西川善司の大画面☆マニア

第274回

ソニーから“ガチ”なゲーミングモニタ爆誕! 27型4K「INZONE M9」検証

ソニーのゲーミングディスプレイ「INZONE M9」(型名:SDM-U27M90)

2022年6月29日、ソニーがゲーミング関連製品を出すというニュースが飛び込んできた。

もともとソニーは、グループ内にソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)が存在し、コンソール「PlayStation 5」(PS5)をプラットフォームとして展開している。なので「何を今さら?」と思われそうだが、実は今回の発表、“SIE”ではなく、“ソニー本体”からの発表なのだ。

これには筆者も「おや!?」と思った。そこで、ソニー関係者に話を聞くと、今回発表されたゲーミングブランド・INZONEの商品群は「PS5にはもちろん対応はしているが、PCのゲーム市場もターゲットにしている」という答えが返ってきた。

そう。INZONEは「PS5だけでなくPCゲーミングにも対応した製品を出すブランド」だからこそ、あえてソニー本体の方から提唱されたブランドなのだ。

INZONEブランドとして、ディスプレイ2機種とヘッドセット3機種を発表

6月の発表では、ゲーミングヘッドセットが3製品、ディスプレイが2製品アナウンスされたが、本稿で取り扱うのは、ゲーミングディスプレイになる。

既報の通り、「INZONE M9」(4K/144Hz機)と「INZONE M3」(フルHD/240Hz機)の2製品が発表されているが、今回は7月に発売された前者を取り上げる。

なお、取材時(7月上旬)には「貸出機がない」ということで、今回の評価は、ソニーに出向いて、わずか3時間ほど触れた範囲のものになっている。そのあたりご了承いただきたい。

外観:特徴的な三本脚デザインは機能性を重視?

INZONE M9の画面サイズは27型で、ディスプレイ部の外寸は615×73×363mm(幅×奥行き×高さ)。平均的なPCディスプレイと比較すると、奥行き(厚み)がけっこうある。これは、バックライトシステムが直下型を採用していることと関係が深い。バックライトシステムの詳細は後述する。

スタンドは、ユニークな三本脚形状となっており、ディスプレイ部は三本脚のうち、中央の、傾斜した太い柱の脚部に組み付けられる格好だ。

スタンド部
ディスプレイ部を組み付けた状態
ソニーのロゴは画面中央ではなく、控えめに左側下部に配置されている

この三本脚スタンドだが、INZONE M9の発表/発売後にちょっとした物議を呼んだ。

最近のPCディスプレイのスタンド部は、いわゆる“ブーメラン型”の形状が主流。ディスプレイ部の下がフリースペースになっていて、キーボードやマウスなどが置けるようになっている。

対してINZONE M9の場合、三本足スタンドのうちの最も太い柱が、ディスプレイ下部中央に突き出るような形で飛び出すため、「キーボードやマウスが置きにくいのではないか」という指摘があちこちから出たわけだ。

このデザインの意図について、ソニーの開発スタッフに確認したところ、「見映え重視でこのデザインを採用したわけではなく、機能性を重視した結果」とのことだった。

開発側が主張するデザイン意図を要約すると、以下のようになる。

最近多い、ブーメラン型の底面スタンドでは、たしかにディスプレイ直下はフリースペースになるが、逆にディスプレイ下辺の左右側に脚(ブーメランの先端)が突き出る格好となる。すると、フルサイズのキーボードなどは先端につっかえるため、ディスプレイ下部の奥までは入れることができない。ディスプレイ部の下に何かを置くことを重視した場合、INZONE M9はたしかに中央に太い脚が突き出るが、脚を避けて左右にモノを置けば、よりディスプレイの奥の方まで入れることができる……ということらしい。

中央の太柱を避けてモノを置けば、より、奥にモノを収納できる。今回は、この置き方を提唱すべく、三本脚デザインとしたとのことだ

説明を受ければ「なるほど」とは思うが、見慣れないデザインのため多くのユーザーが驚くのも無理はないかもしれない。

筆者は「このデザインでは、設置した際に奥行き方向に多くのスペースを取らないか」という点も聞いてみたが、開発スタッフは「むしろ、このデザインの方が奥行きを小さく出来ている」という。

