藤本健のDigital Audio Laboratory

第962回

ロスレス・ハイレゾマルチ×Wi-Fi伝送「ミュートラックス」がやってくる

現在クラウドファンディング中の、フルデジタルUSBスピーカー「LOG」

前回の記事で、フルデジタルUSBスピーカー“OVO”を継ぐ新製品「LOG」がクラウドファンディングを開始したことを紹介するとともに、なぜこのLOGが“地球最後のフルデジタルUSBスピーカー”であるのか、どのような変遷を経て誕生へと至ったのかなど、OVOやLOGを生み出したミューシグナル(宮城県仙台市)の代表取締役、宮崎晃一郎氏に話を伺った。

第961回:“地球最後”はガチ。「OVO」を継ぐ最終フルデジタルUSBスピーカーの秘密

OVO

LOGの発表とクラウドファンディング開始は10月20日だったが、そのすぐあと11月2日には、無線LANで音楽を飛ばす「ミュートラックス」なる新技術が発表された。

ミュートラックスは、音声圧縮なし、劣化なしでハイレゾも伝送するというユニークな技術。LOGやOVOはもちろん、一般的なスピーカーとも接続できるとする。

今回はこのミュートラックスが一体どのような技術で、どんな仕組みになっているのか、またどのようにすれば一般ユーザーが入手できるかなど、引き続き宮崎氏に話を聞いた。

ミューシグナル代表取締役 宮崎晃一郎氏

無線LANで、非圧縮・ハイレゾマルチを伝送。古いスピーカーも生かせる!?

――先日、無線LANで音楽を飛ばす新技術「ミュートラックス」なるものを発表されましたね。これはどのような技術なのでしょうか?

宮崎氏(以下敬称略):具体的な話に入る前に、経緯からお話しさせてください。

これまでワイヤレスオーディオというと、そのほとんどはBluetooth一択でした。我々はそれとは別に飛ばせる仕組みがあってもいいのではないか、例えばWi-Fiで飛ばせたら便利なのではないか、と考え開発を進めていったがミュートラックスの原点です。

仙台のイベントで「1台の音源を複数のスピーカーで鳴らしたいのだけれど、何かいい方法はないか?」という相談を持ち掛けられたのが最初のきっかけでした。普通であれば、ケーブルを引っ張って接続するところですよね。でも、できるだけスッキリさせたかったし、この屋外のイベント会場においては有線は避けたかった。とはいえ、Bluetoothだと1つの送信機から複数台に同時に接続することができないし、飛距離もあまり期待できません。

従来(有線)接続の課題
Bluetooth接続の課題

――そこで独自にWi-Fiで飛ばせるものを作ってしまった、と。

宮崎:そうですね(笑)。5GHzのWi-Fiを使って、1台の親機から最大12台まで接続できるもの、しかも非圧縮のハイレゾを送れる仕組みを作ってみました。一応12台までとしていますが、おそらく20台くらいまでは接続できる余裕を持たせてあります。

ミュートラックスの特徴

宮崎:この親機をPCにUSB接続すれば、PCからは普通のUSBオーディオデバイスとして見えます。ですから、そこに対してPCMデータを再生すると、Wi-Fi経由で各スピーカーへ飛び、そのまま音が鳴るというわけです。

――今夏、「ありそでなかった“長距離×マルチ無線伝送”体感。将来は100チャンネルも?」という記事において、マルチチャンネルのワイヤレス伝送のシステムを紹介しました。これを正式発表した、ということですか?

宮崎:いいえ。以前お見せしたものと、今回のミュートラックスはWi-Fiを用いた無線伝送という意味では同じ技術を使ってはいますが、システム的にはだいぶ異なります。あのときはルーターを介し、親機・子機ともにRaspberry Piを設置して通信する形でした。

ありそでなかった“長距離×マルチ無線伝送”体感。将来は100チャンネルも?

宮崎:今回のミュートラックスはよりシンプルになっています。具体的には、自身のPCからWi-Fi経由でスピーカーを鳴らせるようになりました。その際、スピーカーにLOGやOVOを使えば、まさにフルデジタルでの再生システムが構築できるというわけです。

――ミュートラックスのシステムに、LOGやOVOを組み込める、と?

宮崎:はい。先日のプレスリリースの中でも、少し触れていましたが、このミュートラックスの仕組みを使ったシステム「MT-H1」を開発中でして、これもLOG同様、GREEN FUNDINGを使ったクラウドファンディングを今月中にスタートさせる予定です。

MT-H1の親機はWindowsやMacと接続することで、USBオーディオデバイスとして見えるようになっており、子機のほうはLOGやOVOなどのUSBスピーカーとUSB接続できるようになっているのです。

――つまり、このミュートラックス子機はUSBスピーカーにとってのホストということですね?

宮崎:その通りです。LOG、OVO以外では試していませんが、ほとんどのUSBスピーカーで利用できると思います。それから、この子機の中にステレオアンプも搭載されています。「使っていない古いスピーカーが自宅にある」という方も少なくないと思います。MT-H1を使えば、そうしたスピーカーをこのアンプで駆動して鳴らすことができる。古いスピーカーでもPCのサウンドを聴くことができるようになるのは、結構多くの方に喜ばれるのではないかな、と思っています。

――USBスピーカーだけでなく、パッシブの、普通のスピーカーまで鳴らせるというのは面白いですね。どのくらいの出力があるのですか?

