藤本健のDigital Audio Laboratory

第961回

”地球最後”はガチ。「OVO」を継ぐ最終フルデジタルUSBスピーカーの秘密

地球最後のフルデジタルUSBスピーカー「LOG」

先日、“地球最後のフルデジタルUSBスピーカー”と謳った「LOG」がクラウドファンディングを開始した。木製筐体を採用し、コンパクトながらも高音質・大音量を実現したUSBバスパワー駆動のスピーカーだが、1台78,000円と中々のお値段だ。

実はこのLOG、以前にもDigital Audio Laboratoryで取り上げたフルデジタルスピーカー「OVO」の後継機種というか、OVOの改良版とも言える製品。OVOユーザーは10,000円引きで乗り換えられる“下取りプラン”も用意されている。

今回は、LOGの開発会社である「ミューシグナル」(宮城県仙台市)で代表取締役を務める宮崎晃一郎氏にコンタクトを取り、“地球最後”の意味やOVOとの関係、OVO再発売などの気になる話を聞いた。

ミューシグナル代表取締役 宮崎晃一郎氏

弱点改善&機能強化した“シン・OVO”

筆者が宮崎氏と最初に会ったのは7年ほど前のことだ。当時、宮崎氏は「JDSound」という仙台の会社社長で、「GODJ Plus」という小型DJ機材を開発していた。

話を聞いて印象的だったのは、5名のメンバーの大半が、以前モトローラでLSI開発に従事し、そこからスピンアウトした会社でCPUとDSPを混載したプロセッサなどを作っていたエンジニア集団だったということ。CPUとDSPの双方を活用する製品として、DJ機器、そして音の世界へと入っていった、いわばテクノロジーベンチャー企業だったのだ。

余談ではあるが、筆者も小学校低学年のときに仙台に2年間ほど住んでいたことがあったが、話を聞いたら、宮崎氏と同じ小学校で、彼の自宅も筆者が当時住んでいた場所のすぐ近所だったことが判明。そんな縁もあり、その後もいろいろとやりとりをしていた。もちろん、OVOは最初にクラウドファンディングで登場した際、いち早く2台購入し、いまも愛用中である。

筆者使用のOVO

――まずは、先日クラウドファンディングを開始した「LOG」について伺います。こちらの製品は以前販売していた“OVO”の新バージョンという理解でいいのですか?

宮崎氏(以下敬称略):はい、OVOの進化系という位置づけです。OVOはUSBバスパワーで動作するフルデジタルスピーカーで、かなりの大音量を出せますが、筐体が軽いために動きやすいという課題がありました。

また、USB microBの端子を採用していたことで、着脱の繰り返しや、横方向に力がかかると端子部の接触不良を起こしやすいという弱点もありました。ユーザーさんの中には、端子部分にマグネット端子を取り付けて改良している方もいらっしゃるようでしたが、これらの課題を解決する新しいスピーカーとして、LOGを開発したのです。

LOG

宮崎:ご覧の通り、LOGは天然木削り出しの筐体を採用しており、ガッチリとしたボディで、大音量を出しても安定する形状となりました。ヨーロピアンビーチというブナを使ったものと、山形県産のヤマザクラを使ったものの2種類を用意しています。

ヤマザクラ(写真右奥)は、+4,000円で選択可能

宮崎:2種類の木材での音の違いというのはさほどないと思いますが、色味で選んでいただければと思っています。また、今回端子はUSB Type-Cに変更し、リア接続としたので接触の問題もクリアしています。

背面部分

――機能的には「OVO」と変わらないのでしょうか?

宮崎:LOGのリアを見ていただくと、スイッチがあり、これでモード切替ができるようになっています。ここには、PLAYER・OFF・PCと記載されています。PLAYERを選ぶと、LOG自体をスタンドアロンの音楽プレーヤーとして利用できます。内部に16GBのメモリーを内蔵していて、ここに自身の音源を保存・再生できます。リモコンも付属していますから、プレーヤーの操作も行なえます。

付属のリモコン

宮崎:内蔵メモリーの読み書きをできるようにするのがOFFモード。この状態でPCと接続すると外部ストレージとしてみえるので、音楽ファイルの書き込みが可能です。利用できるのはWAVとAIFFです。それから、PCモードにすると、OVOとほぼ同等の機能となります。また、リアに3.5mmの入力端子も設けましたので、アナログ入力もできます。OVOでは特殊な付属ケーブルを介すことで、アナログ入力ができましたが、LOGでは直接接続できるようになりました。

――音を鳴らすと、下の部分が光りますね。この仕組みはOVOと同じですか?

