西川善司の大画面☆マニア
262回
プラズマ盛衰から有機EL戦乱まで~2010年代のテレビ技術を振り返る
2021年3月12日 08:00
前回はAV Watchと歩み続けてきた大画面☆マニア誕生秘話と、AV Watchが誕生した2000年代初頭から2010年くらいまでの映像技術史を語ってきたが、読者からのリクエストもあったので、今回は2010年前後から2020年代の最近までの映像技術の変遷と大画面☆マニアとの関わり合いについて見ていくことにしたい。
プラズマと3Dの栄枯盛衰物語~1:綿密に計画されていた3Dブーム
新しい技術を採用した機器が市場にリリースされると、メディアは「○○元年」という言葉を使いたがる。映像機器の世界でも結構なハイペースで○○元年が提唱されてきた。
なかでも象徴的なものとして思い起こされるのが、2010年の「3D元年」ではないだろうか。そう、立体的な映像が楽しめる「3Dテレビが台頭した年」のことである。
3Dブームの仕掛け人には、いくつかの立役者がいた。
一人はジェームズ・キャメロン監督のSF映画「アバター」。2009年に公開されたこの作品は、3D映像で公開することを前提としたプロジェクトとして進められ、世の中を3D旋風に巻き込んだ。
そして、この映像制作に関して機材や技術面で下支えを担当したのが「映像界の巨人」であるパナソニックだった。彼らが二人目の立役者である。
この“アバター×3Dブーム”を追い風として、2010年にパナソニックは3Dテレビを発売する。そして、パナソニックは、3Dテレビを購入したユーザーを対象に、無料で「アバター」のBlu-ray 3Dをもらうことができるキャンペーンを展開したのだ。
当時、劇場公開も継続中だった「アバター」が3D版で、しかも家庭で楽しめるというキャンペーンは強力だった。なにしろ、同年4月には通常BDも発売されたが、ラインナップに3D版はなし。つまり、「アバター」のBlu-ray 3Dはパナソニックの3Dテレビユーザーのみが入手できる、レアアイテムとなったのだ。
第132回:完熟の2D画質で登場した「3D VIERA」 ~プラズマ新時代。パナソニック「TH-P50VT2」~
なお、「アバター」のBlu-ray 3Dが一般発売されたのは2012年末。まぁこれは、映画配給会社とパナソニックのマーケティング契約だったのだろう。特定のゲームタイトルを特定のゲーム機のみに対して期限付きで独占リリースする、あれとよく似たヤツだ。
3Dテレビの仕掛け人・パナソニックには、「3Dテレビをブームにする」という表向きの思惑以外に、実は「裏の目的」をも抱いていた。それが「ブラズマテレビの再起」だった。
プラズマと3Dの栄枯盛衰物語~2:失われていた求心力
2000年代前半から中期にかけては薄型大画面テレビの憧れの象徴だったプラズマテレビだが、2010年前後には求心力を失っていた。
2000年代前半から中期まで、パナソニックは「大画面(40型以上)はプラズマ」「中小画面(30型以下)は液晶」というブランディングで展開・販売していた。しかし、競合他社は液晶テレビでも60型以上を出すようになっており、“大型テレビ=プラズマ”という戦略には無理が出始めていた。実際、パナソニックも2010年前後には、40型サイズにおいてはプラズマと液晶を混在させはじめ、当初のブランディングに迷いが現れ始めた。
さらに「フルHD」(「フルスペックハイビジョン」という名称はシャープが使用)というキーワードで注目された、1,920×1,080ピクセルの解像度を実現する事にもプラズマは出遅れた。
プラズマテレビは「紫外線に感応する蛍光体の発光現象」を微細なサブピクセル単位で行なわせる映像パネルだ。微細なサイズの、高気密度のサブピクセルの小部屋に希ガスを封入し、ここに放電することで紫外線を発生させる必要がある。
放電は近所の小部屋(サブピクセル)に影響してはいけないので、各小部屋は堅牢に作る必要があった。つまり、フルHD化には“堅牢で高気密度な物理的な小部屋”を、約207万×3(RGB)部屋分、すなわち600万個も作らなければならず、半導体技術の延長で微細化し易い液晶画素の構造と比べてプラズマの高解像度化は難しかった。
第68回:“プラズマ究極画質”のフルHDモニター ~最高画質を使いこなせるか? 「パイオニア PDP-5000EX」~
かくしてプラズマは、フルHDの実現で、液晶に対しだいぶ遅れをとることになった。液晶は2000年代前半でフルHD化を実現したが、プラズマは2006年以降になってやっとフルHDが揃うという感じだった。わずか3~4年の遅れだったが、地デジ放送完全移行に絡めた大型テレビ需要のタイミングにおいて、この遅れは致命的。ディスプレイリサーチ社の統計では、2008年のプラズマテレビシェアは、液晶テレビの7分の1にまで縮小している。
