麻倉怜士の大閻魔帳
第52回
“音質選択権”を取り戻せ! '23年印象的だったAV製品10選 前編
2023年12月22日 08:00
Astell&Kern「A&futura SE300」
――今年もあっという間にこの季節がやってきました。今回も麻倉さんが今年1年体験して、特に印象的だった製品・コンテンツを紹介していただきます。前半はオーディオ機器を中心にチョイスしてもらいました。まずはAstell&Kernのポータブルオーディオプレーヤー(DAP)として、初めて完全ディスクリートの「R-2R DAC」を採用した「A&futura SE300」です。
麻倉:この製品は、音質/音調を好みに合わせて変えられるというのが一番の特徴です。オーディオ機器は、性能に松・竹・梅があって、実際に音を聴いて、自分の感性でどれかを選ぶというのが、これまでの買い方・使い方です。その性能は基本的には固定でした。つまりユーザーは、その性能の範囲内で製品を使うわけです。
それに対して、SE300は聴く楽曲に合わせて性能を変えられるのです。そもそも搭載されているDACがユニーク。主流のワンビット/ΔΣ(デルタシグマ)DACでなく、マルチビットのR-2R(抵抗値が2つの意味)型、もともとDACの基本形とされていたラダー(梯子段)抵抗によるベーシックなDA変換器なのです。リニアPCMをワンビットに変更せず、そのままストレートに処理するのが売り。抵抗が温度変化にたいへん敏感という問題に対しても、対策が施されています。
このR-2Rで扱えるサンプリング周波数はネイティブのみですが、FPGA動作により、最大8倍のオーバーサンプリング(OS)が可能です。さらにアンプもA級とAB級の2種類を搭載しており、これも好みにあわせて選択できます。“くっきり系のAB級”、“上質系のA級”を切り替えて比較試聴できるなんて、これこそオーディオの醍醐味ですよ。
例えばロック系の荒々しいサウンドの楽曲は、ハイレゾになると大人しくなるとよく言われます。でも、クラシックのヴァイオリン、音の粒が細かいハイレゾのほうが良い。
ふだんオーディオ製品を選ぶとき、私たちは自分の好みの音楽を聴いて、製品の良し悪しを判断するわけですが、「ロックもクラシックも好き」という人は、どこかで妥協を強いられてきたはずです。
しかし、このSE300では妥協する必要はありません。それぞれの曲に合った一番良いコンフィギュレーションを選べるのです。しかもポータブルプレーヤーなので、日常使いとして、どこにでも持ち歩けるわけですから、例えば「今日は晴れているから、のんびりしたサウンドにしたい」とか、「雨だから優しい雰囲気の音にしたい」など、楽曲だけではなく、自分との対話、天候や環境との対話でも、(音質/音調を)変えられるわけです。
さらに基本的な音質がとても良いことも、押さえておきましょう。もともとの高音質に、さらにカスタム化ができるというわけ。
これは革命的なことですよ。こういったポータブルプレーヤーに限らず、どんなものでも、基本的に音質や音調は固定されています。最近のアンプはトーンコントロールすらありませんよね。ユーザーと製品の関係性で言えば、製品のほうが上で、使い手である私たちは「音を聴かせていただきます」といった立ち位置です。
それに対し、SE300は「音質選択の自由を我等に!」といったように、音質の選択権がユーザー側に移ってきました。こういった流れが2024年からも続いていくのではと思います。
また、この小さな筐体に機能を盛り込むことができたのは、集積回路やDSPなど技術進歩の結果です。アナログでは回路ごと交換しなくちゃいけないわけですから。
今、こんな製品を作るのはAstell&Kernくらいなので、よほど特殊な会社だなと思いますよ(笑)。単にオーディオマニアというだけでなく、テクノロジーをオーディオ的な楽しさの部分に使っていこうという姿勢が見えますね。
音楽サブスクを使えば無限大に曲が聴けるわけで、イコライジングではありませんが“フレーバー”をかけてあげて、自分のその時の気分にあった音質にカスタム、パーソナル化できる製品ですね。“音質選択権”を取り戻せるという意味でも、革命的なモデルだと思います。
ARETAI「Contra100S」
――続いてはラトビアのスピーカーブランド・ARETAIの2.5ウェイ密閉型ブックシェルフスピーカー「Contra100S」を選ばれました。
麻倉:スピーカーも含めて、最近のトレンドは階調度を上げること。どちらかというと、顕微鏡や虫眼鏡で見るように細かいところまで見渡せるほうが良いとされています。
ただ、細かいところまで見えることと、音楽を楽しむということは、かなり違うものではないかと思っています。細かいところまで見渡せることで、感動性みたいなものが機械的、モニター的になってしまうことがあります。
逆に解像度は高くなくても、昔のスピーカーや伝統的なモデルには、むしろ音楽性を感じることもありますよね。