宮崎:そうですね。明るさの調整や4種類の発光パターンなど、すべてOVOを踏襲しています。OVOは設置方法としてスピーカーを上に向かせる形と、水平に向ける形がありましたが、LOGは基本的には一択。ただ、立てることは可能なので、2台をペアにして立てて、設定で片方をLのみ、もう片方をRのみとしてお使いいただくことはできます。

宮崎:LOGのリアパネルを外して中を見るとわかるのですが、実はOVOのスピーカーユニット、基板をそのまま利用しています。そこに新たに追加で2枚の基板を起こし、これらをOVOの基板に接続しました。

スピーカーの背面内部
追加で2枚の基板を起こしたという

宮崎:追加基板の1つが電源です。USB Type-Cを受けて、OVOのmicroBに送り込むようにしています。もう一つがボタン基板。OVOのデバッグ用ポートに接続して、プレーヤーの選曲などができるようにしました。

それから、ユニットが非常にパワフルなので、木箱にただ収めただけではユニットが動いてしまう。そこでOVOのユニットを木製筐体に固定させるべく、スチール製L字プレートを追加しました。重りの代わりになるものを作って、しっかり固定するようにしたわけです。おかげでOVOのエネルギーすべてを前面に押し出すことが可能になりました。

L字プレートでユニットを固定した

基幹部品「Dnote」が開発・生産終了。地球最後はガチ

――LOGは「地球最後のフルデジタルUSBスピーカー」と謳っていますね。これはどういう意味なのでしょうか。

宮崎:OVOでは、「Dnote」というチップが使われています。このチップと、4コイル構造の特殊なスピーカーを使うことで、フルデジタルのUSBスピーカーを実現しているのです。

※詳細は第757回を参照のこと。

システム概念図

第757回:初のフルデジタルスピーカー「OVO」が、小さくても高音質な理由

宮崎:ところが、Dnoteを開発していた東京・秋葉原の会社「Trigence Semiconductor」が事業停止し、Dnoteのチップがディスコンになってしまったのです。そのため、われわれとしても、もはや入手することができず、それに代わるものもありません。

社内には、すでに基板に搭載されたものなど、残りが1,000個くらいしかない状態。サポート用部品なども確保する必要があるため、LOGに回せるのは500台としています。Dnoteが購入できない以上、生産できるのは今回が最後、というわけなのです。

――OVOの下取りプランも用意しているのは、その残数と関係があるわけですか?

宮崎:はい。OVOを最初にクラウドファンディングで販売したときの価格は9,800円でした。今回、その価格を上回る10,000円で下取りさせていただきますので、非常に珍しいケースだと思います。

実際、すでにLOGのお申込みいただいている方の約半数が、この下取りを選択いただいているのはちょっと予想外でした。こうした下取り部品も今後、有効に活用していけたらと思っています。実はそのOVOを含め、GODJシリーズ、そしてOVO光コンバーターと、JDSound時代の製品の代替サポートを行なうことを10月末に発表したところです。

JDSound時代の製品の代替サポートも行なう

宮崎:OVOのファームウェアアップデートをしたかったけれど、JDSoundのサイトが閉鎖となってしまったために古いファームウェアのままになっている、という方も、当社サイトからダウンロードできるようにしました。また、OVOにはWebブラウザ経由でEQなどを調整できる「OVOダッシュボード」という機能もありましたが、それらも当社サイトからできるようになっています。

OVOダッシュボード

宮崎:ここにたどり着くまで、かなり時間がかかってしまい、多くのユーザーのみなさまにはご迷惑をおかけしてしまいましたが、ようやくサポートを再開できるようになりました。ファームウェアとしては当時公開していたものをそのまま公開した形ですが、OVO光コンバーターに関しては、性能を改善したファームウェアを開発しているところなので、近いうちにアップデートできるようになる予定です。