この遅れで打撃を受けたのが当時、日本メーカーとしてはプラズマ推進派の筆頭だったパナソニックやパイオニア、日立だった。結果的にパイオニアは2008年3月、日立は同年9月にプラズマパネルの自社生産から撤退を発表。本連載・第101回では、パイオニア製プラズマテレビの最終モデル「KURO KRP-600M」を取り上げている。
第101回:パイオニア最終世代PDPのポテンシャル ~最高画質プラズマ。パイオニア「KURO KRP-600M」~
この撤退報道と重なるようにプラズマの消費電力の高さや焼き付きの問題、重量が重い……といったマイナス要因が取り沙汰されるようになり、プラズマの良さが人々に届かなくなっていく。
プラズマと3Dの栄枯盛衰物語~3:再起のために敷かれたマーケティング戦略
思い返すと、プラズマ再起に関してパナソニックは、3Dブームの仕掛け以前に大胆なキャンペーンを打ったこともあった。
それは「プラズマは黒と動画が綺麗」というメッセージ。当時の人気タレントをテレビCMに起用し、このメッセージをアピールしていた。しかし、これはかなり危険なメッセージだった。実際プラズマは、動画と黒はそれほど得意ではない。
しかし、対抗馬の液晶は「プラズマよりも動画と黒が得意」とは反論できず、なんというか、先に言ったもの勝ち的な高度な心理戦のようなマーケティングメッセージだった。
これには、解説が必要だろう。
プラズマのサブピクセルは、希望の輝度を瞬間的に出すことができない。逆に言えば、ある一定の明るさ以上の輝度しか出力できないパネルなのだ。で、どうしたかというと、時間方向に発光時間を制御し「長く光った画素は明るい」「短く光った画素は暗い」という制御を行ない階調を作ることにした。なのでパネルに表示されている動体を目で追うと擬似輪郭(カラーブレーキング現象)が起きる。つまり、動画には向かない表示方式なのだ。
後年には、フレーム表示期間の中心時刻から前後に発光量を平均化する工夫を導入した「CLT法」(Concentrated Luminous Time)を導入したり、このCLT法の簡易版ともいえる「重ね合わせ法」という技術を採用するなどして改善を試みているが、表示メカニズムの本質は変わっていない。
「プラズマは自発光だから黒が綺麗」も、正しい表現ではなかった。
プラズマでは希ガスに放電させ、発光エネルギーの元になる紫外線を得る必要がある。そのため、必要なタイミングで即座に放電させるべく、次の放電に備えた“予備放電”を常に行なっている(火種を絶やさないためにちょっと燃やしているイメージ)。これが黒画素表示時の“薄明かり”となってしまっていた。
つまり当初は、黒が薄明るいことにおいては、液晶と大差はなかったわけだ。なお、この特性は有機ELにも同じことがいえる。自発光画素は暗く光らせることが難しいのだ。
そもそも、ある一定値より上のエネルギーを与えないと光り出さない。完全漆黒は消すことで再現出来るため得意なのだが、むしろ“暗い色は液晶よりも苦手”なのである。まあ、これら特性は後年開発される「高純度クリスタル層」などで改善されるようにはなったが。
プラズマと3Dの栄枯盛衰物語~4:再起をかけて投入された3Dテレビ
2010年、パナソニックは3Dテレビの投入に際し、思い切った戦略をとる。それは、パナソニックの3Dテレビは“プラズマ方式だけ”というものだった。
3Dテレビに採用された主流の映像フォーマットは「フレームシーケンシャル方式」とよばれるもので、左右の目に対応する映像フレームを交互に伝送するもの。映像を表示するテレビとしては、送られてきた左右の目に対応する映像を交互に表示し、その表示切り替えタイミングに合わせて、ユーザーが装着している3Dメガネの液晶シャッターを高速に開閉させる。これにより左目には左目用、右目には右目用の映像だけを見せる仕組みを実現した。
こうした液晶シャッター搭載の3Dメガネは「アクティブ3Dメガネ」(アクティブシャッターグラス方式)と呼ばれたが、この「左目には左目用の映像を、右目には右目用の映像を見せる仕組み」をプラズマだと高品質に実現できる、というのがパナソニックの当時の謳い文句だった。
60fpsの3D映像は、このフレームシーケンシャル方式では、左目・右目用の映像を伝送する構造上、60fps×2眼分として120fpsで伝送・表示する必要がある。