スタンド組み付け状態のINZONE M9は、前後方向の奥行きは24.8cmに収まっている。LGやASUSの27型サイズのブーメラン型スタンドを採用したゲーミングディスプレイ製品だと大体設置奥行きが27cmから30cm程度(BENQにはブーメラン型スタンド採用機で設置奥行き25cmのモデルがある)。

INZONE M9の三脚スタンドが特別に奥行きを節約できているとはいえないが、逆にいえば、このデザインのせいで奥行きが過剰にある…というわけでもないようだ。

接地状態のスタンドの中央太柱の前端と後端までの前後長は248mm。三本脚デザインのスタンドのせいで決して奥行きが過剰にあるわけではない

「個性的なスタンドは、機能にこだわってデザインした」ということは理解できたが、ただ、スタンド部の調整自由度は、このデザインの影響で若干、制限を受けている。

INZONE M9ではスタンドの調整機能としては上下チルトが0~20度、70mmの高さ調整(ディスプレイ下辺が46mm~116mmの範囲)しかない。左右回転のスイーベル調整や、縦画面モードにするためのピボット回転の機能がないのだ。これは、ディスプレイ部が中央の太柱脚部に回転機構なしのネック部を介して組み付けられているためだ(高さ調整用の上下スライド機構のみ)。

上下チルト調整範囲は0度~20度
高さ調整は、46mm~116mm(ディスプレイ下辺)の範囲で可能。調整幅は70mm

INZONE M9のディスプレイ部の背面には、VESA100マウント用(100mm×100mm)のネジ穴が切ってあるので、調整自由度を求める場合は、社外の汎用スタンドや調整アームを利用するしかない。

なお開発スタッフから教わった、INZONE M9に対して、スイーベル機構っぽい調整を行なうための裏技(?)を伝授しよう。

まず、中央の太柱脚部のみを接地状態にして、後部を持ち上げる。そして、接地したままの中央の太柱脚部を回転軸としてスタンドごと向きを回転させる。スタンド全体を持ち上げて向きを変えるよりも楽ちん…だそうである。INZONE M9ユーザーは試してみよう。

「後ろの2本脚を浮かせて、中央の太柱を回転軸にして向きを変えると向きの変更は楽です」(開発スタッフ)とのこと

背面側には横一文字に発光するギミックが備わっており、全部で13色の発色設定が行なえる(消灯も可能)。一部のゲーミングディスプレイ製品に搭載されている、画面表示内容に連動して発光する「環境光モード」のような機能は搭載されていない。

このスリット部分がカラー発光する
色は13色から選択可能
背面側の発光ギミックにおける発光色の設定メニュー

INZONE M9はステレオスピーカーを内蔵している。出力は2W+2Wで、ノートPCの内蔵スピーカーよりはちょっとだけマシ…くらいの音質だ。

開発スタッフによれば「多くのPCゲーミングファンはヘッドセットを活用してゲームをプレイしているため、スピーカーを内蔵しないことも考えた。しかし、普段のPC活用における利便性を考えると、スピーカーはないよりはあった方がいいと考え、内蔵した」とのこと。

実際に音を聞いてみた感じでは「YouTubeなどのネット動画をカジュアルに視聴したりするには使える」といったところ。

電源はACアダプタを用いて給電する方式。ACアダプタは、ハイスペックなゲーミングノートPCに用いられるような大型のタイプとなっている。

付属ACアダプタは、160W出力に対応した大型タイプ

定格消費電力は139W。27型サイズで直下型バックライト採用機でDisplayHDR 600規格準拠であることを考えると標準的な値だろう。

インターフェイス:HDMI2.1で4K/120Hz対応。4K/144Hz表示はDP接続のみ

接続端子群は、背面下部に下向きで実装されている。

背面の接続端子パネル。USB-C端子は、USBアップストリーム兼DisplayPort兼用タイプ

HDMI端子は2系統あり、両端子共にHDMI2.1規格に準拠し、4K/120Hz入力に対応する。

PS5とINZONE M9を接続した際の「映像出力情報」画面。48Hzから120Hzの範囲でのVRR表示にも対応しているようだ
HDMI接続した際の最大リフレッシュレートは4K/120Hzまで
DisplayPort接続した際の最大リフレッシュレートは4K/144Hzまで