そういった経験から、解像度と音楽性は相容れない要素だと思っていましたが、Contra100Sでは、そのふたつがしっかり両立していました。音の細かいところまで見えつつ、同時に音のワクワク感や躍動感、熱量、エネルギー感を感じられるのです。
ラトビアやエストニアといった国は、実はオーディオ大国なのです。ヨーロッパでオーディオが盛んなのは、例えばBowers & Wilkinsがあるイギリス、ELACがあるドイツなどですが、ラトビアもかなり教育水準や工業水準が高く、オーディオ好きも多い。私も使っていますが、音響パワーイコライジング技術「CONEQ」を生み出したリアルサウンドラボも、本社はラトビアですよ。
実際にラトビアへ行ったことがありますが、ラトビアは近隣国のロシアだけでなく、ドイツの影響も受けているので、建物や雰囲気はドイツ風で、ヨーロッパのなかでもユニークな存在です。
スピーカー自体は28mmドームツイーター1基と6インチのコーンウーファーを2基を搭載した密閉型2.5ウェイのブックシェルフ。製品の見た目としては、大きな拡散板が目を引く仕上がりで「本当にこれで音が良いの?」と思うかもしれませんが、実際に聴いてみると非常に細かいところまで音のディテールが出てくると同時に、音楽性のディープなところまで深く感じられます。これがほかのスピーカーにはない特徴です。
スピーカーは今、いろいろなブランドから発売されていますが、新ブランドとして、これまでにない特徴があって、新しい世界を切り開くのではないかという印象を持ちました。2024年以降も注目したいブランドのひとつですね。
ELAC「Debut ConneX DCB-41」
――同じスピーカー製品では、ELACのアクティブスピーカー「Debut ConneX DCB-41」も印象的だったようですね。
麻倉:アクティブスピーカーは業界のなかで、大きなトレンドになっていますよね。これまでのアクティブスピーカーは「単に音が大きくなればいい」と、いわゆるPCスピーカーのような立ち位置で、価格も安いものがメインでしたが、日本に入ってきているものでも、例えばDYNAUDIOのアクティブスピーカー「Focus 30」はペアで140万円前後、KEFもハイエンドモデルを投入しています。
Hi-Fiという思想を追求していくと、アクティブスピーカーは理にかなった製品だと言えます。スピーカーに一番にあったアンプを積んでいるわけですから。
例えばGENELECのメインモニタースピーカー「8381A」は1台あたり300万円後半という超弩級モデルですが、あの音を聴くと「ピュアオーディオで同じ音を出そうとすると、アンプだけで200万円くらいはかかるな」と思ってしまう。それを踏まえると、8381Aはアンプがセットになっているので、そこまで高くないなと思うわけです。
このELACのDCB-41も“ELACサウンド”が息づいています。ジェットツイーターなどは搭載していませんが、ELACが音の細やかさ、繊細さ、ELAC的な音楽性などが感じられます。
インターフェイスの多彩さも特筆すべきポイントです。アナログRCA、Bluetooth、光デジタル、USB、そしてHDMIが搭載されるようになったのも今年のトレンドです。今HDMIは、とてつもない勢いでさまざまな機器に搭載されていて、マランツの「CD 50n」のようにCDプレーヤーにも搭載されるようになりました。
これまでオーディオと映像の世界は完全に分かれていましたが、HDMIを媒介にすることで、良い音の機材にHDMIを搭載しようという流れができています。このトレンドは配信が盛んになったことと関係していますよね。
これからHDMIは、オーディオ・ビジュアルにまつわるすべてのものに搭載されていく方向性になっているので、当然スピーカーにも搭載されるようになったわけです。
また、先ほどのAstell&Kernのときにも言いましたが、多機能と高音質はなかなか両立しにくいものでした。それが10万円以下という買いやすい値段でありながら、多機能であり、すごく音もいい。今は、こういったものが求められているのだと思います。アクティブスピーカーの高音質化・多機能化、HDMIなど、いろいろな意味でトレンドを感じさせるモデルでしたね。
――確かにペアで94,600円と、10万円を切っていることには驚かされました。
麻倉:音だけで言えば、より優れたものもありますが、価格が桁違いだったり、外観と価格が釣り合っていないものあったりします。それに対して、DCB-41は外観も高見えしますよね。
値段が高すぎて、オーディオ好きが買いたくても買えない製品がすごく増えています。お金持ちだけではなく、オーディオが好きな人が買えるようなものも増えるべきです。値段ばかり上がっていくトレンドは勘弁してほしいなと思いますよ。
final「ZE8000 MK2」