JDSoundが破産・消滅した経緯。技術やOVOを確保できたワケ

――JDSoundが破産・消滅となった経緯や、JDSoundとミューシグナルの関係、そして代替サポートをするようになった経緯など、多くの方は知らないと思います。とくにJDSoundがなくなり、サポートが受けられなくなったことなどに関しては不信感を持っている方も少なくないと思います。その辺の話を聞かせてください。

宮崎:多くの方にご迷惑をおかけしてしまったことは、大変申し訳なく思っております。どこかで、そうした経緯についてはきちんとお伝えしなければと思っていたところなので、お話をさせていただきます。

もともとJDSoundは2012年に韓国の知人と2人で立ち上げた会社でした。私がいる日本のチームがエンジニアリングを、そして韓国のチームが営業や資金調達する分業になっており、資本は私と韓国側で50:50で持っていました。

しかし韓国のベンチャーキャピタル(VC)から投資を受ける際の条件として、日本側をコントロールできるようにしたいということになり、私が韓国側に一部の株を譲渡。結果、1:2の持ち分となり、私がマイノリティーになりました。

その後、日本のJDSoundはクラウドファンディングなどの成功も手伝い、良い業績を出せていた。一方、韓国側はうまく行っていなかった…というのが実情です。ここはあくまでも想像でしかありませんが、韓国のVCから日本側を何とかしろ、という話になったのではないか、と思います。

その後、「クラウドファンディングなどで1億円も集めたのに利益が少なすぎるのはおかしい」などと、いちゃもんを付けられるようになりました。もちろん、会計資料などもすべて公開してきましたが、2019年11月、臨時株主総会が開かれ、突然、私が解任されてしまったのです(Twitter)。韓国の代表が日本を管轄することになったのです。

――はい、その話は確か宮崎さんのFacebookで見て、驚きました。その後、どうなっていったのでしょう。韓国の社長が日本にやってきたわけですか?

宮崎:数回は、日帰りで仙台にやってきたようですが、韓国側からコントロールしようとしていたようです。私を解任すれば、それですべてがうまく行くと考えていたんでしょうね。私もなんとなく予感はしていたので、2019年10月にこの会社「ミューシグナル」を設立していました。自分の居場所を確保しつつ、従業員を少しずつ連れてこようと考えていたのです。

JDSound末期の片づけの様子

――新会社への移管はすぐというわけではなかったのですね。

宮崎:ちょうどGODJ Plusのファイナルロットの発送時期で、お客様に迷惑がかからないように、毎月1人、2人を移籍させていきました。もともとGODJ Plusは石巻の工場で作ろうと準備はしていたのですが、私がいなくなるとコントロールできなくなってしまいました。

韓国側も代替案として、韓国側が持っていた在庫を割り当てたり、設計は日本ですが、韓国で組み立てた一部ロットを割り当てたようです。そうした発送やサポート業務などが2020年3月にすべて終わった時点で、当時の8名全員がJDSoundを離脱して、ミューシグナルに合流しました。それに伴い、JDSound側はもぬけの殻となり、破産という形になったわけです。

――なんとなく予想できるストーリーではありますが、韓国側はそれを想定していたのですか?

宮崎:そうなるとは考えていなかったのでしょうね。給料を2倍にする、とかいう話もチラつかせていたようですが、そうした情報は私の耳にも入っており、「そもそも、そんな給与を維持できる金を向こうは持ってない」とアドバイスしていました(笑)。

――とはいえ、JDSoundで開発した製品や知的財産などを、勝手にミューシグナルに移行させるわけにはいきませんよね? 今回の「LOG」開発やサポートなど、どのように引き継いだのですか?

宮崎:こうした事態を想定していたわけではないのですが、JDSoundを設立した際、私とJDSound間での契約として「JDSoundでの発明品、知財はすべて宮崎個人に所属する」という条項を入れておいたのです。

もちろんユーザー情報などは引き継ぐことはできませんが、設計資産などはすべて温存することができました。韓国側からクレームなどが来ているわけではありませんが、契約書は手元にあるので、何か言われても大丈夫な体制にしています。

――一方で、Dnoteなども含め、在庫についてはJDSound側が所有していたわけで、そのまま持ってくるわけにはいきませんよね?