DisplayPort端子は1系統で、DisplayPort1.4規格に準拠。本機の最大リフレッシュレートである4K/144Hz入力は、DisplayPort接続でのみ実現される。

またUSBハブ機能を搭載。アップストリーム端子としてUSB-BとUSB-Cが1系統ずつ、ダウンストリーム端子としてUSB-Aを3系統備えている。

なお、このUSBハブ機能はKVMスイッチ機構に対応しているのが心憎い。2台のPCにおいて、USB-Bで接続したPCと、USB-Cで接続したPCとを、HDMIやDisplayPortをそれぞれ紐づけることで、映像入力系統の切り替えと連動して、USBハブ機能の提供先を2台のPCのどちらか一方に切り換えることが出来る。

つまり、1組のキーボードとマウスを、画面表示に連動して2台のPCで共有して使えるということだ。このKVMスイッチ機能は、PCではもちろんのこと、PS4やPS5などのゲーム機と組み合わせて使うこともできる。

オートKVMスイッチ機能を搭載する
KVM機能関連設定メニュー

ところで、USB-C端子については、DisplayPort Alternate(DP ALT) Modeにも対応している。つまり、対応機器と接続した場合には本機搭載のDisplayPort端子と同等の映像伝送端子としても利用できるわけだ(4K/144Hz入力対応)。このUSB-C端子をDP ALTモードで活用した場合でもUSBハブ機能やKVMスイッチ機能は利用できるようになっており、なかなか凝った作りと感じた。

この他、ヘッドフォンやアナログPCスピーカー接続用端子として、3.5mmのアナログステレオミニジャックを装備する。

ゲーミングディスプレイということで、Leo Bodnar Electronicsの「4K Lag Tester」を用いて入力遅延を計測してみた。

4K/60Hz時の入力遅延計測の様子
フルHD/120Hz時の入力遅延計測の様子

結果は、4K/60Hz時が1.4msで60fps換算で0.08フレーム遅延。フルHD/120Hz時が0.8msで120fps換算で0.1フレーム遅延だった。これだけの低遅延性能であれば、競技性の高いゲームにおいても遅延を感じることはないだろう。

また、UHD BDソフト「The Spears & Munsil UHD HDRベンチマーク」を使い、映像と音のズレを確認する「AVSYNC」テストを実施。測定において、サウンドの再生には本機の内蔵スピーカーを使用した。結果を下の動画(テストの様子を20倍スロー再生したもの)にも示しておくが、音ズレはなし。ゲーミングモニターとしては必要十分な性能を備えているといえる。

INZONE M9 AVSYNCテスト(20倍スロー再生)
ソニーにマイアケコンを持参し「ストリートファイターV」のネット対戦を行なったが違和感なく、快適にプレイができた。こうしたタイプのゲームであれば内蔵スピーカーの音質でプレイすることにも抵抗はない

操作:PS5との連動機能を搭載。PC接続は専用アプリ「INZONE Hub」が便利

背面には、電源ボタンとOSDメニュー操作用のミニジョイスティックが搭載されている。

正面向かって右側の背面に電源スイッチとメニュー操作用のミニジョイスティックが実装されている

ミニジョイスティックを押し込むとメニューが出現。その後、方向入力を左に入れると入力切り替え操作となり、上が画質調整メニュー、下がゲーム関連機能メニューへと飛ぶ。右はメニューのトップを開く操作となる。ミニジョイスティックを押し込まず直接左右に傾けた場合は音量操作、上下に傾けると輝度(明るさ)調整を直に行なえる。

ただ、使っていて少し不便と感じたのはミニジョイスティックの右入力した際の操作系。必ず、メニューの最上階層に飛んでしまうので、「あ、この設定を弱・中・強に変えてその変化ぶりを確認してみたい」と思った際に、直前のメニューカーソル位置を覚えておいてくれず、必ずトップメニューからお目当ての設定項目まで潜り直さないといけないのだ。

この点について開発スタッフに聞いてみたところ「INZONE HubというPCアプリを提供しており、これを使うと、OSDメニュー操作をせずともマウス操作で設定をお試し頂けます」とのこと。

PCユーザーの場合は、このアプリをインストールすれば前述した操作の不便さは解消されそうだ。ただ、PS5のようなゲーム機の場合は、INZONE Hubは使えないので、出来れば、メニューを呼び出した際には最後のカーソル位置を覚えておいてくれるモードも追加して欲しいと思う。