2010年当時、液晶テレビも倍速駆動などを有するものはあったが、左目・右目用の映像を交互に切り換える際、高品位にきっかり表示を切り替えるには120fps駆動の液晶パネルでは若干力不足だった。具体的には、左目の映像にごく僅かに右目用の映像の残像が知覚されるような現象(クロストーク)があり、画素応答速度に優れるプラズマは、確かにクロストークが少なかった。
ただ、プラズマには、3Dテレビの表示品質に求められるもう一つの素養が足りていなかった。それは“明るさ”。
3Dテレビは、3Dメガネを使って、片目ずつ映像を見せるメカニズムのため、両目で映像を見る瞬間が半分になる。このため、両目で見る普段の2D視聴時と比較して、知覚輝度が理論値の1/2になってしまうのだ。
さらに、3Dメガネの問題もあった。前述した液晶シャッターの実体は、デジタル時計や電卓の表示に用いられているような白黒液晶。これはTN型液晶というもので、偏光方向を90度ずらした2枚の偏光板が組み入れられている。つまり、アクティブシャッターグラス方式の3Dメガネはこの偏光板によって、目に届く光が理論値で1/2になるわけだ。
この2つの要因を総合すると、アクティブシャッターグラス方式の3D眼鏡で3Dテレビを見ているとき、両目で知覚されるその映像の明るさは(1/2)×(1/2)=1/4。つまり、25%ということになる。
そう、暗いのだ。
元々プラズマは液晶に比べ、輝度性能に乏しく暗かった。そのため、プラズマは電気量販店でも液晶と直接比較されるのを嫌い、展示スペースを分けるか、あるいは暗室気味の店内照明の暗い場所に展示されていたほどだ。
第147回:偏光方式の3D立体視の今 ~なぜ偏光なのか? 各社の差異やその可能性を探る~
プラズマの3Dテレビは、クロストークが少ないという優位点はあったが、徐々にそのリードも液晶陣営の追従で縮まってくる。
液晶パネルには、4倍速の240Hzが登場し始め、3D映像表示時のクロストークの少なさがプラズマに追いつくようになる。もともと直下型バックライトを採用したハイエンドの液晶テレビは明るかったため、明るい3D映像が楽しめる素養を持っていた。パナソニックは翌2011年には、3D対応の液晶テレビ「DT3」シリーズを発売することになる。
第162回:パナソニックの液晶が大画面に。VIERA DT5 ~最上位液晶VIERAでデザイン新提案。「TH-L47DT5」~
ところでLGなどが推進した、液晶シャッターを使わない偏光方式の3Dメガネ(パッシブ3Dメガネ/パッシブグラス方式)に対応した3Dテレビは、常時、両目で3Dテレビの表示面を見ることから、前出のアクティブ3Dメガネ方式よりも3D映像が理論値にして2倍明るかった。
ただ、偏光方式の3Dテレビは、映像表示面の偶数走査線と奇数走査線のそれぞれを左目用と右目用に割り当てるため、フルHD解像度の液晶パネルでこの構造を採用すると、得られる3D映像の縦解像度が、アクティブ3Dメガネ方式の3D映像の半分になってしまうという弱点があった。まあ、ここは、後に登場する4K液晶パネルの台頭で解決を見る事になるのだが。
まとめると、3Dテレビがアナウンスされた2010年当時は、3Dテレビは仕掛け人のパナソニックによって「プラズマ vs 液晶」の図式でスタートしたが、翌年にこの構図は消滅。次第に3Dテレビは「アクティブ3D vs パッシブ3D」の図式に移行することになる。
プラズマと3Dの栄枯盛衰物語~5:日本メーカー勢の3Dテレビ撤退
「アクティブ3D vs パッシブ3D」という対立関係を盛り上げたのは、サムスンやLGといった韓国メーカー勢だった。ご存じの通り両社はライバル関係にあり、サムスンは「アクティブ3D」、対するLGは「パッシブ3D」という構図で、自身の優位性を訴えつつ、互いを牽制していた。
韓国メーカーが盛り上がっているのとは裏腹に、日本ユーザーの3Dテレビへの関心は、2010年の「アバター」ブームをピークに徐々に失っていった。
要因としてはコンテンツ不足というか、日本国内で3Dのテレビ放送がほとんど行なわれなかったことだろう。代表的な番組としては、パナソニック自らがスポンサーとなり、2010年から2年間、BS朝日で放送した「Panasonic 3D Music Studio」くらいだろうか。
ただ、3Dコンテンツ自体が飽きられていたかというと、そういうことでもなかった。
ハリウッドの大作映画が3D上映される機会は増えたし、一定数のBlu-ray 3Dも発売された。結果、メインストリームにはならないものの、細々と3Dテレビは作られ続けた。各社でバラバラだったアクティブ3Dメガネの方式も規格としてまとまるなど、一定の成熟は見せた。
