西川善司の大画面☆マニア
第273回
待たせたな。印刷×国産4K有機ELのAKRacingディスプレイ徹底検証!
2022年7月7日 08:00
TVCMでお馴染み、本田翼さんの可愛らしい製品紹介シーンが大人気のAKRacingブランド。eSportsシーンに関心が高い読者にはもはや説明不要だろう。
しかし、ゲーム関連に関心がないともしかしたら「AKRacingって何?」と思っている方もいるかもしれない。社名に「Racing」があるからには自動車パーツのメーカーかなと思う場合も少なくなさそうだが、実はそれ正解。もともとAKRacingは、2000年に中国の江蘇省揚州市に設立された、自動車パーツメーカー「揚州奥凱自動車用品有限公司」(以下、揚州奥凱)が母体となって展開されているブランドなのだ。
もともと、モータースポーツ向けのシート(椅子)製品の開発・製造を得意とするメーカーだったが、その椅子製品をオフィスチェアへ展開。その後、中国国内のeSportsシーンの盛り上がりに乗じてゲーミングチェアブランド「AKRacing」を立ち上げる。なぜAKかというと社名の「奥凱」はアオカイと発音するからである。ちなみに、日本では、日本のIT系商社のテックウインドがAKRacingの正規代理店として日本国内の販売網整備やアフターサポートなどを手掛けている。
まあ、そうしたフットワークの軽い揚州奥凱社ことAKRacingだが、今回一風変わった分野への製品提供に乗り出す。それが“PC向けディスプレイ製品“。その第一弾として6月24日、同社はPC向けの有機ELディスプレイ「OL2701」を発売した。
このOL2701。AKRacing製品でありながら、なんとゲーミングモニター製品ではない。しかも、その映像パネルに日本のJOLED製有機ELパネルを採用したモデルだというのだ。
というわけで今回の大画面☆マニアは、AKRacingの生い立ちのように、一風変わったバックグラウンドとコンセプトを引っさげて登場してきたAKRacingブランドの「OL2701」を取り上げることとした。
なお、AKRacingによれば、ハイエンドPCユーザー向けを想定して開発された製品であり、その主なターゲットとしてクリエイターを挙げている。具体的には、映像制作従事者や写真家、あるいはグラフィックデザイナーなどを想定しており、市場想定価格も298,000円とかなり高めになっている。
製品概要チェック~ボディは薄型軽量。ノングレアパネル採用
梱包状態ではディスプレイ部、スタンドの柱部、台座部で3分割されて収納されており、設置の際にはこれらを合体させる必要があるが、プラスドライバーがあれば簡単に組み立てることができる。
ディスプレイ部は630×38×374mm(幅×奥行き×高さ)で、重さはディスプレイ部のみだと3.52kgとなっている。スタンド部との接合部は1辺が10cmのVESA100マウントに対応しているので、市販のディスプレイアームなどを利用して本機を組み付けることができる。
さて、”27型で30万円”という目線で見ると、ユーザーに面するフロントデザインはなかなかシックな感じに仕上がっており、見た目は好印象。ベゼルはヘアライン加工付きの金属製(おそらくアルミ製)となっていて、その"外ぶち"のみをシルバーメッキ加工した、手の込んだデザインとなっている。
ベゼル中央下部にある「AKRacing」のロゴは特に発光ギミックなどはなし。普通の印刷だ。過剰な華飾はないが、安っぽさもない。良くも悪くもオーソドックスな仕上がりだと思う。
ベゼル幅は実測で左右辺が16mm、上辺が17mm、下辺が20mmであった。最新のディスプレイ機器としてはベゼルは広めという印象。もう少し狭額縁デザインでもよかったような気はする。
スタンド部は、台座やディスプレイ組み付け部には金属部材が使われているが、外観は樹脂製だ。その樹脂の質感にも安っぽさはない。重さはスタンド組み付け状態で5.47kg。設置後の移設も気軽に行なえる重さだ。
