本田雅一のAVTrends

目指したのは「最高のHDR液晶テレビ」。ソニーBRAVIA Z9Dのプレミアム画質

 IFA会場で前後に発表された一連のソニー製プレミアム製品の担当者にインタビュー取材した。ヘッドフォンオーディオのSignatureシリーズに関しては、すでに現地から速報で試聴と取材成果をお伝えしているが、今回はバックライトマスタードライブ(Backlight Master Drive:BMD)搭載の「BRAVIA Z9D」シリーズについて話を聞いた。

BRAVIA Z9D「KJ-100Z9D」

HLGにも対応。プロ向け展開も検討

 Z9Dに関して話を伺ったのは、ソニービジュアルプロダクツ 企画マーケティング部門の長尾和芳氏。同氏には長年、BRAVIAシリーズに関連する取材をしてきたが、今年1月のCES 2016における同氏のコメントは、この過去8年ほど話を聞いてきた中で、もっとも歯切れの悪いものだった。

 なぜなら「高付加価値製品に絞り込むことで事業が回復してきた」と言いながら、販売を支えているのはミドルクラスの製品。そしてパナソニックなどが積極的に投資してきたハイダイナミックレンジ(HDR)表示性能を高めた液晶テレビの上位モデルがなく、薄型あるいはケーブルを隠蔽したデザインなど、実用的でハイセンスではあるものの「高付加価値モデルで勝負するブランド」としては、インパクトに欠けるものだったからだ。

 その上、業界を挙げて訴求することになったUHD Premiumロゴにおいても、規格策定やコンテンツ供給では積極的な姿勢を見せていたもの、テレビに関してはロゴ採用を見送るという決定を下していたからだ。

 このロゴは、一定以上の品質、表示性能を持つ機器に対して発行されるもので、HDR表示や色再現に関しての保証が得られる。UHD Premiumロゴを取得しているプレーヤーやコンテンツ(UHD BD)と共に用いることで、映画会社が想定する4K&HDRの映像品質を担保することが本来の目的だった。

 何かスッキリしないな? と思っていたところにZ9Dシリーズが発表されたことで、「なるほどCESで歯切れが悪かった理由はこれだったのか」と思いながら、長尾氏に話を聞いた。

ソニービジュアルプロダクツ 長尾和芳氏

--テレビという商品ジャンルで、久々に“プレミアムクラス”と言える商品が登場した。画質も事前に取材をさせて頂いていたが、圧倒的に優れている。しかし、一方でこれだけのプレミアム製品となると、将来性も含めて長期間使える製品であってほしい。たとえばHybrid-Log Gamma(HLG)などへの対応を含めたアップデート計画はあるのか?

長尾氏(以下敬称略):将来のアップデート計画はもちろん持っており、可能な限り長いスパンでこのプラットフォームを育てていく。そのための、あらかじめの仕込みも(映像エンジンの)「X1 Extreme」を含めたシステム側には盛り込んである。HLGに関しては、すでにBT.2100として国際規格も決定済みのため、ファームウェアのアップデートで対応する予定だ。

-- これだけHDRの再現性が高く部分駆動の弊害が少ないと、業務用ニーズもあるのでは

長尾:実際、映画スタジオからも問い合わせも多い。映画制作やテレビ制作に関連するASCやNABといったイベントでも製品を内覧してきたが、制作側からも大型のQC(品質管理)モニターは必要だと意見をいただいていた。HDR映像を制作するワークフローは完成しているが、エンドユーザー向けのテレビはHDR表示品質にバラツキがあり、評価用に使える製品がないという悩みを伺った。そうした意味で、65インチはQCモニターとして、さまざまなスタジオに入っていくのではと期待している。もちろん、販売数としては圧倒的にコンシューマだが、積極的に映像制作現場にZ9Dを訴求しておくことで、“映画やドラマはZ9Dを使って制作されている”という打ちだしをしていきたい。また、プロ向けにも販売していくことで長期サポートが必要になるため、先ほどの質問にあった長期的な使用に耐えるか否か? の質問の答にもなると思う。

-- コンシューマ向けの販売チャネルは? 昨今のテレビ市場を考えると、競合する他社製品はないが、店頭での展開はどのようにするのか?

長尾:北米ではベストバイに作っているソニーのストアインストアに展開する。65インチは、この350店舗で展開する。75インチはマグノリア(ベストバイの高級AVストアブランド)で展開。主要店はほぼカバーして、体験できるようにする。

KJ-75Z9D

 日本は100インチは東京と大阪のソニーストアだけだが、65インチは結構な数が量販店も含めて展開される。75インチは展示比率は落ちるものの、従来のX9400シリーズが75インチで同価格なので、同等以上の引き合いがあるとの想定で展示店舗のイメージはできる。発売当初、想定以上の引き合いがあった。

BMDはさらに“磨き”“育てる”

---ふり返ると参考展示したCESの時にはすでにBMD搭載モデル発売が決まっていたことになる。UHD Premiumロゴを取得しないと話していたのも、今から思えば“ロゴ取得基準を遙かに超えた性能と機能”が、ロゴ取得によって平準化して見えることを嫌ったのかもしれない。1月の時点でBMDをすぐに商品化するなど、誰も想像していなかった

長尾:ソニー全体として、HDRの重要性を消費者の皆様はもちろん、業界内の関係者全体に認知をしてもらう活動はとても重要だ。UHD Allianceの活動はソニーとして支援しているし、ロゴ取得したコンテンツもSPEからはリリースされている。しかし、テレビメーカーとして捉えた場合、各製品の性能や機能を我々がいつも説明している言葉とは別の基準でグレード化すると混乱してしまう。そこで、我々は「4K/HDR」という軸で消費者に説明し、最終的なスペックや表示品質に関してはお客様の目で確かめて欲しいという意味でUHD Premiumロゴを取得しないという判断をした。

--- BMDそのものの“仕込み”はいつ頃からしていたのか?