しかし、2017年頃には日本メーカーから3D対応テレビは無くなった。
3Dテレビ時代の終焉。'17年テレビから3D対応機種が無くなった理由(2017年6月9日掲載)
これは、Blu-ray 3Dの発売も鈍化してきてしまったことが最大の原因だろう。
筆者は毎年、大作映画を中心にBlu-ray 3Dを購入しているのだが、ついに2020年は購入本数がゼロとなった。'20年は筆者が欲しかったBlu-ray 3Dは海外発売のみで、国内では発売されなかったのだ。
なお3Dテレビは皆無となってしまったが、ホームシアター向けプロジェクターはその多くが今も3Dに対応している。近い将来、3Dソフトと対応ハードの確保が困難になるかもしれないので、購入を先送りにしていた方は急いだ方がよいかもしれない。
プラズマと3Dの栄枯盛衰物語~6:終焉
液晶に対し、フルHD化で遅れをとったことで、シェアが伸び悩んだプラズマ。再起をかけた3Dブームでも、結果的に今ひとつ巻き返しの風を起こすことはできなかった。そして2014年3月、最後の砦だったパナソニックがプラズマテレビからの完全撤退を発表する。
大画面☆マニア・第176回では、パナソニックのプラズマ最終モデル「TH-P55VT60」を取り上げている。
第176回:プラズマならではの「色」と「黒」。VIERA「TH-P55VT60」熟成を重ねたパナソニック プラズマ最終形?
ちなみに2014年は、自社パネルを開発・製造していたサムスンやLGもプラズマからの撤退を発表している。その意味では、プラズマの再起をかけて始まった「3D元年」の4年後には、哀しくもプラズマは死したわけである。
「もう少し頑張ってもよかったのではないか」という声も聞かれたが、プラズマは次の高解像度化を迎えることが出来なかった。そう、“4K化”だ。
4K解像度を備えたテレビの商品化は、2011年頃から液晶で始まっており、プラズマは2013年になっても現実的な家庭用サイズ(50型や60型など)で4Kモデルを投入できないでいた。
第92回:International CES特別編 ~大画面競争に終止符? 150型プラズマVIERAが登場~
そう、フルHD化の遅れと同じ状況となったのだ。
原理的に高解像度化が困難なプラズマは、ここまでだったということなのだろう。もっともこの頃は、次世代の自発光ディスプレイパネルとして、有機ELが有望視されていた。パナソニックとしてもプラズマから、有機ELの実用化へと舵を切った、と見るべきなのだとは思う。ただ、この舵を切った先の航路も、荒海の連続となってしまうのだが……。
第185回:CES編:パナソニック、液晶でプラズマ画質完全再現? 4Kプロジェクタを小型/低価格化するPixel Quadrupleも
液晶は液晶で地味に進化していた~1:液晶パネル
液晶パネルはそれこそ1990年代から実用化されていたし、白黒液晶に至っては1970年代には様々な民生向け製品が市場にあったので古い技術という印象があるが、それを支える基礎技術は日進月歩で進化していた。
液晶プロジェクタに採用されるマイクロ液晶パネルも、最初期のものは有機物の配向膜だったが、90年代後期には無機配向膜が当たり前になり、紫外線と熱にさらされる過酷な環境に耐えうる性能を身に付けていた。
我々にとって身近な、直視型液晶パネルも同様だ。
視野角が狭いと言われたTN(Twisted Nematic)型液晶パネルに変わり、様々な配向モードの液晶パネルが研究開発された。
日本では特に人気の高いIPS型液晶は、縦電界で液晶分子を配向(TN型)させていたのを「横電界駆動方式」へと変更。IPSとは「1枚の面上に配置された透明電極だけで制御する」の意味を込めIPS(In Plane Switching:面内応答)方式の意味が込められている。
IPS型は広い視野角を獲得したことと引き換えに、遮光性能に劣る。
それを嫌い、遮光性能とコントラストに優れるパネルとして登場したのがVA型液晶だ。視野角性能で不利なVA型は、液晶分子を斜めに配向させる「斜め電界法」を考案し実用化。今では、この斜め電界法を活用し、サブピクセルを細かく分割させて駆動させるマルチドメインVA型液晶(MVA型液晶)が主流となっている。あらかじめ斜めから見られることを想定したサブピクセルを用意することで広視野角に対応させるという発想だ。シャープやサムスンの液晶パネルはいわゆるMVA型に分類される。
ほかにも、IPS型の広視視野角性能、VA型の高コントラスト性能、TN型を超える高速応答性を獲得した夢の液晶パネルとしてOCB型液晶がある。これは東芝とパナソニックの共同プロジェクトで開発されていたが、小型サイズのものが一部の製品に採用されただけでフェードアウトした。