スタンドは左右±30度のスイーベル、上20度/下5度のチルトに対応する。上下の高さは12cmの範囲で調整が可能だ。もっとも画面を下げたときのディスプレイ下辺と接地面の距離は実測で98mm。逆に最も高く上げたときは222mmであった。調整自由度はそれなりに高いが、90度回転の縦画面モード(ピボット機構)に対応していないのは残念。どうしてもという方は、市販のVESA100アーム付きスタンドを組み合わせるとよいだろう。
クリエイター向けディスプレイしては珍しく、ステレオスピーカーを内蔵している。出力は2W+2Wで、一般的なテレビ製品と同様に下辺側のスリットにレイアウトされている。音質は一般的なノートパソコンの内蔵スピーカーと同程度で、音楽鑑賞用途としては心許ない。しかし、音量自体は結構大きくできるので、YouTubeなどのネット動画をカジュアルに楽しむには十分だ。
定格消費電力は60W。有機ELディスプレイだからといって高くも低くもない。同型の4K液晶ディスプレイ製品とほぼ同程度といったところ。ACアダプタ(19V/6.32A)のサイズは比較的大きめ。
電源オン時にはベゼルの右下部にあるLEDが青く点灯し、スタンバイ時はオレンジに点灯する。これを消すことは出来ない。
接続性チェック~入力系統は2系統のHDMI端子を含めた4系統。入力遅延は60Hz時、約1.5フレーム程度
接続端子は、背面下側に下向きで用意されている。一般的なテレビ製品では背面に対して直角に挿せるモデルが多いが、本機ではケーブル類を下から上に向かって挿さなければならず、少々抜き差しがやり難い。LG製品など一部メーカーのモニター製品も、背面側に直接挿せる構造を採用しており、機器の抜き差し機会が多い制作現場では、少々不便かもしれない。
映像系の接続端子は、HDMIが2系統、DisplayPortが1系統あり、さらにDisplayPort Alternate(DP ALT)に対応したUSB-C端子も設けられている。つまり、4系統の入力に対応というわけだ。
HDMI端子は2系統ともHDMI2.0で、4K/60Hz HDRまで対応。HDMI2.1には非対応のため、120Hz入力には対応しない。
DisplayPortはDisplayPort 1.4(DP1.4)に対応。DP1.4であればインターフェース性能的には4K/120Hzには対応しているはずだが、本機が採用する有機ELパネル自体の最大リフレッシュレートが60Hzまでなので、HDMIと同様、4K/60Hz HDRが表示可能な上限フォーマットということになる。
USB-Cの方は、4K/60Hz入力には対応するが、HDR表示には非対応。なお、筆者の実験では、DisplayPort to USB-C変換ケーブルを用いての4K/60Hz(非HDR)表示が行なえた。HDR表示はできないが、USB-Cを第4のDisplayPort入力端子として利用することは可能。なお、このUSB-C端子はPowerDeliveryには非対応なので、ノートPCなどへの高出力給電はできない。
さて、各入力系統に対しての対応フォーマットについて筆者が調べたところ、HDMI/DisplayPort/USB-C接続では、4K/29Hz、30Hz、50Hz、59Hz、60Hzをサポートするも、25Hzと24Hzは非対応。またフルHDは25Hz、29Hz、30Hz、50Hz、59Hz、60Hzをサポートするが、こちらも24Hzには非対応だった。映画コンテンツなどで採用される24Hzの表示に対応していない点は残念である(プルダウン処理などを使っての24fps→60fpsのフレームレート変換表示となる)。
USB3.0端子のTYPE-A端子があり、2系統のUSBハブ機能が搭載されている。アップストリーム用のUSB-B端子が見つからないが、本機では、前出の「DP ALT対応のUSB-C端子」をUSBハブ機能用のアップストリーム端子に割り当てている。つまり、USBハブ機能を活用するには、ホストPCとのUSB-C接続が必須ということだ。USBハブ機能を重視するユーザーは気に留めておきたいポイントである。