宮崎:まさに、そこにいろいろ時間がかかりました。これまでお付き合いのあった会社にいろいろと支援をいただき、ここまでたどり着くことができたのです。

OVOの在庫は石巻の工場にありました。当然、置いてあれば倉庫代がかかるわけですが、JDSoundが支払ってくれないので、毎月倉庫代がたまっていきます。そうなると、工場としては、残部品を廃棄するしかないわけです。それを一度、廃棄処分という形で第三者に移管し、それをミューシグナルが買い取る形にしました。各社に協力いただきながら、合法的に入手しています。

それから、JDSoundとして仕入れたOVOの部品について支払いができていない会社もありました。AmazonにあったOVOの在庫を「必ず買い取るから」という話のもと、いったん物納という形で預かってもらっていました。それを買い取る形で、トータル1,000台分を入手することができたのです。

――いろいろな裏技を駆使されて、ここまでたどり着いた形ですね。とはいえ、ミューシグナルができたのは2019年10月ですから、そこから数えて3年。今回のLOGが初めての製品ですよね? これまでどうやって会社を運営してこられたのですか?

宮崎:LOGがミューシグナルにとって初のtoC商品ということになりましたが、JDSound時代から受託開発を行なっており、時期にもよりますが半分以上が受託開発だったのです。それを、引き続きお仕事させていただく形で運営していました。

音響機器の仕事が圧倒的に多く、たまにサーバーの設定とかWebサイトの立ち上げ…といったこともやりました。たとえばInstaChordであったり、Free The Toneのギターエフェクトなど、表には言えないものも含めさまざまな業務をこなしてきました。一方、BtoC商品としてはLOGが最初ですが、BtoB商品は、いくつか出しています。

InstaChord

――BtoB商品とはどのようなものですか?

宮崎:たとえば、「シズルパネル」という飲食店向けのサウンドサイネージです。OVOを使ったスピーカーとディスプレイを組み合わせたもので、ここにASMR音源を流す形になっています。

宮崎:「食欲をそそるいい音により、集客力が上がる」ということが実証されているので、たとえば浅草の焼き肉店の店頭に置いて、肉を焼く映像を映すとともに、「ジュー」という音を響かせることで、集客を狙うわけです。

これをミューシグナルの第一弾事業としてスタートさせ、立ち上げ早々、さまざまなところから問い合わせをいただいたタイミングで、コロナ禍に入ってしまいました。これによって全面ストップとなってしまい、痛手を受けました。今になってようやく上向きになってきていますが……。それからもう1つ、「リラバス」というOVOとワイヤレスマイクをセットにしたシステムも出しました。

これはコロナ対策でアクリル板やビニール越しで声が伝わりにくくなる問題を解決するものです。さらにそれを発展させた「面会さん」というリモート面会システムも作っています。これはコロナ禍で面会が難しくなった高齢者施設などで活用するもので、隔離されたガラス越しに、会話ができるようにした製品です。

面会さん

宮崎:双方にOVOとタブレットがあり、会話ができるというもので、マイクはタブレット内蔵のものを使っています。特徴は、アプリも内蔵されているので、ボタンを押すだけですぐに通話が可能であること。

これまでiPadなどを用いて同様のことをしているケースはあったようですが、iPadの音だと、高齢者には聞き取りづらいというのです。バックでWindowsが動くタブレットですが、イントラネットで接続しているため、外部インターネットにでていかないから、ランサムウェアが入り込む心配もなく、病院などでも安心してお使いいただけます。仙台の病院のICUなどでも導入されており、引き合いは多くなっています。

と、宮崎氏との話はまだ続いていくのだが、実はミューシグナルでは11月2日に「ミュートラックス」という無線LANで音を伝送する新技術の発表をしている。その技術を用いた製品「MT-H1」なるものも間もなくリリースする予定だ。

これはLOGとの接続可能な機材となっているようだが、実際どんな技術なのかも聞いたので、次回はミュートラックスがどんな技術の機材なのかを、宮崎氏へのインタビューの形で紹介しよう。

藤本健

リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto