本田雅一のAVTrends
4社の有機ELテレビを評価する。映画のソニー、色のパナ、OLED本家LG、地デジは東芝
2017年6月23日 08:00
4社から有機ELテレビが登場。その違いとは?
今年のテレビ市場には、4つのメーカーからOLED(有機EL)パネルを用いたテレビが登場した。一部に77インチモデルがあるものの、製品の中心は65インチと55インチ。蓋を開けてみると55インチモデルの実売価格は、インチ1万円を切る水準(50万円前半~)で、今年買い換えを検討している読者の頭を悩ませているのではないだろうか。
各社のOLEDパネルは、いずれもLGディスプレイ製であり「どれを買っても似たような画質」と思われるかもしれない。しかし、OLEDが持つ長所と短所をどのように活かし、より良い映像とするかについて……つまり絵作りといった漠然とした要素だけでなく、パネル駆動制御、映像処理技術などには、実のところ大きな違いがある。
どの製品も、自発光ディスプレイであるOLEDの長所はある。では違いはどこなのか。今回は各社から一通り出そろった今年のOLEDテレビ全体を俯瞰してみることにしよう。
最初に“いずれもLGディスプレイ製”と書いたが、各社が採用しているパネルはすべてが同じではなく、モデルごとに細かな仕様の違いがある。LGディスプレイは今年の春、最高輝度を向上させ、およそ最大1,000nitsまでの明るさを出せる新型パネルにアップデートした(従来はおよそ800nits、ただし最大輝度が出る条件があり常にそこまで明るくなるわけではない)。
また、この新型パネルには表面処理の違いにより二つのバージョンがある。LGエレクトロニクスのE7P、W7P、パナソニックのEZ1000に使われているパネルは、より広い帯域で反射光を押さえ、外光の影響を抑えシャドウ部の再現性が高まっているとともに映り込みも低減。より深みのある映像を実現している。
両社の他モデルは表面処理が従来モデルと同じと思われるが、それ以外の基本的なOLEDパネルとしての仕様は同じだ。
発売時期からすると東芝のREGZA X910は従来仕様のパネルで間違いない。ソニーのBRAVIA A1は、実力値でピーク輝度が800nits程度とのことなので従来仕様のパネル並だが、表面処理はパナソニック、LGの上位モデルと同パネルと推察される。ピーク輝度は条件(高輝度部の割合など細かな条件がある)によって変化するため、控え目な数字をソニーは筆者に話していたのかもしれない。
【訂正】記事初出時に、ソニーBRAVIA A1を従来パネルと記載しておりましたが、新パネルと推定されるため、表現を改めました(6月27日追記)
特に暗所あるいは灯りを暗めに落とした環境での鑑賞ならば、800nitsを越える明るさが必要になることはほぼない。一部のHDR対応ソフトなどで差を感じる場面もあるかもしれないが、他の画質要素の方が差は大きく、あまりに気にしなくてもいい。
LGディスプレイのパネル開発ロードマップでは、毎年のようにパネル生産プロセスのアップデートと、それに伴う画質向上が示されているが、昨年のパネルと今年のパネルは(表面処理が2種類選べるようになったことを除けば)ピーク輝度以外に大きな変化はない。むしろ、パネルのスペック差よりも、各社の作り込み部分による違い、商品開発コンセプトの違いの方が、製品のキャラクターに影響している。
各社の有機ELテレビラインナップと価格
(6月22日時点のヨドバシ.com価格。税込、ポイント10%還元)
【ソニー】
・KJ-65A1(65型):863,670円
・KJ-55A1(55型):539,670円
【東芝】
・65X910(65型):807,040円