本機のために新規開発された専用サポートアプリ「INZONE Hub」。このアプリを使えば、OSDメニュー操作をすることなく、本機の設定を簡単に変更出来る。PS4やPS5に対応したアプリがないのはちょっと残念

ゲーミングディスプレイ製品ということで、ゲーム関連機能は色々と搭載されている。

「ゲームアシスト」機能として提供されるもので、ユニークなものを紹介すると、まずは「フレームレートカウンター」。これを「オン」とするとHDMIやDisplayPortなどを伝送されてくる映像信号を監視して計測するタイプのフレームレートカウンターなので、家庭用ゲーム機からのゲーム映像のフレームレートも計測が出来る。

最近のゲーミングディスプレイ製品には搭載されることが増えてきたフレームレートカウンター。INZONE M9にも搭載されている

「Adaptive-Sync/VRR」は可変フレームレート表示機構のことで、「オン」にすればフレームレートがばらついたゲーム映像を美しく表示することができる。最近はPS5も最新ファームウェアのアップデートによって、VRR対応が行なわれたばかり。

ちなみに、INZONE M9は「G-SYNC対応」も謳われているが、実際には“G-SYNC COMPATIBLEへの対応”であり、実質的にはAdaptive-Sync/VRR対応と同義である。

可変フレームレート表示機構「Adaptive-Sync/VRR」の設定
NVIDIA G-SYNCにも対応していることを確認。ただし、これは、実際には「G-SYNC COMPATIBLE」への対応であり、実質的にはAdaptive-Sync/VRRへ対応していることと同義

「ブラックイコライザー」はゲーミングディスプレイ定番の機能。設定範囲「0~3」で数値を大きく設定すればするほど暗部階調を強く持ち上げて、暗がりに潜む敵やオブジェクトを見えやすくする。コントラストは下がるので、画質的には芳しくないので、競技性の高いゲームをプレイする時以外は活用すべきではない。

暗部階調のブースト機能「ブラックイコライザー」は、いまやゲーミングディスプレイ製品には定番機能である

この他、画面中央に照準器(クロスヘア)を表示する「クロスヘア」モードも搭載されている。

一部の一人称シューティングゲームでは照準器が描かれないことがある。そうしたゲームで役に立つのが、ゲーミングディスプレイ製品側で強制的に照準器を描画する「クロスヘア」機能

「応答速度」の設定が「ゲームアシスト」に設定されており、「標準/高速/超高速」が選択できる。

ゲームファンは「超高速」を選びたくなるだろうが、この機能は、いわゆる過電流による液晶画素のオーバーシュート駆動を行なうものなので、応答速度は高まっても正しい色が出にくくなる。ある画素にとって時間方向に陰影段差の激しい表現を強いられたときに、この表示誤差が大きくなって、いわゆるリンギングと呼ばれる二重輪郭表示のような状態が頻発して、逆に見づらくなるので「超高速」を闇雲に活用すべきではない。

特に横スクロールや縦スクロールなどの単調スクロールゲームではこのリンギング現象が目立ちやすいので活用はほどほどに。

「高速」や「超高速」では、画質が劣化する場合があるので注意

PS5に特化した機能も搭載している。このPS5連動機能には、「Perfect for PlayStation 5」という機能ブランド名を与えており、ソニーグループ製品ならではの特徴として強く訴求しているようだ。

「オートHDRトーンマッピング」は、PS5と接続した際にHDR映像表示用のキャリブレーションを省略できるもの。換言すれば、PS5本体にINZONE M9専用のHDRプロファイルが内蔵されていて、調整が不要ということになる。もちろん、"あえて"のHDRキャリブレーションを行なうこともできる。

「コンテンツ連動モード」は、ゲームプレイ時には画質モードを「ゲーム1モード」に自動設定してくれて、映像コンテンツ視聴時には自動的に画質モードを「シネマモード」に設定してくれる機能になる。

これは一部製品にも搭載されている機能ではあるが、ゲーミングディスプレイに搭載されている事例はそんなには多くないので、INZONE M9の特徴的な機能の1つと言って差し支えないだろう。