この他、オーディオ信号を出力する、3.5mmのラインアウト/ヘッドフォン兼用端子が実装されている。
本機は「ゲーミングディスプレイ製品ではない」ということだが、そうは言っても、どのくらいの入力遅延があるのか? ということには興味があるはずだ。ということで、今回もLeo Bodnar Electronicsの「4K Lag Tester」を用いて計測してみた。
結果としては、映像モードに関係なく、4K/60Hz、フルHD/60Hz、共に24.1msであった。これは60fps換算で約1.5フレームの遅延となるので、eSports系の競技性の高いゲームプレイは向かない。とはいえ、RPGなどの比較的、進行がゆったりしたゲームであればプレイはできるだろう。
入力遅延が大きいのは、恐らく、焼き付き防止に配慮した電力供給制御のために1フレームをバッファリングするためだろう。最新のLG製有機ELパネルでは、この制御機構をゲームモードに限っては無効化するモードが搭載されているが、本機にはそうしたモードはないようだ。
音の遅延はどうだろうか。音声と映像の同期具合を映像ベンチマーク映像ソフトの「The Spears & Munsil UHD HDRベンチマーク」を用いて計測して見た。その測定映像を20倍スロー化した動画を下に示す。
動画を見ると、映像に対し音声が1フレームほど早く出ていることが分かる。このベンチマークソフトが24fpsで動作しているのに対し、本機はリフレッシュレート24Hzには対応していないため、ベンチマークソフトを再生したUHD BDプレーヤー「DMP-UB90」側で60Hz出力をしている。そのフレームレート変換の影響かもしれないし、あるいは本機は基本的に24.1msの表示遅延があるが、音声の方は遅延なしで出力されることで、このような結果になっているのかもしれない。
操作系チェック~リモコンはなし。設定項目はシンプル
リモコンは付属せず、操作は全て右裏側にレイアウトされた5つの物理ボタンを押して行なう。最近は、メニューのカーソルを直感的に動かせるよう、押し込み操作付きのミニジョイスティックをあしらった機種も増えているが、本機は昔ながらの押し込みボタンで構成されている。
5つあるボタンのうち最上段のボタンはメニューを表示させるボタンに相当。その下にある2つのボタンでカーソルを上下させる。メニューアイテムを選択してからの決定操作は、最上段のメニュー呼び出しボタンが兼任。メニュー表示を消すには、上から4番目(下から2番目)のボタンで行なう。
最下段は電源ボタン。使い始めた直後は、メニューをオフにするつもりで、最下段のボタンを誤って押してしまい電源を切ってしまう場面がしばしばあった。電源ボタンは、メニュー操作用ボタンの配列から離れた位置にあった方がよいだろう。
上から2番目のボタンを直接押したときは内蔵スピーカーの「音量」操作になる。同様に3番目ボタンの直押しは「エコモード」の切換操作。上から4番目は入力切換メニュー画のショートカットに対応していた。ちなみに「エコモード」とは、モード名のイメージと違い、本機の映像モードに相当する。ここもちょっと一風変わった、本機独特な操作系だ。
ここからは実機を使って、解説が必要と感じた設定項目について見ていくことにしよう。
まずは「輝度」メニュー内にある「DCR」設定。一体何の略か、取扱説明書にも記載がないのだが、おそらく「Dynamic Contrast Ratio」と思われる。具体的には、映像の平均輝度に応じて、暗部の沈み込ませ具合と明部の伸ばし具合を動的に制御する画調制御のようだ。これを有効化すると、コントラスト感(メリハリ感)が、シーン毎にリアルタイムで最大化されるようになる。
「画像設定」メニューの「カラーレンジ」は、いわゆる階調範囲の設定。「フルレンジ」設定とすると最低輝度と最大輝度の範囲が0-255となり、「リミテッドレンジ」設定では16-235の範囲となる。最近のテレビ/ディスプレイにあるような「自動」設定が本機にも設けられているので普段は自動設定でよい。