・55X910(55型):547,790円
【パナソニック】
・TH-65EZ1000(65型):962,140円
・TH-65EZ950(65型):855,220円
・TH-55EZ950(55型):534,460円
【LG】
・OLED77W7P(77型):2,697,840円
・OLED65W7P(65型):950,270円
・OLED65E7P(65型):809,870円
・OLED65C7P(65型):562,830円
・OLED55C7P(55型):368,460円
純粋な意味で“画質”のみにフォーカスした場合、OLEDテレビにおける最大の評価ポイントは蛍光体が光り出す、もっとも暗い部分のリニアリティだ。各画素ごとが光を放つOLEDの場合、単に明るさのリニアリティが取りにくいだけでなく、RGBの光り出しが不揃いとなって不安定に色付いてしまう。この現象は、たとえば業務用のソニー製X300でも、かなり上手に処理はしているものの完璧ではない。OLEDの宿命のようなものだ。
もっとも、明るさが2%ぐらいまで上がってくると目立たなくなり、スタジオ撮りのテレビ放送など平均輝度の高い映像では、これらの弱点は見えにくく、店頭の照明環境などでは確認しにくいだろう。
映画作品の表現力と音に注目。ソニー「BRAVIA A1」
ひと通り各社の製品を暗所で視聴した経験があるが、映画作品などのディレクターインテンション(監督の意図)をもっとも正確に表現できているのは、ソニーのBRAVIA A1だ。最暗部の階調のつながりが良く、他社では潰れがちな暗い背景でも色相が不安定になることなく情報を描ききる。
たとえば「オブリビオン」で、主人公役のトム・クルーズにモーガン・フリーマンが尋問するシーンがある。この時、微かな照明に浮かび上がるモーガン・フリーマンの表情はもちろん、背景にも着目すると、そこにうっすらと背景セットが見えるのがA1では確認できる。
これは一例でしかないが、「許されざる者」における真夜中の街を描いたシーン、「ハリー・ポッター」シリーズ全般に使われる”闇”を強調する暗いシーン、「ノーカントリー」における深夜から夜明けにかけての追跡劇………1本の作品全体画でシーンごとの明るさ感を表現方法の一部として使うことが多い映画作品の場合、モニターライクな仕上がりを持つ、よく練り込まれた映画モードは重要だ。
またSDR映像のHDRへの変換についても、驚くほど自然で伸びやかだ。元からHDRだったのではないか? と思えるほどハマる場合もある。
BRAVIA A1に肉薄するのはパナソニックのVIERA EZ1000、EZ950だろうか。メーカーの謳い文句通り、余分な絵作りをすることなく正確な色再現を狙った作り方は、映画などのプレミアム映像を愉しむディスプレイとして好感が持てる。
なお、BRAVIA A1シリーズはOLEDパネルそのものをスピーカーのダイアフラムとして使う「アコースティックサーフェス」という技術を導入することで、画面の中からセリフや効果音が聞こえる上、スピーカーが前面からは見えないスッキリしたデザインを実現している。
アコースティックサーフェスで低すぎる音を再生してしまうと、画面の振幅が大きく画質への影響もあるため低域は減衰させ、別途、背面にあるサブウーファーで補うという仕組みを採用している。このシステムは壁の反射を利用しているため、店頭での置き方によっては低域が前面に戻らず、まったくもってアンバランスな音になるので注意して欲しい。コーナー配置でも壁を背にした配置でも大きな影響はないため、家庭では実用上の問題はないはずだ。
テレビとしての正常進化。東芝「REGZA X910」