――前後編含めた10アイテムのなかで、唯一のイヤフォン製品として「ZE8000 MK2」を選ばれていますね。
麻倉:去年登場したZE8000には、とても驚きました。これまでの完全ワイヤレスイヤフォンは「音楽がなく、音しかない。しかも劣悪な音しかないぞ」というのが、私の印象でした。これまでには正直評価に困った機種もありました(笑)。
そういう観点からすると、ZE8000は革命的にナチュラルなサウンド。すごく音に奥行きがありますし、天井感みたいなものも感じられ、音が体積的に増えて、リッチな音楽体験が味わえるなと思います。
(final代表の)細尾さんに話を聞くと「完全ワイヤレスの音が悪いというのは間違い。今の段階では有線イヤフォンのほうが良いと言われていますが、音にはドライバーと信号処理のふたつが必要で、信号処理の機能が入っているという点で、(完全ワイヤレスは)これからものすごく伸びますよ」と言うのです。
純アナログ的な思考からすれば信号処理なんてものは、ないほうが良いに決まっている。有線でつないで振動板をキッチリを動かす方が良いわけです。しかし、そこに信号処理が入ることが、これからイヤフォンが発展していくための礎なんだとおっしゃるわけです。
そしてfinalは、その信号処理を活用したサービスとして、「自分専用ダミーヘッド」を始めました。finalの発想は、スピーカーや声、コンサートなど、自然な環境で、聴いて(聞いて)いる時には、音波が顔や肩、上半身の表面を経由して届く。つまり耳で聞いている音は、その経由地の影響を凄く受けているわけです。そこから、個人個人の音への感覚が違ってくる。でもヘッドフォンやイヤフォン製品は、最大公約数的に平均的な製品にならざるを得ない。それなら、個人の伝達特性に応じた音パターンを与えればよいのではというのです。
このように伝達のデータを取るには、これまでHRTFという関数がありました。「頭部伝達関数」といって、顔を伝わる音波のパターンのことです。これを個人化できれば、確かにその効果は大きく、例えばソニーはプロフェッショナルを対象にHRTFを測定するサービスを開始しています。これは音場、音像に関しての測定ですが、finalは「音色」も、伝達によって大きく変わることを突き止め、それを個人最適化するサービスを始めました。「自分専用ダミーヘッド」を測定してつくり、コンピュータの中で、その個人の顔や肩、上半身を通る音波のパターンを計算して、その人専用の音質パターンをつくるという、前代未聞の試みにチャレンジです。
私も測定して、去年のZE8000にインプリしてもらいましたが、これが、もの凄く効果がありました。まず解像感。1.5倍ぐらい変わるという雰囲気。たいへん細かい部分が出るだけでなく、音の立ち上がり/立ち下がりの時間的な特性が極めてシャープになりました。
ZE8000から解像感的な、見渡し感的なヴェールを数枚剥ぎ取った感じです。特にベースの音階感はまったく違いますね。ZE8000が持っている音楽性を感じさせながら、ディテールも出てくるなという印象でした。
そして11月に発売されたZE8000 MK2にも似たようなものがあります。ZE8000が持っているナチュラルな雰囲気、自然な音場感・音像感や、クセのない特性などを活かしながら、さらにキメが細かくなったというか、ディテール部分のフォーカスが上がってきたなという感触がありました。
これまでの完全ワイヤレスイヤフォンの流れとは反する存在がZE8000で、それをもう一段昇華させたものがZE8000 MK2と言えるでしょう。
トレンドとしては、完全ワイヤレスイヤフォンが主流であることは変わりません。そして今後は、先に紹介したSE300のように、音質を上げていくと同時に、カスタマイズ性も求められていくようになるでしょう。
その観点で、自分専用ダミーヘッドは“究極のカスタマイズ”だと思うので、ZE8000が切り開いた地平を、ZE8000 MK2で1段さらに高めようとしているのは、正しい流れだと思います。
またfinalは大きな規模の企業ではないものの、音に対する基礎研究をしっかりやっている。音響心理をベースとしたイヤフォンに関わる研究をしっかりやっていて、そこからいろいろなものが生まれてきています。応用開発しかしないメーカーなどと比べると、圧倒的な差がありますよ。基礎研究をしっかりやっているなかで、応用研究・開発が生まれて、そこから画期的な新製品が出てくるわけですから。finalには2024年も期待しています。
少し気になっているのは、“正確な音”と“好きな音”は違うということ。自分専用ダミーヘッドによって、とても正確な音は作り出せますが、それが好きな音になるのか、自分が好きと感じる音の要素をどう入れ込めるのかというところも興味深いです。
Google「Pixel 8 Pro」
――前編最後はオーディオ製品から離れてスマートフォン「Pixel 8 Pro」です。麻倉さんは以前からPixelユーザーでしたよね?