「その他」メニューの「DDC/CI」設定は、VESAで策定されたディスプレイ機器の制御インターフェースを有効化するか否かの設定。
DDC/CIとは「Display Data Channel Command Interface」の略。ホストPC側からHDMIケーブルやDisplayPortケーブルを通じて、ディスプレイ機器側の内部パラメータの読み出しや書き込みが行なえる。規格自体はVESAが規定したものだが、どういった制御に対応できるかは製品によって異なる。
DDC/CI情報読み出しアプリの「ControlMyMonitor」で調べたところ、制御できる項目は以下のようになった。赤緑青の出力レベルを個別に調整できるので、基本的なカラーキャリブレーションには対応できそうだ。
本体の電源を入れ、HDMI入力の映像が表示されるまでの実測時間は、SDR映像の時9.5秒、HDR映像の時で約11.5秒だった。また、HDMI入力の切り替えに掛かる実測時間は、SDR映像の時で約2.5秒、HDR映像の時で約9.0秒。HDR映像の時は多めに所要時間が掛かるようだ。
画質チェック~HDR表現と暗部表現力に不満なし。カラーボリュームの作り込みも良好
映像パネルは、前述したように、JOLED製の27型4K(3,840×2,160ドット)解像度のものを採用している。JOLEDは、ソニーやパナソニックなどで、かつて有機ELパネル開発に従事してきたエンジニア達が中心となって興された、日本の有機ELパネル開発製造メーカーである。赤緑青の有機ELサブピクセル形成を、印刷技術で実践するRGB印刷方式を採用しているのが最大の技術的特徴であり、現状「ほぼ最後の日本の有機ELパネルメーカー」と言うことになる。
JOLEDは、スマートフォン向けの小型サイズと、PC向けディスプレイ製品などに向けた中型サイズの有機ELパネル開発に注力しており、本製品はまさにその中型サイズ有機ELパネルを採用する。
世界初量産化、ソニー&パナの資産宿る印刷方式「OLEDIO」とは何か
JOLED製有機ELパネルを採用した他の製品としては、ASUSが2021年に発表した32型「OLED PA32DC」があるが、発表されてから約1年が経過した今もまだ発売されていない。
一方LGからは32型「32EP950-B」が'21年7月、27型「27EP950-B」が同年11月から発売されている。この他には、EIZOが2019年に21.6型サイズのJOLED製有機ELパネルを採用した「FORIS NOVA」を発売したが、現在は生産終了済み。
その意味でAKRacingのOL2701は、JOLED製パネルを採用した数少ない27型ということで、レアなモデルとも言える。
デジタル顕微鏡で撮影した写真を示すが、見ての通り、RGB印刷方式パネル特有の整然とした美しいサブピクセル構造を確認できる。また、LG製の白色サブピクセルベースの有機ELパネルよりも、1画素あたりの開口率が高いことも分かる。顕微鏡写真画像からの概算算出になるが、開口率は約80%と計算できた。これはかなり高い値だ。
なお、青のサブピクセルが大きいのは、波長の短い青色光を発する青サブピクセルの寿命が短いためだろう。具体的には、寿命に配慮した低電力で駆動しても、赤や緑のサブピクセルの輝度に見合う輝度の青色を取り出すために面積比でバランスを取っているのだ。
ピーク輝度は540nitで、コントラスト比は100万:1を誇る。また、ネイティブ10bit駆動パネルであり、10億色もの同時発色が可能であることもアピールされている。
この部分については、馴染みのない方もいるかもしれないので簡単に補足解説しておく。
現在の映像パネルでは、たとえHDR表示に対応している製品であっても、その多くが各サブピクセルの階調制御は8bit駆動のままとなっている。そして、この8bit駆動パネルで10bit駆動相当の発色を実現するために、「8bit+FRC」と呼ばれる技術を組み合わせている。