さて、一方でOLEDテレビを”高品位映像のディスプレイ”として見立てるのではなく、家族で愉しむ”テレビ受像機”として捉えて開発しているのが東芝のREGZA X910だ。
もとより地デジ全チャンネル録画、録画番組の検索・閲覧など、日本のテレビ視聴環境に特化した形で機能を練り込んで商品企画を行なっている東芝のテレビだが、今年モデル一番のアドバンテージは独自映像エンジンのノイズリダクションの大幅な進化だ。
もともとノイズ処理が得意な東芝の映像エンジンだが、X910のノイズ処理は他社に比べ頭ひとつ以上抜けており、これが最終的にX910のユニークさにつながっている。
その差は決して小さなものではなく、地上デジタル放送など、普段使いの映像で顕著にわかる。スタジオ撮りのバラエティなどは、MPEG圧縮に適さないコントラストの強いギラギラとしたセットで撮られることが多く、多数のテロップが切り替わる。ビットレートの低い地デジは、ブロックノイズ、モスキートノイズの嵐となるが、そんな日本のデジタルハイビジョン放送でも、すっきり見せてくれる。
さらにノイズ処理が優秀であるため、超解像処理もより積極的にかけることが可能となる。ノイズとディテール、輪郭などを分離し、ノイズ成分をあらかじめ除去しなければ、積極的に超解像をかけた時にノイズまでを明瞭にしてしまう可能性があるからだ。
超解像を2度かける熟成超解像など、方法論としてどのように的確な超解像をかけるか? という部分でも優れた側面はあるが、大前提としてのS/Nの良さが業界随一の地デジ画質を引き出していることは間違いない。
画質の低い映像と言えばネット配信動画を思い浮かべる方も多いだろうが、ネット配信動画はリアルタイム圧縮でない事に加え、高効率のHEVC/H.265へと圧縮コーデックが切り替わっている。HEVCは符号化効率がH.264/AVCの2倍、地デジで使われているMPEG-2比では4倍になる。
つまり、“地デジ”は4Kパネルが主流となっている昨今、もっとも画質の低いコンテンツのひとつと言えるが、日常的にもっとも多く観るのも地デジ。それがきれいに見えるというのは、それだけで大きな価値だろう。
またX910は、映画などのプレミアム映像を制作者が意図するとおりに表現するという”モニター”あるいは”ディスプレイ”としての追い込みに関してはA1シリーズやEZ1000/EZ950シリーズほどではない(機能としては、高画質処理は行ないつつ色再現をRec.709準拠としたディレクターモードというモニター指向の映像モードも存在する)が、適応的に画質を変化させる。
もちろん、選んでいる映像モードによって振る舞いは変化するが、東芝製テレビの特徴は正確な表現よりも、明確な意図をもって美しく見せようと積極的に自動処理を行なう点にある。局所コントラストを上げたり、肌色を美しく魅せたり、あるいはトーンカーブを動的に動かすことで雪山のようなハイキーな映像、あるいは暗く沈んだ暗部ディテールの階調が見えやすくなるよう積極的に動かす。
こうした積極性に加えて、HDRへの復元機能もソニーと並んで優れており、選択する映像モードに合わせて適切な復元をしてくれる。この点も“最高地デジ画質”と感じるポイントだ。
これらの特徴に加え、先日のアップデートでX910の“おまかせ”画質がより賢くなっている。もともとX910は、久々に“おまかせ”に力を入れていた。OLEDとなったことでLEDバックライトの液晶ほど強烈な明るさを出せなくなり、バックライトの明るさで誤魔化しにくくなったことがある。限られた輝度の範囲で、周囲の状況に応じた適切な表現を積極的に行なう。
色にこだわるパナソニックVIERA。狙い目はEZ950?