宮崎:中にデジタルアンプが入っていまして、15W×2のL/Rが出力可能です。15Wですからそれほど大きな音が出せるわけではないのですが、自宅であれば十分な音量ではないかと思います。

――その親機・子機は、どのくらいのサイズになるのですか?

宮崎:まだプロトタイプですから、多少変更がある可能性はありますが、親機は40×40×15mm程度、子機は60×60×20mm程度です。今日お持ちしたのはあくまでもプロトタイプでして、まさに“ありもの”を寄せ集めた状態です。今後はよりブラッシュアップさせていきます。

親機
親機にアンテナを付けた状態
子機。ここにデジタルアンプを搭載する

宮崎:親機はUSBバスパワーで動作する仕様。子機はUSBスピーカーのホストとして動かしたり、内蔵アンプを駆動する必要があるため、12VのACアダプタとセットとなっています。

――クラウドファンディングを行なう時は、親機と子機のセットで展開するのですか?

宮崎:親機と子機のセットに加え、子機の追加も行なえるように準備する予定です。子機を増やせば、その分スピーカーを追加できますから、“1:多”での接続が可能です。すべての子機で同じ音が鳴るようにできるほか、マルチチャンネルモードも持たせようと構想しており、この辺りは現在研究中です。

理想はつながる子機の数に合わせて、PCから見えるチャンネル数が増えていく形ですが、その方式がいいのか、あらかじめ8ch(ステレオで16ch)固定にするのがいいのかなど、現在いろいろと試しているところです。11月16日~18日まで、幕張メッセで開催される「InterBEE 2022」では、8つのスピーカーを使って同時再生するデモなどを披露したいと思っています。

――ハイレゾで、しかも非圧縮のオーディオを伝送できるというのは非常に魅力的ですね。一方で、Wi-Fi伝送でパケットロスが発生した場合などはどうなるのでしょうか?

宮崎:パケットロスが生じたら、やはり音飛びはします。TCP/IPでの接続だとパケットを再送して、という形になりますが、この方法では各スピーカー間での同期が取り難い。ですから我々のシステムでは、UDPで一発送信という形を採っています。いま実験を重ねていますが、実際のところパケットロスはほとんど発生していません。

――例えばパケットロスした場合、フェードアウト/フェードインでつなぐとか……

宮崎:屋外で100m以上離したりすると、ブチブチと途切れることがありますが、部屋の中ではあまり気にしなくても大丈夫だろうと考えています。またパケットが抜け落ちたとしても、子機側が慌てないように、次のパケット来たら適切なスロットに入れるような仕組みを作っているのがミュートラックスの大きな特徴でもあります。

フェードアウト/フェードインで繋ぐことも可能ではありますが、実用上パケットロスはほとんど生じませんから、今のところは対策等を積極的には検討していません。

有線、Bluetooth、ミュートラックス接続の違い

複数台の接続でも同期を確保。価格は「できるだけ安く抑えたい」

――先ほどUDPを使っているというお話がありました。複数台のスピーカーを接続した場合、スピーカー間の同期はとれるのでしょうか?

宮崎:まさに、そこが一番苦労したところです。当初、試作機を作って実験をしていた段階では、同期の部分がなかなかうまく行きませんでした。UDPだと、いつ届くかわかりませんから、タイミングのズレが発生してしまう。Wi-Fiの不安定さなども関係して、親機から同じデータを送っても、各子機においてデータを消費するタイミングにズレが発生するなど、バラバラになってしまうのです。

これはそれぞれのオーディオクロックのズレから生じる問題なのですが、これら課題を吸収するアルゴリズムを用意した結果、ドンピシャに、非常にキレイに揃うようになったのです。一番苦労したところでもありますから、具体的な手法についてはお話しできませんが、同期対策はしっかり行なっています。

――UDPで送って同期を確保するということは、当然ある程度待ってから音を出しているわけですよね。となると、バッファを持たせているわけで、レイテンシーは生じますね?

宮崎:はい。バッファサイズをある程度持たせていますので、現時点においては130msec程度のレイテンシーがあります。以前、ルーターを介していたときは300~400msecのレイテンシーだったので、それと比較するとだいぶ詰めてきてはいます。

ですが、レイテンシーをさらに縮めていきたいと開発を重ねており、最終的には現在の半分くらいには縮めたいと考えています。それでも60~70msecのレイテンシーはありますから、ライブ演奏用途などとしてはやや厳しい面もありますが、アイディア次第でいろいろな使い方ができるのではないかと思います。

――どのくらいの価格になるのでしょうか?

宮崎:いま、それを最終的に詰めているところです。MT-H1はコンシューマ向けの製品ですので、できるだけ安く抑えたいと思っております。親機と子機をセットで数万円以内で抑えられるよう、調整しています。

藤本健

リクルートに15年勤務した後、2004年に有限会社フラクタル・デザインを設立。リクルート在籍時代からMIDI、オーディオ、レコーディング関連の記事を中心に執筆している。以前にはシーケンスソフトの開発やMIDIインターフェイス、パソコン用音源の開発に携わったこともあるため、現在でも、システム周りの知識は深い。 著書に「コンプリートDTMガイドブック」(リットーミュージック)、「できる初音ミク&鏡音リン・レン 」(インプレスジャパン)、「MASTER OF SONAR」(BNN新社)などがある。またブログ型ニュースサイトDTMステーションを運営するほか、All AboutではDTM・デジタルレコーディング担当ガイドも務めている。Twitterは@kenfujimoto