FRCはFrame Rate Controlの略で、なんだか倍速駆動とかそっち方面の話と思われそうだが、そうではなく、もっと画素自体の駆動技術に近い話題だ。簡単に言うと、映像パネル単体としては8bit駆動だが、10bitに足りない2bit分を時間方向の階調制御で賄うもの。要するに、時間方向のディザ(誤差拡散)制御といってもよいかもしれない(なお、その一部には空間方向に誤差拡散を行なうパネルもある)。
では、具体的にはどんな駆動をするのか。たとえば8bit駆動だと0~255の階調を作り出せるわけだが、0~1023までの階調を作り出せる10bit駆動と同等にするには256~1023までのダイナミックレンジが足りない。ということで、2回分の映像を表示することで、1枚の10bit階調の映像を表示するわけだ。これが8bit+FRCによる疑似10bit駆動の着想になる。つまり、技術的な語り口でいえば「1フレーム表示を2フィールド表示によって実現する」のである。
液晶ディスプレイや液晶テレビのかなりの多くの製品が今でもこの駆動法を採用しており、上級のハイエンド機のみがネイティブ10bit駆動パネルを採用している。
有機ELパネルについても、LG製のRGB+Wサブピクセル構造の有機ELパネルがネイティブ10bit駆動に対応しており、JOLED製有機ELパネルだけというわけではない。ただ「ネイティブ10bit駆動である」という事実は、ハイエンド志向のユーザーを納得させるキーワードになっていることは間違いないだろう。事実、本機の色域はsRGB色空間カバー率130%、DCI-P3色空間カバー率99%を実現しており、発色特性に関しては優秀であることがアピールされている。
10bit駆動、最大540nitの有機ELパネル採用のOL2701に、10,000nitのHDR10映像を入れたときにどのようにトーンマッピングされるのか、「The Spears & Munsil UHD HDRベンチマーク」のTONE MAPPINGテストを試したところ、赤の階調バーが400nitあたり、緑の階調バーが8,500nitあたり、青の階調バーが2,000nitあたり、白の階調バーが10,000nitあたりで飽和する様が確認できた。物理的な輝度性能としては540nitまでしか出せないはずだが、うまくトーンマッピングを行なって、540nitを超える輝度の階調をそれなりにうまく見せることができているようだ。
また、1,000nit+αくらいまでのHDRカラーバーで確認してみると、1,000nitあたりまでは不自然なところがなく、全色で美しく自然な階調が表現できていた。一般的なHDR映像はコンテンツは1,000nitくらいまでで設計されているので、本機のHDR映像表示性能に大きな不満が出ることはないだろう。
「自発光パネルの実力を見る!」ということで、あえて、液晶パネルのエリア駆動精度の試験モード「FALD ZONE」(FALD:Full Array Local Dimming)テストも実施してみた。
このテストは、四角形状の発光体が漆黒の背景の外周を動き回らせることで、その発光体の周囲にどのような影響が及ぶかを検査するもの。液晶パネルでは、四角形の発光体の周囲に、その光源たるバックライト密度に準じた光芒(俗に言うヘイロー)が現れてしまうが、さすがは有機ELパネル。動く四角形の実体のみが発光している見映えとなっており、何の問題もなかった。
部屋を完全暗室にしてこのテストを実行すると、移動する四角形の回りが明るく見えるようになるが、これは、有機ELパネル自身が発している光芒ではなく、観測者たる自分の睫毛による光の回折と、眼球内の乱反射によって知覚されるものだ。
ちなみに、その光芒が「有機ELパネルの表示面で起きているのか」あるいは「観測者たる自分の眼球側で起きているのか」を判断するのは簡単だ。動体たる四角形の実体部分を指で覆えばいい。もし、四角形の実体部分を指で覆って、四角形の周囲に溢れて見える光芒が見えなくなるのであれば、それは表示面ではなく眼球の方(あるいはカメラ)で起きていることの証左だ。