コンテンツ連動モードを動作させるには「オート画質モード」設定をオンにする必要がある

画質:エリア駆動には課題が残るも、ブラビア譲りの発色は良好

INZONE M9の映像パネルは27型のサイズの4K(3,840×2,160ピクセル)解像度のIPS型液晶パネルで、表面はテレビのブラビアとは違い、周囲の情景が映り込みにくいノングレア加工が施されている。

最大リフレッシュレートは144Hzで、4K解像度の上位クラスのゲーミングディスプレイとしてはもっとも一般的な仕様。一部のゲーミングディスプレイでは映画視聴に最適な24Hzに対応していないモデルもあるが、INZONE M9はしっかり24Hzモードも備えている。

ノングレア加工の恩恵で室内情景の写りこみは少ない

下は本機の画面を顕微鏡で撮影した写真になる。いつものテレビ画面の画素写真と比べて画素の映り具合がボケ気味なのは、本機の表示面がノングレア加工されていて、表面に拡散反射用の微細な凹凸があるためである。

光学30倍の顕微鏡写真
光学300倍の顕微鏡写真

ピーク輝度は600nitで、ダイナミックコントラストは8万:1と公称されている。IPS液晶なのでネイティブコントラストは数千:1程度だろうが、このあたりは直下型LEDバックライトアレイを活用して、映像の明暗分布に連動したLED輝度を細かく制御するエリア駆動(ローカルディミング)で補う設計思想のようだ。このあたりについての詳細は後述する。

バックライトに用いられる白色LEDは、いわゆる高画質テレビやクリエイター向けPCディスプレイに採用されることの多い広色域対応タイプ。

下記に白色光のカラースペクトラム計測結果を示すが、見ての通り、赤色のピークが大小2つになっているのが見て取れる。これは、その広色域バックライトに使われているKSF赤色蛍光体の特徴である。全体的に“鋭くえぐれた美しい3つのスペクトラムピーク”があるため、赤緑青を混ぜ合わせて作られるフルカラーの色深度は相応に深そうだ。

なお、採用されているIPS型液晶パネルはネイティブ8bit駆動で、前回の大画面☆マニア(記事参照)でも解説したFRC技術を活用した疑似10bit駆動を行なっている。

標準:ブラビアの標準画質モードに近いチューニング
FPSゲーム:コントラストよりも階調表現に重きを置いた画調
シネマ:ブラビアのシネマ画質モードに近いチューニング
ゲーム1:本機の標準ゲームモード
ゲーム2:事実上のユーザーが映像調整できるモード。プリセット状態では標準モードと同等
HDR:HDR映像が入力されると自動採択される画質モード。DisplayHDR 600画質に準拠した画調になる

さて、実際にどのような表示特性となっているのか。まずは、いつもの「The Spears & Munsil UHD HDRベンチマーク」を用いて検証してみた。

TONE MAPPINGテストにて最大1万nitの階調バーの表示を試したところ、赤の階調バーが450nitあたり、緑の階調バーが580nitあたり、青の階調バーが480nitあたり、白の階調バーが600nitあたりで飽和する様が確認できた。本機はDisplayHDR 600認証を受けているそうなので、たしかにピーク600nitまでのディスプレイトーンマッピングが実現されていることが確認できた。

続いて、直下型バックライトの性能テストである「FALD ZONE」(FALD:Full Array Local Dimming)テストを実施。これは漆黒背景の画面の外周を発光しながら移動する小さな四角形が表示されるテスト映像になる。

自発光画素でない液晶パネルでは、発光体を明るく描画するために、その発光体の裏側のLEDバックライトを明るく光らせる必要があるが、あまり強く光らせすぎると、発光体周辺に液晶パネル特有の迷光による薄明かりが漏れ出てきてしまう。

開発スタッフによると、INZONE M9の直下型バックライトシステムは96分割のエリア駆動を行なっているとのこと。ミニLED採用機を別にすれば、ゲーミングディスプレイとしては、かなり高分解能のエリア駆動ということになる。

ただ、FALD ZONEテストの結果では、やはり発光体の四辺形外周が明るくなってしまうヘイロー現象が確認された。

INZONE M9のエリア駆動制御は、設定メニューの「ローカルディミング」からオフ/低/高の設定が選べるようになっており、最初のテストは「高」設定で行なっている。