OCBとはOptically Compensated Bendの略で、和訳すれば「光学補償された(Optically Compensated)」「曲げ(Bend)」する配向モードということになる。イメージ的には「弓なりの液晶配向モード」を採用した液晶パネルだ。駆動に高電圧が必要な点、透過率が他方式に及ばず、光損失が大きい点などを解決できなかったようだ。
その一方、息絶えると思われた古参の配向モード・TN型は、その高速応答性能が見直され、今でもゲーミングディスプレイ製品を中心に採用事例が途絶えない。
一般的な画質重視のテレビ製品では、今ではIPS型か、VA型のどちらかが採用される傾向にある。
韓国メーカー勢を見ると「IPS型のLG」「VA型のサムスン」という図式になっているが、日本メーカーの多くは、シリーズやインチごとにパネルメーカーからIPS、もしくはVAを調達して使い分けている。今でも自社製パネルの採用にこだわるシャープはどちらかといえばVA派だが、ディスプレイなどの一部製品ではIPS型も製造することはあるようだ。
なお、シャープといえば、UV2A液晶パネルやIGZO液晶パネルといった技術キーワードを挙げて自社パネルの優位性をアピールしているが、これらのキーワードは液晶配向モードとは無関係である。
「UV2A」(UltraViolet induced multi-domain Vertical Alignment)は製造技術よりの話、「IGZO」は液晶パネルの根幹技術であるTFT回路の素材にIn(インジウム)、Ga(ガリウム)、Zn(亜鉛)により構成される酸化物(O:酸素)の半導体を活用する技術となる。
液晶は液晶で地味に進化していた~2:バックライト
液晶パネルはそれ自体が発光しないので、光源となるバックライトが必要だ。
液晶の進化は、このバックライトの進化と切り離して語ることができない。2000年代中期までは、バックライトにCCFL(Cathode Fluorescent Lamp:冷陰極蛍光ランプ)と呼ばれる照明器具の蛍光灯に近いランプユニットが採用されていた。ちなみに、照明具の蛍光灯はCCFLではなくHCFL(Hot Cathode Fluorescent Lamp)に分類される。
このCCFLに代わり、2000年代中期から後期にかけて、次世代バックライトとして脚光を浴びたのがLEDバックライトである。
それまでもごく身近にあった発光ダイオード(LED)だが、CCFLよりも明暗の制御の応答速度が良好で長寿命。さらに水銀フリーという環境問題への配慮の点からも有望視された。
最もシンプルでコスト的に安価だったのは、液晶パネルの一辺、ないしは二辺にLEDモジュールを組み込んで導光板で画面全体に光を導く「エッジ型LEDバックライト方式」だ。高級機では、液晶パネルの裏側にLEDチップを等間隔に敷き詰めるようにして配置して、直接、液晶パネル全体を発光させる「直下型LEDバックライト方式」が採用された。
直下型は、液晶パネル側で表示する映像の明暗分布に合わせて、バックライト輝度の明暗分布を制御できる利点もあり、自発光映像パネルに迫るハイコントラスト表現を可能にする。
「自発光映像パネル、恐れるに足らず」と、液晶陣営が言ったかどうかは定かではないが、2010年前後から液晶パネルのバックライトは、怒濤のLEDへの移行期へと突入する。
液晶テレビのバックライトが「LED」になった理由 ~利点や、CCFLとの違いを解説~
しかし、この時代のLEDバックライト採用テレビの画質は玉石混淆だった。
バックライトに白色LEDを採用したテレビは、発色に違和感のあるモデルが多かった。白色LEDといっても、光源としては青色で、ここに黄色ないしは赤緑蛍光体を組み合わせて白色を作っていたため、発色に偏りが出ていたのだ。
これはまずいと、一部のメーカーは、ハイエンド機に関しては赤緑青(RGB)、それぞれの色で発光する単色LEDをバックライトとして採用する。
ただ、こうしたモデル群も最初期は荒削りだった。ソニーの超高級ブランド“QUALIA”から登場した「KDX-46Q005/KDX-40Q005」は、RGB-LEDを液晶パネル直下に配置したが、RGBの混色がいまひとつで,画面の位置によっては赤緑青の色味の強さが違っていたり、白色表示に純色の赤緑青が顔を出したりしていた。シャープ「AQUOS XS1シリーズ」もRGB-LEDバックライトを採用した象徴的な機種だったが、RGB純色表現を強調しすぎて不自然な発色となることが指摘されていた。