本機の場合も、発光体の四角形を指で押さえれば、その周囲は極めて漆黒に近く、激しい明暗格差のある表現が隣接しても互いに影響を受けないことが確認できた。
上の動画は、FALDテスト実行中の表示画面を撮影したものだ。光芒効果が全く確認されず。発光する四角形が上側にいるときには上辺に、そして右側にいるときには右辺に、二重映りしているのはベゼルからの反射光であり、光芒(ヘイロー)ではない。
念のために「STARFIELD」テストも実行。こちらはSF映画で宇宙船が高速移動する描写際によく用いられる、漆黒の背景中央から星(輝点)が放射状に拡散するような表現のテスト映像だ。FALD TESTでの動く発光体は、ある程度の大きさだが、STARFIELDでは動く発光体は1ピクセル。光芒チェック用テストとしてはかなり厳しいものになる。
さすがは自発光ピクセルの有機ELパネル。シンプルに高輝度なドットが放射状に飛んでいく様が見て取れる。というか、大半を占める漆黒部分が本当に真っ黒なため、テスト映像ながら、暗闇に深さを感じるような知覚を覚えた。
というわけで、以下に恒例の白色光のスペクトラム計測結果を示す。
なお、参考までに、白色有機ELサブピクセルにカラーフィルターを組み合わせたLGディスプレイ製のカラースペクトラムを参考までに示しておく。
LG製有機ELパネルは青色光のスペクトラムは鋭いが、赤と緑はぼんやり。特に赤と緑はスペクトラムピークが低く、それぞれのスペクトラムが溶け合ってしまっている。これでは、赤と緑が絡んだ混合色の色域が狭くなってしまう。
対して、本機の方は、赤緑青の3つのスペクトラムピークが全て鋭く、そして明確に分離している。色域の広さを期待させる。
一通りの項目テストを終えた後、HDR映像コンテンツの定点観測で利用しているUHD BD「マリアンヌ」をチェックした。
上でも述べているが、本機はHDR信号を入力した際は画調モード(エコモード)が選べなくなる。色温度(ホワイトバランス)も固定になるため、実質、HDR映像を入力したときには、映像調整はできなくなる。一般ユーザーのほとんどはこの仕様でも問題ないとは思うが、特定の色温度で作業を行なったり、あるいはキャリブレーションソフトを利用して色調整を行なった状態での作業を臨むプロ系ユーザーにとってはこの仕様はやっかいかもしれない。
なお、以下の評価は、本機のデフォルトの固定HDR画調モードで行なったものになる。
ブラッド・ピットがナイトクラブのある夜のロータリー街に到着する冒頭シーン。ナイトクラブのネオンサイン、町の街灯の輝きは、本機の賢いトーンマッピングによって自発光感のある輝きで表現できていた。
トーンマッピングの品質はかなり優秀で、序盤に登場する白いボディのクルマに通行人が映り込む表現があるのだが、その鏡像がかなりきっちりと見えている。白いボディとはいえ、夜間シーンの鏡像がきっちり見えるのはなかなか凄いことだ。
また、停車中のクルマの直下の半影表現がリアルであった。地面に落ちる影が、車体の奥に行けばいくほど漆黒となっていて、平面である画面に表示されている情景にもかかわらず、車体と地面の間に「暗い奥まった立体的な空間」の存在感が感じられた。液晶パネルでは、黒浮きが伴うため、こうした「立体的な暗い空間」の表現は難しい。
ナイトクラブに入ったブラッド・ピットがマリオン・コティヤールを見つけるシーンでは、背中の開いた彼女の黒いドレスの表現が興味深かった。このドレスは生地としては黒色なのだが、表面にスパンコール加工がなされているのか、あるいはサテン生地なのかよく分からないが、周囲の光を鏡面反射する素材となっており、キラキラと輝く。その輝きは、カメラと照明の位置関係でドット単位の輝きを放ったかと思えば、すぐに漆黒に戻ったりする。この表現が、本機の映像では非常に緻密に感じられるのだ。
「1ピクセル単位で鋭く輝いても、その周囲はその輝きに影響されず漆黒のまま」という表現は自発光画素でなくては難しい。同じテーブルに着座しているナチスに協力する婦人役の衣装にも同様な表現が見て取れる。