「ローカルディミング」設定はオフ/低/高の設定が選べる

「高」設定は、バックライトの明暗制御を最大限に行なう設定であり、ゆえに、ヘイロー現象を誘発しやすくなる。そこで「低」設定でもテストを試してみたが、すると、だいぶヘイロー現象が低減されることが確認できた。

しかし、漆黒背景部分がうっすらと明るくなるので、コントラスト感は「高」設定時よりもだいぶ減退する。ちなみに「オフ」設定とすると、エリア駆動が完全になくなってしまうので、黒背景がさらに明るくなるのでヘイロー現象はほとんどなくなるが、表示映像はエッジ型バックライト採用機の映像のようになってしまう。

96分割のエリア駆動を行なっているとのこと

続いて、「STARFIELD」テストも実行。こちらはSF映画で宇宙船が高速移動する描写際のような、漆黒の背景中央から星(輝点)が放射状に拡散するような表現のテスト映像だ。FALD TESTとの違いは、動く発光体が、STARFIELDでは1ピクセルの輝点となるところ。ヘイロー現象をチェックするテストとしてはかなり厳しいものになる。

このテストは、INZONE M9とはちょっと相性がよくなかったようで、放射状に広がる輝点と共に、ヘイロー現象も放射状に広がっていく様子が確認された。放射状に広がる星の回りに星雲が広がっていくようなイメージだ。ただ、これも「ローカルディミング」設定を「高→低→オフ」と変えていけば低減は可能。

ユーザーの立場としては、プレイするゲーム(あるいはプレイするシーン)の明暗差に応じて「ローカルディミング」設定を「高/低/オフ」から適宜選ぶ…といった活用が良いだろう。コントラスト感重視ならば「高」とし、ヘイロー現象が気になるならば「低」か「オフ」を選ぶ。そんな使い方がおススメということになろうか。

UHD BD「The Spears & Munsil UHD HDR ベンチマーク」
edipit 6,000円

HDR映像の表現能力テストは、いつものUHD BD「マリアンヌ」を用いて行なった。

ブラッド・ピットがナイトクラブのある夜のロータリー街に到着する冒頭シーンでは、ナイトクラブのネオンサイン、町の街灯の輝きなどが、HDR表現の評価ポイントになるが、過剰なコントラスト演出はなく、ごく自然なコントラスト感にまとめられていた。前出の漆黒背景でのヘイローテストの時とは違い、全体的にうっすらと明るいシーンでは、ローカルディミング設定が「高」でも違和感は特にない。

ナイトクラブ内での人物表現は、衣装や肌色の表現は、ソニー・ブラビアの発色とそっくりな色あいとなっていて、画作りの一貫性を感じた。本機は、DCI-P3色空間カバー率が95%以上だとのことだが、発色に関しては上級テレビに対して劣っているところはない。

夜のアパート屋上での偽装ロマンスシーンにおいても、ブラッド・ピットとマリオン・コティヤールの主役二人の暗がりの中でも肌色が素晴らしく、変な色変移は全くなし。カラーボリューム設計の緻密さも、ブラビア譲りと行ったところだろうか。

ただ、この暗がりの偽装ロマンスシーンで、今までのテレビ/ディスプレイでは見たことのないアーティファクトに遭遇した。

その現象が確認できたのが、主役二人の顔面がカット毎に比較的大写しとなる会話シーン。

大写しとなった顔面の横奥に暗闇の屋上の情景が見えるのだが、この背景部にスッと“さざ波”のような波状の輝度変移が発生するのだ。この現象には、同席していた開発スタッフも少々驚いたようで、その表情から、今回初めて気が付いた感じに見えた。

どうやら、バックライトのエリア駆動に起因したアーティファクトのようだ。場面が瞬間で転換するシーンにおいて、そこに明暗差の激しい表現があると(この映画のシーンでは明るいモノが顔面、暗いモノが背景情景)、その暗い表現部分にバックライトのエリア駆動制御がじんわりと介入し、このさざ波的な波状の輝度変移現象が起こるようだ。

ヘイロー現象を低減させる方策として、人間の「明順応/暗順応」の視覚メカニズムを模倣した、バックライトのエリア駆動をゆっくりと時間方向に行なうことで、その制御を目立たなくさせるというテクニックがある。しかし、極端な明と暗がそれぞれ画面内に局所的かつ離れた位置に存在していた場合に、この制御に違和感が出ることがある。