対するパナソニックは、愚直なまでに”正確な色再現”を訴求する。表面処理の違いはあるものの、そのアプローチはEZ1000もEZ950も変わらない。パナソニックが取り組んでいる、輝度レンジによって変化する色再現域の捻れを補正する「ヘキサクロマドライブ」の恩恵と、作り込まれた画質は両者に共通するものだ。
さらには冒頭でも述べたように、パナソニックはLGと並んで最新のピーク輝度が伸びたパネルを採用しており、そうした意味では魅力的なのだが、少々ちぐはぐに感じるのはEZ1000とEZ950の位置付けと差異化についてだ。
表面処理のグレードが高いEZ1000の方が、周囲環境からの影響を受けにくく画質は良いのだが、この製品にはテクニクスのブランドを冠する高音質スピーカーが必ず付いてくる。このスピーカーは、低域再生能力に限りはあるものの、なかなか上質な仕上がりだ。
しかしEZ1000は、価格(90万円前後)を考えても“特別”なモデルであり、おそらくは何らかのオーディオシステムとセットで使われることが多いのではないだろうか。完全にこのコンセプトを否定するわけではないが、むしろEZ950(あるいは将来の普及型モデル)に対して高画質に見合う音質を愉しんでもらいたい……と組み込む方が相性が良いのではないだろうか。中位から中上位のモデルならば、内蔵スピーカーの音質も実際の利用時に大きな意味を持ってくる。
またこのスピーカーは、画面から離れた場所に配置されるため、どうしても音が下から聞こえてしまうという難点もある。とりわけセリフの位置が低すぎる点は、改善を検討すべきではないかと思う。
ということで、パナソニックのOLED画質を気に入ったという方には、EZ1000ではなくEZ950を勧めたい。できれば店頭などで表面処理の違いを理解した上で選ぶといい。その価格差は決して小さくない。
有機ELのパイオニアであり本家、LGの新提案
最後にパネル生産元でもあるLGのE7P、W7Pについて。繰り返しになるが、両者の画質は基本的に同じ。同じ映像処理エンジン、同じパネルを使い、画質チューニングも同一である。しかも採用しているパネルは、パナソニックのEZ1000と同じだ。
昨年までのLGのOLEDテレビは暗部の階調表現が粗く、たとえば夜景のシーンなどで、空が真っ暗ではなく、暗いグレーになっているような時(こんな時は、たいていカメラ側の感度も厳しくノイズが多い)、カラーノイズが目立つなどの弊害が起きていた。
“ちょっとだけ赤を光らせる”といった調整を行なおうにも、“ちょっとだけ”を足せず、RGB各色ごとに特性が異なるというやっかいな特徴があるからだ。一昨年モデルではこの問題を目立たなくするため、最暗部の階調表現を諦めて真っ黒に潰していたが、昨年モデルでは改善を受けて、階調も出せるようになっていた。
今年はパネルそのものの改良というよりも、OLEDパネルの駆動側で工夫をして階調性を高めて問題解決に取り組んだ。その結果は明白で長足の進歩を遂げたのだが、他社の暗部階調再現能力の方がまだ若干高い。とは言うものの、大幅に改善されており、大きな弱点ではなくなりつつある。
ただ、E7P、W7Pだけではないが、地デジ画質があまり良くない。ブロックノイズとモスキートノイズの塊のような地デジの映像に対して、もちろんLGの映像エンジンもノイズリダクションをかけているが、ノイズリダクションそのものの質に加え、それに連動する超解像の効きの強さなどトータルで日本メーカー製のOLEDテレビには及ばない。
もし、これらの製品を選ぶのであれば、地デジも含めて高画質処理を行なえる能力を持ったブルーレイレコーダなどを用い、あらかじめ4Kにアップコンバートした映像をHDMI入力から入れる……といった使い方を提案したい。
また他社にもあるスピーカー一体型テレビではなく、3.9mmの薄さを実現するために超薄型のウォールマウントアダプタも一緒に開発したW7Pの方がオススメだ。Dolby Atmosに対応し、反射波を用いて移動感を演出できるスピーカーユニットを含め、オリジナリティの高いパッケージに仕上がっている。
OLEDの特徴である薄さや軽さを活かすという点では、パネル生産メーカーとして腐心してきた経験をうまく商品企画に生かした例と言えるだろう。ただし、W7Pの良さを活かすには、それをインストールする手法について専門家と相談した上で計画的にウォールマウントする壁まわりのデザインを検討するようにしたい。
個人的に選ぶなら……
あくまで個人的に選ぶならば……だが、家族が使うテレビとしては、東芝のREGZA X910を選びたい。家族で共有し、昼間でも夜でも、照明を落とした環境でも、照明を最大限に明るくした環境でも使われ、おそらく視聴時間も地デジ放送がもっとも長いと考えられるからだ。
しかし、自分だけのために純粋なディスプレイとして導入するならBRAVIA A1シリーズを選ぶ。あるいは、価格次第ではEZ950だろうか。W7Pの特徴的な薄型筐体も含め、状況やニーズに合わせたチョイスをしたい。