麻倉:Pixelシリーズには本当にお世話になっていて、これまではPixel 6 Proを使っていました。一番使っている機能は「文字起こし」。取材時に使うことで、それまで長時間かかっていた聴き取り/文字入力の手間が大幅に短縮できました。専門用語が出てこない取材であれば、9割くらいはそのまま記事に使えるクオリティです。
今回Pixel 8 Proになって面白いなと感じたのは、GoogleがOSだけに満足せず、OSをどううまく使いこなすか、いちメーカーとして単にOSを使うだけでなく、その上に入ってくるアプリを、どう使うかに注力しているところ。なかでもGoogle Tensor G3の生成AIには驚かされました。これは説明するより、画像を見てもらったほうが早いと思います。
ひとつは代々木八幡付近の山手通りから新宿方向を見たもの、もうひとつは自宅の写真です。特に注目して欲しいのは自宅で撮った写真。プロジェクターの上に置いているノートPCを生成AIを使って浮かせた画です。
1枚目の元画像では、ノートPCの奥に写っているカーテンの下半分が隠れてしまっていますが、生成AIを使ってノートPCを浮かせると、1枚目には写っていなかったカーテン下半分がしっかりと描写されているのです。
以前から「消しゴムマジック」機能はあり、以前からそれなりには(処理)できていましたが、少し“ふわっとした”仕上がりでした。それが今回生成AIが入ったことで、背景はかなり正確に生成(復元)してくれますね。
――画像を見ると、ボカシ処理などで“なんとか誤魔化そう”という印象もありません。
麻倉:そのとおりで、解像感・鮮鋭感高く処理してくれますね。
もうひとつ便利な機能が、音声の消しゴムマジック。静かな場所で録音する分には、特に問題ありませんが、居酒屋などうるさい環境になると、ほとんど相手の喋り声が分からないんです。そういうときに音声分離機能を使うと、クリアに声が聴き取れるようになります。デジタルテクノロジーとAIテクノロジーをうまく活用していると思います。
そもそも、Googleの人たちは、こういった活用術について年がら年中考えているんでしょうね(笑)。これが今年のトレンドだとすると、来年はきっと何もないところに表示するような機能が出てくるかもしれない。これからは“消しゴム”ではなく、加算の時代になるのではないでしょうか。“加算マジック”のようなものが出てくると思います。
――確かにAdobe Photoshopには、画像の“外側”を作り出す「生成拡張」機能が実装されています。
麻倉:やはりスマートフォンには、エンターテインメント的な要素が欲しいと思っているので、生成AIをうまく活用することで、そういったことができるのではないかと思います。
また例えば自分の後ろに太陽があると、写真に自分の影が写り込んでしまうわけですが、これもうまく“消しゴム”してくれるのはいいですが、もう少し完璧さは望みたいですね。
余談ですが、これからはAIをどう使っていくかが大事になっていくわけで、そこでひとつ思いついたのが“麻倉AI”(笑)。最近はChatGPTを使って書かれた本なども出ていますが、ソースはインターネットで、そもそもインターネットには“インチキ”の情報が多くまぎれているわけです。そんなものを元に文章を書いても意味はありませんよ。
でも、私が書いてきた原稿に“インチキ”はありません。だから、私の原稿だけ読みこませて、学習させて文章を自動で書いてくれるAIが“麻倉AI”です。私も1980年代から文章を書いているので、ソースはものすごく豊富です。
私なりのレトリック、表現方法、語り方、文章構成の仕方があるわけで、そのデータベースを読み込ませれば「〇〇メーカー、プレーヤー、音が良くなった、300字でまとめなさい」と指示すれば、“麻倉AI”によって、たちどころにたくさん原稿が書けるなと思うわけです(笑)。