こうした動的なエリア駆動が不自然な見映えとなるような場合は、ディレイを掛けず、瞬時にエリア駆動を行なった方がいいのだが、本機ではその判断アルゴリズムが不完全なのかもしれない。

ちなみに、ローカルディミング設定を「低」設定にしても、この現象が見られたので改善が求められそうだ。ちなみにローカルディミング設定を「オフ」にするとこの現象は完全に収まるが、今度は暗がりで黒浮きが目立つ画質となる。なんとか、丁度よい制御ポイントが見つかるといいのだが…。

ちなみに、本機は、HDR映像の入力を検知すると「画質調整」系のパラメータにおいて「明るさ」の調整が出来なくなる点を留意したい。とはいえ「ローカルディミング」設定に関しては調整可能なので、ヘイロー現象やさざ波現象が気になったユーザーは「ローカルディミング」設定を適宜、変更するとよい。

UHD BD「マリアンヌ」
PJXF-1093 6,589円 パラマウント

総括:INZONE M9はどんなユーザーに向けた製品なのか

INZONE M9は最大4K/144Hz入力が可能なゲーミングディスプレイということで、実勢価格が約15万円の高級機だ。27型サイズモデルとしても高額。ゲーミングディスプレイとしては珍しい、96分割の直下型バックライトによるエリア駆動に対応したことなども大きな要因だろう。

15万円の予算があれば、HDMI2.1規格に準拠し、4K/120Hz入力できる直下型バックライト採用の55型液晶テレビが購入できてしまう。43~50型であれば、10万円前後かそれ以下で購入できる場合もある。また最近の液晶テレビは入力遅延の小さい「ゲームモード」を搭載したモデルも増えており、「大画面でもいい」のであれば、27型のゲーミングディスプレイをわざわざ選ぶ必然性は薄れてきている。

一方で、40型未満のHDMI2.1対応4Kテレビはないので、諸般の都合で「大画面を選べない」という方には、INZONE M9のようなゲーミングディスプレイは選択候補に上がってきやすい。

特に「競技性の高いeSport系のゲームをプレイしたい」という場合は、ゲーミングディスプレイに搭載されている、多様なゲームプレイ支援機能にも魅力を感じるはず。そうしたコアなゲームファンにとっては「1インチ単価」の高低よりも、「ゲームに勝ちやすい製品」を選ぶ傾向が強いので、多少高価でも意識的にゲーミングディスプレイを選ぶことになる。

では、数あるHDMI2.1対応の4K/HDRゲーミングディスプレイの中から、そうしたコアなゲームファンがINZONE M9を選ぶとすれば、その動機はどこにあるのか。

それは、本稿でも触れてきたように、「96分割エリア駆動によるHDR表現能力」「独特なデザイン性」「KVM機能」「PS5との連携機能」あたりということになるだろう。これらの独自要素に強い関心があれば、本機を選ぶ意味はある。

ただ、前述した「さざ波現象」のほかにも、VRR動作の不具合、DisplayPort接続の互換性問題のトラブルもSNS等で指摘されているので、そうした課題の解決を待った方がいいかもしれない。

【編集部注】 ソニーは7月29日、アップデートを実施。PCで使用中の場合、特定のグラフィックボードを接続した時に黒い画面のままになったり、映像が映らなかったりする事象を修正した

ソニーからは、フルHD/240Hzモデルの「INZONE M3」の発売も今後予定されている。こちらも楽しみだが、筆者個人としては、さらにその後には「32型4K/144Hzモデル」や、32:9などの「ウルトラワイドモデル」の登場を希望したい。

トライゼット西川善司

大画面映像機器評論家兼テクニカルジャーナリスト。東京工芸大学特別講師。monoAI Technology顧問。大画面マニアで映画マニア。3Dグラフィックスのアーキテクチャや3Dゲームのテクノロジーを常に追い続け、映像機器については技術視点から高画質の秘密を読み解く。近著に「ゲーム制作者になるための3Dグラフィックス技術 改訂3版」(インプレス刊)がある。3D立体視支持者。
Twitter: zenjinishikawa
YouTube: https://www.youtube.com/zenjinishikawa