする。デノンのグロッシーな音色感があって、聴けばやっぱり楽しくて、エンターテインメント性がありますし、演出性もあります。
そういう意味では、同じメーカーの違うブランドですが、目指している音の方向性は全く違います。これまでオーディオ・ビジュアルを楽しんできた人に、デノンのアンプは、ひとつの突き抜けたエンタメ性を与えてくれると思います。
デノンのAVC-A1Hは、AVアンプという歴史のなかで、ここまで図抜けた表現力を持っている初めてのモデルと言えるでしょう。しかも、それを100万円以下、かつインテグレートアンプにしてきたのは素晴らしい。マランツはAV 10とAMP 10を合わせれば200万円オーバーですから。
――映画をたっぷり楽しみたい人はデノンを、映画の新しい世界を知りたい人、映画以外の2chコンテンツもどっぷりと楽しみたい人はマランツと、ターゲットとなるユーザー層も異なりますね。
麻倉:とにかく、AV 10が出す2chの音にはびっくりしました。ここまで新しい音が聴けるとは思いもしなかった。AVも2chも、AV 10ひとつにまとめてもいいと思いますよ。映像信号が入ったり、デジタル信号が入ってくる筐体で、よくこんな音を作ったなと思います。
また筐体のデザインも良いんですよ。これまでリッチに2chやってきたユーザーが、なんの違和感もなく、AV環境をさっと構築できる製品だと思います。