まあ、こうした経験を経て、後年では高品位なRGB-LEDバックライト採用機も登場している。たとえば連載・第104回で紹介したブラビア「KDL-55XR1」は、かなり自然な発色を実現で出来ていた。当時はHDR規格やBT.2020色空間規格もなかったので、その広色域性能を効果的に活かせる局面があまりなかったのが残念である。
第104回:メガコントラストと高色深度が織りなす超視覚体験 ~RGB LED+エリア駆動の実力は? ソニー「KDL-55XR1」~
その後、白色LEDの発色特性が改善され、RGB-LEDはその実装コストの高さから採用される事はなくなる。なお、液晶パネルの発色の改善は、最近では量子ドット技術などの採用の方が本命視されるようになっている。
第198回:CESで話題の量子ドット技術とは何か。日本メーカーは卒業? テレビ広色域化への異なるアプローチ
自発光映像パネルに迫るハイコントラスト表現を可能にするはずの直下型LEDバックライトも、採用初期は画質的に厳しいものも多かった。
液晶パネル側で表示する映像の明暗分布に合わせて、バックライト輝度の明暗分布を制御する機構は、バックライトの「エリア駆動」「部分駆動」「ローカルディミング」などと呼ばれたが、この技術の採用初期に散見されたのは、高輝度に発光させたLED光が、本来は暗くしたい映像領域にまで溢れ出てしまうヘイロー(またはハロー)現象だった。ヘイローとは、その溢れ出た光が、まるで「後光」(HALO:ヘイロー)のように見えるところから来ている。
エリア駆動を自然に見せるには、バックライト側の光を均一な面光源に変換する拡散板の特性に最適化した液晶パネルの画素駆動が必要で、ヘイロー現象の押さえ込みと、ハイコントラストな映像の実現には高い技術力が求められた。
パナソニックなどは、この問題にかなり真剣に取り組み、新構造の直下型LEDバックライトシステムを考案し、ビエラ「TH-58DX950」を完成させている。
パナソニックが新たに考案した直下型LEDバックライトシステムは、光の拡散を四辺形ブロック単位に閉じ込めてヘイローを起こさせないユニークな構造を採用していた。
ただ、このシステム、静止画は美しかったのだが、暗い背景の中を高輝度動体が動き回るような映像では、その動体を、四辺形ブロックに光る発光体が遅れて追いかけるような珍妙な現象を引き起こすことがあった。この問題が指摘されるや否や、以後同システムの採用を見送っている。
第219回:エリア駆動を極めた驚異のHDR画質。VIERA「TH-58DX950」~液晶なのに自発光に見えるHDR時代の新基準
結局、ヘイロー現象を克服するには「あまり積極的なエリア駆動はしない」というのが業界のひとまずの最適解となっている(笑)。
しかしその一方で攻めた解をぶち込んできたメーカーもあった。それが、ソニーの「Backlight Master Drive」(BMD)だ。
第211回:【CES】液晶が自発光に見える? ソニーBMDの脅威の高画質~有機ELに肉薄? 薄型でHDRの新技術も
BMDとは、要するにヘイロー現象が目立たなくなるくらい、バックライトを液晶パネルの背面に敷き詰めるという、力業の技術である。当然、製造コストは掛かるので、超高級機にだけ採用される技術となる。
このBMD的な力業は、現在では、より小さいLEDチップであるミニLEDを直下型バックライトに採用する「ミニLED直下型バックライトシステム」へと進化しつつある。採用製品はまだ少ないが、2021年以降、超ハイエンド機を中心に採用が進むことだろう。
有機EL戦乱記~プラズマに変わる自発光映像パネルを夢見て
実質的、かつ間接的にプラズマを終焉に追い込んだ、自発光映像パネル技術といえば有機ELパネルだ。
有機ELパネルは、有機半導体を陰極、陽極の2つの電極で挟み込んだ構造をしており、最初期のものは、陰極に銀やアルミなどのミラー電極を用い、陽極には透明電極を用い、発光した光は透明電極側(ITO:Indium Tin Oxide)から出力していた。これがボトムエミッション方式である。
ボトムエミッション方式は、有機EL画素駆動用のTFT回路と、発光する有機EL層が比較的綺麗に二分化されていて、構造としてはシンプルだが、有機層で発光した光はTFT回路の合間を縫って出てくることになる。そう、開口率が低かったのだ。ちなみに、このTFT回路と画素開口部の関係性は、丁度、液晶パネルとよく似ている。