長尾:液晶テレビを高画質化するための技術として検討はずっと行なってきた。その後、具体的な製品化に向けてゴーサインが出たのは2014年に中期計画を立てた時。このとき、すでに、映像技術がHDRへと向かうトレンドが生まれていた。高画質化に関しては解像度を高めるよりも大きな意義があると認識したため、中途半端な対応をやめよう。ソニー全体として、まずはできる限り最高のHDR対応液晶テレビを作ろうと考えてBMDの開発に着手したのが始まりだ。

 実は2014年は通常ダイナミックレンジの映像をHDR化する映像処理、XDR(eXtended Dynamic Range)を入れた年。大きな画質向上の可能性が見えたなか、XDRのアルゴリズムを大幅に進化させることで、HDR以外の映像もBMDで向上させる事ができると確信した。BMD単独でテレビの画質を刷新しようというのではなく、大幅改良版XDRとBMDの両方で、あらゆるコンテンツの高画質化が図られている。

 新映像プロセッサのX1 Xtremeも、この開発に向けて最初から大規模なLSIとして設計したものだ。BMDとXDRの大幅改良という目標があり、社内で開発の大まかな方向性を決め、実現するための枠組みを決めて作り上げてきた。

---他社の例では、映像制作トレンドとしてのHDRがあり、そこから派生してHDRで撮影した映像を美しく表示できるテレビが必要……と、どちらかと言えば映像制作側を起点にしたイノベーションがHDRという認識だった。ドルビーが先鞭を切って導入しようとしたのも、そうした流れを作った原因かもしれない。しかし、話を伺うとソニーの場合は、テレビという受像機側のイノベーションとして、XDR技術も含めた高画質化の流れの中にHDRトレンドが合流したように聞こえる。

長尾:高画質化するにはどのようなアプローチがあるか? という検討があり、その中で“本当に実現したい映像とはどんなものか”という議論になった。突きつめると、それは“本来、視覚に入って来るべき光の再現”。では自然の光を再現するために必要なディスプレイとは何か。圧倒的に不足しているダイナミックレンジを拡げることと結論し、通常ダイナミックレンジの拡張とHDR映像ワークフローの確立という両面からコンテンツを改良し、それに対応できるテレビを開発した。

--- 個人的にはXDRをかける前、すなわちノイズ処理の革新が、XDRや超解像の真価を支えたという印象を受けた

長尾:ユーザーが直接的に感じる画質改善という意味では、XDRや超解像の真価、そしてXDRを支えるBMDのダイナミックレンジとなるが、ダイナミックレンジや解像感を映像処理で引き出すには、そもそもディテールとノイズの分離やノイズの適切な処理が必要になる。ノイズ処理の革新がX1 Extremeの核となるというのはその通りだ。

--- 現時点でも部分駆動の弊害が少ないが、BMDは第1世代まだスタート地点。100インチが理想的なBMDと仰っていましたから、75インチや65インチではLED密度も今後、上がっていく可能性があるということか。

KJ-100Z9D

長尾:中長期的にはその通りだ。プロにも使っていただく製品。ソニーのリファレンス製品、品質基準となる製品として永く育て、使い続けていただく商品としていかなければならない。将来性も含め余裕を持たせた設計としている。今後もバックライト制御のアルゴリズムをさらに磨き込む。X1 Extremeには、まだ使っていない機能もいろいろあるので、それらを活用して進化させていきたい。また、通常ダイナミックレンジからHDRへのリマスター……すなわちXDRに関しても、単純な補完処理ではなく被写体が何かを識別した上で処理を行なうため、遠近感がものすごく出るようになった。これもさらに磨き込めるだろう。コントラストが上がると、解像感が上がって見えるため、同じ4Kでもさらに高画質に見えるという効果もある

本田 雅一

PCハードウェアのトレンドから企業向けネットワーク製品、アプリケーションソフトウェア、Web関連サービスなど、テクノロジ関連の取材記事・コラムを執筆するほか、デジタルカメラ関連のコラムやインタビュー、経済誌への市場分析記事などを担当している。  AV関係では次世代光ディスク関連の動向や映像圧縮技術、製品評論をインターネット、専門誌で展開。日本で発売されているテレビ、プロジェクタ、AVアンプ、レコーダなどの主要製品は、そのほとんどを試聴している。  仕事がら映像機器やソフトを解析的に見る事が多いが、本人曰く「根っからのオーディオ機器好き」。ディスプレイは映像エンターテイメントは投写型、情報系は直視型と使い分け、SACDやDVD-Audioを愛しつつも、ポピュラー系は携帯型デジタルオーディオで楽しむなど、その場に応じて幅広くAVコンテンツを楽しんでいる。  メルマガ「続・モバイル通信リターンズ」も配信中。