ブラッド・ピットとマリオン・コティヤールの二人がアパートに戻ったシーンでは、アパートの中の照明群の自発光感と、それらに照らされる廊下から奥のキッチンまでの奥行き感が見事であった。照明の光が屋内の各所に行き渡る際の「光の減衰感」がリアルなのだ。「光源に近いモノが明るく、遠いモノが暗い」「投射される影も、その輪郭付近に行けば行くほど明るくなる」というような、日常ではごく当たり前の照明効果がちゃんと「そう見える」ことに感心させられる。
夜のアパート屋上での偽装ロマンスシーンでも、その「暗い屋上情景」にも遠近感と立体感がある。
この暗闇の中でキスをするシーンでは、二人の暗がりの中の人肌は、灰色や緑や青にシフトすることもなく自然な発色だ。キスの際には、二人が顔を寄せて合ってから離れるまでの間に、二人の顔面を照らす薄明かりの光の当たり具合が変わっていく。その際の微妙な肌色の明暗の変化にも不自然なところがなかった。人肌のカラーボリュームの作り込みもしっかりしているようだ。
自発光の有機ELパネルは、本来、漆黒表現は得意だが、実は暗色を出すのは不得意である。というのも、有機EL画素は、ある程度の高さの電力で駆動するまで光らないためだ。では、有機ELパネルで暗色を出すにはどうするかというと、時間方向に明滅をさせることになる。暗く光らせられないので、ちょっと明るく光らせてすぐ消すことで、時間方向で暗色を再現するわけだ。口で言うのは簡単だが、自然な暗色表現を、この制御で行なうのは優しくはない。本機では、この制御に関しては非常にうまく行なえていると思う。
AKRacingブランド初のディスプレイ製品はどんなユーザー向け?
「AKRacingブランド、初の有機ELディスプレイ」ということで、一体どんな製品なのか、不安と期待でいっぱいだったが、いざ評価してみると「ちゃんと作られている」ということは実感できた。画質に関しては、想像していたよりも良好で、普段使いのメインディスプレイ製品として使っても不満はないかと思う。
ただ、課題…というか「こうだったらもっといいのに」というポイントは少なくない。
まず、HDR映像表示が固定設定となってしまう仕様は、クリエイター向けディスプレイ製品というコンセプトと合致しにくい。ここは、デフォルト設定を強制採択するモードと、ユーザー調整を有効化させるモードをユーザーに選ばせて欲しい。同様に、クリエイター向け高画質モニターであれば、シネマ系コンテンツを表示する用途も少なくないため、リフレッシュレート24Hzへの対応はあるべきと考える。
それから、eSportsシーンで知名度の高いAKRacingブランドであれば、やはりゲーミングディスプレイ的な性能は持っていて欲しかった。入力遅延24ms超、表示遅延1.5フレームというのは、AKRacingのブランドイメージと合致しにくい。もし、次期モデルがあるのであれば遅延の問題を解決しつつ、なおかつHDMI2.1へ対応し、4K/120Hz入力にも対応して欲しいところだ。
では、本機OL2701はどのようなユーザー向けの製品なのか? というと、「本機の特長に惹かれ、一方であまり得意としない仕様については気にならないユーザー」ということになる。まとめると……
- JOLED製の有機パネルによる広色域かつ、ハイコントラスト画質に魅力を感じる
- 珍しい27型サイズ(大きすぎず小さすぎない普段使いPC向けサイズ)
- リアルタイム性の強いゲームはプレイしない(≒表示遅延はあまり気にしない)
- 画質調整機能を積極的に活用しない(HDR映像表示時には固定画調となるため)
- HDMI2.1非対応は気にしない(≒4K/60Hz表示で十分)
……といった項目にチェックが付くなら、本機をオススメできよう。
かなり高価な製品なので、欲を言えば、もう少しリーズナブルなAKRacingブランドのディスプレイ製品も見てみたい気もする。今後のAKRacingブランド展開についても注目したい。