2000年代前半には、すでに次世代テレビ向けの映像パネルとして日本企業が積極的に有機ELパネルの研究開発をしていた。意外かもしれないが、当時、三洋電機やセイコーエプソンなどは有機ELパネルの開発に最も力を入れていたメーカーだった。その後、しばらくして三洋は開発事業から撤退し、エプソンは大型パネルの開発から小型パネルの開発に舵を切っている。
テレビ向けの大型映像パネルとして有機ELに力を入れていた日本メーカーは、ソニーとパナソニックだった。
ソニーは、TFTの開口率とは無関係に最大の輝度が得られるトップミッション方式の有機ELパネルを実用化。これはTFT回路の開口部からではなく、封止ガラス側の方から光を取り出す、まさに文字通りの「逆転の発想」を実用化した技術だった。
ちなみに、ソニーのトップエミッション方式有機ELディスプレイを初めて実用化した製品は、2004年発売のPDA機CLIEだった。わずか3.8型(対角97mm)だったが、2004年当時は市販されたアクティブマトリックス方式有機ELディスプレイ搭載機器としては世界最大サイズパネルであった。この後、この有機ELパネルにさらなる改良を加えて大型化。2007年には、11型と27型のトップエミッション方式有機ELパネルを発表している。
第79回:2007 International CES特別編~進化するフラットテレビ、改良型有機ELに第8世代プラズマ
11型パネルの方は、2007年に世界初の有機ELテレビ「XEL-1」として発売された。27型パネルの方は市販化に漕ぎ着けることは出来なかったが、ソニーの有機ELパネルの開発能力は当時トップクラスだったと思う。
TFT回路形成にマイクロシリコン・プロセスを使用し、有機物の蒸着も新開発のレーザー転写方式を採用して行なっていた。LIPS(Laser Induced Pattern wise Sublimation)とも呼ばれるこのレーザー転写方式は、有機材蒸着の際にマスクを使わないため、大型化パネル製造に向いているとして期待された。
また、この頃のソニーの有機ELパネルは、有機ELの各RGB画素に「マイクロキャビティ技術」と呼ばれる微小共振器を配することで、「色純度の向上→色再現性の向上」「発光効率の向上→輝度増加」を実現させた。ソニーはトップエミッション方式にこのマイクロキャビティ技術を組み合わせた有機ELパネルを「スーパートップエミッション方式」と命名して強力にアピールした。
当時は、ソニーのパートナーであったサムスンSDIも有機ELテレビの開発に注力。2008年には一枚パネルで世界最大とされる31型有機ELパネルを発表している。
その後、テレビ向け有機ELパネルの開発に力を入れる海外勢に対抗するために、2012年、ソニーとパナソニックがタッグを組むことを発表。有機EL開発のチーム・ジャパンとして業界は大いに湧いた。
この頃、パナソニックは、サブピクセルである各RGBの有機ELサブピクセルにおける有機EL材質を印刷で形成する「RGBオール印刷方式」の研究開発に注力していた。
印刷方式は、有機EL材質を蒸着させる方式とは違い、真空環境や高温製造プロセスが不要。しかも、一度、ドットピッチを決定して印刷ヘッドを開発してしまえば、このヘッドを共用して、画面サイズに依存しない生産が可能と目論めた。生産工程がシンプルで、バリエーション豊かな大画面有機ELパネルの実現様式としては本命視される。
第171回:CES特別編 4Kに見る映像の未来【1】パナソニック、ソニー56型4K有機ELの秘密
しかし経緯はよく分からないが、このチームジャパンは翌2013年に解散。わずか1年のコンビ解消には業界も驚いた。当然のごとく目立った成果物も出せずに「夢のコンビ」は消えた。
悪い知らせは続くものだ。2014年5月には、ソニーとパナソニックが有機ELパネルの開発から撤退を表明する。
なお、撤退表明を遡ること4カ月。同年1月のCES 2014には、画質を劇的に向上させた独自パネルの55型4K有機ELテレビの試作機を公開していた。てっきりこれは市販されると思っていた筆者は、有機ELパネル開発断念の報には声を上げて驚いたものだ。
程なくして、サムスンも大画面サイズの有機ELテレビ開発から撤退を表明。その後はスマートフォンなどに向けた小型パネルの開発に注力する方針転換をしている。
最終的に、有機ELテレビで成功を収めたのはLGだった。
LGは「2012年内の有機ELテレビの発売を目指す」と宣言し、翌13年に持ち越されることにはなったが、この遅れに実害はなかった。55型もの大型有機ELテレビの市販化は、ソニーもパナソニックも、そしてサムスンもなしえていなかった偉業だったからだ。
このLGの大逆転撃。筆者の頭の中では……
先生:今回のテスト、満点が一人だけいた。LGだ。よくやったな!
生徒一同:ええー、あのLGがぁ!?
……というような、エピソードを勝手に想像していた(笑)。
実は、LGの有機ELパネルは、他メーカーからはちょっと冷めた目で見られていたからだ。
なにしろ、有機ELパネルのサブピクセルは全て白色発光で、その白色発光も青色有機材に蛍光体を組み合わせる方式だった。つまり、発光のメカニズム的には、ほとんど液晶パネルのバックライトで用いられている白色LEDと同じ。
ソニーやパナソニック、サムスンなどは、微細なサブピクセルを赤緑青、個別に光らせて高純度の3原色を出力させるために、どう有機材を成形させるのか? と頭を悩ませていたのに、LGは「サブピクセルを全部白にすれば、赤緑青を成形し分けなくていい」と、最初から背伸びしない方法を選択した。
しかし、白色一色だとフルカラー表現は出来ない。LGは「だったら液晶で使っているRGBカラーフィルタを貼り付けちゃえ!」と大胆な発想の転換を行なう。
「でも、これだとせっかく白で発光させたのに、カラーフィルターを通ることで各RGBサブピクセルでは得られた光量の3分の2を捨ててしまうことになるよね。輝度性能的に足りなくならない?」というツッコミに対しても「だったら輝度を稼ぐために、赤緑青だけじゃなくて、輝度稼ぎ用の白色のサブピクセルを設けちゃうよ!」と、これまた難なく切り返す。
「ちょっと待って、ちょっと待ってお兄さん。それって、光エネルギーを3分の2捨てることの根本解決になってないから、消費電力が凄いことになるよ」と心配されるも、「何言ってるのさ。みんなあんなに電気を喰うプラズマテレビを使っていたじゃない。だから今度も大丈夫だよ」と意に介さず。
「ま、いいけど。どうなっても知らないからね。ふん!」と、他社が目を背けたかはしらないが、結局、テレビ向けの有機ELパネルを量産できたのは、LGだけだったわけだ。
LG方式を冷たい目で見ていたメーカーはしばし沈黙している感じだったが、パナソニックだけは、有機ELパネル開発断念発表の翌15年に、LGパネルを採用した有機ELビエラの試作機を公開している。一方ソニーは、2017年にLGパネルを採用した有機ELブラビア「A1シリーズ」を発売するも、「最高画質はBMD搭載のZ9Dの方なんですけどね…」と、やや歯切れが悪い印象だった。ちなみに液晶の雄・シャープも、昨年5月、LGパネルを採用した同社初の4K有機ELテレビ「CQ1シリーズ」(しかも非AQUOS!)を市場に投入している。
なおサムスンは、競合相手の技術を使うことはプライド的に許されないのか、2021年の今もなおLGパネルを使った有機ELテレビは発売していない。
第196回:【CES】パナソニック55型8K IPS PRO液晶の新境地 ~予想外の4K有機EL TV試作機の正体は?
ちなみに、日本の各メーカーで有機ELパネルを研究開発していた技術者達は、国産映像パネルメーカーの最後の砦であるJDIやJOLEDといった企業に合流している。彼らの今後の活躍に期待したいところだ。
残りのお話は、5年後に
本当であれば、VRのような新概念の映像機器や、「4K」「8K」といった解像度、そして「HDR」や「BT.2020」のような規格の話もしたかったのだが、今回はおあずけ。これらはAV Watchが創刊25周年を迎えたときにやることにします。
結局、今回も長くなっちゃったな(笑)